未来における信頼のあり方 ~監査における人間と機械の協働~

2018-03-27

監査は今、ゲームチェンジの時を迎えています。時代とともに変わる投資家やステークホルダーの期待に応え、信頼を得続けるために、より意味のある洞察を提供する監査が求められるようになっています。
テクノロジーの進化によって、監査人はこれに応えることができます。これまでも、テクノロジーの活用を通じて監査品質の向上が図られてきており、自動化によって監査作業はより速く、より賢くなり、その一方で誤謬を犯すリスクは減少しています。また近い将来、ドローンの活用も監査の生産性の向上に貢献することになるでしょう。さらに、人工知能(AI)、自然言語処理、バーチャルリアリティー(VR)といった先進的なテクノロジーが、監査のあり方を変えるとともに、その可能性を広げようとしています。

本レポートでは、監査人が現在、監査のさらなる自動化に向けてどのような実験を行っているのかを説明するとともに、これからの数年間において、新しいテクノロジーが監査をどのように進化させていくのかを予想します。そして最後に、未来の監査において人間の果たす役割について考えます。
ぜひご一読ください。

1997年に想像もしないことが起きた。この種の敗北は最初のことだが、世界チェスチャンピオンのギャリー・カスパロフがIBMのスーパーコンピューターDeep Blueに敗れたのだ。この敗戦の知らせに世界は愕然とした。機械が人間と対等な知能を持つことを見せつけられ、ゲームのルールは未来永劫変わってしまった。知能と学習能力を持ったスマートマシンが私たちを凌駕する知能を持つという見方が現実のものとなった。

それから20年後、企業は人工知能(AI)を幅広い領域で利用するようになった。一方で、監査は、それ自体がゲームチェンジの時を迎えている。テクノロジーによって既に洞察力や監査の品質は高められている。今やスマートマシンによって、監査を根本から再定義することさえ可能になっている。

このこと自体は前向きに評価できる。投資家やその他のステークホルダーの信頼を得て有用性を維持するため、監査は発展し続けなければならない。企業が破綻するとその信頼は揺らぎ、ステークホルダーは監査がその目的を果たしていたのかを問いかけることになる。これらの懸念に向き合うために、ステークホルダーは新しい監査のあり方を求めている。すなわち、これまでの監査報告書に「合否」を記載する監査ではなく、より意味のある洞察を提供する監査が求められている。テクノロジーの進化によって監査人はこれに応えることができる。

40年前、監査における人と機械の協働は計算機を使う程度であった。将来において監査が活用できるテクノロジーの範囲は革新的に広がる。AIの進化によっていずれ企業が行う取引の100%を監査することが可能になると専門家はみている。

従来のサンプルテストをはるかに凌駕する安心を提供することで、監査に対する期待ギャップのかなりの部分を埋めることができるだろう。またテクノロジーの進化によって、大人数の監査チームを必要とする膨大な「過去を振り返る」作業ではなく、リアルタイムで継続的な監査が可能となる日が近い将来やってくる。

将来の監査においてテクノロジーはどのような役割を果たすのだろうか。そして人間は監査プロセスには不要な存在になってしまい、インテリジェントな機械によって置き換えられるのだろうか。

私たちは一連の「未来における信頼のあり方」シリーズの最初にこの疑問に取り組む。まず、監査人が現在、どのように自動化の実験を行っているかについて概観する。次に、新しいテクノロジーがこれからの数年間において監査をどのように進化させていくのか予想する。そして最後に、私たち人間が未来の監査においてどのような役割を果たしていくのかについて説明する。

自動化の進展

多くの産業において、機械、ロボット、そしてAIが装備されたシステムが、これまで人間がやっていた仕事を急速に学習しつつある。最近では、この変化が今後10年間でさらに加速すると予想されている

私たちが最近行った分析では、英国における仕事の30%は2030年代前半までに高い確率で自動化されるリスクにさらされている。特にその中でも、交通・倉庫業(56%)、製造業(46%)、卸小売業(44%)といった業種でリスクが最も高い※1

ロボットは人件費と、従業員を教育するための時間を劇的に削減する。ロボットは最小限の監視で人間より長い時間働くことができる。それに加えて作業ミスをする確率は人間よりはるかに低く、無駄を減らし生産性を高める。

専門的職業もこの破壊的な変化の例外ではない。最近の事例では、「ロボット弁護士」が16万枚の駐車違反チケットについて裁判所の判決を覆し、一方では入国を希望する難民にアドバイスを与えている。昨年の暮れには、世界で初めてロボットによる眼球の内部の手術が行われた。

その手術では眼球の外で外科医が操縦かんとタッチスクリーンを使ってロボットを操作し、マイクロスコープを使ってモニタリングし、患者の網膜に付着したわずか100分の1ミリの厚さしかない被膜を取り除くことに成功した。人間の手でできる生理学上の限界をはるかに超えるすばらしい素質を備えている。

これが監査にとって何を意味するか

Haloは何百万件もの会計処理の内容を瞬時に確認して例外処理を即座に識別できる。全てのことが、これまでかかっていた時間のほんの一部で可能となり、しかもより正確に、より少ない人手で行うことができる

自動化によって監査作業はより速く、より賢くなり、その一方で誤謬を犯すリスクは減少している

PwCの監査システム、Auraがひとつの良い事例である。AuraはPwCネットワーク全体で利用されている監査作業を把握し統合するシステムである。Auraは監査手続に関する情報を一元化して管理し、全ての監査において同じ監査メソドロジーに基づいて監査を行うことを確保する。Auraは監査の進捗や品質についてリアルタイムでモニタリングすることができ、監査品質の向上をもたらしている。

詳細な取引の検証作業も自動化が変革をもたらしている領域である。大企業の元帳に記録された何百万件という取引を監査するケースを考えてみよう。これまでのやり方では、監査人がまず統計的に意義のあるサンプル数を決定する(例えば60件)。次に、選んだ60件について、監査人はさまざまなことを確認しなければならない。例えば、購入は適切に承認されたのか、購入代金は実際に銀行口座から支払われたのか(60件の銀行の取引明細書のコピーを見つける必要があるということになる)、購入した物品は正しく届けられたのか、つまり60件の受領書を探すということ、などである。元帳のごくわずかな部分を検証するだけでも、これまでは少なくとも2週間はかかっていた。

私たちのビッグデータ分析ツールのHaloを使うことで、これまでのサンプルテストではなく、全取引を検証できるようになる。Haloは何百万件もの会計処理の内容を瞬時に確認して、例外処理を即座に識別できる。さらにHaloはデータをさまざまな形で視覚化できる。例えば、仕入先ごと、取引日ごと、あるいは一定の金額で区切ることなどである。これによって監査人が異常な取引や一定の傾向を見つけることを容易にする。全てのことが、これまでかかっていた時間のほんの一部で可能となり、しかもより正確に、より少ない人手で行えるようになる。

ドローンも監査に活用すれば効率性を高めることができる。私たちはドローンを有形固定資産の棚卸に活用できないか検討している。それが可能になればPwCの監査人が現地まで出向く手間を省くことができるからだ。このような検証手法はこれから急速に広がるだろう。ドローンは、例えば鉱業など数多くの業種で活用できる可能性がある。露天掘りの鉱山は数平方キロメーターにも及ぶ広さがある。監査人はそのような場所で実際に鉱山の状態を評価しなければならない。ドローンを使えば、棚卸を行うのと同じように鉱山の状況を分析し、報告書を書き、監査業務のモニタリングができるようになる。しかも(人間が)鉱山に出張する必要はなく、時間は節約され、安全上の問題も気にしなくてよい。

進歩するテクノロジーと監査の関係

さらにいくつかの先進的なテクノロジーの事例とそれらが監査に及ぼす潜在的な影響について検討してみよう

AIにより拡張された機械学習

AIはここ数年で急速に関心を集めている領域である。現在のAIは、いわゆる「狭いAI」で、一定のプログラムされたパラメーターの中で限られた仕事をこなす目的で作られている。狭いAIは予測分析に用いられる。例えば、大規模なデータセットの分析や、グーグルレコメンデーションのような過去の検索やウェブサイトの閲覧履歴を分析して、利用者にとってより意味のある検索結果を示すことなどである。

私たちが望むことは、いつの日か人間の思考と同等なAIを作り出すことである。自分自身で考え、感情を表現し、場合によってはちょっとしたユーモアがあるAIだ。

AIによって拡張された監査

まだ始まったばかりだが、AIは既に監査プロセスの改善をもたらしている。私たちは今、大容量の構造化されたデータにAIを応用することで一定のパターンや異常な取引の検出を行っている。特定された問題は機械によって識別され記憶される。これによって機械は経験から「学習」し、新しい知識を次のデータセットに活用していく。

PwC米国は、つい最近、これに関してすばらしいアプリケーションを開発した。例えば、A社を監査しているとしよう。私たちはA社の業績について分析的レビューを行う必要があるとする。機械はインターネットのウェブサイトでA社の同業者を見つけ出して同業他社の企業グループを作成する。次に機械は、A社と同業他社について比較するために、資産回転期間、売掛金回収期間などのさまざまな指標を時系列で表示する。

機械は次に異常なトレンドを検出する作業を行うように事前にプログラムされている。例えばA社のデータが特定の時点において同業他社のベンチマークから大きくはずれていないかといったことなどをみていく。検出されたデータは監査チームによって共有され、監査チームはこの乖離が実際に異常値なのかどうかを判断する。もしそうであれば何が原因であるかを検討することになる。

異常値についての監査チームの判断とその原因は機械にフィードバックされる。それによって機械は次に同様の関係が見つかったときにどのように反応すべきか「教育される」。これの繰り返しを行うほど、機械は本当の異常値を検出する精度が高まる。つまり私たちの膨大なデータの中から瞬時に不規則なパターンや異常値を特定する能力が向上することを意味する。これによって、世の中に存在する、監査人が不正を検知する能力に対する期待とのギャップの払拭に貢献できるかもしれない。

不正の摘発に関して、監査人には一定の明確に定義された責任があり、それには限界がある。ところが、著名な企業の不正が明らかになったときの人々の反応を見ると、監査人にはこれを超えた役割が期待されている。何らかの不正が起きるたびに、監査人は何を見ていたのか、という大きな失望を一般の人々が持つ可能性は十分にある。

データ分析の新たな手法をもってすれば、会計不正を見抜くため機械にどのように教えたらよいかは容易に想像できるだろう。まず、実際に不正が行われた巨大なデータセットを示し、続いて機械がどのようなパターンを抽出したらよいか学習するのを手助けすることである。一方で、AIの発達につれて、不正の手法も高度化している。私たちが使うテクノロジーが時代遅れにならないようにすることが重要である。

自然言語の生成と処理

これまで人間が機械に対して大きく優越していたことは、話せることと、「自然言語」が読めることであった。機械が話したり読んだりする能力は小さな子供のレベルにすら達していなかった。ところが今や状況は大きく変わっている。知的な機械は大量の構造化されたデータを分析し、翻訳して、きれいな英語の要約文章を作成することができるようになった。

金融機関ではテクノロジーを使って電子メールを分析して違法な活動を検知することを実際にやっている。企業の財務報告にこのテクノロジーを利用することもできるようになる。具体的には、機械が総勘定元帳、補助元帳、その他の会計記録を使って企業の業績についてバランスのとれた説明文を書くことになる。現時点では、企業のナラティブ報告が「公正かつバランスがとれており理解可能」な内容かどうかを人間の監査人が検討しなければならない。しかし、将来のある時点においては、恐らくバイアスのかからない機械が作成する中立的な説明を人々が受け入れるようになる。

私たちはまた、自然言語を処理するテクノロジーを活用して複雑で非常に長い契約書の分析を支援している。機械は100ページの契約書を数秒でスキャンできる。その間に例えば、収益を認識する上で難しい判断を迫られる単語、あるいは表現を抽出することができる。かつては優れた速読力を持つ人間の監査人が同じ作業を終えるのに少なくとも4時間はかかっていたであろう。

仮想現実(バーチャルリアリティー)

急成長するビデオゲーム業界などで広く用いられている仮想現実(VR)は、軍が戦闘状態を想定して部隊を準備する際にも利用されている。軍隊で利用する時のように身の毛もよだつようなものでないことは疑う余地がないが、仮想現実を監査人の教育目的で使うこともできるのではないか。例えば、不正の兆候を見つけるための棚卸の調査といった監査現場のシミュレーションを体験させてはどうだろうか。

私たちは監査プロセスで入手する膨大なデータがあれば、仮想現実を使ってデータをより新しく、より見栄えの良い方法で可視化して企業を手助けすることができるようになる。将来、監査人が企業データの仮想マップを使ってビジネスのウォークスルーを行い、それと同時に「マイノリティ・リポート」(注:2002年に公開された米国のSF映画)スタイルを採用する日が来るかもしれない。

機械を利用して人の判断力を高めるか、それとも機械に判断自体を任せるか?

機械はより安く雇用できて、決して疲れることがなく、間違えることはめったにない(もしあったとしても)。プログラム可能で明確に設定されたパラメーターを使い、決められたロジックに従うことで、データの処理について機械はより大きな信頼を与えてくれる。ただ、誰かが機械をプログラムし、AIにガイダンスを与え、機械が学習するための基礎となる経験を提供しなければならない

人間の監査人が機械に置き換えられることはない。むしろ彼らの能力は機械によって拡張される。もし機械の方が仕事を早くこなしてしかも正確にできるのなら機械を使おうではないか。監査の中で時間のかかる、難しい判断が求められない、反復されるような作業は機械にやらせたらいい。昔は数週間かかっていたデータの抽出作業や財務情報の分析についても同じである。大容量のデータについて、機械はより短い時間でより高品質な分析ができる、ということを認識した上で機械を利用すればよい。

その作業が終わったところで、人間の監査人が自分自身の創造性や経験を使ってデータの解釈を行い、企業および企業の主要なステークホルダーに対して洞察力のある見識を提供すればよいのである。そして当たり前のことだが、機械学習のメリットを活用するために、新しい洞察を機械にフィードバックすれば、次回の作業で機械はより進んだ分析をしてくれることになる。

以上はごく当たり前のように思えるが、私たちは単純化しすぎてはいけない。監査はただ財務諸表を分析し検証するだけのものではない。監査とは、会社の内部に入り込み、企業文化を理解し、経験と直感を使って注意を払うべき領域を特定することである。監査のこの直感的な部分は本質的に人間的な要素で、次の論点である判断力に繋がる。

人間による判断

時間がかからず間違いが少ないという点において、テクノロジーを使った監査が便益をもたらすことは疑う余地がない。しかしその一方で、監査人が提供する保証は、詳細なテストや分析を超える存在である。それは、テストや分析の結果を踏まえた上での思考や判断によってもたらされている。

異常値が検出されたとき、それがシステマチックな問題なのか一時的なものなのか、誰かが結論を下さなければならない。企業報告は、科学ではなく、アートである。企業の複雑な活動はどのような形でアニュアルレポートに反映されるのが正しいのか。これらの質問に対する回答を出すための議論は困難で、多くの場合、明確な答えはない。厳しいやりとりがなされ、「どの程度が適切なのか」ということについて絶妙にバランスのとれた判断が示される。監査人には、論点を明確にするだけでなく、これらの論点を議論の俎上に載せるとともに正しい方法で解決する技量が求められる。その過程において知性をフル稼働させなければならない。

資本市場の参加者は、厳密なAIによる監査人は必要としない。つまり、投資家のパニック、株の狼狽売り、ひいては企業の破綻にも繋がるとの文脈や結末を全く考慮せず、即座に黒か白かの杓子定規の判断を示してしまうことを望んではいない。

私たちは監査にまだ人間がかかわることを必要としている。判断、直感、建設的な会話、それに勇気が求められるからだ。監査を協働で行なう機械がこれらを再現することができない限り、監査人は必要になる。

未来の監査人

テクノロジーの恩恵が全体としてより高品質の監査をもたらすものである以上、監査人は立ち止まっていてはいけない。人間による判断と責任が核心でなければならず、これは将来においても変わらない。しかし、私たちが過去に計算機を手放したように、もはや財務データの分析や取引の詳細なテストに時間を費やすことがなくなる未来を受け入れる必要がある。その代わりに、私たちにはそれらの作業をこなすAIを組み込んだ機械のアルゴリズムやパラメーターの設定をチェックして、直感や判断により結論を導き出すことが求められるようになる。

多くの新しく出現するテクノロジーを使いこなすためには、新しいスキルを磨かなければならない。監査法人は伝統的に財務分析のバックグラウンドを持つ人材を採用してきたが、今後はそれらの人材に加えてデータ技術者、AIエンジニア、そして場合によっては心理学者や行動分析の専門家も必要になってくる。

未来の監査人は人間であり続ける。ただし、これまでと違って多彩な能力を持った人材と機械によって支えられた新しい形に発展するだろう。監査は変化を続けている。そして私たちも変わり続けなければならない。

1 PwC UK Economic Outlook March 2017

PwC UK

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