[Value Interview]リンダ・グラットン氏

リンダ・グラットン氏

ロンドン・ビジネススクール 教授

人材論、組織論の世界的権威であり、首相官邸による「人生100年時代構想会議」のメンバーでもある。『LIFE SHIFT―100年時代の人生戦略』など一連の著作は20カ国語以上に翻訳されている。

聞き手

ヤン・ボンデュエル

PwC Japanグループ データ&アナリティクス リーダー
PwCコンサルティング合同会社 パートナー

PwC Japanグループのデータ&アナリティクス部門統括。クライアントの戦略決定をデータ分析により支援している。国際会議などでの講演および執筆多数、スタンフォード大学卒業(PhD)。

少子高齢化は日本にとって大きなチャンスに

ボンデュエル

AIが人間の働き方や生活をどのように変えるのかというテーマには世界中の人々が関心を寄せていますが、日本にはどのような役割があると見ていますか。

グラットン

日本の社会は、人類が経験をしたことのない状況にあります。現在、日本の人口は年間で45万人も減少しており、先進国で最も人口減少が進んでいるのです。日本人の平均年齢は46歳とかなり高い一方で出生率は低く、社会全体が急速に高齢化しています。高齢化に直面する国は他にもあり、だからこそ日本がどのような社会を築いていくのかと関心を寄せているわけです。

ただし、私が強調したいのは、日本の方々はこうした現状をポジティブに捉えるべきだということです。世界のどの国よりも先に本格的な少子高齢化社会を経験できるということは、チャレンジであり実は大きなチャンスでもあるのですから。日本がロボットに関するテクノロジーと文化に秀でている点も、このチャレンジに対応できる強みでしょう。一例を挙げると、もし高齢になった親の生活をロボットが全面的にサポートすることになったとしたら、大抵の日本人は自然と受け入れられるのではないでしょうか。

ボンデュエル

日本では、店舗の窓口や企業の受付などで可愛いロボットが挨拶をしていることがありますね。

グラットン

ええ。長い人生をロボットと共存していくことができるという日本人の気質は、介護人材の採用が日々難しくなる中で、この国に大きなチャンスをもたらすはずだと見ています。

70代はもはや「高齢」ではない

ボンデュエル

これからの日本で、人々の働き方はどのように変わっていくと考えていますか。

グラットン

まず頭に浮かぶのは人々が何歳まで働くのかということです。それは個人の年金にも左右されます。“人生100年”の時代においては70代まで働かなければならないという現実を、政府がはっきりと伝えて国民も受け入れることができるような国は、現状では日本だけでしょう。他の国では「50歳で退職しても心配ない」といったメッセージをいまだに発していることを見ても、現実と向き合っていないと言えます。

70代まで働く必要があるという現実を日本人が理解していることは、その貯蓄率の高さからもうかがい知れます。それに比べて、平均的なアメリカ人の貯蓄率はなんとゼロなんです(笑)。これは問題ですよね。

ボンデュエル

70歳まで長く働き続けるためには、私たちはどういった意識を持つべきでしょうか。

グラットン

まずは、年齢を重ねることに対する考え方を変える必要があります。例えば、脳の機能は年齢とともに衰えるものだと多くの人々が考えてきましたが、そのようなエビデンスはどこにもないのです。実は、年齢というものはとても柔軟で適応性があるので、積み重ねた年齢ではなく、100歳まであと何年あるのかという残りの人生の長さで考えるようにすべきでしょう。その際の「高齢」の定義は80歳以上ですが、もはや70代は高齢ではありません。このような形で人生を考え直すことが、第一歩となります。

次に、“人生100年時代”では人生のステージも大きく変わってきます。現状、人生というのは「教育を受ける」「フルタイムで働く」「リタイア生活を送る」という大きく分けて三つのステージから成ります。しかし70歳、80歳まで働くのであれば、若い時期だけに教育を受けるのではナンセンスです。早期に退職し、しばらく世界中を旅した後に大学に戻って新しい分野を学び、それを生かして起業する─こんな自由で柔軟な人生のステージを送ることができるようになるのです。こうした新しい人生を、「マルチステージ人生」と呼んでいます。

AIやロボットとのパートナーシップがカギを握る

ボンデュエル

マルチステージ人生の実現には、AIやロボティクスといったテクノロジーの活用が欠かせないのではないでしょうか。

グラットン

そのとおりです。マルチステージ人生は、テクノロジーの進展があるからこそ可能になるのだと言えます。AIであれロボットであれ、機械というものはルーティンワークに適しています。一方で人間には、AIやロボットが現時点では持ち得ていない、創造性や共感力、それに基づく判断力などのヒューマンスキルがあります。AIやロボットとヒューマンスキルを組み合わせれば、いろいろな分野で素晴らしいパートナーシップが実現します。高齢の親をサポートするにしても、看護師の仕事には体力が必要ですが、患者の体を持ち上げるにはテクノロジーが役立ちます。体力に自信のない人にも看護師の仕事ができるようになり、ヒューマンスキルが生かせるのです。

ボンデュエル

AIやロボットとのパートナーシップによって、働き方も大きく変わってくるというわけですね。

グラットン

ええ。ポイントは、機械とのパートナーシップを起点にして仕事の形が大きく変わっていくということです。テクノロジーによって人間の仕事がなくなるというわけでは、決してありません。ですから、AIやロボットと共に、より良く仕事をするにはどうすればいいのかを学び続ける姿勢が、その人の人生をより豊かなものとするのではないでしょうか。それともう一つ、より長く働くには健康であり続けることも欠かせません。スポーツをしたりジムに通ったりなど、健康を維持するための生活も求められてくるでしょうね。

私はこの二年、安倍首相の諮問委員会に籍を置かせてもらっていて、日本社会における人生100年時代についてよく提言しています。そこで強調しているのが、人々が長きにわたり学び続けることができるよう、企業や国がサポートしなければならないということです。

もっと多くの若者が起業家になることを目指すべき

ボンデュエル

少子高齢化が進めば進むほど、日本の若者が担う役割はますます大きくなっていきますよね。そんな若い方々へのメッセージをお願いします。

グラットン

とにかく強く訴えたいのは、少しでも多くの日本の若い人々が起業家となってビジネスを始めてほしいということです。アメリカ西海岸をはじめ、欧米の若い人たちは、AIなどの最新テクノロジーを活用し、自分たちでビジネスを創出するということに対してとても熱心です。一方で日本の若い人々は、起業という選択肢をそれほど重要視していないのではないでしょうか。マルチステージ人生ではより多様なステップを歩めるのですから、日本の若い人々にも、もっともっと自分たちの可能性を信じて、自らの手でビジネスを創出することに積極的にチャレンジしてほしいですね。

ボンデュエル

日本の企業に対してはいかがでしょうか。

グラットン

私が一つ心配しているのが、日本の仕事の在り方を見ると実務の面で融通が利きにくいという点です。企業内で上級管理職以上のポジションにある女性の割合がかなり低いというのも、早急に改善すべき課題だと思います。さらに、世界的に見てもストレスがとても強い職場環境であることについても、もっと問題視すべきではないでしょうか。

ボンデュエル

そうした問題点の解決によって、イノベーションが起こりソリューションが生まれるのですね。

グラットン

来年は東京オリンピック・パラリンピックも開催されるので、これから一年にわたり、世界から日本への注目度がさらに上がることになるでしょう。そこで、人生100年時代に向けて一足先に大きな移行期を迎え、ドラスティックに変革を進めている姿を示すことができるか否か。これが一つの大きなポイントとなります。それができれば、国際社会における日本のプレゼンスがいっそう向上することは間違いありません。

ボンデュエル

このチャレンジに政府や企業、起業家、そして個人が取り組む様子を示すことで、日本の皆さんの大きな自信にもつながると思います。ありがとうございました。