Space Business Insights 2020

第2回 宇宙移住時代の到来‐宇宙における居住

宇宙空間への研究、ビジネスが加速しており、宇宙に「居住」することも遠い未来ではなくなってきています。そこで本インサイトでは、インフラ整備と生活をより豊かにするためのQOL(Quality of Life)向上の2つの観点から宇宙ビジネスの機会を考察します。

1.序論

イーロン・マスク氏やジェフ・ベゾス氏などの起業家たちが、「経済圏を宇宙まで拡大する」ことを目指して宇宙ビジネスに乗り出しています。実際に月や火星を目指す動きは政府機関、民間問わず活発になってきており、宇宙大航海時代が迫ってきています。経済圏が宇宙まで拡大すると、必然的に宇宙空間で人類が生活することとなります。つまり、衣食住のサービスを宇宙空間でいかに実現し、提供するかが今後のビジネス機会となります。宇宙移住時代の到来です。

政府などの公的機関、民間企業問わず、宇宙空間での生活環境に関しての研究が進められています。本連載の第2回では、衣食住の中でも「住」に焦点を当てて、日本や世界各国の事例を交えながら、宇宙空間で「居住」するうえでの課題や、どのようなビジネス機会があるのか考察します。

ここでの居住とは、月面や火星面上など惑星・衛星地上面などにおける建造物だけを対象とせず、宇宙空間での宇宙船などの構造物に居住することも想定しています。居住建造物の建設にあたっては、軽量化やコンパクト化して地球から輸送する方法や、3Dプリンターを活用して現地で組み立てる方法が検討されています。

2.宇宙空間の環境

地球上では当たり前にある環境に関して、宇宙空間ではさまざまな可能性を考慮しなければなりません。まず宇宙空間は「無重力」です。そして「水」や「空気」もありません。また、宇宙線(宇宙空間を飛び交う高エネルギーの放射線)など人体に有害なものが飛び交っています。そして、月や火星など別の惑星や衛星は、地球とは重力の大きさも、地盤の状況も、大気の構成などもそれぞれ異なります。こういった環境でいかにして人類は居住できるのでしょうか。重力や水、空気といった人類が生きていくうえで必要不可欠なものがない(あるいは異なる形で存在する)世界での生活となることから、「地球人」である人類が、宇宙空間での居住を考える際は、まずどう生命を維持するかについて考える必要があります。

例えば、重力について、宇宙空間は無重力であるため、人間が生活するうえで地球上では発生しない身体的影響についての考慮が必要です。

その1つに血流が挙げられます。地球上では重力により、「下」に全てのものは引っ張られています。そのため地球上では血液は重力によって下半身に向かっており、ふくらはぎなどがポンプの役割を果たすことで全身に血が巡っています。しかし、宇宙空間などの無重力状態では、上半身にも血が巡りやすくなります。いわば逆立ちしているような体の状態になり、頭が重く感じたり、鼻詰まりになったりします。これは『宇宙酔い』や『体液シフト』と言われるもので、訓練を受けた宇宙飛行士でも数日から数週間程度続くと言います。

また、無重力状態が続くと人間の筋力や骨が弱くなりやすいため、地上帰還後に大きな問題となります。特に骨密度に関しては、長期滞在した宇宙飛行士のデータからも実際に大きく減少することが知られています。そのため国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士は1日2時間の運動が必須となっています。

このように、無重力状態による身体への影響は大きいことから、宇宙空間で「居住」するにあたっては、身体機能の衰えを防ぐための日常的なトレーニングが必要なことが分かります。このように、「住」環境における宇宙ビジネスの可能性を考察するにあたって、生命維持に必要不可欠なインフラ整備の観点と、宇宙空間での生活をより豊かにするためのQOL向上という2つの観点が重要となります。

3.宇宙での居住に必要なインフラ

人類が宇宙へ進出し宇宙空間で生活するうえで必要なインフラについて、地球上での生活を想定すると、「電気」、「通信」、「空気」、「水」の4つが挙げられるでしょう。これらに加えて、地球には当たり前に存在し、宇宙にはない観点で捉えた場合、「重力」も新たなインフラとして考えることも必要になるでしょう。

電気、通信に関しては、地球上で利用している技術の応用が可能でしょう。電気については、人工衛星などでも利用されているように太陽光などを活用しエネルギーに変換できます。通信に関しても、人工衛星でも活用されており、電波の送受信装置や通信網を整備するなど、既存の地球上の技術を応用することで提供可能であると想定されます。重力に関しても、遠心力を利用して重力を生み出す方法などが官民において検討されています。

空気に関しては次の2つの方法が考えられます。

  • 地球からの輸送
  • 宇宙空間での生成

ここでは宇宙で生成する方法に注目します。宇宙空間で空気を生成するには、いかに酸素を生成するかが重要となりますが、現在は水を電気分解し酸素と水素を分離し、酸素を取り出すことが主流の考え方となっています。この原理を活用して、ロシアや米国それぞれの国で空気生成装置が開発されており、ISS(国際宇宙ステーション)でも利用されています。この原理で空気を得るうえでは水をいかに得るか、維持し続けるかが非常に大切になっています。

続いて水に関して、宇宙空間で水を得るためには主に次の3つの方法があります。

  • 地球からの輸送
  • 現地調達
  • 水再生システム

地球からの輸送について、ISS建設中は、水を地球からシャトルで運びモジュールに届けていましたが、スペースシャトルによる運搬費用は平均すると1リットル当たり約100万円もかかっており、非常に高価でした。現地調達については、月面地下に水が分布していることは確認されており、火星の地下にも氷が発見されていますが、普段それがどのような状態であり、どのように抽出できるかまでは判明していないのが現状です。水再生システムについては、水を作り出すシステムとして、尿から水を得るシステム(次世代水再生実証システム)の検討が進んでおり、実際にISSなどでも活用されています。尿を飲料水品質の水に再生するためにはイオン交換、電気分解、電気透析の3段階の工程を経る必要があります。電気透析の過程でアルカリ水と酸水が出てきますが、これを使ってイオン交換樹脂を掃除することでメンテナンスフリーを実現しており、3年以上フィルタを交換せず稼働することが可能です。また持続・循環する仕組みという観点で、人間が吐く息のCO2(二酸化炭素)を還元し、CH4(メタン)とH2O(水)を得ることで循環して水を得る研究も進められています。現時点では、一定量の水を地球から運びつつ、居住空間でも水を作り出す(もしくはリサイクルし続ける)方法が現実的です。

インフラの整備にあたっては、技術面、費用面で多くの課題があり、官民問わず解決に向けた技術検証などが進められています。宇宙に居住することを起点に検討した場合、尿(液体)から水を得る発想だけでなく、CO2のような新たな資源から水を得るような発想で解決策を考えることができ、連続的なイノベーションだけでなく、非連続なイノベーションを生み出す可能性を秘めていると言えます。

4.宇宙での生活を豊かにするには

宇宙空間は生命にとっては過酷な環境です。当初、宇宙空間での居住施設は、生命を維持するための最低限の設備が供えられたISSのようなものになると想定されます。つまり、非常に狭く、無機質で、水や空気や電気などの使用も制限されるでしょう。その制限は、身体にとっても、精神にとってもかなりの負荷がかかるであろうことを想像するのは容易いでしょう。特に精神面での影響は大きく、地球上での生活のような気軽さが宇宙空間での居住には求められず、大きなストレスの要因になるでしょう。このような環境で、いかにして生活の質、すなわちQOLを向上できるのでしょうか。

日本の建築業を中心に複数の民間企業で構成される宇宙での住環境に着目したビジネス、および暮らしを検討するワーキンググループが存在します。例えば「2040年には人間が宇宙に滞在できるインフラが整っている」と仮定して、実際に宇宙ホテルをデザインしています。その過程で課題を見出す取り組みや、宇宙に滞在する人間の生活を描くことで一つひとつの行動に必要な物資が何か、そこからビジネスに繋がる要素を見出す取り組みが実施されています。宇宙に居住する未来を想像することで、QOL向上のヒントが見つかるかもしれません。

また、身体の疲れを癒し、ストレスの緩和のために必要不可欠なものとして、睡眠が挙げられます。宇宙での睡眠の質を高めるため、日本の寝具メーカーが大学や公的機関と共同で、宇宙での長期滞在用の寝具の研究に着手した事例もあります。無重力空間だからこそ快適性を発揮し、身体への負荷軽減だけでなく、個人にとってのプライベート空間を保つことをコンセプトにしたものです。

さらに、宇宙空間は無重力であることから、居住空間内で思うように移動することができず、心身いずれにおいてもストレスが加えられることも想定されます。無重力空間内での移動補助の仕組みなど、地球上のバリアフリーの概念を発展させることで、宇宙での居住空間デザインに繋げることも可能かもしれません。逆に、無重力であるからこそ、高齢者や体にハンディキャップを持った人間でも、宇宙においてはハンデを負うことなく、日常生活や仕事に取り組むことができる可能性もあるのではないでしょうか。

宇宙空間での精神的ストレス緩和に関しては、花の香りが効果を示したことがNASAの研究で解明されています。宇宙での居住空間内では、地球上での生活以上に「香り」が求められるかもしれません。さらにこの研究では、宇宙で人工的な空間で咲かせたバラと地上で咲かせたバラの、におい分子を分析し比較した結果、宇宙の人工的空間で咲かせたバラの方がより繊細な香りとなっていたことが明らかになっています。そしてこの実験で得られた香りを、日本の某化粧品メーカーが再現し、香水を販売するに至っています。宇宙で開発された技術が地球上でのビジネスにも還元されている例と言えます。

宇宙空間での生活においても、スポーツや映画、音楽などの娯楽が生活の質の向上に繋がるでしょうが、制約事項の多い環境下だけに娯楽に求めるものも変わってくるのではないでしょうか。つまり地球上で当たり前に体験できることを体験する、ということが究極の娯楽になる可能性もあります。

ある日本の大学の研究室において、宇宙空間でのお風呂の提供について研究している事例があります。現在のISSでは、シャワーはなく、頭は水なしシャンプーで洗いその後タオルで拭き取り、体もタオルで拭うという単純なものです。つまり入浴が体験できないのです。このような環境下で、もし暖かいお風呂に浸かれるサービスがあれば、究極の娯楽に成り得る可能性があるでしょう。

このように、世界各国や日本において、宇宙空間での生活の質をいかに向上させるか、官民問わず検討が進められており、来るべき宇宙移住時代においては、QOLの向上は欠かせないテーマの1つです。

5.総論

人類の宇宙への進出がただの夢物語ではなくなってきた現代において、宇宙空間での生活について考察することは、新たなビジネスチャンスの創出に繋がります。イーロン・マスク氏やジェフ・ベゾス氏は将来、宇宙には100万人が住んで、100万人が働くと述べています。またそう遠くない未来である2040年においても、月に1,000人が住み、年10,000人が訪れることを目指している動きもあり、月面への移動や、滞在するための設備、滞在中のサービスなど、宇宙空間での生活に関する市場ポテンシャルは非常に大きいでしょう。

すでに今、地球上にある技術やサービスを宇宙空間へ展開できないか検討を始めている事例が出てきています。その一方で、50年後の未来を想像し、人類が宇宙進出した時の宇宙空間での生活を想像することで、どういった技術やサービスが必要かを未来創造し、バックキャストすることで考察することもできるのではないでしょうか。

最後のフロンティアと言われる宇宙ビジネス分野においては、多くの企業にビジネスチャンスが広がっています。地球上での日常生活の中からヒントを見つけ、宇宙での生活を想像することが、新たな宇宙ビジネスの創出に繋がるかもしれません。

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執筆者

藤田 宗佑

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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前野 恵里奈

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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榎本 陽介

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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