
PwC Japanグループ(以下、PwC)でキャリアを積んだ後、新たな道を切り拓いて活躍している卒業生がたくさんいます。どのようなスキルや経験が、その後の仕事に生かされているのでしょうか。沖縄発のスタートアップ・EF Polymer株式会社でCOOを務める下地邦拓さんは、持続可能なポリマー技術をグローバル展開すべく、世界各国で事業開発に邁進しています。今回は卒業生という外部の視点から、PwCでの経験を振り返ってもらうとともに、現在のキャリアについて語ってもらいました。
話し手
EF Polymer株式会社
最高執行責任者(COO)
下地 邦拓氏
聞き手
PwCコンサルティング合同会社
公共事業部門 パートナー
宮城 隆之
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
宮城:
現在どのような仕事をされているのか教えていただけますか。
下地:
EF Polymer株式会社(以下、EF Polymer)で、最高執行責任者(COO)を務めています。EF Polymerはオレンジやバナナの皮など、作物の不可食部分をアップサイクルした100%オーガニック・完全生分解性を有する超吸収性ポリマー「EFポリマー」を開発・製造・販売しています。現在、国内に8人、インド子会社に20人の社員を抱えており、私は日本および米国、欧州、ASEAN地域の事業開発を担当しています。具体的には、各国における産官学の農業従事者の皆さまと連携して事業を拡大する業務などを担っています。
宮城:
EF Polymerは直近で資金調達のニュースも発表しましたね。
下地:
2023年4月に5.5億円のシリーズAラウンドの資金調達を実施・完了しました。今後、EFポリマーの生産能力拡大とR&D・事業開発体制強化を行い、現在拠点を有する日本・インドを中心に、注力国である米国、フランス、タイでの事業展開をより加速させる予定です。
宮城:
実は私も学生時代の専門がポリマーでした。ポリエチレンサクシネートなど基礎化学寄りでしたが、私はその時に出会った研究者たちにより良い環境で働いてもらいたいと思い、コンサルタントとしてビジネスの道に進むことを決心しました。
下地:
宮城さんには 改めて特別なご縁を感じます。
宮城:
EF PolymerでCOOになった経緯について、もう少し詳しく教えていただけますか。
下地:
PwCアドバイザリー合同会社に在職中、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の案件に関わることがありました。OISTは日本の科学技術力の向上および基礎研究に裏付けられたイノベーションの創出を目的に内閣府がスタートさせた大学院大学で、在学生や職員の半数以上が外国人です。2022年にはノーベル賞受賞者を輩出するなど、内外からの注目が非常に高まっている教育機関の1つです。
私は2020年にPwCアドバイザリー合同会社を退職し、OISTの学長室で産学連携に従事していたのですが、その過程で沖縄のスタートアップや経済界の話にも関わるようになりました。EF PolymerはOISTのアクセラレータプログラムを通じて技術を確立し、沖縄に本社を構えることになったスタートアップですが、私がOISTの職員として働き始めたタイミングからEF Polymerを個人的にサポートする機会があり、ビジネスの可能性を感じていました。
EF PolymerのCEOであるナラヤン・ラル・ガルジャールは、インドの干ばつ地域にある300人ほどの農村出身で、家族・親戚はみな農家です。干ばつで農作物が水ストレスにさらされると、収量が3~4割も激減してしまいます。当時市場に出回っていた既存の化学由来ポリマーは短期的に課題を解決してくれる一方、土壌・地下水・海洋などの汚染を招く悪いサイクルも生み出します。そこでナラヤンは短期的な課題解決だけでなく、中長期的にも環境負荷のない方法での干ばつが引き起こす課題解決を目指し、EFポリマーの試作品をつくって沖縄に来ました。
インド発のスタートアップであるEF Polymerがその技術を確立させたのは沖縄でOISTのプログラムに参加したことがきっかけです。そこで私は「OISTで官民連携に従事する沖縄県民として、EF Polymerの成長をサポートすることは私の使命だ」と考え、参画することにしました。私は学生やPwC時代から、「沖縄から世界に」というビジョンを掲げた仕事がしたいと考えてきましたので、インド・沖縄で育まれたシードを大きく育てることは、自身のビジョンを体現することにもつながる。そんな思いで新たな世界に飛び込む決心をしたのです。
宮城:
ちなみに、OISTとしては技術を見出したほかに、どのように具体的なサポートを行ったのでしょうか。
下地:
ナラヤンはインドで開発を続けていましたが、徐々に金銭的・技術的に頭打ちの状態となりました。そこでOISTが1年のアクセラレーションプログラムを通して1,000万円ほどのリスクマネーを投じ、技術開発や事業開発をサポートすることになったのです。OISTには企業初期・シード期のスタートアップ企業では利用できないような機器や研究開発分野における支援体制があり、その環境を活用できたことも技術確立の後押しとなりました。
EFポリマーはオレンジの皮が主な原材料です。食物繊維の一種であるペクチンを取り出して、重合化し、水を吸えるようにしていくのが当社の特許技術。ペクチンはオレンジに限らず作物に普遍的に含まれていますので、今後、沖縄で収集可能な作物残渣を活用した、EFポリマーの地産地消・サーキュラーモデルの確立に向け社を上げて検討を続けています。
宮城:
私も今年初めにケニアに行く機会がありました。そこで現地の有望なスタートアップの成長を実現するために、日本人が奮闘する姿を目の当たりにしました。可能性のある若者を活躍できる場に出していくことは、私たちの使命だと改めて感じましたね。下地さんのお話を聞いていると、とてもワクワクします。
EF Polymer株式会社 最高執行責任者(COO) 下地 邦拓氏
宮城:
PwCコンサルティングにはどのような経緯で入社されたのでしょうか。
下地:
私は沖縄出身で、学生の頃から基地問題を解決しないと沖縄の産業を発展させることができないという考えを強く持ち、安全保障を学び、ゆくゆくは外務省に就職したいと考えていました。そのためPwCコンサルティングに入社する以前は米国ワシントンD.C.のシンクタンクに在籍していたのですが、当時出会った外務省や外交関連の方々と交流する中で、外交官という道が自分には合っていないと直感的に理解し、進路に悩んでいました。
ちょうど同じタイミングで従事していた調査研究でスマートシティなど最新テクノロジーの話題に触れ、徐々に興味を抱くようになりました。テクノロジーの発展のためには、規制側の役割も大事です。そこで官民連携に強いPwCコンサルティングに入社しようと考えました。新卒だったのですが、実際には第2新卒のような経緯で入社し、当初は金融サービス事業部(FS)に配属されました。
宮城:
PwCコンサルティングのFSではどのような業務に携わったのでしょうか。
下地:
RPA案件や、証券会社の決済システム開発を支援させていただきました。飛び込みでプレゼンするなど大変なことも多かったですが、プロジェクトメンバーだけでなくクライアントの方々に恵まれ、コンサルティングのノウハウはもちろん、物事をしっかり考えて進める習慣やスキルを学ぶことができました。
その後、PwCアドバイザリーのCP&I(Capital Projects and Infrastructure)に転籍し、官民連携文脈のインフラ案件や海外展開案件、沖縄案件、省庁案件などに従事させていただきました。インドに1カ月半ほど駐在するプロジェクトにも携わったこともあります。コルカタという都市で、アナリティクスチームを立ち上げるプロジェクトでした。
宮城:
お話を伺っていると、徐々に以前から求めていた領域に近づいていった印象ですが、自ら声を上げたことが直接的なきっかけになったのでしょうか。
下地:
そうですね。PwCコンサルティングのFSに在籍していた時も「沖縄のために何かやりたい」と常に言っていましたので、周囲からは「変わった奴がいるな……」と思われていたかもしれません。在職中も定期的に沖縄に通っていましたが、東京と比較すると情報やトレンドが遅れていると感じました。例えば、私が担当していたRPAの話題も、沖縄では3〜5年ほど遅れて議論が始まります。いかに沖縄にフィードバックするか考え続けていて、CP&Iにも自分で手を挙げて移籍させていただきました。
宮城:
最終的にPwCアドバイザリーを辞める決心をしたのはどのような理由ですか。
下地:
30歳になるタイミングで「今、戻るべきだ」という思いがありました。いつか沖縄で、新しい産業をつくれる場所に飛び込みたいと思って準備をしていたなかで、爆発的な何かを生み出す可能性を感じたのがOISTでした。しかも学長室に行ける機会がある。当時、OISTはスマートシティ関連の検討を進めていたのですが、私はPwCアドバイザリーで都心のスマートシティ案件などにも携わっていたことから、そういった面でも貢献できるとも思いました。
加えて、コンサルタントこそリスクテイクすべきだという考えもありました。一度、外でチャレンジして実績をあげることができれば、PwCに戻ることもそうですし、その他の扉も自ずと開かれると考え、思い切って退職すること決めました。
宮城:
個人的には、社内・社外を行き来するハードルがもっと下がれば良いと思っています。
PwCグローバルには、リーダークラスに行政の要職からの転職者がいたり、NPO代表へとキャリアを移したりする人たちもいます。リーダーたちが各セクターをわたり歩いて成長し、社会への感度を上げていくことはとても重要だと感じています。
PwCコンサルティング合同会社 公共事業部門 パートナー 宮城 隆之
宮城:
外部に出た経験と立場から、PwCの魅力についてはどう捉えていますか。
下地:
まさしく今日のようなつながりではないでしょうか。宮城さんにお会いしたのも3~4年ぶりですが、とにかく距離が変わりません。むしろ私の場合、辞めた後にパートナーの方々との距離がより近くなった感じがします。
宮城:
社内にいると目の前のビジネスを育てることにフォーカスせざるを得ないので、下地さんの中長期的な視点や新たな事業はパートナーたちにとっても新鮮なのかもしれないですね。
下地:
私が新卒で入社する選択をしたのは、同期という仲間が欲しかったからです。今でも自分の周囲には専門性が高い元同期や同僚がたくさんいます。何を投げても返ってくる仲間がいると思うと、とても心強いです。
宮城:
PwCを離れてもこのネットワークを通じて、有機的につながっているということですね。
下地:
今、日本において衰退しつつある産業を盛り上げるシードは地方にあるとよく言われますが、それらをしっかり育てることができる人材・情報のネットワークにアクセスするハードルは思ったより高く、とても貴重です。私は東京から沖縄に戻ったのでPwCを含む専門性の高いネットワークにアクセスすることができていますが、それは幸運なこと。この強力なネットワークと、「いつ立ち寄って相談しても良い」と思わせてくれる雰囲気があることがPwCの魅力ではないでしょうか。
宮城:
アルムナイをはじめ、自然かつ自発的につながるPwCのネットワークが魅力というお話ですが、出身者としてPwCに期待することはありますか。
下地:
何か行き詰った時に壁打ち相手になってほしいという思いはあります。メガトレンドの変化をはじめ、PwCの方々との対話からは、多くの気付きや学びが得られます。ヒントやアイデアが欲しい時、PwCのメンバー、出身者、元同僚と交わしたディスカッションは寄り添う軸になります。アルムナイなどネットワークを強化する取り組みを通じて、互いに意見を交わし合える場が増えるとうれしいです。
宮城:
若手を中心にPwCの職員に伝えたいことはありますか。
下地:
以前、PwCアドバイザリーの全体ミーティングで若手職員の1人としてお話しする機会をいただいた際、参加されていたコンサルタントの皆さんに「あなたが本当に解決したい社会課題は何ですか」と問うたことがあります。社会課題の解決は重要ですが、解決したい課題を自分事化できていることと、実際に自身が取り組んでいることとの“マッチ感”がないと、何かをつくりあげていくことは難しい。自分の課題を見つけるために積極的に外部にきっかけを求めていくことが、キャリアを築き、成長していく上で欠かせないということを伝えたいです。
宮城:
相手に共感するだけであれば誰でもできる。問題はどういうアクションを起こすのかで、自分自身の課題にどう向き合うかが大事ということですね。私は似たようなニュアンスで「自分事三部作」とよく表現しますが、下地さんのメッセージにはとても共感できます。
下地:
コンサルタント業務を5~6年やると、相手の課題をある程度分析できるようになるので“それっぽいこと”が誰でも言えるようになると思います。しかし自分の課題との“マッチ感”がないと、最後まで走りきれなくて途中で折れてしまう気がしています。自分の課題との“マッチ感”を高めることで、より多様なクライアントの共感を勝ち取ることにもつながるはずです。
宮城:
今後、自身の展望についてはどうお考えですか。
下地:
沖縄発のシードを世界に届けるというチャレンジは追求し続けたいテーマである一方、EF Polymerでは農業というテーマにも深く関わっています。グローバル市場には農業の課題がたくさんありますので、その解決と自社の成長のための事業開発にフォーカスしてきたいです。目の前のことを淡々と進めていき、EF Polymerを沖縄のスタートアップとして初上場させることも1つの大きな目標です。
EF Polymerが事業を拡大させることができ、新たなフェーズに到達した場合は、もしかするとPwCの皆さんと世界の農業や日本のディープテックスタートアップの未来を変えるようなプロジェクトを共創することができるかもしれませんし、そのようなことを考えると今からとてもワクワクします.。
宮城:
現職のPwCメンバーと卒業生で力を合わせて新たな価値を世の中に創り出していく機会をぜひ増やしていきたいですね。今後の活躍に期待しています。本日はありがとうございました。
下地 邦拓
EF Polymer株式会社 COO
沖縄県出身。米国シンクタンク(ワシントンD.C.)、PwCコンサルティング合同会社・PwCアドバイザリー合同会社(東京)での勤務を経て、2020年8月にUターン。沖縄科学技術大学院大学(OIST)学長室で産官学連携に携わる中でEF Polymerの創業者・CEOのナラヤン氏と出会う。インド発で、OISTで確立された技術を活かし、世界中の農業従事者を悩ませる水不足問題の解決・持続可能な農業を実現するというナラヤン氏のビジョンに共感し、EF Polymerに参画。事業開発責任者として、両国のメンバーとともに日本国外の事業開発に従事。
宮城 隆之
PwCコンサルティング合同会社 公共事業部門パートナー
1997年より20年以上にわたり、製造業・小売/サービス業から公共事業まで幅広い分野におけるコンサルティング業務に携わる。2018年、公共事業部門担当パートナーに就任。近年は、主に郵便・物流事業、中小企業関連事業、人材サービス事業といった“社会インフラ”関連事業でのコンサルティング経験を生かし、公共公的機関のアドバイザーを務めるとともに、それらの機関と協同し、政策提言・デジタルトランスフォーメーション・地方創生・イノベーション戦略など、クライアントのビジネスに長期にわたって大きな価値を生み出していく新たなビジネスモデルを実践している。