デジタル規制、いま企業に求められること ビジネスパーソンとメディアの新たな関係

  • 2025-06-24

AI(人工知能)の活用やサイバーセキュリティの強化が企業の競争力に直結する時代、各国でデジタル分野の規制が急速に整備され、企業活動に大きな影響を与えています。特にEUにおける新制度対応は、日本企業にとっても喫緊の課題となっており、グローバルに事業を展開する上で法規制への的確な対応力が求められています。

デジタル・AIに関する専門メディア「NIKKEI Digital Governance」が主催する本セッションでは、同メディア編集長の中西豊紀氏と、TMI総合法律事務所パートナー弁護士の大井哲也氏、PwCコンサルティング上席執行役員パートナーの林和洋が登壇し、企業に求められるデジタル法規制対応のあり方を示すとともに、実務担当者の意思決定を支えるメディアの役割について議論しました。

登壇者

TMI総合法律事務所 パートナー弁護士
TMIプライバシー&セキュリティコンサルティング株式会社 代表取締役
大井 哲也氏

株式会社日本経済新聞社 NIKKEI Digital Governance 編集長
中西 豊紀氏

PwC Japanグループ
サイバーセキュリティ & デジタルオペレーショナルレジリエンス リーダー
PwCコンサルティング合同会社
上席執行役員 パートナー
林 和洋

(左から)林 和洋、大井 哲也氏、中西 豊紀氏

グローバル展開における日本企業の各国規制への適応戦略

林:
最初に、デジタル規制が注目される背景となる日本企業のグローバル展開動向をご紹介します。PwCの調査レポート「日本のグローバル戦略動向調査2023-2024」によると、日本市場の将来的な成長鈍化を見据え、海外に積極投資する意向がある企業は全体の60%以上にのぼっています。

一方、グローバル展開企業の経営課題として挙げられた内容を見ると、米国・中国・EUなどの新たな規制対応・適応能力強化が急浮上しています。2021年に「規制適合への懸念」を挙げた企業は11%でしたが、2023年にはその比率が32%と急増しています。なお、地域別では、特にEU地域での新制度対応能力が大きな懸念事項です。デジタルビジネスが中心となる現在、企業はグローバル展開において規制対応に苦慮しており、グローバル戦略においてデジタル規制への対応は一層重要性を増している状況がうかがえます。

このような背景の中で、「NIKKEI Digital Governance」という新メディアが創刊されました。その狙いや背景について、中西さん、ご説明いただけますか。

日本企業が対応すべき法令・ガイドラインが急増

デジタル分野で、特に注目すべき法規制は90個以上あり、2020年以降急増している。一般的に、デジタル分野の法規制は、技術的な知識が必要であることから社内法務部門で取り扱うことが難しく、事業部門やITセキュリティ部門がカバーしなければならない。

中西氏:
日本経済新聞社(以下、日経新聞)では、2023年3月12日に「NIKKEI Digital Governance」を立ち上げました。「デジタル・AIのルールを読み解くメディア」をキャッチフレーズに、デジタルやAIの実装に関わる規制・法律を専門家が解説し、企業事例をケーススタディとして紹介する、ビジネスプロフェッショナル向けメディアです。

林:
具体的な記事内容について教えていただけますか。

中西氏:
読者ニーズが最も高いのはAI関連で、「AIのビジネス実装」と「AIに関するルール」の二本柱に注力しています。

AIのルール面では、EUや米国連邦レベルだけでなく、カリフォルニア州のAI規制など細部まで掘り下げています。また、EUや米国にとどまらずインドや中国の動向も取り上げ、日経新聞本体では読めないような専門的内容を提供しています。

もう1つ、サイバーセキュリティも重要テーマとして位置づけており、企業の自社データ保護という観点で大井先生にも寄稿いただいています。個人情報保護法の見直し議論も深掘りし、業界内部事情に詳しい専門家にも執筆いただいています。

林:
コアな層を対象とした、他メディアでは見られない深掘り記事が多いという印象を受けました。大井先生に伺います。執筆された「ランサムウェアの身代金交渉」の内容について紹介いただけますか。

大井氏:
同記事は一般メディアでは触れられないような領域の実務に特化し、現場レベルでのランサムウェア対応、特に身代金交渉に焦点を当てました。私自身のランサムウェア対応経験から、通常外部に出ない現場レベルの情報を可能な限り盛り込みました。

林:
身代金については基本的に「支払わない」というのが公式見解ですが、実情はより複雑です。企業としてどう対応し交渉すべきか、その深い部分を詳述した価値ある記事だと思いながら拝読しました。

企業の法令対応の現状と課題

林:
次に企業の法令対応の現状と課題について深掘りをさせてください。冒頭、企業がグローバル展開する際にデジタル規制への対応に苦慮している現状をお話しました。ここでは「なぜ困難なのか」に焦点を当てます。

PwC Japanグループではさまざまな国と地域の規制状況を常にモニタリングしています。以下のグラフは規制量の増加を示したものです。グローバルにおけるデジタル関連の規制数は2020年時点では30程度でしたが、現在は90近くに増加しています。準備中のものも含めると、100を超える規制が世界各国で整備されています。

以下に示したのが、グローバル企業が対応すべき法令・ガイドラインの一例です。企業はこれらをモニターし、進出先の規制と自社ビジネスへの影響を理解しなければビジネス展開できません。大井先生はこの状況をどのようにご覧になっていますか。

グローバル展開する日本企業が対応すべきテック関連の法令・ガイドライン

大井氏:

規制の領域が広範囲に広がり、対象国が増加している一方で、法律のスコープは狭く特化している印象です。

林:
企業の実務担当者がこれを常時モニターして分析するのは非常に困難です。さまざまな企業案件に対応されている大井先生から見て、企業はどのような課題を抱え、それにどう対応しているのでしょうか。

大井氏:
では、国内外のデータ利活用とサイバーセキュリティの視点から、企業の法令対応と規制影響について俯瞰的に説明しましょう。

まず国内のデータ利活用では、日本企業はAIの開発よりも利用企業としての立場が多く、米国AIベンダーのサービスを利用する中で、規制対応や社内AI利用ルールの整備に力を入れています。

データ活用の進展状況を見ると、携帯電話キャリアなどのプラットフォーム企業が先行し、次いでメガバンクや小売業などの一般事業会社が続いています。これらの企業は、顧客データをグループ横断で分析できる環境を整備し、新規ビジネスの創出に取り組んでいます。

こうした流れの中で、企業内の対応体制も変化しています。具体的には、データ利活用推進室などの専門部署を新設し、規制調査、ガバナンス構築、法的リスクの洗い出しを集中的に行う動きが広がっています。従来は法務部が規制対応を担い、事業部門がビジネスを推進する分業体制が一般的でしたが、現在はデータ利活用の専門部門が両者の役割を兼ね、ビジネス推進と規制対応を一体的に進める体制へと移行しています。

国内のサイバーセキュリティ分野では、ランサムウェア攻撃が企業にとって最も重大なリスクの1つになっています。特に近年は攻撃の大規模化・巧妙化が急速に進んでおり、ECサイトを狙ったWebスキミング攻撃など新たな手法も次々と登場しています。企業は後手に回りながら防御策を講じる状況が続いています。

さらに、外部からの攻撃だけでなく、従業員による営業秘密の持ち出しといった内部リスクも深刻化しています。こうした複雑化する脅威に対応するため、企業の体制も進化しており、従来のIT部門や情報セキュリティ担当者による対応から、CSIRT(Computer Security Incident Response Team)やSOC(Security Operation Center)といった専門組織による体制へと移行が進んでいます。

海外に目を向けると、AIに関する規制はEUを起点に立法化が進み、米国、中国、アジア各国へと拡大しています。この動きは、かつての一般データ保護規則(GDPR)が世界に波及したプロセスとよく似ており、AI規制も同様に世界的に広がると予想されます。

ビジネス面では、グローバル展開する小売大手やECプラットフォーム企業が、世界中の顧客データを戦略的に活用し、広告事業などの新規ビジネスを展開しています。既存の小売事業と新規のデータビジネスの売上が拮抗する企業も現れており、日本企業が海外展開する際には、こうした先行事例を参考にしつつ、各国・地域の規制に的確に対応していく必要があります。

このような状況下では、海外の法令・規制を継続的にモニタリングすることが不可欠です。規制は制定時だけでなく、その後の改正や運用指針の変更も頻繁に行われるため、常に最新動向を把握する必要があります。企業は、自社サービスに適用される規制を正確に特定し、規制の変化に迅速に対応できる体制を整える必要があり、こうした機能を担う専門部門の設置が急速に進んでいます。

林:
大井先生への相談は、従来の法務部門からではなく、事業部門やビジネスの現場から直接来るケースが増えているのでしょうか。また、これまでとは異なる業種の企業からの相談も増えていますか。

大井氏:
はい。技術の進化とともにレギュレーションも高度化しており、法務部門だけでデジタル規制の全領域をカバーするのは、人的リソースの面でも厳しくなっています。そのため、各事業の専門チームが自らガバナンスやレギュレーションの知識をキャッチアップしながら対応を進める体制へと変化しています。

業種の面でも大きな変化があります。例えば、これまでは店舗で商品を販売することが主業務だった小売業が、今では顧客の購買データを分析・活用し、新たなデータビジネスを展開するケースが増えています。以前はデジタル技術やデータ活用にあまり注力してこなかった企業からの相談も急増しており、こうした企業が事業変革を進める中で、新しい規制への対応と革新的なビジネスモデルの構築が最重要課題となっています。

林:
このような流れを見ると、弁護士の皆さんにも法律知識だけでなく、クライアント企業のビジネスモデルや業界動向についてより深い理解が求められるようになっているのですね。

大井氏:
そのとおりです。

メディアの役割と企業の活用事例

林:
企業のデジタル規制対応における課題と組織体制の変化についてお話しいただきました。こうした状況下で、メディアはどのような役割を果たせるのでしょうか。中西さん、具体的な企業例をお聞かせいただけますか。

中西氏:
まず、富士通の例が挙げられます。同社はAI倫理ガバナンス室という、デジタルガバナンス、特にAI倫理に特化した部署を設置しています。この領域の専門家は情報への目が非常に厳しいので、私たちも緊張感を持って質の高い情報を提供するよう心がけています。専門家や弁護士の方々に寄稿いただき、それをメディアとしてわかりやすく発信することで、読者の皆さまの業務における情報整理や理解の一助となることを目指しています。

日立製作所もAIガバナンスに積極的に取り組んでいる企業です。2023年頃はまだ認知度が低かった分野ですが、日立製作所は先行してこの課題に着手されていました。こうした先駆者たちに有益な情報を提供することも、私たちの重要な役割だと考えています。

「NIKKEI Digital Governance」の特徴としては、シリコンバレーに4人の記者を常駐させ、週に最低2本は現地発の記事を提供する体制を整えています。現地で日々起きている動向に素早く対応できるのが強みです。例えば2025年1月のトランプ大統領就任後の規制に対する考え方の変化なども、新聞社ならではの機動力で迅速に取り上げています。専門性の深さとニュースの速さの両面でバランスを取りながら、企業の皆さまの意思決定に貢献できればと考えています。

林:
大井先生、日頃からメディアを活用されている読者としての立場から、専門メディアへの期待や要望についてお聞かせいただけますか。

大井氏:
中西さんがおっしゃった「速さ」は非常に重要だと感じています。企業が独自に把握するのが難しい規制の改正動向や制定プロセスをタイムリーに伝えることは、大きな価値があります。私たち専門家は各国当局のリリースや法律制定前の立法過程における議論を日常的に追跡していますが、企業の皆さまがそこまで調査するのは現実的ではありません。迅速なビジネス動向や規制情報の発信は、企業にとって羅針盤のような役割を果たします。

「速さ」に加えて、グローバル化への対応も重要です。日本国内だけでなく、規制の先進地域である米国やEUの動向を中心に、深い洞察を提供していただくことが、今日の企業には不可欠だと考えています。

林:
私もデジタル規制関連のメディアを見ていて感じるのは、単に規制の内容を解説するメディアは従来から存在していましたが、実務担当者が本当に知りたいのは、規制自体よりも、それが自社ビジネスとどう関わり、どのような対応が必要になるのかという実践的な情報です。規制の解説にとどまらず、企業がそれをどう受け止め、どのように活用してビジネスに生かしているのかという事例を深掘りすることで、現場の皆さんにとってより有益な情報源になるのではないでしょうか。

中西さん、こうした意見も踏まえて、メディアとしての今後の展望や方向性について、可能な範囲でお聞かせいただけますか。

中西氏:
ご指摘いただいたとおり、単に規制内容を解説するだけでは私たちの役割としては不十分だと考えています。それは最低限のラインであり、その先にある意義づけや実務への応用をしっかり伝えることが重要です。これはまさに、メディアとして長年培ってきた力を発揮すべき部分です。

大井先生がおっしゃったように、政策決定の過程にアクセスできる立場を活かし、表に出にくい情報を日々蓄積しながら、企業にとって意味のある解釈や展望を提供していきたいと思います。創刊当初からのコンテンツの質をさらに高め、実務に直結する情報源としての価値を高めていくことが私たちの目標です。

デジタル時代のビジネスパーソンに求められるものとは

林:
本日は世界各国で進むデジタル規制や企業の対応状況、そしてメディアの役割についてさまざまな観点から議論してきました。グローバル展開を目指す企業にとって、デジタル規制への適切な対応は避けて通れない課題となっています。こうした時代において、ビジネスパーソンには従来とは異なる視点や能力が求められていると感じます。最後に、皆さんがこの座談会を通じて考えた「デジタル時代のビジネスパーソンに求められるもの」についてコメントいただけますか。

中西氏:
私たちのような垂直型メディアは、特定の領域と読者に焦点を当て、実務に役立つ情報提供を目指しています。これは日経新聞にとって新しい挑戦です。コンサルタントや弁護士とは異なる立場から、独自の方法で実務に貢献する新しいメディアとして受け止めていただければと思います。

大井氏:
デジタルビジネスの高度化と急速な進化に伴い、規制も速いペースで変化しています。こうした環境では、事業部門は新たなビジネスを迅速に理解し、管理部門はそのビジネスを踏まえた規制適用を正確に把握する必要があります。両部門の融合が求められる時代になっており、質の高い情報収集が成功の鍵となるでしょう。

林:
世界各国でデジタル規制が急速に制定・施行され、企業活動のグローバル化とデジタル化が進む中、企業全体がデジタル規制の動向を注視し、自社ビジネスへの影響を理解して実務に落とし込むことが不可欠になっています。本日は貴重なご意見をありがとうございました。

主要メンバー

林 和洋

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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