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既存技術のすり合わせによるゲームチェンジの可能性
中国半導体企業における技術的制約下での既存技術のすり合わせ事例から、逆境からのゲームチェンジの可能性や、半導体市場における日本企業の未来への示唆、新たな競争の可能性を探ります。
米国の前政権は、軍事転用の懸念から中国に対する先端半導体およびその製造に係る機器・ソフトウェアの輸出制限を段階的に強化してきました。それにも関わらず、制裁対象である中国通信機器メーカーファーウェイのスマートフォンに中国ファウンドリであるSMIC製の先端プロセスの半導体が搭載されていることが報じられ、大きな話題となりました1。一桁ナノメートル(nm)プロセスの先端半導体を製造するために必須とされる最先端のEUV露光装置の、中国への輸出が制限されていたものの、一世代前の技術を駆使して先端半導体の製造を成功させたのです。
さらに直近では、同様に米国の先端半導体輸出規制によってGPUが入手できない中、CPUで処理可能なAIを中国DeepSeek社が開発し、GPU依存となっているLLM開発に一石を投じました2。
中国企業の2つの事例は、米国の対中半導体輸出規制が展開される中で、先端半導体やその製造技術にアクセスできない技術的制約を逆手に取り、既存技術のすり合わせによってゲームチェンジを狙う戦略だと理解できます。先端半導体が、先端製造装置ではなく既存製造装置によって安定的に量産できるようになれば、欧米が持つ強みを無価値化することができ、むしろ生産能力の規模で優位に立つ中国の強みが生かされる競争となり得ます。また、AIにおいても既存のCPUで動作することが競争の前提となれば、これまでGPUの並列計算パワーを前提に開発していたAIはその優位性が脅かされる可能性もあるでしょう。
こうした既存技術のすり合わせによる価値軸のピボットは、持てない者に有利な新たな市場を生み出す「持たざる者の逆襲」の可能性を秘めています。こうした価値軸のピボットは、半導体製造における中国のような持たざる者に限られるものではなく、現状のゲームで敗れた者が復活するための領域変更の戦略としても有効になるはずです。
半導体産業は日本企業がかつて世界を席捲していたものの、今や他国に後れを取っている産業の代表例として挙げられます。半導体そのものの製造のみならず、日本の強みとされてきた製造装置においても、ウエハ加工の前工程では欧米の装置メーカーに大きくシェアを奪われている状況です。最先端半導体の世界では、回路幅を2nmから、さらにはオングストロームオーダーである1nmを下回る微細なスケールを目指した開発競争が繰り広げられています。そこで使われる製造装置にも最先端の技術が使われます。これに対して後工程では、先端パッケージングと呼ばれる先端技術がある一方で、既存技術とのすり合わせが価値を発揮する余地が比較的大きい状況です。加えて、装置のみならず部素材においても日本企業が大きなシェアを持っていることもあり、後工程の領域は日本企業にとっての今後の伸びしろとして期待されています。
こうした状況を踏まえて、日本の前工程向け製造装置を手掛けるメーカーでは既存技術による領域変更を試みる動きが出てきています。欧州の競合にシェアを奪われた前工程市場では、競合製品との互換性を重視することで隙間市場に入り込むことを目指すニッチ戦略にシフト。一方で今後拡大が予想される後工程市場では、前工程や半導体以外の製品市場で培った既存技術を組み合わせた新製品を投入していく戦略に舵を切りました。すなわち、最先端技術を持つ海外企業にシェアの大半を奪われている前工程では、真正面からの技術開発競争を避け、既存の得意技術がより生かされる後工程で勝負するという競争軸のピボットに踏み切ったと言えます。
このようにゲームチェンジを狙って勝ち筋が見出しにくい市場からのシフトを進め、より可能性の大きい市場に既存技術で挑む戦略は、残念ながら最先端の要素技術の開発力が弱まりつつある日本にとって、「ビジネスで勝つ」ための1つの方向性ではないでしょうか。
1 Bloomberg 2023年9月24日記事などの報道を参照
2 DeepSeek社による2025年1月20日の“DeepSeek-R1”プレスリリースを参照
祝出 洋輔
シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社
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