建設業の意思決定を変えるAI BPR――PwCが描く業務変革の道筋(前編)

AI活用の現在地と、建設業が越えるべき構造的ハードル

  • 2026-06-30

人手不足の深刻化、高齢化の加速、そしてベテランが持つナレッジの継承──建設業界が直面する構造的課題は、いずれも待ったなしの状況です。こうした課題を乗り越える鍵として注目されるのが、AIを前提に業務プロセスそのものを再設計するAI BPR(AI Business Process Re-engineering)というアプローチです。では、建設業の各企業はAI BPRとどう向き合い、何から着手すべきなのか。PwCコンサルティングの専門家6名が、現場のリアルな課題を踏まえながら「現実解」を議論しました。前編では、建設業界におけるAI活用の現在地と、この業界ならではの構造的課題を掘り下げます。

差込

(前列左から)浦部 圭史、棚橋 祐介、山口 貴之(後列左から)山口 知也、木村 安孝、瀧 護人

参加者

木村 安孝
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

瀧 護人
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー

山口 知也
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー

浦部 圭史
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー

棚橋 祐介
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー

山口 貴之
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 一級建築士

※法人名・役職などは対談当時のものです。

「何から始めればいいのか」――建設業の現場から届くリアルな声

木村:
AI BPRに関してクライアントから相談を受けるケースが増えています。建設業では他産業に比べて人手不足や高齢化の進行が著しく、生産性の抜本的な向上とベテランのナレッジの早急な継承が切実に求められています。そうした背景から、AIを前提に社内業務やプロジェクトの遂行プロセスを再設計するAI BPRに、変革の糸口を求めていると感じます。

相談内容はさまざまです。例えば、「誰をどのように巻き込むべきか分からない」「そもそもAIで何ができるのかが見えず、上司に相談しにくい」「社内の一部ではAI活用が始まっているが、全社展開の進め方が不透明」といった声を聞きます。

すでに取り組んでいる企業からは、「各部署が独自にAIを使い始めた結果、統制が取れなくなった」「リスクを考えると迷う。自由に使わせてよいのか、それともルールを設けて制約すべきか」といったガバナンス面の相談もあります。さらには「AIなら何でもできるはず」という過度な期待もあり、AI活用の最初の一歩でつまずいている企業が少なくないのが現状です。

山口知:
私も建設業向けにさまざまなサポートをする中で「AIでこういう業務をできないか」と聞かれる場面が増えています。特に多いのは、意思決定の準備段階にあたるデータ入力や簡単な分析に関する相談です。DXの観点から多種多様な情報を蓄積し、その後の分析に生かしたいというニーズはあります。しかし、その前提となるデータ入力は人が担わなければならず、現場の実務者は忙しくてそこまで手が回らない。そこで、AIに任せられないかという相談につながっているようです。

棚橋:
企業によっては数千件規模に及ぶAI活用のテーマを抱えている会社もあり、「どこにコストを投じるべきか」の見極めに課題があります。企業価値や従業員エンゲージメントの向上につなげるには、どのテーマを優先すべきか、どの領域の重要度が高いのかを精査しなければなりません。その優先順位の付け方に苦慮している企業が多く見受けられます。

山口貴:
課題の様相は、企業規模によってやや異なっていると感じます。大手企業ではすでに各部門が独自にAI活用を進めているケースも多く、その取り組みを全社にどう広げていくか、特に役員層をどう巻き込みながら全社規模で推進すればよいか、といった相談を受けます。

中堅企業では、自社でAIの開発を目指すよりも、既存のツールを素早く導入し、使ってみるところから始めたいとの希望が目立ちます。実際にAIを使ってみなければ、どのような課題があるのか、どこに価値があるのかという感覚はつかめません。まずは小さく試し、効果を見ながら活用範囲を広げようという考え方が多いようです。

差込

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 木村 安孝

行動する企業と足踏みする企業――AI活用で開く「数年後の差」

木村:
こうした声を踏まえると、AI活用に具体的な一歩を踏み出している企業と、最初の一歩を踏み出せないでいる企業との間には、現状にどんな違いがあるのでしょうか。E&C(Engineering&Construction)セクターを担当する山口貴之さん、この点をどう見ていますか。

山口貴:
少なくとも建設業界では、AI活用を前提とするデータの蓄積・整備をし始めた企業とそうでない企業との間に、数年後には大きな差がつくはずです。蓄積するデータの「品質」はもちろん重要な要素ですが、最初から完璧に整えようとするのではなく、まずはユースケースとしてAIを実際に使ってみることが大切です。使った上で、どこに課題があり、業務上どんな価値があるのか実感をつかむ。そこから、本当に必要なデータを整えていく。AIを効果的に生かすにはこの手順が肝心です。

違いは2つあります。1つは、トップダウンのリーダーシップです。AIに関する諸課題に経営層がどれだけ敏感か、さらに、先例の乏しい領域で自社が先行するという明確な「ビジョン」を持っているか否かが、AI活用への取り組みの成否とそれによる成果の有無を左右します。

もう1つは、トライ&エラーを許容できるかどうかです。「ビジョン」があれば、多少のエラーを見込んだ上で、AI活用の初期段階からROIにとらわれすぎずに前に進めます。実際に行動を起こしている企業には、「この技術は本物。だから取り組み続ける」という強い意志が見て取れます。対して、「ビジョン」を欠く企業は「AIの導入で今期・来期にどんな成果がもたらされ得るか」という自問自答で足踏みしがちです。

棚橋:
ゼネコンを中心に業務改革を支援している私の視点から見ても、経営者の投資判断がAI活用の動きの速さに直結する傾向は明らかです。

生成AIの登場以降、AI活用の効果がそれ以前よりも可視化され、日常生活でもAIの有用性を実感する場面が増えました。そうした実態を見据えた経営者がどんな課題を重視するかによって、AI活用の方向性は変わってきます。加えて、AI活用に積極的な企業は人材獲得の面でも優位に立つ可能性があり、人手不足が深刻な建設業界では見過ごせない視点です。

差込

PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 棚橋 祐介

――サプライチェーン改革を支援する瀧さんは、他業界も含めた視点からどのようにお考えですか。

瀧:
AIの活用で問われるのは、最終的な判断を人間が下せる仕組みをつくれるかどうかです。「事業の付加価値を高めたい」と考える経営層がそのニーズから発想してAI活用を検討するのに対し、現場の特に若手には「とりあえず新しいことにチャレンジしてみたい」という好奇心を持つ人たちがいます。そして現場でのAIの入り口として、「今の業務を楽にしたい」という発想に偏りやすい一面がある。

どちらのニーズにも使えるのがAIです。だからこそ、単なる効率化の手段としてだけではなく、経営や業務の判断を高度化する道具としてAIを位置付けられるかが問われます。

AIが内包するリスクは、もっともらしい答えの中に不確かな判断が混ざる点にあります。便利なツールとして安易な使い方をすると、判断までAIに依存し、人がAIに使われる側になりかねません。AIを「使いこなす」側に立てるか否か──企業の姿勢が問われる時代に入っています。

孤立化するシステムとデータ――建設業が抱える構造的課題

木村:
AIを活用してBPRを進める上で、建設業では特にどのようなところに課題があるのでしょう。浦部さん、建設業をはじめとする受注生産型の製造業のクライアントを主に支援している立場から、いかがですか。

浦部:
日々の業務を通して感じるのは、建設業界ではいわゆる「紙文化」が根強く、データをマネジメントし蓄積する取り組みが他産業よりもやや遅れている、という事実です。

現在担当しているクライアントも、「AIを活用せよ」という指示が経営層からあり、取り組みを急いでいました。自分たちでさまざまなデータを蓄積し、AIを使おうとしていたのですが、どんなデータを入れればどんなアウトプットが得られるのかが十分に整理されていなかったため、データの品質に問題があった。その結果、期待したような効果を得られていませんでした。

AI活用には、データ、業務、導入基盤という3つの観点があります。ただ、その前段階に不可欠な「何が必要なのか」を整理せずに、とりあえず運用を始めてしまうケースも少なくない。その背景には、「データを管理する」という考え方がまだ十分に浸透していない実態があるのです。

山口知:
早くから業務のシステム化を進めてきた企業は建設業界にもあります。ただ、古くからシステム化に取り組んできた会社ほど、自社の業務に合わせてかなり「つくり込んで」いる傾向があります。その「つくり込み」が、システムの仕様やデータ入力形式の孤立化に陥っているケースが少なくありません。

そこからAI-Ready、つまりAI技術を戦略的に活用しビジネス価値を最大化できる状態にまでシステムやデータを磨き上げようとすると、従来の「こだわり」が障壁になる場面があります。「もう少し標準化しませんか」と提案しても、「ここは変えられない」と言われてしまう。データ構造を抜本的に変えることへの抵抗感が、AI活用の難しさの1つになっています。

山口貴:
建設業界には、AI活用を阻害する要因と、推し進める要因の両方があると見ています。

浦部さんのご指摘どおり、建設業界は他の製造業などに比べ、DXの推進、データ整備や標準化の面で遅れがあります。例えば大手ゼネコンでも、建物の部材や建材を表す名称やコードが統一されていない。そうした1つひとつのデータ化の遅れが、AIにデータを取り込む段階で高いハードルになります。本格的なAI活用を進めるには、まだ時間がかかりそうだというのが実状です。

しかし逆に、自然言語処理を得意とする現在のAIならば、データの統一性が不徹底という従来のデジタル技術に立ちはだかった問題を解決できるかもしれません。ユースケースをきちんとつくり込めば、最新のAIは建設業で一定の効果を発揮できるはずです。

差込

PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 浦部 圭史

転換点に立つ建設業――AIは「跳躍」の機会になり得るか

瀧:
現在のAIには、数値化しにくい「感性」や、「本音と建前」「行間」を読むような、コミュニケーションの範疇に属する要素も一定程度扱えるポテンシャルがあります。例えるなら、固定電話の通信網が十分に整備されていなかった地域で、携帯電話の普及に伴い通信環境が一気に進化したように、AIが建設業のデジタル化を急速に進めるかもしれないという期待感があります。

山口貴:
建築士としての実感ですが、建物づくりの全てがロジカルに進むわけではありません。属人的な技能や判断、現場対応に支えられている部分は、実際、今も大きいのです。また、工場のラインで緻密にモノをつくる他の製造業とは異なり、建設業では案件ごとの個別対応でプロジェクトが進みます。ある意味で、「人の力で対応できてしまう」部分があったし、今でもあるのです。

ただし人手不足の進行は深刻で、建設業界でも、全自動化やロボティクス化などによる、より高度な生産性の向上が急務です。その中でデータ活用はますます不可欠になる。建設業は今、転換点に立っているのではないでしょうか。

木村:
これまでの建設業界では、一品生産という業態の特性から、標準化やデータ活用が十分に進みにくかった面があるのかもしれません。しかし業界を取り巻く状況は、変革を先送りできない段階に来ていると言えるでしょう。AIは、その変革を加速させる可能性を秘めています。建設業は、まさにその岐路に立っています。

後編では、この転換点を乗り越えるための具体論として、ナレッジ継承の新たなかたち、「入力させないSFA」、そして積算見積もりへのAI適用に踏み込んでいきます。

執筆者

木村 安孝

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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瀧 護人

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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山口 知也

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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浦部 圭史

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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棚橋 祐介

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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山口 貴之

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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