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ヘルスケア業界は、エコシステムの構築によりダイナミックな進化を遂げる変革期にあります。
世界全体が高齢化し2035年までに60歳以上の人口が約90億人に達するとみられる中、糖尿病、がん、認知症などの慢性疾患の発症率が高まり、その治療費は2030年までに47兆米ドルに達すると予測されています。公的保険による医療サービスの中には治療に遅れが生じるものも出てきていますが、世界的な医療従事者不足を考えると、その迅速な解決は難しいと言わざるを得ません。
日本でも2023年に糖尿病や肥満症の治療薬として発売されたGLP-1受容体作動薬※1は、例えば米国では医学的に必要のない人にも処方され、高価格で取引されています。糖尿病の有病率は、所得や教育の格差と関連があるとされ※2、その高さが低・中所得国における課題に位置付けられていますが、米国を中心とする先進国の需要拡大に伴う供給不足と高薬価を背景に、こうした国々ではGLP-1受容体作動薬の利用が困難な状況におかれています。所得格差によって、真に医療上必要としている患者に薬が届かない状態にあるということです。
これら課題の克服は、ヘルスケアの未来に大きなインパクトをもたらします。個人の特性に応じてパーソナライズされた治療を全ての人に提供することが可能になるかもしれません。例えばAIによる創薬は、現在に比べ遥かに迅速かつ低コストで、新薬を開発します。さまざまなテクノロジーと医療サービスが連携することで、処置やケアのデジタル化が可能になり、患者やその家族、医療従事者などが利用しやすくなります。またスマートフォンやウェアラブル端末は、さまざまな疾患の悪化を早期の段階で検知し警告します。そして持ち運び可能なテクノロジーと医療機器の進化によって、AIによるリアルタイムでの診断が実現します。
このような個々人のニーズに沿った治療やケアの提供には、多様な要望に応えるために複数組織が連携するエコシステムの構築が求められます。このヘルスケア業界のエコシステムも、他の業界と同じように気候変動、技術革新、人口動態の変化、世界の分断、社会的不安などの主要なメガトレンドに左右されます。これらは長期的なトレンドではありますが、最近は特にその影響が強く感じられます。そういった意味では、組織の成長と進化のために、常時変化する短期的なリスクに対処すると同時に、メガトレンドにいかに適応していくかについても視野に置く必要があります。
これらのメガトレンドによってもたらされる変化は、人間の活動に関する 6 つの基本領域に現れています。
そして他の領域と同様に、ヘルスケア業界にも、従来とは異なる新しいエコシステムが誕生しつつあります。新たなエコシステムでは、従来のプレーヤーと新しいプレーヤーが協力し、プランの作成から実際にサービスを受けるまでを変えていきます。
またこのエコシステムでは「価値」が大きく変わります。患者を中心にした新しい「価値」が生まれ高まるのに伴い、既存の事業者のなかには、成長するプレーヤーも消滅するプレーヤーも出てくるでしょう。既存企業と新興企業、大規模組織と小規模組織、公的団体と民間企業、規制当局など実体経済と金融経済の両方にわたる幅広いプレーヤーが、このエコシステムに加わります。結果、エコシステムは、需要と利用者の期待に応えることができるより大きく多様なネットワークへと成長します。
こうした動きに乗じている組織は既にありますが、いまだ充足していない部分や、参入の余地は十分に残されています。このエコシステムへの参加により、チャンスをつかむことができます。従来のバリューチェーンに束縛されている場合ではありません。
PwCは、次のような原則に基づき、新たなケアモデルを構想すべきと考えています。
公正かつ倫理的にケアを行うことです。最も緊急に必要とされる場所、最もインパクトがあり、最も重要なところにリソースを向けることが求められます。
イノベーションが喚起されやすい環境を整えるために、エコシステム内の全てのプレーヤー間のコラボレーションを促進することが必要です。
それぞれの領域の垣根を越え、あらゆる治療の場において、高品質なケアの提供を優先することが望まれます。全ての製品やサービスが安全に提供され、患者中心であり、ニーズの変化に対応し得る十分な訓練を受けたスタッフによってサポートされることを保証する必要があります。
ケアのレベルに悪影響を及ぼすことのないよう配慮しつつ、膨らみがちなコストを抑制し、最も重要な事項に資金を振り分けることが求められます。
世界の二酸化炭素排出量の5%を、ヘルスケア業界が占めています。排出量の削減に配慮が必要です。
エコシステムがパンデミックやサプライチェーンの混乱、地政学的な要因などによる突然の変化やショックに確実に耐え、またイノベーションにも柔軟に対応できるようにしておくことが重要です。
PwCは、世界のヘルスケアエコシステムは、今後10年間で、4つの主要項目を中心に再構築されると考えています。
1点目は予防です。症状の悪化を防ぎ健康を維持するために、疾患の上流にあるリスク要因に対処するようになります。
2点目として現在の画一的なアプローチから個々人のニーズに沿った形へと、一層個別化が進むことが挙げられます。
3点目は、先進的なテクノロジーを駆使することで、事後対応から深刻な事態に陥る前に介入する形へと切り替わり、予防や予測の要素が高まることです。
4点目として、患者が医療機関を訪れるのではなく、患者の自宅や近隣で治療を受けられるポイントオブケアに焦点が当たります。治療やケアを受ける場所やその方法、治療やケアの担い手が変わり、遠隔医療、遠隔手術、地域の施設・設備といった分野が成長を遂げます。
患者中心の医療モデルにおいて各ステークホルダーは、これまで述べてきた構成要素や原則を念頭に、エコシステムの促進に欠かせない「重要なパーツ」を活用しながら、新たな方法でケアを提供することになります。
多くの障壁を乗り越え、エコシステムの再構築を推進するためには、それを促進するための重要なパーツが必要になります。各ステークホルダーには、以下に紹介するパーツを活用し進歩を加速させる能力を習得することが求められます。
将来にわたり医療を提供するには、医療従事者を引きつけ維持するための特別なアプローチが必要になります。雇用主には、従業員にインセンティブを与え、やる気を起こさせる新しい雇用モデルの開発をすることが求められます。
スタッフのスキルアップは、やる気につながります。医療従事者が新しい業務スキルを獲得し自身のスキルセットを広げる能力を得ることは、将来のヘルスケアシステムに備え不可欠な要素です。
テクノロジーは、予防や治療の効果を高めるのに重要な役割を果たします。例えばウェアラブルデバイスやモニターから収集されたデータは、より効果的な予防と疾病管理を可能にします。実際にかつて特殊なソリューションであった血糖値モニターは、現在では広く一般に提供されています。
テクノロジーの進歩により、患者はより広範な情報にアクセスでき、自己管理型の健康管理ツールを利用することができるようになります。テクノロジーは、遠隔医療や遠隔手術の実施も容易にします。
AIは、バリューチェーン全体にわたりケアチームを強化するために活用されています。受付においてAIは、リスクの高い患者を特定するという診断・治療として利用されます。これによりケアチームは、より詳しく患者をモニタリングすることができます。
またITを活用したコーディングにより、データの品質が向上し、せん妄などの症状をより正確に診断できるようになります。医師のメモを自動で書き写す「AI scribes」はケアチームのバックオフィスの負担を軽減します。
データの共有は、より優れた健康に関するインサイトを生み出すための前提条件です。ただし患者のデータは機密性が高いため、プライバシーとセキュリティを保障するための強固なデータ規制と安全対策を施して、共有を推進することが求められます。
さらに、個人と企業がヘルスデータを共有するようインセンティブを与え奨励することも望まれます。ヘルスケア業界のプレーヤーは、より優れた予測とプランのためにデータを活用するのと同時に、新しいイノベーションを推進する原動力としてデータを使う必要があります。
国境を越えてのサービス提供の可能性に備え、個々の国を対象とした規制対応から、よりグローバルな内容へと進化させる必要があります。
早期介入、個別医療、包括的なケア、地域密着型モデルなどに重点を置く、新しいヘルスケアモデルへの移行により、資金調達も改めて重要になります。資金をどのように配分するか難しい決断を迫られるからです。
製薬企業やライフサイエンス企業には、新しいケアモデルに適応し、かつビジネスモデルを存続させるために、価値に基づく価格設定や予防薬への補助金・助成金といったインセンティブが必要です。
ケアエコシステムの全てのステークホルダーは、この再構築が長期にわたり、全てのヘルスケアプレーヤーにどのような利益をもたらすかについて、認識する必要があります。
利用者のエンパワーメントは、ヘルスケアの将来にとり重要な課題です。利用者のエンパワーメントとは、サービスを利用する個々人が、自身のケアについて十分な知識を得たうえで決定を下すのに必要な情報、ツール、代理人、教育を得ることを意味します。患者教育も、予防的かつプロアクティブなケアの必要性を高め、より健康的な行動を促す役割を果たします。
またヘルスデータとテクノロジーを適切に利用したセルフモニタリングにより、バーチャルホスピタルを通じて、自宅で病院レベルの治療を受けられるようにすることで、医療従事者の負担を軽減させることもできます。
ウェアラブルテクノロジーは、個人のヘルスデータへのアクセスとデータの蓄積によって、さらに利用者をエンパワーします。
進化するヘルスケア業界に参入し、そのメリットを享受するには、今すぐ行動を起こすことが重要です。ヘルスケア業界の未来に関わるプレーヤーは、どのようなエコシステムが築かれるのか明確に理解する必要があります。価値が、どこで、またどのように創造あるいは破壊されるのか整理しておくことも求められます。現在および将来のケイパビリティに基づき、エコシステムにどのように貢献するのか決めることも欠かせません。
再構築されたエコシステムのなかで組織を成功に導くためには、ビジネスモデルの再構築も望まれます。成功に必要な、新しいまたは進化したサードパーティとの関係を発展させコラボレーションモデルを開発することにより、エコシステムへの参加者を積極的に取り込むことも重要です。
再構築されるヘルスケアエコシステムの4つの構成要素「予防医療」「個別化医療」「データに基づくプロアクティブな医療」「自宅や地域で受けられる医療」は、日本のヘルスケアの未来を構成する重要な要素でもあります。
以下は、本調査レポートで記載した4つの構成要素のグローバルにおける事例と、日本の施策などを一覧化したものになります。
出所:PwC
出所:PwC
出所:PwC
出所:PwC
民間企業を含む事例と国の施策との対比であるため単純な比較はできませんが、日本は、特に「予防医療」と「データに基づくプロアクティブな医療」の項目において、以前から着手してはいるものの十分に普及していない印象を受けます。例えば2025年7月現在のマイナンバーカードの人口に対する保有割合は78.7%に達しています※3が、マイナポータルで自分のデータを確認し予防に役立てているという話を周辺で聞く機会は皆無に近いのではないでしょうか。また「医療データ」に至っては、利活用の前の段階であるステークホルダー間の共有に向けた環境整備を進めている途上にあるという状況です。
治療が必要になる前に上流で食い止める「予防医療」の考え方は、がん、虚血性心疾患、脳血管疾患、糖尿病などの生活習慣病に起因する疾患の増加を背景に、生活習慣病に罹患する直前のメタボリックシンドロームを疑われる者およびその予備群を抽出し、生活習慣改善のサポートを行うとした「特定健診・特定保健指導」と通じるものがあります。
また個別化医療については、治療開始前に遺伝子検査を行い患者の特性に応じた最適な治療を行う取り組みが始まっています。個別化医療と予防医療との組み合わせと、住民向けの健診を行う際に、遺伝子解析を行い、その結果に基づいた生活指導を実施する自治体もあります。
自宅や地域で受けられる医療の日本国内の事例としては、コロナ禍の2022年1月に初診も含めた全面的なオンライン診療の解禁に至ったことが挙げられます。しかし解禁されたにもかかわらず、2023年3月現在のオンライン診療の普及率は16%にとどまります※4。
普及しない要因の1つに、医療を受ける側の患者に高齢者が多くオンライン診療に必要な機器を持ち合わせていないことがあり、2023年5月にデイサービスセンターやへき地などの公民館でのオンライン診療が認められました。このタイミングで、総務省は郵便局の空きスペースでオンライン診療を行うという実証事業を開始しました。
2024年1月には、都市部を含めた全ての公民館での実施が認められ、上述した総務省の実証事業の実施地域が石川県能登地方だったことから、2024年1月の「令和6年能登半島地震」の被災地における郵便局でのオンライン診療実施のニュースが、多くのメディアに報道されました。
公民館と異なり、郵便局には職員が常駐しており、機器の操作に不案内でも気軽に質問ができるメリットがあります。能登半島での実証事業終了後の2024年7月以降、他の地域でも郵便局でのオンライン診療の実証事業が続けられています。全国に2万4000カ所※5あるといわれる郵便局を利用したオンライン診療は、郵便局の有効活用、へき地における医療の確保、そしてオンライン診療の普及といった点でメリットを期待できます。郵便局のみでは大きな普及拡大は難しいのかもしれませんが、従前の医療・介護の事業者以外のプレーヤーの登場という意味では1つの変化と捉えられるのではないでしょうか。
特定健診・特定保健指導が始まったのは2008年のことです。オンライン診療という文言が診療報酬点数上で使われる以前、遠隔診療という文言が使われていましたが、その遠隔診療に関する通知が最初に発出されたのは1997年です。
日本国内において長い間取り組んできたにもかかわらず、その広がりを実感できないのは、多くの指摘があるように、1つには、国民皆保険制度の下、必要な時には医療が受けられるという安心感があります。社会保障費の低減、担い手である医師の偏在、医療従事者の不足が叫ばれても、自分事として捉えない層が多いことが想定されます。
4つの構成要素のうち予防医療と並び普及が進んでいない「データに基づくプロアクティブな医療」の停滞要因の1つは、ヘルスデータの共有が十分になされていない点にあります。
とはいえ、マイナ保険証、マイナポータルを利用したデータ集約に向けた動きは進められてはいます。現在マイナポータルで閲覧できる情報は処方された薬剤の情報、特定健診や後期高齢者健診の情報ですが、電子カルテ情報共有サービスが本格稼働することで、傷病名、アレルギー、薬剤禁忌、感染症、検査、処方の6情報が医療機関間で共有、またマイナポータルでも閲覧できるようになる予定です。これらのデータと遠隔モニタリング機器を組み合わせることで、データを分析し、重症化する前に先んじて治療を行うことも現実味を帯びてきます。
ヘルスデータの個人所有は、健康に対する危機感の醸成にも奏功します。そういう意味では個別化医療を含め、他の構成要素を促進する役割も果たすことが考えられます。
ただし現在、マイナポータルに掲載されている情報を閲覧したことのない人が多いという事実を踏まえると、データを所有するのみでは、現状と変わらないことが予想されます。データをどのように利活用するか助言する存在や仕組み、仕掛け、事業者などが必要になるのではないでしょうか。オンライン診療の普及の一端を郵便局が担う可能性があるように、とりわけこれまで想定されていなかった新たなプレーヤーの登場が期待されます。
※1 体外からGLP-1を補う医薬品。GLP-1はグルカゴン様ペプチド-1 (Glucagon-like peptide-1) の略で、血糖値を下げる作用がある。
※2 厚生労働科学研究成果データベース
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202009005B-sonota2.pdf
※3 デジタル庁「マイナンバーカードの普及状況」
https://app.powerbi.com/view?r=eyJrIjoiMjM4MTJmYjYtN2RmNS00ZGYxLTk4YWEtNjhmM2VmMmEyMDU3IiwidCI6IjA2ZTRhMGZmLTQ5NzItNGE4Yi1hZjMwLTQ1NzEzNjFkMTM0NCJ9
※4 厚生労働省「令和5年1月~3月の電話診療・オンライン診療の実績の検証の結果」厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/001237012.pdf
※5 総務省「令和6年度『郵便局等の公的地域基盤連携推進事業』における『郵便局でのオンライン診療・オンライン服薬指導』に関する実証事業の実施」
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu13_02000133.html
※本コンテンツは、The future of careを翻訳しPwC日本独自の内容を追加したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。
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