鉄道、電気、パソコン、光ファイバー、ネット通販――。歴史上いくつもの新しいテクノロジーが登場し、そのたびに社会は大きく活況を呈してきました。最初は奇妙なアイデアにしか見えない技術であっても、リスクを承知で初期投資を行う投資家が現れ、わずかでも成功の兆しが見えると資金(と過度な期待)が集まります。やがて市場が発達してくると、ベンチャーキャピタル、プライベート・エクイティ、大企業といった大型投資家が乗り込んできて、技術を大きくスケールアップさせます。

現在、気候テックの分野でも、これと同様の動きが起きています。15年前、太陽光発電所や電気自動車は将来の見通しが立たない末端の事業でした。しかし、イノベーションの成功を繰り返し、技術が向上したことに加え、気候変動対策を急ぐべきだという社会の危機感が高まったこともあり、気候テック投資は大きなブームになっています。PwCの報告書「2020年版気候テックの現状」によると、脱炭素ソリューションを提供する企業にベンチャーキャピタルが投資した金額は、2013年の時点では世界全体でわずか4億1,800万米ドルでしたが、2019年には3,750%増の163億米ドルに急増しました。

PwCの「2021年版の気候テックの現状」によると、この投資額の急増が鈍化する気配はまだ見られません。2020年7月から2021年6月までの状況を見ると、ベンチャーキャピタルは気候テックに総額875億米ドルを投資しており、対象となった事業の種類も再生可能エネルギー、電気自動車、炭素除去技術、食品廃棄物、多様な手法の農業、建築環境の脱炭素化など、多岐にわたっています。そして今では、ベンチャーキャピタル投資全体の14%が気候テックに向かっています。さらに、BrookfieldのGlobal Transition Fund(70億米ドル)やTPGのRise Climate Fund(54億米ドル)のような気候テック限定のメガファンドも登場しています。PwCは、気候テック分野には78社のユニコーン企業が存在し、8つの課題分野に対応していることを確認しています。

市場は長期的には効率化していくと考えられるものの、短期的にはまだまだかなり非効率的と言えそうです。というのも、大気中の炭素を最も多く削減し得る技術に対して、その可能性にふさわしい規模の資金が提供されていないのです。太陽光発電、風力発電、食品廃棄物関連技術、グリーン水素製造、代替食品や低GHG(温室効果ガス)タンパク質などの技術は、2050年までに気候テックによって削減可能な炭素排出量の80%以上に貢献すると見込まれていますが、過去8年間に獲得した資金は気候テック全体の25%にとどまっています。

気候テック全体の中では、成熟が進んだ市場が投資の大部分を占めています(図参照)。例えばモビリティ・輸送分野(電気自動車、バッテリー、部品などを含む)には、全体の3分の1を超える580億米ドルが投資されています。テスラの時価総額が1兆米ドルに迫り、既存の大手自動車メーカーが次々に電気自動車を発売している現状を踏まえれば、これは想定通りです。また、当然ながら、巨大なモビリティ・輸送分野が炭素排出量の少ない産業に転換することは、達成すべき重要な取り組みでもあります。しかし、モビリティ・輸送分野から排出される炭素は、全体の16%に過ぎません。これに対して、工業・製造業分野は炭素排出量全体の29%を排出しているにもかかわらず、ベンチャーキャピタルによる投資額は気候テック全体の9%にとどまっています。

気候テック投資額の 不均衡

新しい発想でストーリーを組み立てる

世界が掲げている野心的な脱炭素化目標を達成するには、あらゆるセクターに資金(それも多額の資金)を投じなければならないのは確かです。しかし、未成熟な技術分野に集中的に投資すれば、ブレイクスルーイノベーションを生み出すことができます。そして、その技術がセクターのティッピングポイントを超えれば、さらなる投資を呼び込んで普及が加速します。そうすれば、十分な財務リターンを実現すると同時に、大規模な脱炭素化に貢献することができます。そのためには、炭素排出量を最も多く削減できる分野に投資するためには何が必要なのかを、ベンチャーキャピタルや企業が改めて考える必要があります。その際には、リターンを得るまでの投資期間の延長、調達戦略を通じた早期の市場創出(主に事業会社による投資の場合)、実証されていない技術に最初に参入するファーストムーバーのリスク低減につながる新たな官民連携の形などを分析・検討することが求められます。

例えば、現在の風力発電や太陽光発電への投資は、1990年代のブロードバンドへの投資の状況によく似ています。海を越えて高速でデータを送るケーブルの敷設に何十億米ドルもの投資が流れ込んだ一方、家庭やオフィス、各種のデバイスに高速でデータを届ける方法、すなわち「ラストマイル」に対しては、それほど多くの投資が集まりませんでした。その結果、ブロードバンドシステムは非効率なものとなり、香港から米国までのデータ通信は高速でも、ユーザーがメールをダウンロードするときに時間がかかるという状況になりました。システム全体で機能を最適化するには、包括的な投資が必要なのです。

風力発電、太陽光発電の現状もこれと似ていて、発電に使用するタービンやパネルの建設や設置には多くの資金が投じられ、収益性のある盤石なビジネスモデルは既に完成しています。ただ、これは必要なステップではありますが、これで十分ではありません。せっかく作ったCO2排出量ゼロ電力を、使う場所まで運ぶためのインフラや、夜間や無風時に備えて電力を保存する技術への投資は、十分という水準には程遠いのが実態です。2021年上半期のエネルギー分野への投資は、半分が再生可能発電、24%が蓄電、わずか2%が送電網管理を対象としたものでした。

注目すべき投資案件としては、熱電エネルギー貯蔵システム事業を展開するMalta Inc.(米国マサチューセッツ州)への5,000万米ドルの投資などがあります。また、2022年1月には、ビル・ゲイツ氏が支援する官民共同事業のBreakthrough Energy Catalystが主要な脱炭素化技術に15億米ドルを投資すると発表しました。対象となるのは直接炭素回収、グリーン水素、エネルギー貯蔵、持続可能な航空燃料といった技術で、投資額は今後、150億米ドルまで増加する可能性もあります。

「住」と「食」の脱炭素化

世界の温室効果ガス排出量のうち20.7%を占める建築環境について見てみましょう。この分野への投資は、2018年以降、金額・件数ともに減少しています。その理由は、建物の建設や運用による排出量を削減するために開発されたソリューションが極めて資本集約的であることと、リターンの実現に長い時間がかかることにあります。それらの技術に取り組むスタートアップが能力や資本を拡大していくために、ベンチャーキャピタルが重要な役割を果たすことができます。また、コーポレート・ベンチャーキャピタルが自社で使用する素材を新しいものに切り替えて市場需要を創出すれば、炭素削減が難しい分野でもイノベーションの実現を促すことができるでしょう。Global Cement and Concrete Associationも、2050年の炭素排出量ネットゼロの達成に向けて、業界指針を策定しました。

食糧システムからは世界の温室効果ガスの20%が排出されていますが、この分野の投資額も相対的に少なく、2013年から2021年上半期までの投資額の合計は、気候テック全体の12%にとどまっています。ただし、注目度の高い一部の技術に多額の投資が集まっているのも事実です。食品分野の投資の大半が、代替食品・低GHGタンパク質へのもので、2020年7月~2021年6月は前年比111%の増加となりました。代替食品と低GHGタンパク質に対する消費者の需要が伸びていることが、投資家の安心感につながりました。また、農業バイオテック技術、ゲノミクス、自然ソリューション、バリューチェーンのGHG削減、垂直農業・都市農業の各分野も、1年間に10億米ドル以上を調達しました。これらはクリティカルマスに近づいていると見られ、今後に期待が持てます。

目的の明確な投資

グリーン水素をめぐる動きは、この技術への投資に多額の資金が向かい始めているというシグナルなのかもしれません。例えば先頃、EUおよび12カ国が水素国家戦略を発表し、さらに19カ国がその策定を進めています。また、英国政府は2021年夏、2030年までに炭素排出量の少ない水素生産に民間から約40億ポンド(53億8,000万米ドル)の投資が集まることを期待していると発表しました。

一方、企業の側でも、Shell、BP、三菱パワーの各社がネットゼロ戦略の一環としてグリーン水素事業に乗り出し、水素エネルギーインフラへの投資を増やしています。PwCは、世界のグリーン水素需要は2050年までに約5億3,000万トンに達し、石油に換算すると約104億バレル(コロナ禍前の世界の石油生産量の約37%)を代替すると予測しています。

グリーン水素製造技術は過去8年間に14億米ドルを調達しました。その大半が、グリーン水素の広範な普及を実現するための、大規模展開可能でサステナブルな電気分解技術の開発に対する投資でした。そのおかげで現在、水素は保存することも、合成燃料に転換することも、パイプラインやトラック、船舶などを使って製造地から各地へ輸送することも可能になっています。しかし、実際に使用する場所では、追加のインフラ整備が必要です。水素のバリューチェーン全体の中で、そうしたインフラへのベンチャーキャピタル投資は製造への投資に比べて非常に低調です。インフラ整備には巨額の資本が必要であることが主な理由です。

現段階で最も有望なグリーン水素の用途は、工業プロセス(鉄鋼、鉄、化学に関するもの)と長距離輸送(水素燃料電池技術、民間輸送への水素技術の活用)です。スウェーデンのスタートアップ企業H2 Green Steelは2021年、鉄鋼の製造プロセスを脱炭素化するため、シリーズA投資ラウンドで欧州の投資会社Exor、FAM、イタリアの製鉄会社Marcegaglia、スウェーデンの起業家Cristina Stenbeck氏などから1億500万米ドルを調達しました。

投資の波が、気候テックにも押し寄せ始めました。しかし、水素経済の動向からも分かるように、力強く自律的なエコシステムを構築するには、政府・企業・投資家の三者の連携が必要です。政府が優遇政策を策定したり、特定の技術に投資する意思を示したり、新しい有効な市場の構築を目指したりすれば、企業もこれにならって自らの投資を計画するようになります。

COP26で各国政府は、炭素排出量削減への取り組みを、年次ベースでさらに格上げすることで合意しました。これは朗報です。低炭素あるいはゼロ炭素の技術、製品、サービスに投資する企業にとってのリスクが低減される可能性があるからです。政府と企業が次のステップとしてやるべき極めて重大なことは、双方が協力して、脱炭素に最も大きい影響を及ぼす技術への投資を促すインセンティブを作り出し、投資家の持つ資金と、経済や環境への影響の正しい組み合わせを促すことです。そうすれば、脱炭素分野での資金ギャップを解消し、投資家の信頼感を高め、次世代の気候テックイノベーションへの投資サイクルを加速させることができます。その恩恵は投資家と企業に、そして地球にもたらされるでしょう。

※本コンテンツは、PwCが2022年1月24日にstrategy+business発表した「A rising tide of green capital」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

Reprinted articles published in strategy+business do not necessarily represent the views of the member firms of the PwC network. Reviews and mentions of publications, products, or services do not constitute endorsement or recommendation for purchase. Strategy+business is published by certain member firms of the PwC network. Translation from the original English text as published on strategy-business.com by strategy+business magazine arranged by PwC Japan Group.

主要メンバー

服部 真

Strategy Consulting Leader, PwCコンサルティング合同会社

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三治 信一朗

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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