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前編では、ステーブルコインとトークン化預金の特徴や想定されるユースケース、また今後の普及が進んだ場合の銀行や決済事業者への影響について解説しました。本稿では、ステーブルコインやトークン化預金の発行から流通に至るビジネスの外観を踏まえて、事業機会の可能性と、銀行や決済事業者が検討すべき今後の備えについて考察します。
前編で述べたように、ステーブルコインとトークン化預金は決済の世界に大きな変化をもたらす可能性を秘めています。特に、ステーブルコインの発行・流通量が拡大すると銀行システムや既存の決済事業者のビジネスモデルにも大きな影響を及ぼす可能性があります。
ステーブルコインの発行・流通の規模について、2025年9月に発行されたCiti Instituteのレポート「Stablecoins 2030」によると、2030年には最大で約1.6兆ドル相当の米ドル通貨や預金、MMF(マネー・マーケット・ファンド)がステーブルコインに置き換わるという試算も示されており、これはM2マネーサプライ*122.1兆米ドル(2025年9月時点)の約7.2%に相当する規模に当たります。さらには米国と中国以外の国や地域で流通している現金通貨や預金、MMFのうち最大13兆米ドル相当がステーブルコインに置き換わるとも試算をしています。
日本においてはJPYC社が今後3年間で10兆円相当の円建てステーブルコインの発行を目標に掲げており、同様に日本のM3マネーストック*21,620兆円(2025年8月時点)の約0.6%に相当します。
これらの数字を踏まえると現金通貨や預金の残る割合は依然として大きいと想定されます。しかし、デジタル通貨の決済コストやスピードなどの有用性を踏まえ、決済取引量から考えてみると、ステーブルコインやトークン化預金が利用される割合は、前述の規模感よりも相当程度高くなる可能性があると言えます。
ここからは金融機関にとっての今後の事業機会について考察をする前段として、まずこれらのデジタル通貨の発行・流通の仕組みの概観を確認していきます。
利用者は仲介業者からステーブルコインを購入し、デジタルウォレット上で管理や送金、交換などを行います。
ステーブルコインの発行フローにおいて、3号電子決算手段(特定信託受益権型)のスキームの場合は、その発行依頼者から法定通貨や国債の信託を受けて、実際にステーブルコインを発行する信託銀行・信託会社も関与します(図表1)。一方、1号電子決済手段(資金移動業者型)の場合は、ステーブルコインを発行する企業が準備資産を供託、または信託銀行などへの信託をすることでステーブルコインの発行が可能です。
図表1:ステーブルコイン発行と流通の概観(特定信託受益権型の場合)
銀行の勘定系システム上に記帳されている法定通貨預金をブロックチェーン上で管理されるトークンに変換し、トークンが利用者のデジタルウォレット間で移転する仕組みになります(図表2)。利用者の立場に立つと、新しい仕組みの導入は不要であり、他方企業ユーザーの立場では、トークン化預金を発行する銀行が既存のインターネットバンキングシステムと統合されたインターフェースを提供している場合は、ERPシステムとの接続もステーブルコインに比べると容易であると言えます。
図表2は、発行体である1つの銀行口座間で行われる決済で完結している仕組みを念頭にした概念図です。また、同一プラットフォーム上で複数の銀行がトークン化預金を発行し、かつ相互連携をしたり、異なるブロックチェーン間の連携をしたりすることで、他行口座との決済を実現することも可能です。
図表2:トークン化預金の発行と流通の概観
ステーブルコインやトークン化預金に関する国内外のさまざまな動向が報じられている中で、多くの金融機関が自らステーブルコインやトークン化預金の発行に踏み切るべきか否かの検討を行っていることでしょう。しかしそこには、発行体としてのビジネスモデルや収益計画に始まり、基盤整備に必要な投資、発行や維持、規制対応に必要なコスト、さらには発行に取り組まなかった場合の事業リスクなど、多面的な視点が必要になることに加え、ステーブルコインの現在の市場への浸透度合いや競合動向の見極めが難しいことから、意思決定に苦慮をしている金融機関も多いと考えます。そこでここからは、今後に向けた検討の一助として、海外で先行している取り組みも参照したうえで、ステーブルコインやトークン化預金の発行、およびその周辺のビジネス機会を検討していきます。
まず、ステーブルコイン発行企業の主な収益源として、発行したステーブルコインの裏付資産の運用益が挙げられます。その他には、コインの発行や預金通貨に償還する際の手数料、口座管理手数料、銀行への送金やウォレットサービスなどに係るAPI利用料の例がみられます。
また、今後ステーブルコインによる決済の増加が見込まれる中で、米ドル建以外のステーブルコインの発行が拡大すると、異なるコイン間、特に裏付けとなる法定通貨の異なるコイン間の為替サービスのニーズが発生すると考えられます。そうなると、ユーザーが各々で交換業者との取引を通じて必要な種類のステーブルコインを獲得するフローだけでなく、為替取引機能を包含したデジタルウォレットが登場する可能性もあります。
図表1に示したとおり、自社がコインを発行するだけでなく、信託銀行・信託会社、仲介業者、ウォレットサービスの提供者など別の立場に立って、新たな収益機会の模索や既存ユーザーのつなぎ留めに取り組む案も考えられます。その他にも、発行体がコインの発行量を拡大するために必要な資金のファイナンスを提供する機会もあり得るでしょう。
また、ブロックチェーン上で実現されるデジタル通貨の特徴の一つであるスマートコントラクトは、ステーブルコイン、トークン化預金ともに、イノベーティブなユースケースを創出するドライバーになる可能を秘めています。スマートコントラクトとは、ブロックチェーン上のトークンに組み込んだプログラムで事前に取引内容を決め、条件の確認・履行を自動で行うことができる仕組みです。例えば、IoTセンサーによって納品が確認された瞬間にサプライヤーへの支払いを自動実行したり、特定の商品の購入者に特定の用途でのみ利用可能なクーポン型トークンを自動付与したりするような仕組みを構築することができます。
技術上はトークンの発行体だけでなく、第三者もスマートコントラクトのプログラムを実装し、特定の条件下で決済がされる仕組みを作ることが可能であるため、幅広いユーザーから数多くのユースケースが創出される可能性があります。ただし、発行体以外の第三者がスマートコントラクトのプログラムを実装して公開する際には、トークンが実装されているブロックチェーンがパーミッション型の場合、管理者による許可が必要になる点に留意が必要です。
図表3:ステーブルコインの「発行以外」の事業機会案
ステーブルコインと異なり、預金通貨をトークン化したものであることから、送金・決済や資金管理などの銀行サービスの利便性と付加価値を高め、それに対する利用料を得ることが基本的な収益源となります。また、トークン化預金の利便性を生かして顧客の預金粘着性を高めることでバランスシートから得られる資金利益の増加も間接的な収益機会と言えます。発行銀行がトークン化預金の発行・流通を支えるプラットフォームを提供している場合は、プラットフォームの利用や接続に係る手数料も収益源となります。
前項でも言及した、スマートコントラクトやデジタルアセットならではのリアルタイム決済の特性を活用した、イノベーティブかつ高付加価値なサービスを実現できるかどうかがポイントになると考えます。
これまでの内容を踏まえると、ステーブルコインやトークン化預金の登場は、金融機関の新たな収益機会の創出・獲得以上に、金融サービスの進化に向けて適応を避けられない「トランスフォーメーション」の色合い強いことが見えてきます。現在のデジタル通貨に関する議論や動向は、1990年代のインターネットが普及した時代に、金融機関各社がオペレーティングモデルを変革し、サービスレベルの向上に努める傍らで、テクノロジーを起点とした新しいプレイヤーが参入してきた流れに通ずるものがあるように思われます。
イノベーションを実現し、利用者と金融機関各社がそれぞれそのベネフィットを享受するためには、個社として先進的、独創的なサービスを提供することだけでなく、業界全体やバリューチェーン一環での変革を実現することが必要となるでしょう。海外各国の変革のスピードに取り残されず、日本が金融市場の変革をリードしていくためには、金融機関各社の創意工夫に加え、複数事業者間や業界レベルの連携を模索することが有効ではないかと考えます。実際に、日米欧などの大手銀行グループ10行がG7通貨建てのステーブルコイン発行に向けた協働を検討していることや、欧州主要銀行9行によるユーロ建てステーブルコイン発行に向けた協働、国内のメガバンクの協働による円建てステーブルコインの発行に向けた協働などが発表されています。このような業界横断の取り組みや複数金融機関の協働、コンソーシアムなどの活動がこれからのデジタル通貨の浸透と金融サービスの進化を加速させると期待されます。
PwC Japanグループは、日本の金融マーケットと国内・グローバルの先進動向に関する知見を生かし、金融機関各社と金融業界のデジタル通貨の進展に係る対応の検討、および実行を支援することが可能です。
前編はこちら
*1 現金通貨、預金通貨、貯蓄預金、小口定期預金、MMFなどの総計
*2 現金通貨、預金通貨、定期預金、譲渡性預金などの総計
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