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日本は地震、台風、豪雨、火山噴火など多様な災害リスクを抱えています。近年では西日本豪雨、令和元年東日本台風、能登半島地震など甚大な被害をもたらす災害が相次ぎ、国土交通省の報告*1では2019年の水害被害額が全国で約2兆1,800億円と統計開始以来最大を記録しました。南海トラフ地震(今後30年以内の発生確率70~80%)や首都直下地震など、国難級の大規模災害の切迫性も指摘されています。
日本は世界有数の防災先進国とされる一方で、大規模災害のたびに従来の想定を超える事態に直面してきました。そのため、日本には災害に事前に備えるという考え方が根づいており、仙台防災枠組*2にもその方向性が反映されています。しかし、その思想は、データやデジタル技術を活用した具体的な仕組みとしては、まだ十分に社会実装されているとは言えません。実際にこれまでの災害対応では発生後の復旧・救助にリソースが集中しがちで、避難所運営、救助活動、インフラ復旧などにおいては行政主導の対応に依存する構造が残っています。少子高齢化による担い手の減少と予算制約のなかで、この構造の限界は一層顕在化しつつあります。
災害の激甚化が進む一方で、動かせる人員や資源は限られていきます。このギャップを埋めるには、日本が培ってきた事前防災の思想を、テクノロジーを活用した具体的な仕組みとして社会に実装していくことが不可欠です。
防災における民間企業の役割は、「自助・共助・公助」という、それぞれが補い合いながら助け合う枠組みの中で考えられてきたため、これまで明確に位置づけられてきませんでした。しかし現実には、企業活動が止まれば、従業員とその家族の生活に影響が及ぶだけでなく、サプライチェーンの停滞や地域の雇用・経済活動の停滞にもつながります。実際に能登半島地震では、石川・富山・新潟3県の2024年1〜3月の名目GDP損失が約1,000億円規模と試算されています*3。事業継続は個々の企業の経営課題であると同時に、地域全体のレジリエンスそのものと捉えるべきです。
このように考えると、事前防災への投資はBCP(事業継続計画)の延長線上にある取り組みであると同時に、従業員、取引先、地域社会といったステークホルダーに対する責任を果たすことにもつながります。災害リスクの分析、拠点間連携の構築、各種リスクの低減にテクノロジーを取り入れることが、自社の競争力と地域のレジリエンスを同時に高める道筋となります。
事前防災を支える手段として防災DXへの注目は高まっており、日本政府も戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期をはじめとした各種取り組みへの投資を進めています。しかし行政が進めているデジタル化は、組織や災害フェーズごとの機能単位の仕組みとなっており、現状では密な相互連携が取れているとは言えません。
いま求められるのは、各主体が自律的に判断し、行動しながら、必要に応じて情報を共有して連携する「自律・分散・協調」型の仕組みです。IoTセンサーによるデータ収集、通信途絶時にも現場に近い場所で処理・判断を行うエッジコンピューティングによる現場判断、クラウドでの統合分析、AIによる最適な情報提供が連動することで、デジタル空間上の「自助・共助・公助」を支える基盤を構築できます。お互いの不足を補い合う関係は、物理空間だけでなくデジタル空間にも存在し、デジタルテクノロジーによってはじめてもたらされる新たな関係性です。これを実現するうえで鍵を握るのが、デジタルテクノロジーを保有・活用する民間事業者の主体的な参画と、協調基盤となるデータ連携基盤の存在です(図表1)。
図表1:先端テクノロジーの活用イメージ
近年の大規模災害では、家電メーカーが製品に組み込んだIoTセンサーの稼働状況をもとに地域の停電エリアを推定するなど、日常的に利用しているデータを災害時に活かす事例が見られます。この事例が示すのは、防災専用のシステムではなく、平時に使われている仕組みが、そのまま有事の情報基盤として機能し得るという点です(図表2)。
図表2:能登半島地震における家電IoTセンサーの活用事例
この家電の事例には、防災テクノロジーを持続可能にする重要な設計思想が表れています。災害時だけを目的に導入した仕組みは、費用対効果が見えにくく、運用が形骸化しやすい面があります。これに対して、フェーズフリーとは、防災を「非日常の備え」ではなく「日常の価値提供の延長」と捉える考え方です。平時にも使われ、価値を生み続ける仕組みだからこそ、有事にも確実に機能しやすくなります。
家電以外にも、自動車の走行データを災害時の通行可否判断に転用する動きや、気象データとAIを組み合わせて停電リスクを事前に予測する取り組みなど、既存事業の延長線上で防災領域に踏み出す例はすでに生まれています。これらは、日本が培ってきた事前防災の思想を、テクノロジーによって具体的な仕組みに落とし込んだ例と言えるでしょう。
今後の災害対応への応用拡大が見込まれる技術領域の一つが、GeoAI(地理空間人工知能)です。GeoAIは、衛星画像、地図、位置情報、人流データなどの地理空間情報を用いたデータ分析・可視化や予測にAIを組み合わせることで、予測や異常検知後の優先順位付けといった判断を支援するアプローチです。
従来の災害対策や災害時対応においても、衛星画像や現地情報などをもとにGIS(地理情報システム)を用いた分析や可視化が行われてきました。GeoAIでは、これらに自然言語データなどを組み合わせることで、状況把握にとどまらず、意思決定を支援する示唆を提示することが可能となります。
災害対応では、例えば洪水や浸水において、降雨・河川・地形データをもとに浸水の広がりをAIが予測し、避難判断や避難ルートの見直しに活用することが考えられます。土砂災害では、衛星やセンサーで捉えた地形変化や地盤のわずかな変位をAIが検知し、前兆の把握や巡回・点検箇所の優先順位付けに役立てることができます。さらに、地震や台風の発生後には、衛星画像やドローン画像をAIで解析することで、倒壊建物や道路寸断の状況を短時間で把握し、初動対応の迅速化につなげることが期待されています。
図表3:防災・災害対応におけるGeoAIのユースケース例
出所:ジオAI研究会 第1回資料(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/content/001981030.pdf
GeoAIの重要な点は、その有効性が事前防災や災害対応に限定されないことです。都市計画、物流、インフラ維持管理などに平時から用いられる地理空間情報が、有事においては状況把握や意思決定支援にも活用されます。防災を「特別な備え」ではなく「日常の仕組みの延長」として組み込むという意味で、GeoAIはフェーズフリーの考え方と親和性の高い技術領域と言えるでしょう。
民間調査会社の推計では、日本の防災情報システム市場は2027年度に1,533億円規模に達すると予測*4されています。
グローバルでも、災害対策にデジタルテクノロジーを取り入れる動きが加速しています。災害対応システムの世界市場規模は2030年には2020年の約2倍となる2,981億米ドル(約45兆円)に達すると予測*5されています。その背景には、気候変動に伴う自然災害リスクの高まりに加え、センサーによるデータ取得、通信、AI、クラウドといった技術の進歩によって、防災が社会的にもビジネス的にも重要な領域として注目されていることがあります。
デジタルテクノロジーは、これまでさまざまな産業の構造を変化させてきました。防災分野においても、同様にその構造を大きく変化させることが予想できます。このような変化はステークホルダーが変わるタイミングであり、多くの事業者にとっては本業で培ったテクノロジー・データ・インフラなどを活かして新たな価値を生むチャンスとも捉えられます。
日本の社会には災害への高い感度と、それを日常に溶け込ませてきた知恵があります。また、仙台防災枠組によって世界に広がる事前防災の思想に基づき、日本が育んだ防災の考え方をテクノロジーによって仕組みへと昇華させることは、社会課題の解決と事業成長を両立させる道筋と言えます。いま問われているのは、防災という営みを事業機会として捉え直す想像力なのかもしれません。
次回以降は、主要テクノロジーの特徴や活用可能性、フェーズフリーに基づくサービス設計、ビジネスモデル構築の実践的な考え方について、より具体的に解説していきます。
*1 国土交通白書2021
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r02/hakusho/r03/index.html
*2 仙台防災枠組2015-2030
https://sendai-resilience.jp/sfdrr/
*3 内閣府 2024年3月 月例経済報告
https://www5.cao.go.jp/keizai3/getsurei/2024/03kaigi.pdf
*4 シード・プランニング社 「2023年版 防災・減災DX市場の最新動向 〜ICT活用による防災・減災分野の市場を調査〜」2023年11月
*5 Panorama Data Insights社 「防災システム市場」2021年12月
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