会計が政府と国民の対話の架け橋に── 会計的視点から財政を読み解く

  • 2023-12-06

はじめに

このところ、日本の財政をめぐっては、報道やシンクタンク、有識者等を通じてさまざまな見解が出されています。一般論や共通見解というものは存在せず、時には複数の論者から正反対の主張がなされることもあります。

こうした中、私たちが重要だと考えているのは、巷に流布するさまざまな主張から「正しい」解を求めることよりも、少なくとも法定諸制度のもとで公表される情報をもとに、国民一人一人が、これらの情報を自ら分析し、判断できるようになることです。

そのための1つの処方箋として、私たちは会計の観点から多角的、立体的に財政を捉えることが有力な方法であると考えました。ここでいう「国民」とは、財政情報の受け手である国民のみを指すわけではなく、財政を実際に運用する行政機関とその職員も含んでいます。行政機関には意思決定主体である中央省庁のみならず、執行機関である独立行政法人や、国だけではなく地方公共団体なども含んでいます。

会計の観点から国の財政を分析した資料として、財務省が作成・公表している「国の財務書類※1」があります。財務省は、国の財政状況をより分かりやすく説明するために、法律の定めによらず、公的機関の特殊性を踏まえた会計基準を設定し、企業の財務諸表に相当する「国の財務書類」を作成・公表しています。「国の財務書類」等で、財政の全てが把握できるものではありませんが、会計に馴染みがある方々にとっては、新たな気付きや議論の材料となる情報です。それは、国のみならず、独立行政法人、国立大学法人、地方公共団体など、あらゆる公的機関が公表している財務諸表も同様です。本稿では、会計という視点から日本の財政を分析する1つの手法として、国の財務諸表の分析を紹介します。なお、文中の意見に係る記載は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。

1 「国の財務書類」の概要

(1)「国の財務書類」の概要

「国の財務書類」は、主に「貸借対照表」「業務費用計算書」「資産・負債差額増減計算書」の3つから構成されています※2。「貸借対照表」は企業会計とほぼ同様の形態です。企業会計における損益計算書は「業務費用計算書」と「資産・負債差額増減計算書」の2つに分けて作成されています。この内、「業務費用計算書」は費用に相当する行政コストに着目した書類であり、業務費用合計を示しています。一方、「資産・負債差額増減計算書」は、業務費用合計から収益に相当する財源(租税等収入、社会保険料など)合計を控除した「超過費用」を算出した上で、国の純資産額を直接増減させる資産評価差額、為替換算差額等が計上されます。なお、「超過費用」は、いわゆる当期純損失に相当するものであり、一会計年度における全ての行政コストに対し、租税等収入、社会保険料などの財源(収益)がどの程度不足しているかを示しています。

(2)「国の財務書類」による分析の有用性

ここで、国が公表している一般会計および特別会計の歳入歳出決算と、「国の財務書類」とを比較してみましょう。

財務省ホームページによれば、一般会計の令和3年度歳入決算額は169.4兆円、歳出決算額は144.6兆円です。一般会計は、国の財政の根幹であり、報道などでもよく取り上げられる部分です。国には、一般会計の他に、外国為替資金特別会計、財政投融資特別会計、国債整理基金特別会計、年金特別会計など13の特別会計があり、一般会計とこれら13の特別会計の歳入決算額の単純合計額は625.0兆円、歳出決算額の単純合計額は585.7兆円となります。またこの計数は、会計間における繰入・受入を含んでおり、これらを控除した国の実質的な財政規模を示す「決算純計」を公表しています。この決算純計の歳入純計決算額は322.7兆円、歳出純計決算額は285.3兆円となります。

決算純計は、会計年度内の収入金額および支出金額を示すものであり、現金主義ベースの金額です。したがって、歳入決算額には、企業会計においては負債の増加となる公債金・借入金等の収入が含まれます。歳出決算額には、負債の減少となる公債金・借入金返済の元本償還分や資産の増加となる貸付金・公共事業(インフラ資産)の支出が含まれます。このため、単純に歳入純計決算額と歳出純計決算額とを比較しても、それのみでは財政の実態を把握することは難しいと言えます。

「国の財務書類」では、これらを会計的な観点から業務費用(費用)、財源(収益)、資産の増減、負債の増減として説明しています。決算純計から、資産・負債の増減に属するものを控除し、減価償却や経過勘定項目に係る調整等を行うと、令和3年度の一般会計と13の特別会計の業務費用合計180.1兆円に対し、財源合計は139.3兆円となり、超過費用(いわゆる当期純損失)が▲40.8兆円生じていることとなります。会計に馴染みのある方々にとっては、財源、費用、超過費用という視点のほうが、国の歳入歳出決算の数値よりも財政の実態を把握しやすいかもしれません。

2 会計的な視点から国の財政を考える

(1)近年の財政状況の推移

「国の財務書類」における業務費用、財源、超過費用(いわゆる当期純損失)の経年推移から、近年の日本の財政状況の推移を分析してみましょう(図表1)。

平成21年度には、超過費用が▲48.6兆円に悪化しました。これは、平成20年度(2008年9月)に発生したリーマンショックを契機とした景気悪化による財源(税収、社会保険料等)の落ち込みや、その対策として大規模な財政支出が行われたことによる業務費用の増加が原因です。

また、平成22年度末(2011年3月)には東日本大震災が発生し、平成23年度は、その復旧・復興への対応などのため、超過費用は▲43.4兆円と引き続き厳しい水準となりました。

その後、政府はデフレからの脱却と持続的な経済成長を目指し、大幅な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略を進めました。これによる景気回復の動きの広がりおよび消費税率の引き上げによる税収増、厚生年金の保険料率の引き上げによる社会保険料収入増により、平成30年度には超過費用は▲15.3兆円までに回復しました。

しかし、令和2年度(2020年)は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応等により、業務費用が190.7兆円となり、超過費用は▲59.1兆円と過去最大となりました。令和3年度も引き続き厳しい状況が継続しています。

図表1: 業務費用、財源、超過費用の経年推移(単位:兆円)

(2)プライマリーバランスについて

ところで、政府の掲げる財政健全化指標の1つに「プライマリーバランス」があります。プライマリーバランスとは、「基礎的財政収支」とも言われ、税収等で「政策的経費」のどの程度を賄えているかを示すフローの指標です。また、プライマリーバランスは、SNA(国民経済計算)によって算定されており、国・地方を含めたフロー情報です。現状のプライマリーバランスは、地方が若干のプラス収支、国が大幅なマイナス収支であり、国が極めて厳しい状況を踏まえれば、「国の財務書類」で示す超過費用により財政を把握することに一定の意味はあります。

ここで、企業会計の段階損益的な視点から見れば、プライマリーバランスは「支払利息を含まないため、営業利益的なもの」であり、超過費用は「支払利息を含むため、経常利益以下の損益に近いもの」と言えます。参考までに、令和元年度、令和2年度、令和3年度の超過費用から支払利息を除いて簡易的なプライマリーバランスの数字を示すと、令和元年度が▲13.4兆円、令和2年度が▲52.7兆円、令和3年度が34.6兆円であり、この数字からも、プライマリーバランスの黒字化がなかなか難しいことが分かります。

(3)国の資産・負債について

次に「国の資産規模を見れば、日本の財政にはまだまだ余裕がある」という見解について図表2のデータをもとに検討してみましょう。

図表2:貸借対照表、業務費用計算書、資産・負債差額増減計算書 (単位:兆円)

確かに貸借対照表には、令和3年度末時点において723.9兆円もの資産が計上されています。しかしながら、これらの資産のほとんどは負債として調達した資金が形を変えたものであるか、政策上直ちに換金処分することが難しいものです。

例えば「有価証券」は、為替介入によって取得した外貨証券※3などであり、その調達原資は負債の「政府短期証券」です。「貸付金」は、地方公共団体や政策金融機関などへの財政融資資金貸付金※4などであり、その調達原資は負債の「公債」に含まれている財投債(財政投融資特別会計国債)です。また、「運用寄託金」は、将来の厚生年金や国民年金の給付に充てるために年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に運用寄託している資金ですが、これはそもそも国民から拠出された資金の運用であり、同時に国民からの預り金が負債に「公的年金預り金」※5として計上されています。このように、「有価証券」「貸付金」「運用寄託金」は、仮に売却、換金処分しても、その使途は調達原資の返済などに充てられる資産です。また、「有形固定資産」は、主に国道や堤防などの公共用財産であり、「出資金」は、独立行政法人への出資金や国が政策的に保有義務を負う株式であるため、現金化が想定できないものが相当程度含まれています。

このように、日本の財政状態については、冒頭の見解のように資産規模から単純に判断することはできません。

そもそも、資産・負債差額のマイナス(債務超過)が年々拡大しているのは、多額の超過費用が発生しているためです。そして、その主要因は、少子高齢化を背景とする社会保障関係経費の増大という構造的な問題です。

社会保障については、令和元年度において、年金などの社会保障給付費50.4兆円に補助金・交付金等に含まれる医療、介護などの社会保障関係経費37.9兆円を合計すると88.3兆円に上り、業務費用合計149.8兆円の約6割を占めていました。そして令和2年度、令和3年度においては、新型コロナウイルス感染症拡大(以下、コロナ禍)への対応も重なったため、99.6兆円、105.3兆円へと増加しています。

日本の財政が抱える根本的な問題は、現在の日本が債務超過に陥っているという一時点の(ストックの)問題ではなく、毎年の超過費用の発生が常態化し、これが債務超過を構造的に増加させているというフローの問題です。さらに、その超過費用がますます増加していること、また足もとの社会情勢を見ると、その状況が短期的に改善される要因が見えないことが、日本の財政の持続可能性に不安をもたらしています。このように、財政を、単年度の収支や一時点の財産や債務の残高のみならず、動的に捉えて分析することは、会計主体の継続性を前提とする会計ならではの観点と言えるでしょう。

(4)コロナ禍前後の変化

次に、コロナ禍が日本の財政にどのような構造的変化をもたらしたのかを分析してみましょう(前掲図表2参照)。

コロナ禍前後では、特に、業務費用のうち補助金・交付金等の増加が著しいと言えます。令和2年度はコロナ対応緊急包括支援※6、国民1人当たり10万円を支給した特別定額給付金、持続化給付金など、令和3年度はワクチン生産体制整備※7(ワクチン購入等)、コロナ対応地方創生※8、子育て世帯等特別支援※9などが主要因です。図表1の経年推移に示されているように、平成20年(2008年)リーマンショック、平成23年(2011年)東日本大震災後、増加した業務費用の水準は高止まりしています。租税等収入は増加傾向にあり、経済回復が財政再建に必要であるのは違いありませんが、業務費用のあるべき水準を冷静に見極めていくことが今後は重要です。

また、コロナ禍以前に比べ、資産である貸付金および出資金が大幅に増加しています。これは、国がコロナ対策により政策金融機関(日本政策金融公庫など)への貸付および出資を行ったためです。今後、中小事業者等の資金繰りの悪化、倒産により政策金融機関に生じうる貸倒れや債務保証による損失は、政策金融機関の純資産の減少を通じて、結果的には国の貸借対照表に計上された出資金残高の減少として顕在化するため、引き続き注視していくことが必要です。

そして、コロナ禍前後で公債残高がさらに増加しています。現状は低金利のため支払利息は一定水準に抑えられているものの、今後の金融政策の動向による支払利息の増加は、財政運営上の重要な懸念事項と言えるでしょう(詳しくは後述します)。

(5)多額の国債を日銀が保有していることについて

最後に、「国と日本銀行(以下、日銀)を一体として考えれば、国の国債残高と日銀が保有する国債残高が相殺されることにより国債残高は減少するので、日本の財政には余裕があるのではないか」との意見について考えてみましょう。

日銀は、平成25年4月より「量的・質的金融緩和」を導入しており、資産として保有する国債の残高は令和3年度末で約530兆円に膨らんでいます。この点を捉え、国の債務である国債のうち日銀が債権として保有する国債相当額は国の内部の債権債務であり、国にとっては実質的に債務ではないから、日本の財政には余裕があるのではないかとの意見があります。

国と日銀を一体として考えるに当たっては、会計的な視点から、これらの連結貸借対照表を考えてみるのがよいでしょう。図表3では、実際に国と日銀の貸借対照表を合算し、日銀が有価証券として保有する国債について、国の財務諸表の負債として計上されている公債と相殺し、連結貸借対照表を作成しました。すると当然のことですが、国債に代わって日銀の負債の部に計上された「当座預金」(以下、日銀当座預金)が負債に計上されるため、債務超過の状態は変わりません。

また、国の貸借対照表において計上されている保有国債約1,200兆円のうちの約6割が10年以上の長期国債であり、日銀が資産として保有する国債のほとんどが長期国債です。したがって、連結貸借対照表で見ると、国の発行している長期国債は日銀の保有する長期国債と相殺されるため、残る国債の割合としては相対的に短期国債の占める割合が大きくなります。また、日銀当座預金は短期債務であり、現在も利払いが発生(付利)しています。したがって、連結貸借対照表で見ると、債務の平均償還年数が短縮化されている状況とも言えます。短期債務は長期債務と比べて金利変動の影響をより強く受けることから、仮に金利が上昇した場合、国単体で見た場合よりも急激な金利負担の増加をもたらす可能性があります。連結貸借対照表の分析に基づいて、このような金利変動に対する脆弱性を指摘する見解もあります。

なお、現状は日銀の金融緩和政策により、市場金利は低い状態で抑制されており、国が発行した国債の利息の支払額は8兆円台で収まっています。仮に、今後、金利上昇局面になった場合、単純計算で1%の金利上昇で12兆円(1,200兆円×1%)の利息負担が増加することが見込まれます。また、日銀においては、日銀当座預金の付利は、資産として保有する国債金利よりもさらに低いため利益が生じており、当該利益は国庫納付(令和3年度は1.3兆円)されています。しかし、仮に今後、日銀当座預金における付利が上昇した場合、調達金利の上昇により日銀の財務状況は悪化し、国庫納付が減少することが見込まれます。

このように、現状は何とか抑えられている支払利息の財政への負荷が、今後、大きく変化しかねない点にも留意する必要があります。

図表3: 仮に日銀と連結した場合の貸借対照表

3 おわりに

本稿では、会計的な視点からの国の財政の分析を紹介しました。なお、財務省は、本稿で紹介した「国の財務書類」のようなマクロ的な情報に留まらず、個々の事業単位における人件費などを含めたトータルのコスト(事業別フルコスト情報)のようなミクロ的な情報の開示も行っています。マクロ的情報、ミクロ的情報、いずれについても、会計が政府と国民の対話の架け橋になることで、国民(財政を実際に運用する行政機関とその職員も含む)は財政について自分の目で正しく判断できるようになり、予算・決算を管理会計的な発想から立体的、直観的、有機的に捉えて財政運営できるようになります。そのような将来を目指して、私たち会計プロフェッショナルが、あらゆる公的機関と国民との架け橋を構築していかなければならないと考えています。


※1 「国の財務書類」として、一般会計のみを対象とした「一般会計財務書類」だけでなく、連結対象法人(独立行政法人、特殊法人等)を含めた「連結財務書類」も作成・公表している。
https://www.mof.go.jp/policy/budget/report/public_finance_fact_sheet/index.htm

※2 この他に、キャッシュフロー計算書に相当する「区分別収支計算書」も含んだ財務書類4表、およびこれらに関連する事項の附属明細書で「国の財務書類」は構成されている。

※3 有価証券の大部分を占める外国為替資金特別会計の外貨証券は、その取得のため必要となる財源を、主に政府短期証券の発行により調達している。したがって、資産に計上されている当該外貨証券を為替介入(外貨売り・円買い)によって売却した場合の収入は、原則として負債に計上されている政府短期証券の償還に充てられるものである。

※4 貸付金の大部分を占める財政投融資特別会計の財政融資資金貸付金は、その財源は財投債の発行により調達した資金や預託金で構成されている。したがって、資産に計上されている財政融資資金貸付金の回収金は、原則として負債に計上されている財投債の償還等に充てられるものである。

※5 年金制度は、現役世代が納めた保険料をその時々の高齢者の年金給付に充てる仕組み(「賦課方式」)を基本とした財政方式で運用されているため、「公的年金預り金」以外の債務は計上していない。一方で、「将来の国民負担」という視点も踏まえ、公的年金の財政均衡期間(おおむね100年間)における給付と財源を現価換算したものを「国の財務書類」において注記している。この場合、年金給付債務に相当する金額は、厚生年金、国民年金の合計で1,330兆円に上る点には留意が必要である。

※6 新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金

※7 ワクチン生産体制等緊急整備事業

※8 新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金

※9 子育て世帯への臨時特別給付金


執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
ディレクター 園田 雅宏

PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
マネージャー 岩本 信吾