金融サービステクノロジー2020年を越えて:破壊を取り込む

2017-04-25

このレポートは、金融機関の役割と構造、金融機関を取り巻く競争環境、金融機関が活動する市場や社会に破壊的な変革をもたらそうとしている大きな力を分析するものです。金融危機後の規制枠組みが徐々に整備され、各金融機関はその都度適宜、ビジネスモデルを変化させてきました。今日の金融サービス業の収益構造において、技術的進歩の加速が最も創造的な力であるとともに最も破壊的な力であることは、もはや疑う余地がありません。このレポートでは、こうした技術的進歩が現実の世界で金融サービス業界とその管理者および利用者にどのような影響を及ぼすかを明らかにしたいと思います。


テクノロジーが巻き起こす10の重要な力

1:フィンテックが新たなビジネスモデルの原動力となる

これまでとは違った事態が起きている。強大な破壊力を持つフィンテック企業が金融サービス業界への参入の道を探り出しつつある。フィンテック企業は、モバイル決済から保険までありとあらゆる分野で、特定の革新的なテクノロジーやプロセスに特化して迅速に動く企業であり、多くの場合、創業間もない新興企業である。これらの企業は、金融サービスのバリューチェーンを構成する事業活動のうち最も儲かるもののいくつかに狙いを定めて攻撃を仕掛けてきている。このことは、これまで儲かる事業で稼いだ利益を重要だが利益率の低い事業に回すことでサービスを提供し続けてきた従来型金融機関にとって、とりわけ大きな打撃となっている。当社が先ごろ実施したグローバル・フィンテック・サーベイでは、金融サービス業界各社は、今後5年以内に自社の事業の4分の1以上が独立系フィンテック企業に取って代わられる恐れがあると考えていることが分かった。2014年における世界のフィンテック投資は前年の3倍を上回る120億米ドル超に達した。これに対して、同じく2014年における世界の銀行のIT関連支出額は2,150億米ドルと推定されており、その中にはハードウエア、ソフトウエア、内外の各種サービスへの支出も含まれている。これは相当大きな数字であり、フィンテック関連の支出は極めて的を絞ったものであるだけに、間違いなく大きな影響を及ぼすことになるだろう。


2:シェアリングエコノミーが金融システム全体に組み込まれる

2020年までに、消費者はバンキングサービスを必要としてはいるものの、サービスを求める先は銀行ではなくなっているかもしれない。あるいは、少なくとも私たちが今日考えるような銀行ではなくなっているかもしれない。いわゆるシェアリングエコノミーは、車やタクシー、ホテルの部屋を共同利用することから始まったかもしれないが、いずれそう遠くない将来、金融サービスも同じ道を辿ることになるだろう。ここで言うシェアリングエコノミーとは、資産を分散保有することや、資金が必要なときに最初から銀行の仲介機能に頼るのではなく、情報技術を活用して資金の提供者と利用者の効果的な組み合わせを見つけることを意味している。

3:ブロックチェーンが大変革をもたらす

テクノロジーの実用化を図り、実際の金融サービスに適用すべく、いくつかの企業集団が発足した。ブロックチェーンとフィンテックが小口金融中心から法人向けサービスも含む業態に進化を遂げる中、資金調達とイノベーションにおけるこうした動きが続くものと予想される。こうした企業の多くは今後3年~5年のうちに消えてしまうかもしれないが、ブロックチェーンという「公開台帳(パブリックレッジャー)」の利用は、金融機関の技術・事業インフラに不可欠な要素になっていくものと思われる。

4:デジタルが主流になる

20年前、電子商取引に対する関心が高まる中、多くの金融機関がe‐ビジネス部門を立ち上げてその波に乗ろうとした。やがて「e」が抜け落ち、それがニューノーマル(新たな常態)になった。インターネットの発展と大規模なテクノロジー投資が前例のない効率性の向上をもたらしている。今日のデジタル化の波にも同じ特徴が見られる。いくつものチーム、予算、経営資源が別々に一連のデジタル化の課題に取り組んでいる。その課題とは、顧客体験や業務効率からビッグデータやアナリティクスまで幅広い分野に及ぶ。金融サービスにおいては、決済、小口金融、保険、資産管理業務といった分野ですでにこうしたアプローチが適用されており、次第に、証券や商業銀行業務のような企業向け分野に移行しつつある。

5:カスタマーインテリジェンスは将来の収益増大と利益性を占う最も重要な指標となる

顧客が何を高く評価しているか知っているだろうか?それは確かだろうか?かつて、カスタマーインテリジェンスは、フォーカスグループとの対話とアンケート調査で得られた比較的簡易な経験則に基づくものだった。これらは消費者行動に関する本物の個別データの代用品にすぎず、結果はかなり漠然としたものだった。技術が進歩した今日、企業は、利用者の行動や要望について、かつてとは比べものにならない膨大なデータを入手できるようになった。アナリティクスを使える者なら誰でも、こうしたデータの中に含まれる情報を取り出し、消費者が本当に欲しいと思っているものを提供できる驚くべきチャンスである。

6:ロボティクスと人工知能の進歩が「リショアリング」とローカリゼーションの波を巻き起こす

既存の大手金融サービス会社とテクノロジー企業が提携して、ロボティクスと人工知能を活用して大きな弱点に対処し、コストを抑え、リスクを軽減しようとする動きがすでに見られる。これらの企業は、社会的知性や感情的知性、自然言語処理、論理的推論、パターン識別、自己管理学習、物理センサー、可動性、ナビゲーションなど、特定の機能の組み合わせに照準を定めた取り組みを行っている。その射程には、銀行の窓口係に取って代わるといった程度の話ではなく、はるかに遠大な展開が捉えられている。周りの環境を詳しく感知し、物体を認識し、情報や物体に対して安全かつ有効な方法で動作することのできるロボットはすでに存在している。これらのロボットはいずれ、単にこなせるタスクが増えるだけでなく、より複雑なタスクをこなせるようになるだろう。サービスロボットは長い開発サイクルの初期段階にあり、依然として、いくつかの大きな技術的課題に直面している。今後3年~5年間の進歩は限られているだろう。しかし、その後は、ますます強力化するモジュール型の標準プラットフォームと学習能力を組み合わせた新たなモデルが登場し、飛躍的な進歩が遂げられるだろう。

7:パブリッククラウドが主要なインフラモデルになる

クラウドコンピューティングへの移行と同じぐらい重要な動きであるが、まだ始まったばかりである今日、多くの金融機関は、顧客管理、人事、財務といった非中核業務と見なされていると思われる業務プロセスに、クラウドベースのSaaSアプリケーションを使っている。また、セキュリティアナリティクスや顧客本人確認(KYC)など周辺業務の「ポイントソリューション」にもSaaSを活用している。しかし、提供されるアプリケーションが向上し、最高執行責任者(COO)や最高情報責任者(CIO)が慣れてくるにつれ、中核的業務の処理方法としてもクラウドを採用する動きが一気に広がりつつある。2020年までに、消費者決済、クレジットスコアリング、資産管理会社の当座勘定機能のための取引明細や支払明細といった業務分野の中核的サービスインフラがユーティリティ化に向けて突き進んでいるかもしれない。

8:サイバーセキュリティが金融機関にとって最重要リスクの一つになる

金融サービス会社の幹部は、サイバー脅威が金融サービス業界に及ぼす影響を十分すぎるほど思い知らされている。当社が先ごろ実施した第19回世界CEO意識調査では、金融サービス業界のCEOの69%がサイバー脅威を「多少懸念している」または「非常に懸念している」と答え、全業界の61%を大きく上回った残念ながら、以下の力が働いていることから、今後、事態が好転するとは考えにくい。

  • サードパーティベンダーの活用・急速に進化する高度で複雑なテクノロジー
  • 国境を越えたデータのやり取り
  • 顧客によるモバイルテクノロジーの利用拡大(モノのインターネットの急成長も含む)
  • 国境を越えた情報セキュリティ脅威の高まり

9:アジアがテクノロジー主導のイノベーションの一大拠点となる

世界の中間層が2010年~2040年までの間に180%拡大すると予測されている。アジアの中間層人口は現時点ですでに欧州を超えている。2020年までに「中間層」と見なされる人口の過半数を占める地域は、北米・欧州からアジア太平洋に移行する。そして、今後30年のうちに、主にアフリカやアジアの都市に約18億人が流入し、金融機関にとって最も重要な新たな事業機会を生み出すであろう。こうした動向はテクノロジー主導のイノベーションと直接結び付いている。まず、農業技術の進歩によって労働生産性が向上すると、農村労働者がより良い機会を求めて都市部に流入した。最初は製造業のように労働集約型産業で仕事を見つけ、国内市場向け製品をつくり、やがて、技術の進歩で製品の質が向上すると世界市場向けの製品をつくるようになる。一方、コンピューターと通信の発達により、西欧諸国の企業は特定の補助的部門をフィリピン、インドなどに移転できるようになり、その結果、移転先に比較的給与の高い雇用をもたらした。やがて、この動きは自己増強するようになった。都市部の雇用が増えると、より優れたテクノロジーインフラが都市部に構築されるようになり、そのことが労働者を引き寄せ、世界市場に商品を送り出すことができるようになった。その結果、新興諸国でさらなる都市化と中間層の拡大が起きている。

10:規制当局もテクノロジーに頼る

テクノロジーの利用の広がりとその影響は金融機関に限ったことではない。規制当局もデータ収集と分析のためのさまざまなツールを次々と採用している。個々の金融機関の活動と金融システム全体の動きをもっと詳細に把握しようとしているのである。また、業界をより効果的に監視することで、何かが起きてから規制するのではなく、潜在的な問題を事前に予測したいという狙いもあるようだ。こうした試みの具体例としては、ワシントン、ロンドン、バーゼルから求められるストレステスト(健全性審査)、資産査定(AQR)、報告義務の厳格化に連動した監督手続きやデータ要請が挙げられる。高度な分析ツールを使って膨大なデータを解析することで、規制当局は複数のシナリオを比較し、潜在的な問題が本格的な市場全体の問題になる前に対処することができる。

2020年に向けた六つの優先課題

1.IT運用モデルを刷新して「ニューノーマル(新たな常態)」に備える

あなたの会社のオペレーティングモデルは、今はうまく機能していても、2020年までに随分と古めかしくなっていることだろう。金融機関が顧客に提供するサービスは、ほぼ間違いなく、大小さまざまな面において変化するからである。これまで積み上げてきた全てのIT設備とその周辺にかかわる重要な変更が必要になる概して、これらの運用モデルは、これから向かう先での活動をサポートするには敏捷性がなさすぎる。大原則として、金融機関とそのIT部門は常に変化し続ける世界、そしてデジタルが最優先される世界でやっていく準備ができていなければならない。そのためには、これまでの前提をそろそろ本当に見直さなければないときである。別のシステムに移行することによって混乱が生じる可能性や想定されるコストを考えると、基幹のメインフレームシステムをサポートし続けるのが合理的に思えるかもしれない。しかし、仮に既存のプラットフォームを半分のコストで再現できるとしたら、それでも同じ理屈が当てはまるだろうか?コストが10分の1だったらどうだろうか?

 

2.旧システムの簡素化、クラウドを超えるSaaSの実現、ロボット技術と人工知能の活用でコストを削減する

旧来型の金融機関と新興フィンテック企業の決定的な違いの一つは固定資産である。既存の金融機関は、何層構造にもなったシステムとコードによって生じる巨額のIT運用管理費用を負担している。また、これらの金融機関では、さまざまな規制変更、不正防止、サイバーセキュリティ強化のために講じた措置をボルトでつなぎ合わせてきた。コストがかかるものの拡大を放置し続けると新たなテクノロジーへの設備投資に向ける予算が少なくなり、運用管理費用がますます増える悪循環に陥る。これは、運用管理費用が少なく、必要なものを必要なときにだけ購入する破壊者候補との明確な違いである。

 

3.顧客ニーズ把握力強化のためのテクノロジー能力を構築する

カスタマーインテリジェンスとそれに基づいてリアルタイムで行動できる能力は、金融サービス業界に影響を及ぼしている重要なトレンドの一つであり、将来、収益や利益性の原動力としてより直接的な役割を果たすようになるだろう。そうなると、設計から納入まで、今日のブランド力を生み出している特性の多くがこれまでほど重要ではなくなる可能性がある。2020年までに、「ニューノーマル(新たな常態)」となっているオペレーティングモデルは、個々の顧客や状況を中心としたものになっているだろう。つまり、各企業は顧客とのやり取りに基づいて、対応の仕方を変えるようになるということである。企業は、人間と機械をうまく組み合わせて、シームレスなオムニチャネルを通じた顧客体験を提供するようになる。

4.どこでも、何にでもつながるアーキテクチャを構築する

以下に、共存・協調する必要のあるエンドポイントをいくつか例示する。

  • エンタープライズデータベース、データウェアハウス、アプリケーション、レガシーシステム
  • クラウドサービス
  • 企業間(B2B)接続:パートナーやサプライヤーの類似システムへの接続
  • 企業対消費者間(B2C)接続:個人ユーザーレベルのアプリケーション、ウェアラブル、モバイル端末との接続
  • 持ち込み端末(BYOD)接続:エンタープライズモビリティ戦略による従業員や請負業者の持ち込み端末との接続
  • サードパーティの「ビッグデータ」ソース
  • モノのインターネットのセンサー

 

システムは多様で、時々刻々複雑化している。今日、金融機関はより高度な連携型ID管理の考え方を持つ必要がある。今後、新たなカテゴリーの顧客との取引を推進していくことになるからである。システムアーキテクチャは管理とアクセスしやすさを両立させる鍵となる可能性がある。つまり、技術的構成要素の組み合わせ方次第で、情報のやり取りを妨げる不必要な障壁を増やすことなく、組織をサイバー脅威から守ることができるということである。

 

5.サイバーセキュリティにはいくら注意してもし過ぎることはない

金融機関は、何十年もの長きにわたり、情報セキュリティリスクと技術リスクに取り組んできた。しかし、近年、サイバーセキュリティ事象(イベント)は増加の一途を辿り、従来のアプローチではもはや太刀打ちできないことが明らかになった。実際、PwCのグローバル情報セキュリティ調査2016では、2015年は情報セキュリティインシデントの件数が前年比38%増加したことが明らかになった多くの金融機関は、依然として、何年も前から使われているのと同じ、データとバックオフィスの保護を目的とし、管理とコンプライアンスに基づく境界防御型の情報セキュリティとバックオフィス向けのモデルを使っている。しかし、情報セキュリティリスクはここ数十年間で大きな変貌を遂げ、金融機関のリスク管理アプローチはその変化の速度に追いつけていない。

 

6.実行と勝利に必要な才能と技能を確実に入手する

金融機関が将来を見据えたときに立ちはだかる最も困難な問題の中に、テクノロジーと全く関係のないものが一つある。長年にわたり、金融機関は「顧客が何を求めているか?」ではなく「これが私たちの商品」という内から外への発想で商品設計を行ってきた。しかし、このビジネスモデルはもはや通用しない。そして、今日のIT部門のスタッフやサードパーティの人材の技能や関心は、顧客との連携が必要不可欠な要素となる将来の技術環境における課題に対して十分なものではないかもしれない。

主要メンバー

伊藤 智康

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

ショーン キング

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

中村 哲

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}