
財経部門の業務プロセスを変える生成AI活用実証実験の裏側――チャットボットの枠を超えて、真の生成AI変革を実現
業務プロセスの改革を目指す大手商社の三菱商事株式会社とPwC Japanグループは、共同で生成AIを用いた財務経理領域の業務自動化の実証実験を行いました。専門的な知見とテクノロジーを掛け合わせ、実験を成功に導いたプロジェクトメンバーの声を聞きました。
2021-12-24
多くの企業が情報開示に積極的に取り組む一方、膨大な情報が混在することで、むしろ「伝えたいこと」が「伝わらない」という逆効果が生じている。これを解決する技術として注目されているのがテキストマイニングだ。企業はこの技術をいかに活用して情報開示と対話を最適化できるのか。青山学院大学 矢澤憲一教授とPwCあらた有限責任監査法人 久禮由敬が語り合った。
久禮:記述情報をはじめ、企業情報の開示は年々増加傾向にあります。また、2021年3月期からは、有価証券報告書にKAM(Key Audit Matters:監査上の主要な検討事項)の記載の全面適用が開始されるなど、開示制度の変革によって、企業のステークホルダーが目を通すことを期待される情報の量は急激に増加しています。
開示される情報量が増えることは、投資家などのステークホルダーにとって望ましい動きであるように思えますが、「本当に知りたい情報」が探しにくくなるというデメリットも生じています。企業にとっても、努力をして開示情報を増やしたにもかかわらず、「伝えたい情報」を見つけ出してもらいにくくなるのは、望ましいことではありません。
矢澤氏:国内全上場企業の有価証券報告書を過去にさかのぼって分析してみたのですが、企業が開示する情報の量は30年間で約3倍に増えているようです。法定開示だけでなく、統合報告書などの自主開示も含めて、爆発的に増加しています。我々研究者は、このトレンドを“情報爆発”と呼んでいます。
さらに、以前は財務諸表に計上される会計数値などの財務情報が中心だったのですが、最近は企業の経営方針や戦略、リスク、ガバナンスといった記述情報、つまり「言葉(テキスト)による情報」が増えているのが特徴です。
その背景には、「VUCA時代」と呼ばれる将来予測が困難な時代において、企業としてどのように企業価値を向上させていくのか、また、ビジネスのどこにリスクが潜んでいるのかという情報に対するステークホルダーからのニーズが高まっていることがあると思います。
青山学院大学 教授 矢澤憲一氏
久禮:おっしゃる通りだと思います。しかし、テクノロジーを活用せずして、膨大な記述情報の中から、「知りたい情報」だけを抜き出していくのは容易ではありません。とくに記述情報には、常套句や同じ文言の繰り返しといったボイラープレート(定型文言)もかなり含まれており、数年前まではそれらを排除しながら求める情報だけを抽出するのは至難の業でした。
こうした背景から、近年、テキストマイニングが急激に利活用されるようになってきました。最近ではAIを活用して、人間の力では物理的に限界がある記述情報の読み解きも行われています。この技術は、ステークホルダーが企業の開示情報を読み解くためだけでなく、企業が投資家や社会に「伝わりやすい」情報発信をするためのツールとしても注目されています。
久禮:矢澤先生は、テキストマイニングを利用して、様々な角度から学術的な分析をされているとうかがっています。テキストマイニングの概要や研究内容についてお聞かせください。
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー 久禮由敬
矢澤氏:はい、様々な分析に挑戦しています。テキストマイニングによって、有価証券報告書などの膨大な記述情報から、特定のキーワードの出現頻度やキーワード同士の関係を抽出・分析することができ、企業が重視しているトレンドや企業の環境変化への対応状況などを読み解くことが可能です。例えば「共起ネットワーク」という手法を用いて20年3月期の決算短信テキストを解析すると、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大が売上高と資金、および財政状態にどのような影響を与えたのか」が主たる話題となっていることが見えてきます。
テキストマイニングを用いることで、「知りたい情報」を探し出す作業負荷を大幅に軽減するだけでなく、最近では書かれている内容の「読みやすさ」(可読性)や「センチメント」(トーン)の分析、機械学習による不正判定なども行えるようになりました。つまり、抽出した記述情報が伝わりやすい表現になっているか、ポジティブな印象を与えているかといったことも評価・分析できます。
記述内容に関して言えば、久禮さんからお話があったボイラープレートがどれほど多く含まれているのかをカウントできることも特徴です。
久禮:実際、日本の上場企業の制度開示では、どれほどボイラープレートが用いられているのでしょうか。
矢澤氏:過去15年ほどの有価証券報告書を分析した際、MD&A(経営者による財政状態、経営成績およびキャッシュフローの状況の分析)の文言は年々読みやすくなっているのに対して、リスクに関する記述はボイラープレートが少しずつ増えていることが分かりました。こうした傾向をつかむことは、企業が自社の情報開示姿勢の変化を見つめ直し、軌道修正を図る上でも有効だと考えます。
久禮:変化が目に見えると行動しやすくなりますね。企業が開示する情報媒体は、有価証券報告書や事業報告といった法定開示のための媒体だけでなく、統合報告書や知的財産報告書、サステナビリティ報告書など、自主開示の媒体まで多岐にわたります。これらの開示書類は別部門が作成を担うため、表記などにも差異が発生しがちですが、テキストマイニングを活用することは、開示情報の整合性を保つことにも役立ちます。
また、最近では、コロナ禍の影響で株主説明会や決算説明会等がオンラインで開催されるようになり、その対話内容は、音声認識技術の進展によってほぼリアルタイムでテキスト化されるようになりました。
人間の力だけでこれらの膨大な情報をすべてチェックし、整合性を取るのは容易ではありませんが、テキストマイニングを用いれば、発行・開示前に、部門の壁を越えて、開示書類間の結合性や一貫性、整合性についての確認を非常に短時間で実施することが可能です。これによって、ステークホルダーから、企業経営者による発信の矛盾を指摘されるリスクが抑えられるでしょう。
矢澤氏:もう1つ、最近の法定開示の傾向を分析して明らかになったのは、開示資料内に図版が増えていることです。企業は、重要な内容は文章で書くよりも図版で簡潔に示そうと考えているのかと思いますが、機械を用いて図版の文字を認識し、その意味を読み解くことはかなりハードルの高い作業となります。その結果、企業側が「伝えたい情報」が抜け落ちてしまうという問題が生じます。
久禮:企業は、開示情報の「読まれ方」が変わっているという現状を認識して、伝え方を変える必要があるのではないでしょうか。
テキストマイニングの急速な普及とともに利用障壁は著しく下がっており、機関投資家の中には、開示情報の一次査読をAIに行わせるところも増えてきています。こうした環境変化から、開示する情報についての機械による可読性(マシン・リーダビリティー)に、配慮することも重要になってきています。
矢澤氏:人間に読んでもらうことが前提の場合は、図版の多用は望ましいかもしれませんが、AIに解読してもらうためには、むしろ図版の多さを追い求めるのではなく、検索可能性を高めるほうが良いですよね。さらに、センテンスを短くし、主語と述語の関係を明確にするなど、可読性を高める工夫も重要です。
久禮:ただ「伝える」だけでなく、いかに相手に「伝わる」ように工夫するかが大事ですね。
PwC Japanグループは、「有価証券報告書から読み解くコーポレートガバナンスの動向2021―テキストマイニングによる分析」というレポートの公開をはじめ、企業のテキストマイニング活用を様々な形で支援することで、「開示の進化」による「対話の深化」という好循環をもたらしたいと考えています。引き続き、アカデミズムにおける調査・研究・分析に学びながら、持続的な価値創造に向けた企業による開示と投資家との対話がより実り多いものになるよう、私たちも挑戦を続けます。
DXが進化させる対話の形
資料:PwCあらた有限責任監査法人 作成 テキストマイニングの普及とともに、ただ「伝える」だけの情報開示ではなく、いかに「伝わる」ように工夫するかが求められている
※本稿は日経ビジネス電子版に2021年に掲載された記事を転載したものです。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
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