IFRSを開示で読み解く(第35回)株式に基づく報酬の開示

2019-12-17

2019年12月17日
PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
岡本 晶子

2015年に導入されたコーポレート・ガバナンスコードには、経営陣の報酬について、「中長期的な会社の業績と連動する報酬の割合や現金報酬と自社株報酬の割合を適切に設定すべきである(補充原則4‐2(1))」と記載され、同年経済産業省から公表されたコーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会の報告書に記載のとおり、報酬として株式を付与する方法が法的に整理されました。さらに2016年度、2017年度の税制改正において、一定の要件を満たす特定譲渡制限付株式や、複数年度の利益・株価に連動した業績連動給与について損金算入の対象とする改正が行われました。これら一連の動きを受けて、株式に基づく報酬制度を新たに導入したり、既存の制度を見直したりする会社が増加しています。

2019年7月までに提出された有価証券報告書のうち、IFRSを適用しており、かつIFRS2号「株式に基づく報酬」に関する注記を開示している138社について、各社がどのような制度を採用し、どのように開示しているのかについて分析しました。

1.各社が採用している制度

各社が採用している株式報酬制度は、支給形態や報酬のタイプで以下のように分類することができます。前述したように、株式現物を報酬として支給する方法が整備され、また株式交付信託を通じて株式現物の支給を柔軟に管理する制度の会計処理も整備されたことで、ストック・オプションに代えて現物株式を利用する会社が増加しています。

株式交付信託とは、自社の株式を受け取る権利(受給権)を付与された役員等に信託を通じて自社の株式を交付する仕組みであり、株式現物の付与条件を柔軟に設計できる点が特徴です。信託報酬等の負担に耐えうる規模で株式報酬制度を運用する会社では、今後も株式交付信託の利用が増えていくことが予想されます。

下図1に示すように、ストック・オプションのみ採用している会社は69社と調査対象会社(138社)の50%を占めており、依然として同制度が主要な株式報酬制度であることがわかります。一方で、調査対象会社の約37%が、複数の株式報酬制度を開示しており、その中にはストック・オプションの開示は残っているものの、制度自体は既に廃止しており、パフォーマンス・シェア等の新しい制度に乗り換えている旨を記載している会社が一定数見られました。このことから、ストック・オプションから現物株式を支給する他の制度への転換が確実に進んでいることが読み取れます。

また、下図2に示すように調査対象会社の31%にあたる43社で、株式給付信託の利用について開示しています。株式給付信託を利用してどのような株式に基づく報酬制度を運用しているかについては、下図3に示しております。

2.IFRSにおける開示の要求事項

IFRS2号により株式に基づく報酬に関して要求されている開示事項は、以下の3項目です。その中の、「株式に基づく報酬契約の内容及び範囲」についての開示は、45項では、ストック・オプションについて明示的に要求していますが、現物株式の付与は行使価格がゼロのストック・オプションに等しいと考えられるため、ストック・オプション以外の株式報酬制度についても、同様の開示をすることが適当と考えられます。

IFRS2号により要求されている開示項目・内容

1.当期中に存在していた株式に基づく報酬契約の内容及び範囲(IFRS2号44、45項)

(1)株式に基づく報酬契約の各種類の説明:各契約の権利確定条件、付与されたオプションの最大期間、決済方法(現金決済・持分決済)

(2)オプションの数と加重平均行使価格:期首残高、期中の付与、期中の失効、期中の満期消滅、期末残高、期末現在の行使可能残高ごとに開示

(3)期中に行使されたストック・オプション:権利行使日時点の加重平均株価を開示するが、オプションが期を通じて一定のペースで行使された場合は、期中の加重平均株価の開示することができる。

(4)期末時点で残っているストック・オプション:行使価格の範囲と残存契約年数の加重平均を開示
行使価格の幅が広い場合には、発行される可能性のある追加的な株式の数と範囲及びそれらのオプションの行使により受け取る可能性のある現金を検討するのに有用な価格帯ごとに、未行使オプションを区分して開示

2.当期中に受け取った財もしくはサービスの公正価値、付与した資本性金融商品の公正価値の算定方法(IFRS2号 46、47、48項)

(間接的に測定する場合)

(1)期中に付与したストック・オプション:測定日時点の加重平均公正価値と公正価値の測定方法に関する情報

1.使用したオプション価格算定モデル、2.当該モデルに対する入力値(加重平均株価、行使価格、予想ボラティリティ、オプションの残存期間、予想配当、リスクフリー金利、モデルに対するその他の入力値)、3.予想ボラティリティの算定方法、4.株式市場条件などオプション付与のその他の特徴が公正価値の測定に織り込まれているかどうか、及びその場合の方法

(2)期中に付与した他の資本性金融商品(ストック・オプション以外):測定日時点での資本性金融商品の数と加重平均公正価値及びその公正価値の算定方法に関する情報

1.公正価値が観察可能な市場価格を基礎にして測定されていない場合は、その算定方法、2.予想配当を公正価値の測定に織り込んでいるかどうか、及びその場合の方法、3.当該資本性金融商品の他の特徴を公正価値の測定に織り込んでいるかどうか、及びその場合の方法

(3)期中に条件が変更された株式に基づく報酬契約:1.変更に関する説明、2.付与した増分公正価値、3.付与した増分公正価値をどのように測定したかに関する情報

(直接的に測定する場合)

(1)当期中に受け取った財又はサービスの公正価値を直接に測定している場合には、どのように算定したか等

株式に基づく報酬取引が企業の当期純損益及び財政状態に与えた影響(IFRS2号50、51項)

(1)株式に基づく報酬取引から生じた、当期に認識した費用の総額:費用総額のうち、持分決済型の株式に基づく報酬取引として会計処理した取引から生じた部分の区分開示

(2)株式に基づく報酬取引から生じた負債:1.期末現在の帳簿価額の合計、2.現金又は他の資産に対する相手方の権利が当期末までに確定した負債(例えば確定した株式増価受益権)の当期末現在の本源的価値の合計

3.株式給付信託を利用した株式報酬の開示分析

株式に基づく報酬制度を開示している138社のうち、116社が開示するストック・オプションについは、企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」および企業会計基準適用指針第11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」で詳細に開示項目が規定されていることもあり、各社の開示に特筆すべき相違点はみられませんでした。一方で、株式給付信託を利用しているケースでは、開示内容にバラつきが見られました。

調査対象会社のうち31%(43社)が利用する株式給付信託で、業績連動型の株式報酬(パフォーマンス・シェア)制度を採用している会社は39社ありました。パフォーマンス・シェア以外では、勤務条件のみの譲渡制限株式ユニット(RSU)や業績条件により現金で支給されるパフォーマンス・シェア・ユニット(PSU)を運用している会社がありました。
以下の事例は、IFRS2号の要求する3つの情報を網羅的に開示しているケースです。

(事例:医薬品事業)

1.持分決済型の株式報酬(株式付与制度)

当社グループは、当社グループの取締役および上級幹部に対して株式に基づく2つのインセンティブ報酬制度を導入しております。

役員報酬BIP(Board Incentive Plan)信託(以下、「BIP信託」)
BIP信託とは、当社の取締役を対象とした株式に基づくインセンティブプランであり、当社の取締役に対して譲渡制限付株式報酬(Restricted Stock)と業績連動型株式報酬(Performance Shares)として(1ポイント=1株)が付与されます。当該BIP信託による報酬のうち、譲渡制限付株式報酬は付与日から3年間にわたって3分の1ずつ権利が確定し、業績連動型株式報酬は、付与日から3年目に権利が確定します。報酬の決済は、株価、外国為替レート(日本国外の場合)、および当社の配当金に基づいて行われます。業績連動型株式報酬(パフォーマンス・シェア)については、報酬付与日において設定される連結売上収益、営業フリー・キャッシュ・フロー、1株当たり利益および研究開発に係る目標等の、透明性が高く客観的な目標の達成度に応じて決済が行われます。当社グループは、当社が完全保有している信託を通じて、付与日において市場から当社株式を取得し、その株式を用いて報酬の決済を行っております。個人が受領する株式数(株式現物または株式の換価処分金相当額の金銭)は、業績目標の達成度および権利の確定に基づいております。BIP信託は、日本国内に在住する個人について株式交付により決済を行い、日本国外に在住する個人については、その個人が権利を有する株式の売却による換価相当の金銭を支払うことで決済しております。

株式付与ESOP(Employee Stock Ownership Plan)信託(以下、「ESOP信託」)
ESOP信託とは、上級幹部を対象とした株式に基づくインセンティブプランであり、従業員に対して報酬(1ポイント=1株)が付与されます。一部の上級幹部については、BIP信託と同様に権利が確定し、それ以外の従業員については権利付与日から3年間にわたって毎年3分の1ずつ権利が確定します。報酬の決済は、株価、外国為替レート(日本国外の場合)、および当社の配当金に基づいて行われます。業績連動型株式報酬(パフォーマンス・シェア)については、報酬付与日において設定される連結売上収益、営業フリー・キャッシュ・フロー、1株当たり利益および研究開発に係る目標等の、透明性が高く客観的な目標の達成度に応じて決済が行われます。当社グループは、当社が完全保有している信託を通じて、付与日において市場から当社株式を取得し、その株式を用いて報酬の決済を行っております。個人が受領する株式数(株式現物または株式の換価処分金相当額の金銭)は、業績目標の達成度および権利の確定に基づいております。ESOP信託は、日本国内に在住する個人に対しては株式を交付して決済を行い、日本国外に在住する個人については、その個人が権利を有する株式の売却による換価相当の金銭を支払うことで決済しております。

株式付与制度に関して認識された費用の総額は、2018年3月期および2019年3月期において、それぞれ18,610百万円および20,084百万円であります。

付与された報酬ポイントの付与日時点の加重平均公正価値は以下のとおりであります。

付与日の公正価値は、付与日の当社株式の株価に近似していると判断されたことから、付与日の株価を使用して算定しております。

各会計年度における株式付与制度における報酬ポイント数の変動は以下のとおりであります。

2018年3月31日および2019年3月31日現在において、期末行使可能残高はありません。

BIP信託、ESOP信託のポイントの加重平均残存契約年数は、2018年3月31日現在および2019年3月31日現在、それぞれ1年であります。

株式給付信託を採用している会社の開示の特徴がみられたのは制度の概要の説明の部分です。以下の3つのポイントから43社の開示を分析しています。

  1. 株式交付規定等に基づくポイント制について説明している会社:29社/43社(67%)
    株式給付信託制度は、特に現物株式を給付の対象とする場合に、自由に設計できる点がメリットとなっており、7割近い会社が、役員株式給付規定等に付与条件や確定条件を定め、ポイント制度で運用していることがわかります。また、有価証券報告書の中の「株式の状況」で役員・従業員株式所有制度の内容を詳しく記載している会社も多数ありました。
  2. 権利確定条件や権利確定期間について説明している会社:15社/43社(34%)
    ほとんどの会社は、付与と行使について記載していますが、権利確定条件や権利確定期間について明確に記載している会社は34%でした。会計処理のポイントとなる情報ですので、会計処理を理解するために有用な情報と思われます。
  3. 株式数もしくは株式交付のポイント数の期中の増減・残高情報を記載している会社:17社/43社(40%)
    40%の会社が、ポイントもしくは株式の付与、行使、失効から期末残高の推移を記載しています。株式報酬制度の規模感を理解するために有用な情報と思われます。

まとめ

株式に基づく報酬についての開示にあたっては、以下に例示する項目のような、財務諸表の読者がその制度の会計処理及び財務諸表に与えるインパクトを理解できる情報を記載することが有用と考えられます。今回取り上げなかった譲渡制限株式(RS)や、ストック・アプリシエーション・ライト(SAR)等のその他の制度についても、その会計処理を決定し、影響額を算定する上での重要な事項は、開示項目に含めることが望まれます。

(1)支給形態:オプション(新株予約権)、株式現物、現金、株式・現金選択

(2)権利確定条件:業績条件、勤務条件、その他の条件

(3)権利確定期間

(4)付与日、付与日の公正価値の算定方法

(5)財務諸表へのインパクト

以上

※法人名、部署、内容などは掲載当時のものです。