LIBOR移行対応アップデート―ハイライト(2020年10月16日~31日)

今号では、ISDAのフォールバックプロトコルの正式公表や、欧米で進むタフレガシー契約に対する救済法案の議論について解説します。

1.ISDAフォールバックプロトコルの手続きを開始

国際スワップデリバティブ協会(ISDA)は、長く待ち望まれていたIBORフォールバックサプルメント(追加条項)とプロトコルの手続きを開始しました。このプロトコルにより市場参加者は、LIBORを参照する既存のデリバティブ取引のマスター契約にハードワイヤード条項を含め、LIBOR公表停止時において自動的にLIBORから新しい代替金利指標に移行できるメカニズムを得ることになります。本プロトコルが幅広く利用できることを示す目的から、主要な市場参加者は、正式に公表がなされる2週間前のエスクロー期間中(”In escrow”)より本プロトコルを批准できるようになっていたこともあり、手続き開始時点で、250以上の組織が本プロトコルに参加しています。現在は、他の市場参加者もプロトコルの批准が可能であり、プロトコルによる修正の発効日は2021年1月25日となっています。

世界中の規制当局や業界団体が本プロトコルへの強い支持を表明しており、金融機関に対して、ISDAプロトコルを批准することで移行リスクを管理するよう強く勧めています。

本プロトコルは、各カウンターパーティがプロトコルに批准することを前提条件として、既存の非清算デリバティブ取引契約に、ISDA 2006年版定義集を修正する追加条項を組み込むものです。本追加条項が発効した場合、ISDA 2006年版定義集を参照する新規の非清算デリバティブ取引には、自動的に新しいフォールバック条項が組み込まれることになります。既存の清算デリバティブ取引については、主要な中央清算機関(CCP)が、それぞれのルールブックで規定されている権限を行使してISDA のフォールバックを反映させることを示唆しています。

プロトコルとともにさまざまな契約のテンプレートが公表されており、相対交渉において特定の取引やマスター契約を対象外としたり、マスター契約を追加したり、フォールバック条項(停止前トリガーなど)を変更したりすることが可能となっています。

また、プロトコルの開始をサポートするオンラインセミナーシリーズが公開されており、プロトコルの範囲と仕組みに関する説明や、Bloombergによるフォールバックの方法とその開示方法に関する情報、提供された相対契約のテンプレートとそれをサポートする技術的なソリューションに関する議論が展開されています。これとあわせてIBORフォールバックの紹介動画も掲載されています。

PwCの見解

米ドルLIBORエクスポージャーの大部分がデリバティブに集中していることを踏まえると、今回の公表はLIBOR移行における重要なマイルストーンであるといえるでしょう。本プロトコルにより、多くの契約の移行計画が明確になりました。正式な手続きが開始された今、さらに多くの市場参加者がプロトコルを利用するようになると考えられます。しかし、プロトコルはLIBORを参照する全てのデリバティブを普遍的に修正するものではなく、相対交渉による修正を必要とする既存契約も多く残ることになるでしょう。この理由として、 a) 一部の組織では本プロトコルを批准しない選択をせざるを得ないことや、b) 本プロトコルが全てのデリバティブに対する解決策にならない可能性(例えば、金利計算期間の前に当該期間にかかる金利の確定値を知る必要がある場合など)があることがあげられます。

一方、本プロトコルで管理可能な取引であっても、複数の企業がそのカウンターパーティと互いに合意できる条件で、LIBORの公表停止前に契約を積極的に移行していくものと思われます。企業は既存取引を相対交渉により修正するにあたり、それがプロトコル適用前の積極的な移行であっても、プロトコルの範囲が制限されているために検討を余儀なくされるものであっても、明確な戦略を確立する必要があります。通常、LIBORエクスポージャーの削減には、顧客との関係や経済的な影響に関する戦略的な考慮が必要なほか、ヘッジ会計、ポートフォリオ構成、他の契約修正作業(Brexit関連の検討など)との間に生じ得る重複が下流工程に影響を及ぼすことから、さまざまなステークホルダーの意見が求められます。

不確実性を早い段階で解消するために、早急にカウンターパーティと個別に確認し、実行可能な場合には相対交渉を開始することを推奨します。

2.割引金利のSOFRへの切り替え

ロンドン・クリアリング・ハウス(LCH)やシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)などの主要な中央清算機関(CCP)は、米ドル金利建ての清算デリバティブのプライス・アライメント・インタレスト(PAI、変動証拠金の支払利息)および割引金利に関する指標として、実効フェデラル・ファンド・レート(EFFR)から担保付翌日物調達金利(SOFR)への切り替えを完了しました。上記2つのCCPがとったアプローチは全く同じではないものの、どちらも市場参加者に対し切り替えにより生じる市場価値の変化を補償し、割引リスクプロファイルの変化を相殺するためのベーシススワップを発行する一方で、これらのベーシススワップの同時解除を希望する参加者のためにオークションプロセスを実施しました。

今回の切り替えは、米ドルLIBORの代替金利指標として推奨されているSOFRをデリバティブ市場にさらに定着させ、SOFR参照デリバティブの流動性を高めるために重要なものと考えられます。実際、SOFRの取引は、切り替え日およびそれ以降に大幅に増加しています。切り替えが行われた10月16日と19日には、762件のSOFRスワップがDTCCのスワップ・データ・リポジトリに報告され、その総額は610億米ドルを超えました。10月以前は、SOFRスワップ取引の開始以降最も活発に取引されていた週でも、取引量は200件強であり、想定元本は400億米ドル強に留まっていました。

LCH オークションの当日である 10月16日の取引はベーシススワップが中心となり、その日の SOFR スワップ取引の想定元本の 91.3%を占めました。10月19日のCMEオークションでは、市場参加者がベーシススワップの代わりに固定金利と変動金利を交換するOISスワップを選択できるようになり、OISスワップが取引の70%を占めました。10月の最終週に向けてピーク時の水準より取引量は減少したものの、依然として想定元本と取引件数は割引金利切り替え前の2倍以上の水準を維持しています。

PwCの見解

米商品先物取引委員会(CFTC)は、LCHとCMEに対し、オークションプロセスに関連するスワップのリアルタイムでの報告を免除するノーアクションレターを発行していますが、上記の統計には、オークションプロセスの一部として取引されたベーシススワップや、ベーシスリスク管理のために金融機関が保有している補償目的のベーシススワップはまだ含まれていません。したがって、割引金利が切り替えられた週の取引量の増加は、CCPから補償となるスワップを受け取ることに同意した市場参加者が、オークションプロセス外の取引を通じてこれらのスワップポジションの解消取引を行ったことが主な要因であると考えられます。

機関投資家は今後、継続的なSOFRスワップ取引により、SOFRへの切り替えに伴うリスクを管理しなければなりません。割引金利の切り替えが実施されるまでの数カ月間、市場の関心は、このようなリスク管理ツールが全ての期間構造で利用できるかどうかに集まっていましたが、オークションプロセスの成功によりその懸念は緩和されました。

また、DTCC が公表した 10月の SOFRスワップ取引の分析によれば、期間構造の全域において取引が実施されていることが確認できます。

これらの取引の想定元本と市場全体のリスクプロファイル(LCHの補償スワップオークションにかかるエクスポージャーを基礎とする)を比較すると、一般的なSOFR取引のテナーと市場に内在するリスクとの間に強い相関関係があることが見受けられます。さらに、取引件数の分析では、取引の分布は期間構造にわたってフラット(均等に分布)であり、報告された取引の約半分は2年と5年のテナーで発生していることが分かっています。

3.移行マイルストーン:FSBとシンガポール

金融安定理事会(FSB)は、LIBORから代替金利指標への移行に関するグローバルロードマップを公表しました。市場参加者にISDAのIBORフォールバックプロトコルへの批准を促すとともに、LIBORの公表停止が想定される2021年末までのマイルストーンを示しています。

  • 2020年末まで:代替金利指標を参照する、もしくは2021年末までにLIBORから代替金利指標に自動的に切り替えるメカニズムを備えた非LIBOR参照ローンを顧客に提供できるようにする。
  • 2021年上半期まで:既存契約の修正と、代替金利指標の取引に必要なシステムやプロセスの変更のための正式な計画を策定し、実行が現実的なものについては実施に向けたステップを進める。

FSBは、「企業は現時点で、全ての既存のLIBORエクスポージャーの評価を終え、関連契約に盛り込まれるフォールバック条項を十分に理解している必要がある」としています。

シンガポールでは、シンガポールスワップオファーレート(SOR)のシンガポール翌日物金利平均(SORA)への移行のための運営委員会(SC-STS)がマイルストーンを発表し、銀行は2021年4月末までに新しいSOR参照ローンの発行を停止する必要があると示唆しています。さらに、2021年第3四半期末までにSORエクスポージャーを、5月基準で20%削減することが期待されています。また、SC-STSは移行のチェックリストの更新版を公開しました。

PwCの見解

規制当局や代替金利指標ワーキンググループが作成している暫定的な移行マイルストーンは、LIBORが2021年末、またはその直後に公表停止するという共通前提に基づいています。システムの準備やハードワイヤードフォールバック条項の組み込み、新規LIBOR参照商品の発行停止についてそれぞれ目標期日を設定すれば、移行計画を明確にすることはできますが、企業が重点を置くべきなのは、金利指標としてのLIBORへの依存を可能な限り早急に削減する方法を見つけることでしょう。ハードワイヤードフォールバック条項の採用、金利指標を切り替えるメカニズムの準備、新規契約におけるLIBORから代替金利指標への完全移行などを迅速に実行するほど、2021年後半に対応が必要なLIBOR参照契約の金額は管理可能な範囲に収まると考えられます。

したがって、ハードワイヤードフォールバック条項の導入、既存エクスポージャーの移行、代替金利指標に基づく新商品の発行などの移行タイミングは、マイルストーン(目標期日)のみで決定されるべきではないと言えます。確かに一部の企業では、外部委託業者への依存度、フィデューシャリーデューティー(顧客にとって最善な経済的成果を達成できるかについて)の懸念といったその他の事項を考慮して移行タイミングを調整する必要があるかもしれません。一方で、多くの企業にとっては、戦略的、経済的、また規制上・運用上のポイントから、提示されている目標期日よりも早く行動する方が有利になる可能性があります。

通貨や商品によりマイルストーンは異なる可能性がありますが、いずれも目標は2021年末です。その日は迫ってきており、ローン担保証券(CLO)市場におけるLIBOR移行が明らかに遅れているというLSTAの見解のとおり、今すぐにでも取り掛からなければなりません。

4.タフレガシー契約に対する救済法案に関する最新情報

米国代替参照金利委員会(ARRC)の救済案に基づく法案が、ニューヨーク州上院において、同上院消費者保護委員会議長のKevin Thomas上院議員により提出されました。また先般、連邦レベルでも同様の法案が、House Capital Markets Subcommitteeの議長であるBrad Sherman議員によって回覧されています。この法案は、LIBORの公表停止時にフォールバック条項が含まれない、もしくは条項が不十分な既存のLIBOR参照契約(タフレガシー契約)において、LIBORをスプレッド調整済みSOFRに法的に置き換えることを提案するものです。

欧州では、欧州議会のシンクタンクが、欧州委員会(EC)によるベンチマーク規制の見直しに関する評価を初めて公表し、この問題の「定義、目的、および政策オプションは明らかに相互に関連している」とコメントしています。米国で提出された法案と同様に、ECの提案では、LIBORの公表停止時にフォールバック条項が不十分な場合、LIBORを新しい金利指標へ法的に置き換えることを求めています。

また英国議会は「Financial Services Bill 2020」の法案を発表しました。これは、英金融行為規制機構(FCA)に、LIBORの公表停止前に是正できないタフレガシー契約に該当するLIBORエクスポージャーに対処するための追加権限を与えるものです。この法案により、FCAは重要な金利指標にかかる計算方法の変更を強制することができるようになり、LIBORの場合、パネル行が呈示するレートに依存する必要がなくなります。この結果、いわゆる「シンセティックLIBOR」が生まれ、タフレガシー契約による参照のみを目的とした利用が可能となります。英国のアプローチは米国・EUとは範囲が異なり、タフレガシー契約に限定されると予想されています。一方、米国とEUで提起された法案は、より多くの契約に適用されると考えられます。

英国財務省(HMT)は、法案に関する詳細を追加した支援政策声明を発表しました。この発表を即座に歓迎したFCAには、新しい権限の実行方法を解説する施策声明の発表が求められています。 このトピックに関する公聴会は年内に予定されています。

PwCの見解

既存のLIBORエクスポージャーに対処する法律上の解決策に進展があったことは、公的部門による移行支援の大きな一歩であり、市場からも確実に歓迎されるでしょう。ただし、HMTが強調しているように(また以前より多くの人が強調しているように)、市場参加者は可能な限り積極的にLIBORからの移行を図るべきです(公表停止前の事前移行の奨励)。

法律上の修正は一部の既存のエクスポージャーに対するセーフティネットとはなりますが、部分的なものに過ぎません。特定の法案が別の法域(国・地域)の法案といかに相互作用するのか、また、法案やその施行がどの程度法廷で異議を申し立てられるかについては、まだ不明です。多くの契約は、LIBOR公表停止により、それぞれの当事者に望ましくない経済的結果をもたらすものであり、法的救済策の範疇に収まりそうもないことも事実です。

金融機関は、法律上の修正実施に伴う不確実性をそのままにせず、またはそのような修正の対象となる契約において参照金利の変化により発生する経済的な影響の管理を放棄せず、引き続き積極的にLIBORエクスポージャーの最小化に努めるべきです。これには可能な範囲での契約再交渉や修正、同意勧誘(コンセントソリシテーション)、または自主的な転換の申し出(Federal Farm Credit Bankが最近公表した債券交換の申し出など)が含まれます。

現在進行中の審議と実施の詳細によっては、影響を受ける契約の範囲やそれに伴う経済的および業務上の影響が大きく変わる可能性があり、今後の法案の進展を注意深く観察する必要があるでしょう。

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5.当局からの支持を得るのは厳しい:信用感応度の高い金利またはSOFRスプレッド調整

米国の規制当局は、ニューヨーク連邦準備銀行(FRB NY)が開催したCredit Sensitivity Group(CSG)のワークショップの参加者に書簡を送付し、公的部門(オフィシャルセクター)は「ビジネスローン商品に使用する特定の信用感応度の高いスプレッドや金利を推奨するグループを招集する予定はない」との見解を示しました。このワークショップは、SOFRが特にストレス期において資金調達コストを正確に反映していないのではないかという、多くの地方銀行から寄せられた懸念を受けて開催されたものです。
 
書簡ではその理由を、貸し手とその顧客の間で参照金利を選択する際に、公的部門は仲裁者として適切な立場にはないためとしています。また、FRB NYは、信用感応度の高い代替案の可能性を引き続き模索したいという企業の声を受けて、その開発を促進することを目的としたワークショップをさらに 2 回開催する予定であると発表しました。

PwCの見解

今回の規制当局からの書簡は、これまでたびたびこのアップデートにて注意を促してきたように、LIBORの公表停止に先立って、信用感応度の高い金利指標やスプレッドが出現する可能性は極めて低いということを裏付けるものです。同時に業界の一部には、信用感応度の高い代替案が出現することを期待し、書簡がSOFRの採用は任意であるとしていることを理由に、移行への取り組みをさらに遅らせる企業もあると思われます。しかし、移行は遅らせるべきではありません。

LIBOR の公表停止より以前に、信用感応度の高いSOFRのアドオンが登場する可能性は明らかに低く、また一部の銀行が懸念する、景気後退時の資金調達コストの上昇圧力の問題はまだ解決していません。信用感応度の高い金利指標やアドオンが存在しない場合には、資金調達リスクを軽減するために、例えば、貸し出しファシリティのテナーを短縮したり、SOFR インデックスへの移行に伴うリスク増加を補う他の手段を提供したりといった、代替的な解決策が必要となるかもしれません。

規制当局は、SOFR以外のレートを使用していることだけを理由に、組織を批判することはないとしています。FRB NYはCSGのワークショップにおいて参加者に対し、代替金利指標には十分な流動性と市場操作に対する頑健性が必要であると念を押しています。単なる金利指標の選択そのものは批判の理由にはならないかもしれませんが、まだ確立もしておらず、頑健性も流動性も低い金利指標の適合性を擁護するには、ハードルはかなり高く設定されているように思われます。

※本コンテンツは、PwCが2020年10月に発刊した「LIBOR Transition Market update: October 16-31, 2020」の一部を抜粋し翻訳したものです。

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