{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.text}}
2023年の東京証券取引所の要請を契機に、企業価値向上に資する経営の実現と投資家との継続的な対話の必要性が一層の高まりを見せています。こと建設業界においても、企業価値向上のための「資本コストを意識した経営」は取り組むべき重要な課題であり、経営管理の改革は待ったなしの状況です。
本稿では、資本市場からの要求を前提に、建設業界としてあるべき経営管理の姿について考察します。
2023年3月、東京証券取引所は「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」と題し、具体的な内容を取りまとめた資料を公表しました*1。この資料では、2015年のコーポレートガバナンス・コードで資本コストと資本収益性を意識した経営が重要とされたにもかかわらず、2023年時点で多くの上場企業が依然としてPBR(株価純資産倍率)の1倍割れや期待値以下のROE(自己資本利益率)といった課題を抱えており、経営者をはじめとする日本企業の意識改革が必要だと指摘しています。
建設業界において、この資本コストを意識した経営への対応が行われてきたことは言うまでもありません。ROE8~10%以上となる目標の設定や配当性向の引き上げ、最適資本構成の検討を前提とした中期経営計画での資本政策の開示など、さまざまな対応を実施しました。その結果、市場は期待の反応を見せ、昨今の建設工事需要と選別受注による利益率の改善の後押しもあって、PBRが1倍超えとなる企業が増えている状況です。
しかし、こうした状況は短期的な「ミニバブル」であると捉えています。足元の受注状況は、建設工事単価の増加に支えられる中、工事床面積は緩やかな減少傾向にあります。また、維持したい格付け水準と有利子負債の調達許容額(Debt capacity)をベースに事業リスクや投資家の要求リターンを総合的に検証して資本構成を適正化することは、一度実施する限りのもので、それ以上に株主エンゲージメントを高める要因とはなりません。
持続的な企業価値向上のためには、市場が求める資本コスト(期待値)を正しく捉え、本質的な資本収益性の改善が必要です。また、徐々に縮小する市場においてコモディティ化傾向にある請負事業は、民間工事需要のピークアウトを背景に今後の利益成長はマイナスとなることが予想されます。本当の意味での「PBR・ROE改善」のためには、高付加価値ビジネスの確立により、資本コストを上回る持続的な利益成長の実現と、それによる企業価値の向上が求められます。
元来、建設請負事業は、発注者主導の事業構造により付加価値向上に対する投資が後回しになるような「付加価値優先順位の低さ」と、資材価格の高騰や自然災害などの外部環境要因に対する「ボラティリティの高さ」といった課題を抱えています。
こうした課題と向き合うためにも、競合との価格競争を是とせず、独自の強みを生かし、自社にしかできないビジネスという「付加価値」を創出できるようなプロジェクトへの質的転換が鍵となるのではないでしょうか。また、根本的な体質改善を図るため、請負中心の事業領域を再定義することに本気で向き合う時期が来たと感じています。例えば開発・不動産事業や維持管理事業など、バリューチェーンの川上から川下まで事業領域を広げる「脱請負」の動きや、水面下での業界再編の動きを捉え、戦略的なM&Aを活用して新たな分野への参入や既存事業の強化を図る動きが挙げられます。
このように、市場環境の変化に対応する上で、「(徹底して原価を)削る経営」が良しとされてきた従来の概念から、リスクを取りながらも積極的な投資判断を行う「(投資により利益を)生み出す経営」、資本市場からの期待値に応える「(資本コストを意識し)還元する経営」へのシフトが強く求められていると考えます。
では、この「本質的な資本収益性の改善」とはどのように実現されるべきでしょうか。まず、資本収益性を推し量る上で基準となる「資本コスト」について解説します。
資本コスト(資本に係るコスト)とは、ある投資プロジェクトを実施した場合に資本を供給する者(銀行や投資家)が要求する必要最低限の収益率を意味します。どんな投資プロジェクトであれ、収益性がこの水準を上回ると見込まれない限り、投資は実行されないことから、しばしば投資の採択基準レート(ハードルレート)とも呼ばれます*2。
従来の建設請負事業における「原価管理(≒削る経営)」では、損益計算書(PL)を中心とした経営管理が主で、貸借対照表(BS)を意識した「資本コスト」の視点が足りず、「徹底した原価管理により会計上赤字にならなければ良い」という考えに重きを置かれていた点に問題があります。つまり、この「資本コスト」という実質的なハードルを超えるような「資本収益性」を示さなければ、今後は資本市場からの「合格点」を得ることは難しいでしょう。加えて、資本コストを上回る利益を出さなければ、会社の純資産を減らすこととなり、企業価値の向上の阻害要因につながります。この場合、将来的な成長に必要十分な投資も難しくなり、長期的には競争力の低下を招く恐れがあります。そのため、資本コストを上回る収益の確保は、持続可能な経営と競争優位の確立においても不可欠だと認識する必要があります。
では、成熟市場である建設業界において、資本市場からの「合格点」を得るような資本収益性は、どのように実現されるべきでしょうか。
図表1:資本収益性に資する経営
従来の建設請負事業では、規模感を同じくする競合他社との差別化要因が明確ではなく、発注者視点で各社の「付加価値」が見えづらい状況であると考えます。そのため、価格という明瞭な基準のみで意思決定がなされた結果、低い利益の案件、場合によっては赤字工事を受注するといったケースもしばしば発生しています。
今後、既存事業としての価値を高め収益性を改善するためには、建設請負事業を見直し、単なる「モノ(建設物)売り」にとどまらず、社会インフラの持続的な価値創造を実現し、建設物を起点とした「顧客体験」を提供できるような「コト売り」への質的転換が求められているのではないでしょうか。
そのためには、企画・構想段階から参画し、顧客の潜在的な課題を発掘し、建設物だけでなく「その施設が生み出す価値」までを提案していくような、課題発見型への転換が極めて重要です。また、建設した施設を長期的に維持管理していくことで、施設の生涯価値(LTV)を最大化し、顧客の事業パートナーとして関係を構築していくことも求められています。こうした戦略を実現するために、M&Aなどによって既存事業の質的転換を効果的に推進することは有力な選択肢の一つとなると考えます。
全社戦略を実行する際には、それを事業/部門/個人のレイヤーごとに管理できる目標水準まで落とし込むことが必要です。
そのためには、受注高や受注時利益を中心とした事業/部門/個人のKPIを見直し、ROIC(投下資本利益率)など資本効率をバランスよく把握できるようなKGIの目標値を軸として、各レイヤーへのKPIをツリー上に展開し、その実績を迅速かつ効率的に管理していくべきではないでしょうか。また、実現にあたっては部門担当者が表計算ソフトで属人的に管理を行うといった「旧態依然」とした業務の見直しが求められます。日々の活動をデータとして蓄積し、リアルタイムで進捗を管理することができる業務やシステムを構築し、ひいてはそれを扱う組織や個人のマインドセットといった、企業活動の根底から変革を図ることが必要です。
その上で、蓄積されたデータを活用し、足元の実績に基づく将来予測のシミュレーションを起点として全社の戦略を見直していくような「データ駆動型経営への転換」が求められます。
資本収益性の向上と同時に、最適資本構成、つまり資本コストを下げ、実質的なハードルをいかに下げていくかについて検討することも重要な論点です。「無借金経営」が是とされてきた文化を見直し、レバレッジを効果的に活用しながら自社の資本コストを低減していくことが必要ではないでしょうか。また、アクティビストの参入を背景とした外圧の高まりの中、全社戦略と足元の状況を適時開示することで企業経営の透明性を担保することや、資本市場との対話を通して企業価値を対外発信することが求められます。
こうした改革を実現するためには、役員から職員まで、全ての職階において既成概念を取り払い、新たな組織へと生まれ変わる「意識改革」を図る必要があります。その上で全社戦略に基づき、日々の業務やシステムを再構築することで、抜本的な企業の変革を成し遂げることができると考えます。
図表2:データ駆動型経営の全体像
本稿では、資本市場からの要求を背景に、建設業界としてあるべき経営の姿に対して考察しました。
建設業界は慢性的な人手不足をはじめとして、労働環境の改善、生産性向上、収益力強化、新規事業への進出、海外戦略強化など多くの課題を抱えています。
変革にあたっては、業界固有の組織構造による課題、改革を推進するスキル面での課題を解決することと、意識変革を伴うチェンジマネジメントが強く求められています。
PwCコンサルティングでは、こうした課題に向き合い、「どんな姿を目指したいのか」「解決すべき課題は何か」を徹底的に突き詰め、全社レベルの変革を伴走支援します。
*1:東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」、2023年3月 参照
*2:日本銀行金融研究所「金融研究」第9巻第2号「企業の資本コストをめぐる問題についてー日米間経済問題の規定にある一論点」、1995年7月 参照
{{item.text}}
{{item.text}}
{{item.text}}
{{item.text}}