[Management Issue]AIを活用した税務の将来性

川﨑 陽子

PwC税理士法人 テクノロジー&トランスフォーメーション部 パートナー

2004年公認会計士、税理士登録。金融部および事業法人部で日系・外資系のさまざまなクライアントに対して税務コンプライアンスおよびクロスボーダー取引、インバウンド投資、企業再編等に関する税務コンサルティングサービスを提供。2018年よりテクノロジー&トランスフォーメーション部でテクノロジーを活用した税務業務の変革に取り組んでいる。

テクノロジーの急速な発展により、ビジネスの現場ではさまざまな場面でデジタルディスラプションが起きている。税務業務も例外ではなく、税務を取り巻く環境や社内の変化により、税務部門は企業の意思決定に必要な情報を迅速かつ正確に提供し、年々複雑になる税務のルールに従いデータ収集と計算を行わなければならない。特にAIを活用することで、税務プロフェッショナルが担う役割はさらに飛躍していくと考えられる。

税務業務におけるテクノロジー活用と税務当局の動向

税務に関するリアルタイムの意思決定に資する財務情報を提供するためには、従来のマニュアルでのデータ収集や修正に頼るのではなく、予測を含めた斬新な方法により財務情報を収集してデータを加工し、計算する必要がある。一方、計算機の処理能力の向上によりビッグデータが扱えるようになってきており、巨大なデータから意味のある分析ができるようになっている。

最近のトレンドでは、巨額のIT投資が不要な“スモールオートメーション”によって、税務業務の即時効率化が可能となっている。例えばETL(Extract, Transform and Load)のソリューションにより、新システムを導入せずにERPから抽出したデータをボタン一つで加工して別のシステムに連動することができる。複数のシステム間をつなぐ定型的なプロセスの自動化は、RPA(Robotics Process Automation)が効果的である。また、ビジュアライゼーションツールによりデータをダイナミックに表示し、深掘りした分析を提示することができるようになっている。こうしたツールの組み合わせにより可能性は広がっており、テクノロジーで効率化した税務業務に対し、AIを用いることで効果をいっそう高めることができる。

また、税務当局も税務行政のデジタル化を進めようとしている。国税庁は、2017年6月23日に「税務行政の将来像~スマート化を目指して~」として今後10年後の税務行政のイメージを公表し、納税者の利便性の向上と課税・徴収の効率化・高度化を挙げている。2018年6月20日、2019年6月21日には、その最近の取り組み状況として具体化した施策も発表している。

当面の施策は電子申告などの情報システムの高度化が中心であるが、将来像としてはテクノロジーを活用した税務行政の高度化を掲げている。具体的には、AIを用いた申告内容の自動チェック、AIによるリスク分析に基づき税務調査の必要度や調査項目の提示、AIによる自動税務相談などを想定している。納税者としてもデータを活用した税務調査を行おうとしている当局の動向は注視していく必要がある。

税務業務へのAI活用

法令に基づき計算ルールが決まっている税務の計算過程には、人間特有の曖昧な判断はない。従って、計算プロセスは先に述べたRPAやETLツールで効率化できる。しかし、個々の事例への適用すべきルールの当てはめや税法の解釈については、人間の判断が必要となる。ここにAIを使えば、人間の判断をサポートし業務のさらなる効率化・正確性に資すると考えられる。

AIをデータの読み取りに活用することにより、既存のデータをより正確に認識するだけでなく、画像や音声のような新しいデータを取り扱うことができる。例えば、PwC米国では、AIを用いて連邦税・州税または世界各国の税務当局からの通知の文書からキーワードを抽出し、顛末を追跡し、回答を作成している。日本のPwC税理士法人では、OCRで請求書などの読み取りを行い、会計仕訳の自動起票を行うプロセスを構築している。

また、統計的な学習手法によりデータのパターンを自動的に認識し、正確な予測が可能となる。PwCインドでは、取引の情報をAIに分析させて、その支払いに係る源泉税率を自動判定するツールが実用化されている。このツールでは、判定した源泉税率がどのくらい確からしいかの確率も提示することができ、機械学習により判定結果の正確性が向上していく仕組みとなっている。日本の税務申告業務においては、ERPまたは会計ソフトから税務業務に必要なデータを抽出する作業が発生するが、PwC税理士法人では、AIを活用して自動的にマッピングする仕組みをインドのチームの協力も得て開発中である。

海外PwCでは、AIの自然言語処理を利用して、社内からの問い合わせに対する税務部門の回答を蓄積し、チャットボットのように社内ガイダンスに活用する機能も開発しており、日本語環境への対応も検討している。

税務業務へのAI活用の注意点

税務業務へのAIの活用に際しては、機械学習を行わせるために事前に前提条件を整理したデータの収集が必要となる。現状のAIは統計的手法でそのデータの分布に基づいて判断をする。従って、AIが出した答えは法律解釈に基づく論理的な結論ではない。

しかし、経営者としての意思決定、企業としての情報開示の透明性、税務調査での会社側の主張ではその判断の論理過程が欠かせない。財務およびレピュテーションリスクにも対応するには、判断のアカウンタビリティが必須である。AIの使用にあたっては、開発および運用のフレームワークを作り企業のポリシーに沿って活用する必要がある。

企業でテクノロジーを活用していくにあたり、組織設計上の考慮要素を図に示した。企業の目指す地点を星印で示しており、AIを含むテクノロジーを戦略的にどう活用するか、現状との齟齬がないか、ある場合はどう埋めていくかといったことを検討していくことができる。例えば、中央集権的なモデルを志向する場合テクノロジーの導入・強化が不可欠であるし、税務部門が他のビジネス部門に対するアドバイザーとしての機能を強化していく場合は、リアルタイムの意思決定を行うための情報収集が必須となる。