Space Industry Forum

PwCが考える宇宙・空間産業の展望

  • 2025-01-30

PwC Space Practice Globalは2024年4月、宇宙ビジネスの最新トレンドを解説する「Main Trends and Challenges」レポート(第4版)を公開しました。そのレポートをもとに宇宙ビジネスのトレンドと課題、挑戦について議論しました。

(左から)ルイージ・スカテイア、榎本 陽介

登壇者

Space Industry Forum
PwC a Space Practice Global Lead, PwCフランス
パートナー Luigi Scatteia(ルイージ・スカテイア)

PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
榎本 陽介

宇宙ビジネスを構成する中核産業と周辺産業

榎本:
PwCコンサルティングでは、宇宙とデジタル空間を融合させるような形で宇宙ビジネスを捉えています。まず、宇宙ビジネスのグローバル市場について解説をお願いします。

スカテイア:現在の宇宙ビジネスの市場規模は約4,000~5,000億米ドルと言われ、2030~2035年には1~1.5兆米ドルに成長すると予想されています。ここで重要なのは、宇宙ビジネスの市場は宇宙に関するシステム・アセットやサービスなどの中核産業と、周辺産業に分けて考えることです。中核産業はバリューチェーンとして上流・中流・下流に分類されます。
現在の市場規模のうち、4,000億米ドルの大半は周辺産業が占め、中核産業の市場規模は1,300~1,500億米ドルで、そのほとんどが下流のサービスに分類されます。※
下流に分類されるものには、衛星で収集されたデータなどを活用したサービスがあります。一方、上流に分類されるのは、宇宙に関するハードウエアの開発・製造・試験などです。
中核産業の市場は大規模かつ魅力的であり、参入を検討すべきであると考えられます。ただ、市場の数字を見ているだけでは宇宙ビジネス全体を把握することはできません。宇宙は規制や地政学なども含め、非常に難解な領域であり、極めて複雑な力学が働いているのです。

防衛・安全保障にかかわる宇宙ビジネス

スカテイア:
続いて、キードライバーとなっている重要なトレンドについてお話ししましょう。
1つ目は、宇宙ビジネスは強い地域性を帯びるビジネスである、ということです。宇宙ビジネスは防衛と安全保障に関係しており、この傾向は日に日に強まっています。地域に閉じた計画が増えており、EUが良い例です。
欧州内を個別に見ても、イタリア、ドイツ、フランスなどが独自のプログラムを持っています。地政学的なシナリオの変化にも関係しており、緊張状態にある地域を見ると特に顕著です。ロシア・ウクライナの紛争により、防衛と安全保障の要として宇宙の利用に関する競争が激化しているのです。

2つ目は、宇宙ビジネスが商業目的で加速していることです。「商業目的=商業的需要」とは限りません。依然として政府による需要が高く、供給は民間に委ねられています。つまり、政府は宇宙に関するアセットの設計機関や開発機関の役割を担うのではなく、調達を担う主体となり、宇宙に関する企業から製品・サービスを購入しているのです。
企業は開発関連のリスクを引き受け、政府が購入する製品・サービスを納品する。これは商業の観点で大きなパラダイムシフトと言えます。この傾向は世界中のあらゆる場所で見られますが、その先駆者となっているのが米国です。ただ、多くの課題が見えてきました。アセットやサービスに対する需要が増え、価格とコストに対する圧力が徐々に高まっているのです。
つまり、企業の利益は小さくなり、ビジネスとして成り立たせることが難しい。これは世界中で見られるトレンドで、米国も例外ではありません。巨大な国内市場がある米国は、企業にとって魅力的な地域です。多くのコンピテンシーとスキルが米国に移動し、国際的な産業の競争力を脅かすことになりかねません。

投資やESGに対する取り組みに注目

スカテイア:
3つ目のトレンドは投資です。過去数年間、非常に巨額の資金が宇宙分野に流入しています。特にSPAC(特別買収目的会社)を介したものが多く、SPACブームと呼ばれていました。ただ、そのような資金の流れによって多くの企業が苦境に立たされ、倒産に至っています。

PwC a Space Practice Global Lead, PwCフランス パートナー Luigi Scatteia ルイージ・スカテイア

PwC a Space Practice Global Lead, PwCフランス パートナー Luigi Scatteia ルイージ・スカテイア

現在は、利益への道筋が確かな企業に投資する傾向が強まり、市場に参入している全ての企業が投資対象として見られる傾向はなくなりつつあります。重要なのは、政府から受注を獲得できれば高い評価につながるということです。特に米国の企業は政府と契約することが多いので、他の地域の企業より高い評価を受けやすい傾向にあるのです。

これら以外で注目すべきトレンドは、ESG(環境・社会・ガバナンス)に対する取り組みです。宇宙はESG遵守への圧力にさらされている領域であることを覚えていてください。また、宇宙が他の産業におけるESGの取り組みのアセットになる機会も増えており、宇宙のアセットがESGの要求に対する監視ツールになり得るのです。
さらに技術は宇宙のバリューチェーン全体でイノベーションを生み出す強い推進力になります。皆さんにお伝えしたいのは、宇宙ビジネスは非常に細分化された領域であり、それらが相互に作用することです。そこで、すぐには表面化しない動きを理解することが重要です。そうすれば、宇宙の業界をうまく読み解けるようになるでしょう。

大きな変化を遂げる「地球観測」や「通信衛星」の動向

榎本:
宇宙ビジネスが細分化された領域とは、具体的にどのようなことでしょうか。

スカテイア:宇宙ビジネスは細分化された個々の領域で構成されています。全体の概況と、世界の宇宙産業に影響する個別のトピックの傾向とを区別することが重要です。
宇宙に関する各領域に特化したものとして、「地球観測」「通信衛星」「位置情報」「宇宙輸送」「宇宙の安全保障」「軌道上の経済活動」の各分野についてお話しします。
「地球観測」はこの10年間で大きな変化を遂げました。地球観測の分野は、もっと商業的な性質を帯びると予測されてきましたが、今なお需要を大きく動かしているのは政府関係のユーザー、軍や民間の安全保障関連機関です。地球観測のイニシアチブは複数あり、各国政府が関与しています。具体的には、国家の資産を使って安全保障や防衛への応用を支援しようとしているのです。
アプリケーションの観点では、天然資源の管理、環境やサステナビリティ関連が防衛・安全保障以外で成長が見込まれる分野です。レポートでも述べていますが、注目すべき点は、地球観測の民主化が進む中で、従来とは異なるユーザーにも地球観測に関する課題の影響が及んでいることです。アプリケーションについて、広範な分野での応用が進んでいるわけではなく、情報の量と質の不足や、価格の観点からユーザーのニーズと供給がうまくマッチしないといった問題もあります。

「衛星通信」も安全保障に関係する動きが見られます。防衛・安全保障に関連する通信ニーズを満たすため、衛星の保有を検討する国・機関が増えているのです。例えば、欧州の通信衛星コンステレーション「IRIS2」計画は有名です。この計画は、欧州の各国政府に安全保障のための通信手段を提供することを目的としています。
市場のトレンドとしては、D2D通信サービス(Direct to Device Communication Service)が多くの事業者にとって重要なテーマの1つです。GEO(静止軌道)衛星の事業者は、自らのプレゼンス拡大に向けて動いています。特にLEO(地球低軌道)衛星とGEOを統合するマルチオービットの動きが活発化しており、企業の買収・合併が盛んに行われています。消費者向けブロードバンド市場では、LEO通信衛星事業者も増えており、市場開拓に積極的です。

政府の関心が高い「位置情報」や「宇宙の安全保障」

スカテイア:
「位置情報」の分野は主に政府が主導しており、世界的なトレンドです。特に、低軌道におけるPNT(測位・航法・時刻)に対する政府の関心は高まっています。これは中国が顕著ですが、欧州もあてはまります。GNSS(全球測位衛星システム)に関するユースケースの創出を推進する動きもあります。特に人命の安全に関連するテーマでもあり、航空会社や鉄道会社での活用事例も出てきているところです。

「宇宙輸送」は宇宙産業において重要な領域であり、この数年間で大変革を経験した領域の1つです。私たちはロケットを使って宇宙に行きますが、誰もが利用できるサービスではありません。この市場に参入した企業は多くの困難に直面しているのです。ロケットの開発は今でも非常に難易度の高い、困難なチャレンジとなります。
従来の企業と新規参入者のどちらも困難な市場の状況に直面し、ビジネスモデルの転換で生き残ろうとしています。そして寡占市場からの脱却という高い目標を掲げた国同士の競争により、小型ロケットが戦略的第一歩となります。新規参入者は大型ロケットの足掛かりとして小型ロケット市場に進出しており、宇宙にアクセスする能力を持つことができます。

「宇宙の安全保障」は、宇宙に関する環境の持続可能性について、あらゆる問題を扱う分野です。衛星の数が増えることで低軌道での混雑が増大する結果、軌道上での持続可能性も脅かされます。堅牢な軌道上におけるトラフィックマネジメントシステムやフレームワークの必要性が高まっています。
ただ、軌道上のトラフィックマネジメントの導入にかかわる課題は、宇宙における安全保障能力の二面性により、常に問題となります。宇宙のアセットをモニタリングする能力は、軌道上のトラフィックマネジメントが目的であると同時に他国が軌道上で何をしているのかを探る諜報活動能力でもあるからです。
こうした問題が、フレームワークを構築するための国をまたいだ全面的な協力を阻む要因となっています。しかし、フレームワークづくりのトレンドや機運は徐々に見受けられます。欧州の動きは活発で、EUの宇宙法がその試みの1つです。宇宙法には、宇宙における安全保障の原則が含まれています。また、この領域に多くの民間企業が参入し、軌道上の環境を監視する能力や、宇宙の安全保障にかかわるサービスを提供する能力が期待されています。

宇宙産業を推進する「軌道上の経済活動」と「政策と規制」

スカテイア:
「軌道上の経済活動」は、低軌道から月に至るまで全ての活動が含まれます。月面市場では新しいサービスが次々と生まれ、衛星の数が増え続けて月探査が成熟することで新たなビジネスチャンスが生まれ続けているのです。
例えば、あらゆる種類の軌道上サービス(衛星やその他の宇宙アセットに関する軌道上サービス)、軌道上・軌道間の輸送・物流、月面での資源の探索などです。特に月探査は民間企業にも収益の機会が開かれていますが、市場をけん引するのは今でも政府の探査計画です。投資家は特に上流のサービスに対して、依然として慎重な姿勢です。しかし、国家レベルでも目標が非常に高い月探査計画が増えており、月探査は商業市場にとって成長機会になると予測されています。

「政策と規制」は重要なインフラで、宇宙産業の推進の鍵となります。産業の発展には適切な政策が必要で、事業の安定には適切な規制が欠かせません。この観点から、宇宙に関する規制や枠組みを構築する国が徐々に増えると予想されます。新規参入する国々は今、宇宙に関する規制を検討・策定しています。すでに宇宙に進出している国々は宇宙法や規制の改定・拡大を実施。そして、規制の枠組みについては、宇宙に関する活動の持続可能性が重要な柱となります。

宇宙探査のための規範や標準化の取り組みは、特に月探査において重要です。民間企業が安全かつ規制された方法で確実にチャンスを追求できるように規制の枠組みを整える。宇宙産業は国境の垣根を越えて発展し、各国の宇宙関連政府機関は商業化やESGなど多様なトピックに対応する、より広範な組織へと移行します。

重要になる中核産業と周辺産業を関連付ける活動

PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 榎本 陽介

榎本:
今後、宇宙ビジネスが発展していく上でキードライバーとなるものは何でしょうか。

スカテイア:
宇宙ビジネスは中核産業と周辺産業があるとお話ししましたが、中核産業の市場拡大に必要なキードライバーの1つが、中核産業と周辺産業を関連付ける活動です。宇宙産業が既存の活動分野から飛び出し、より経済活動の範囲を広げ、他の産業とつながる必要がある。そして、宇宙産業がどう貢献できるかを理解する。それにより、広範な業界に対する製品・サービス開発を実現し、宇宙ビジネスの成長を切り開くことが可能です。

榎本:
北米や欧州、アジア、オセアニア、中東、アフリカなどの各エリアで注目するトピックはありますか。

スカテイア:
どのエリアも特徴があるので、動向を注意深く見守ることが大事です。中でも興味深いのは米国の動きです。米国政府の計画と予算は前のめりで、他のエリアとは異なる速度で活動を進めています。高額な予算を宇宙産業につぎ込み、国内の競争においても大きな影響を与えているのです。
欧州の状況は米国より複雑です。欧州は、EUやESA(欧州宇宙機関)によるプログラムのように1つの組織として機能する側面もあります。一方、欧州の各国には固有の特性や課題があり、宇宙に予算や労力を注ぐための欧州共通の優れた活用事例を探さなければなりません。
アジアは多くの産業分野で経済発展が活発化しており、この動きは宇宙ビジネスにも反映されると見ています。中でも、日本は宇宙探査に向けた大きな動きがあり、非常に興味深いです。
アフリカでは宇宙機関として「アフリカ宇宙局」が創設され、宇宙に関する製品・アプリケーションにおいて多くの可能性を秘めています。同じ兆候は南米でも見られ、地域固有の経済問題に対応する方法として宇宙に目を向けています。

榎本:
アジアにフォーカスすると、中国の動きはどうでしょうか。

スカテイア:
中国はブラックボックスのようなところがあり、私たちはおおまかなことしか分かりません。ただ、中国の計画の目標は高く、成果も大きい。宇宙にさまざまなアセットを送り込んでいる宇宙大国の1つです。有人飛行や月での活動、低軌道における存在感もあり、米国一強を揺るがす、強力なライバルであると言えます。

榎本:
インドについてはいかがですか。

スカテイア:
インドはとても興味深い宇宙国家です。宇宙ビジネスのバリューチェーンにおいてカバーしている範囲の広さでは上位の国に入ります。また、政府が主導していた宇宙関連アセットの開発を民間に移行しようとしています。民間が政府向けの製品・サービスの開発リスクをどのように引き継ぐかといったプロセスも準備が整いつつあります。
ただ、インドが海外からの投資を引き受けるためには、公共政策や規制面でさまざまな対応が必要になるでしょう。

日本に期待される役割

榎本:
さまざまな国・地域の動きを伺ってきましたが、日本の宇宙ビジネスで注目しているトレンドやトピックはありますか。

スカテイア:
日本の宇宙ビジネスは非常に興味深いです。というのも、日本は宇宙に関するバリューチェーンの主要部分を他国に頼らない方法で維持している国の1つだからです。
宇宙輸送を含め、全てを国内で賄え、単一の宇宙国家として優れている。これを達成している国は世界でも多くはありません。
この数年間、日本は宇宙探査の商業化を推進しており、注目しています。宇宙探査を宇宙産業の枠にとらわれない取り組みをしているからです。そして、通信やデータ、画像など宇宙での成果を広範な国のデジタルや通信の課題に関連付けようとしている。これは卓越した注目すべき動きであり、他の国・地域も学ぶべき事例だと思います。

榎本:
そうした動きのなかで、日本の官民それぞれに期待する役割や、国際社会において果たすべき役割を聞かせていただけますか。

スカテイア:
私が思うに、日本の面白さは公共部門と民間部門のダイナミクスにあり、強大な産業が国全体に張り巡らされていることです。これは日本の宇宙政策にとって有利な点です。民間部門のネットワークを極めて効果的に活用できるからです。
日本政府は中心的な顧客の役割を担い、宇宙産業を成長させる宇宙政策を策定する機会がある。また、政府は日本の宇宙産業が米国市場を含め、国際市場に進出するための扉を開く役割を担う必要もあるでしょう。日本の各産業が宇宙産業の成長をどう活用するのか注目しています。

榎本:
PwCの宇宙ビジネスのヘッドクォーターは欧州にありますが、日本と欧州の連携についてお話しいただけますか。

スカテイア:
日本と欧州が連携してできることはさまざまあり、コラボレーションを大いに歓迎します。フラッグシップ的な計画もESAのプログラムも連携を受け入れており、機会も用意されています。
その1つがグリーン、環境関連の分野です。グリーンは欧州の長期的な成長政策で、宇宙産業に留まらず、大きな推進要因となります。また、グリーンに対するニーズは宇宙産業のターゲットになり、日本と欧州ができることは協力し、検討すべき課題を世界中に伝える。これは一例ですが、協力すべき分野は他にもたくさんあるでしょう。

榎本:
宇宙ビジネスに興味を持っている方や、すでに宇宙ビジネスにかかわっている方へメッセージをお願いします。

スカテイア:
今回お話しした宇宙ビジネスのトレンドは、表層に触れたに過ぎません。宇宙は非常に刺激的な領域であり、未知の領域です。宇宙への投資を行うことで視界が開け、さまざまな産業領域へのアクセスにもつながります。参入するのに面白い領域ですし、機会は豊富にある。この領域が成長していく明るい見立ても多数あります。
一方、私は常に警鐘を鳴らしています。非常に複雑で読み解くことが難しい領域だからです。そのため、宇宙ビジネスの単一分野だけでなく、それ以外の分野への参入も推奨しているのです。人目を引くような見出しではなく、宇宙産業を司っているある種の力学を、もう少し深堀りしていただきたい。私たちのレポートは無料で公開しており、すぐ入手できます。今後、日本語版も公開する予定ですのでお役立てていただきたいですね。

榎本:
PwCはグローバルで宇宙ビジネスチームを抱えています。現在、北米、欧州、中東、アジア、オセアニアの5地域、14カ国に宇宙ビジネスチームがあります。今後もグローバルに連携しながら、宇宙ビジネスの発展に貢献してまいります。本日はありがとうございました。

主要メンバー

榎本 陽介

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

ルイージ スカテイア

パートナー, PwC France

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