“空気を読む”は成長を阻む。僕が「忖度」を捨てられた理由

2020/7/22
 日本社会で大事にされてきた“空気を読む”という習慣。
 “空気を読む”ことは、組織の調和につながる一方、ビジネスにおいては意思決定やアクションの遅れにつながる要因となる。
 そんな日本に根付く“空気を読む”習慣を「あえて読まずに外部から切り込み、忖度なしで新たな価値を創出するのがコンサルタントの役割」と説くのはPwCコンサルティングのパートナー、鈴木雅勝。
 先行きが不透明な時代に、経営者の右腕としての役割が期待されるコンサルタントのあるべき姿とは何か。
 PwCを辞めて起業、そして再度PwCに籍を置く異色のコンサルタントが、コンサルタントの理想像を語る。

コンサルタントに「忖度」は必要ない

──未曾有のコロナ危機によって、多くの企業が経営戦略の見直しを迫られています。まずこの状況に対し、PwCコンサルティングではどのように経営者をサポートしているのかお教えください。
 コロナの影響で多くの企業が大打撃を受け、「この危機をどう生き抜けばいいか」という相談が数多く寄せられました。
 そこで私たちは“新しい常識”が生まれる中で、クライアントが「本当に手掛けるべきビジネスとは何か」を意思決定できるよう、どこよりも早く情報収集と発信に動いてきました。
 既に4月の段階で、顧客企業の同業他社の動きや海外企業のリサーチを終え、クライアントに提供しています。
 そこで感じたのが、日本企業は海外に比べて慎重と言いますか、さまざまな要素を念入りに分析して決断する傾向にあること。とくに同業他社の動きをすごく気にします。
 迅速で柔軟な意思決定が求められるこれからの時代において、丁寧に意思決定しているという面ではメリットですが、スピードという面ではマイナスになる。
 今回のコロナ危機を受けて、決断とTry&Errorを素早く回していけるようなチャレンジできるカルチャーの形成の必要性を感じた企業は多いのではないでしょうか。
──ではコンサルタントには、これからどのような役割が求められますか。
あえて一つ挙げるとするのであれば、 「忖度しない」ことです。
── 「忖度しない」ですか?
 はい。なぜ企業が外部のコンサルタントに経営支援を依頼するかといえば、ビジネスをスピーディーかつダイナミックに進めるためです。
 社内にも、知識や経験が豊富で賢い人はたくさんいます。でも、どんなに良いプランを提案しても、耳を傾けない経営陣や上長がいる。
 社内の人間も上に忖度して強く言いたがらなかったり、日本の組織ではよくあるパターンですよね。
 さらに今後、あらゆる企業でビジネスモデルの再構築が必要になる。
 そんな中、“変わりたい側”と“変われない”側で組織の溝ができ、ビジネスをなかなか前に進められない、という壁にぶつかる企業は増えるはず。
 だから「忖度しない」コンサルタントが必要になる。
 社内で会議をしても一歩も前に進まなかったのに、コンサルタントのプレゼンで上の人間に「YES」と言わせる。社内の人間だけでは突破できない壁を打ち破ることに、私たちの価値があるわけです。

もう、このプロジェクトはやめよう

──とはいえ、コンサルタントにとってクライアントは大事な存在なので、つい相手に忖度してしまうこともあるのでは?
 もしそんなコンサルタントがいるのであれば、「高級人材派遣」と指摘されても仕方ないと思いますね。
 むしろ、本気で会社を変革するという覚悟を持った意思決定者には、忖度しないコンサルタントが好まれます。
 これまでの日系大企業の多くは、忖度しないと出世が難しかった。
 周囲に認められるために、空気を読んだ立ち居振る舞いを身に付ける。それがうまい人ほど役職が上がり、最終的に経営者や役員など上の立場に行き着く。
 自分がそう出世してきたからこそ、社内の人間に「利己的なことは一切考えず、会社のあるべき姿を議論しろ」とは言えない。
 だから外部から来るコンサルタントには、忖度なしの議論や提言を求めているわけです。
──不躾な質問かもしれませんが、ご自身も“忖度なし”のコンサルティングを実践されているわけですよね?
 もちろんです(笑)。
 ある大企業の経営を財務面から改革するCFO主導のプロジェクトがあり、クライアントやPwC、協力会社などの関係各社が参加してミーティングを開いたときのことです。
 CFOは不参加でしたが、総勢で50人近く出席していたかな。
 そのプロジェクトのゴールを達成するまでに大きなハードルがあり、参加した全員がわかっていた。ところがそのことには誰も触れずに、肝心なことを避けた議論が続いていました。
──大きなハードルとは?
 重厚長大な大企業だったので、事前に他の多くの事業部門の解答を統一する必要があったんです。しかし、M&Aを重ねて成長してきた企業なので、横串の連携を取れる態勢は整っていません。
 一筋縄ではいかないハードルでした。そのため、「誰かがやってくれるだろう」という雰囲気が蔓延し、誰もその話に触れようとしない。
 私はその空気に嫌気がさしてしまい、クライアントを含めた各社の人間を一人ずつ名指しして、「(横串の連携について議論せず)今のまま進めて本当に良いと思っていますか?」と問い掛けたんです。
 誰も答えられなかったので、「それならこのプロジェクトはやめたほうがいい」と言って会議を強制終了させました。
 参加していたメンバーには多少煙たがられましたが、その話を聞いたCFOには喜んでいただき、より深い相談を頂けるようになりました。
 他にやり方もあったと思いますが、この課題設定は本当に正しいのか、今解くべき課題なのかを突き詰めて議論せずに、失敗が目に見えているプロジェクトを黙って見ていることは私にはできませんでした。

「人が嫌がる仕事」で“忖度”を捨てた

──鈴木さんの“忖度しないスタイル”は元々ですか?
 そんなことありません。忖度していた時期、ありましたよ。
 私は新卒でIT企業に就職した後、当時のPwC(現日本IBM)に転職しました。いわゆる第二新卒での入社だったので、新卒入社の生え抜き社員に比べれば経験も教育も足りていない。
 その不安を払拭しようと、当時はとにかく長時間働いていました。でも、一向に周りに追い付けない。不安と焦りばかりが募っていきました。
 自信を持てないせいで、体裁ばかり気にしてクライアントや社内に忖度してしまう。自ら成長に制限をかけ、仕事を楽しめないでいる自分を変えたかった。
 そこで、このままではいけないと思い、改めて自分がなぜコンサルタントという職業を選んでいるのか真剣に考えてみたんです。
 恥ずかしながら、社会人になってから改めて自己分析をしましたね。
 すると、とてもシンプルかつ純粋な「成長を楽しみたい」という自分の欲求に、改めて気付かされました。昨日できなかったことが今日できるようになり、今日できることが明日にはもっとうまくできるようになる。純粋に自らの成長を楽しみたい。
 そのために、難解な課題に挑むことで大きな成長を楽しめるコンサルタントという職業を選んだ。
 今の自分では、大きな成長を楽しむことなどできない。だから思い切って、忖度できない環境を自らつくることにしたんです。
──どのように“忖度できない環境”を自らつくっていったのですか。
「人が嫌がる難しい仕事」に手を挙げていきました。
 なぜなら、誰もが手をつけたくないほど難しい課題を解決するためには、クライアントや社内に忖度している余裕はないからです。
 クライアントから「問題解決までの期限」が設定されている中で、忖度していてはスピード感が伴わない。
 つまり、自分の逃げ場を封じたんです。こうして忖度できない環境に自らを追い込むことで、いつしか物怖じせずストレートに自分を表現することに恐れを抱かないようになりました。
 なにより「人が嫌がる難しい仕事」に挑戦することで、泥臭くも大きな成長ができる日々を楽しんでいました。

なぜ全てを語らないんだ

──その後、2016年3月末から約2年のドイツ赴任を経験されています。
 実はそのドイツ赴任により、日本で築いた自信は“あっさり”と打ち砕かれてしまったんです(笑)。
──何があったのですか?
 まずコミュニケーションに関して、ドイツと日本は対極にあります。
 ドイツのコミュニケーションは“ローコンテクスト”、話した言葉通りにしか伝わらないことを前提としています。
 一方、日本のコミュニケーションは“ハイコンテクスト”、つまり言葉以外の部分に重要な意味が多々含まれます。
 だから言葉で全て説明しなくても、空気や行間を読んで察するべきだという文化になるわけです。
 一方、ドイツのオープンでストレートな物言いは、実に心地良いものでした。
 それで私もローコンテクストなコミュニケーション力をもっと高めたいと思い、専門のパーソナルコーチをつけたんです。
 ですが彼女の指摘によって、実はまだ私のコミュニケーションにはかなり日本的な習慣が染み付いているのだと痛感することになりました。
──どのような指摘を受けたのですか?
 私が参加したミーティングの録音を聴いてもらうと、「ドイツ人の彼は発言の意図がよくわかるよね。でもあなたの発言は何が言いたいのかわからない」とズバッと言われる。
 それで意味を説明すると、「あなたの発言にはそんな意味は全く含まれていない。なぜ全てを語らないんだ」と打ち返される。
 こんな感じで忖度なしだと思っていた私の“ジャパニーズ・コミュニケーションスタイル”はめった打ちにされたんです(笑)。
 でも、その一つひとつが私にとって大きな学びになりました。
──ドイツでの経験が、忖度しないスタイルの軸になったんですね。
 はい。同時に若い時期からグローバルでの経験を積む重要性も理解しましたね。
 自分一人だけで習慣を変えることは難しいもの。さまざまなバックグラウンドを持った人たちと働き、日本とは違う価値観に触れることができる環境に所属することで、自ずと“忖度しないカルチャー”が肌に染み付いていく。
 手前味噌ですが、PwCには世界157カ国742拠点のグローバルネットワークがあり、グループ内には税務やM&Aリーガルのプロフェッショナルチームがあります。自分がその気になれば海外のメンバーやさまざまな専門家といくらでも連携できる環境がある。
 若い時期からこうしたグローバルな環境のもとで働くことは、今後のキャリアに大きなチャンスをもたらすはずです。

「忖度ゼロ」の新しいチーム

──2019年に新たにSAPのERP(基幹業務システム)を活用したコンサルティングを担うチームを立ち上げ、リーダーを務めています。どのような組織づくりをされていきますか。
 私が目指しているのは、PwCグローバルネットワークのSAPチームの中で、「No.1」と評価される組織にすること。
 数字だけではなく、取り組みの内容や人材の質、ビジネスへの着眼点など、あらゆる観点から見て日本のサービスは圧倒的だと思われるチームにしたい。
 例えば、PwC米国が開発したソリューションを数年後に私たちPwC Japanが取り入れるのではなく、世界の動きを読んで誰よりも先にソリューションを開発し、それを彼らが真似するくらいになりたい。
 そんなチームなら、所属するメンバーたちも誇りを持てるでしょう。
──リーダーとして、どんなメンバーを求めますか。
 私が人を評価するポイントは、自分にはない視点を持っていること。考えもしなかったような意見やアイデアを話す人は、素直にすごいなと思います。
 それに、リーダーが一人でできることは限られています。チームのみんなが私の知らないことを教えてくれたら、お互いハッピーになれるじゃないですか。
 リーダーである私自身がビジネスを楽しみたいと思っているので、メンバーにも自分がやりたいことや好きなことをどんどんやってほしいですね。それを上司が邪魔するなんてことはありませんから。
──メンバーは鈴木さんに忖度しなくていいんですね?
 もちろんです。そもそも私、“自分に忖度する人”苦手ですから(笑)。
 実際、今いるメンバーも結構好き勝手やっていますよ。ある若手メンバーは、日本ではまだ誰も着眼していない新しいサービスや情報を見つけてきて、それをビジネス化しています。
 最近も欧州のPwCにだけ存在するソリューションを見つけて、それを日本のクライアントに訴求し、受注につなげました。
 日本のメンバーが欧州と接点を持ったケースはあまりなかったはずですが、彼はPwCのネットワーク内にある膨大な情報からそれを探し出し、誰よりも早くビジネス化した。
 上司である私は、「これをビジネスにすればリーダーであるあなたにもメリットがある。だから欧州へ行ってきていいですか?」と彼にうまいこと乗せられただけ(笑)。
 彼はPwCのビジネスインフラを最大限活用して、新しいソリューションをつくる醍醐味を堪能していますし、私も一緒に楽しませてもらっています。
 以前の私みたいに、自分の成長に対して悩みを感じている方にこそ、若い時期からグローバルな環境に挑戦することはキャリアの糧になるはず。
 一緒に新しい挑戦ができることを、心待ちにしています。
(構成:塚田 有香 撮影:竹井俊晴 デザイン:堤香菜 編集:君和田 郁弥)