[Value Talk]海外展開する日本企業が直面するリスクマネジメントの最前線

市場のグローバル化が加速する中、PwC Japanでは日本企業の海外展開の支援を目的にJapanese Business Network(JBN)を構成している。JBNとは世界各国・各地域における日本企業のための“サービスデスク”のようなもので、会計や税務をはじめ、業務改善やM&Aに至る多様な領域で総合的に企業を支援する体制を整えている。8月に開催されたフォーラムでは、リスクマネジメントを専門とする東京大学 平野 温郎 氏を迎え、PwCの世界各国の日本企業サービスリーダーと、ファシリテーターとしてPwC Japanグループのフォレンジックサービス部門のリーダーである大塚 豪が、現地のリスクマネジメント上の課題や対応策などについて議論を展開した。

平野 温郎 氏

平野 温郎 氏

東京大学
大学院法学政治学研究科 教授

宗雪 賢二

[欧州]

宗雪 賢二

JBN欧州サービスリーダー
PwCあらた有限責任監査法人
パートナー

クー ウェイ

[米州]

クー ウェイ

JBN米州サービスリーダー
PwCあらた有限責任監査法人
パートナー

西谷 和芳

[アジア・パシフィック]

西谷 和芳

JBN Asia Pacificサービスリーダー
PwCアドバイザリー合同会社
パートナー

高橋 忠利

[中国]

高橋 忠利

JBN中国サービスリーダー
PwC Mainland China and Hong Kong
パートナー

大塚 豪

[ファシリテーター]

大塚 豪

PwCアドバイザリー合同会社
フォレンジックサービス パートナー
弁護士

宗雪 賢二

欧州で日本企業がガバナンス構築で苦労する理由

大塚

今回は各国のJBNサービスリーダーが経験したリスクマネジメント上の課題や不正の兆候を聞き、議論を深めていこうと考えています。まず、欧州における日本企業のリスクマネジメントや不正に関する動向についてお話しください。

宗雪

実は、欧州で日本企業のサポートをさせていただく中、実際に目の当たりにした不正が不正会計や不適切な支出などで四件あります。海外子会社における不正は増えている、あるいは今まで潜在的に行われていた不正が顕在化する傾向にあると感じています。不正の特徴としては現地担当者が、現地子会社の経営が難航し業績を水増しして自己保身に走る例が多いです。

大塚

なぜそのような事態に陥っているのでしょうか。

宗雪

突き詰めると、日本企業のコーポレートガバナンス─ つまり会社を経営する能力の欠如に至るのではないかと見ています。これは決して日本企業にガバナンス能力がないとしているのではなく、日本国内におけるガバナンスをそのまま欧州に適用してはうまくいかない、という事実の表れではないかということです。実際、言語も文化も異なる欧州で、日本流のガバナンスが本当に通用するのか、一件一件検証している企業は残念ながらほとんどないはずです。もう一つ、ガバナンスが思うように確立できない理由として、日本人駐在員の赴任期間の短さが挙げられると見ています。例えばドイツ人が残業をしない根本的な理由を実感できるようになるには、私自身の体験から言っても五年、十年は必要なはずです。にもかかわらず、多くの駐在員は三年から五年未満で日本に戻ってしまい、代わりに新しい担当者が赴任してきます。このためせっかく現地で蓄積された知識や経験が失われてしまい、実効力のあるガバナンスの構築にも支障をきたしているように思えます。

平野

確かに欧州における日系企業の傾向として、いわば内部監査などの不正を発見する体制づくりに代表される、不正が起きたら発見してすぐに対処をするという「出口」の部分は強化しているのですが、不正が起きない土壌をつくるというリスクマネジメントの「入口」に該当するガバナンスの整備は遅れ気味です。

M&Aによる進出が盛んな米国市場での課題

大塚

では、“欧米”のもう一方である米国の事情はいかがでしょうか。

ウェイ

特に米国市場は日本企業にとっても魅力的であるため、M&Aを機に進出する動きが昨今目立っています。M&Aにおいてはまずその準備として、投資対象となる企業の価値やリスクなどを調査するデューデリジェンスを行うわけですが、その一環であるバックグラウンドチェックが、欧米企業と比べて日本企業はまだまだ十分ではないと感じています。特に買収先が上場企業ではない同族企業などであった場合、バックグラウンドチェックはより重要になるので、もっとしっかりと実施すべきではないでしょうか。

そしてM&A実施後の大きなポイントとなるのが、買収先の現地子会社をどこまで経営コントロールできているかです。日本企業の場合、経営は現地のトップに任せて日本の本社と共存していくような形が多いように見受けられます。その際、米国企業のガバナンス水準の方がより高く厳格であるため、そちら側のポリシーに引っ張られるケースが多いのです。ここでポイントとなるのが、本社目線でコンプライアンスリスクや不正リスク、品質リスクをタイムリーに把握できる仕組みづくりができているかどうかです。

大塚

平野先生も米国でのリスクマネジメントに長く携わっていましたが、そのような経験をされましたか。

平野

私の場合、まずリスクマネジメントの仕組みづくりから行わなければならなかったのですが、ここで重要だと実感したのが、仕組みはもちろんのこと、現場の経営陣との信頼感の醸成が大事だということです。

一般的に米国の経営層は、一緒に何かをやるときに対立的ではなく友好的で、成果を上げる道筋が見えるかどうかという点にとてもこだわります。共に仕事をすることで、例えば企業の価値や自分の報酬が上がると判断すると、彼らにとってとても強いインセンティブになるのです。ですからその辺りも考慮し、できる限り彼らが前向きに経営に取り組んでもらえるような、さまざまな仕組みをつくりました。その上で、日頃からハンズオンでコミュニケーションを重ねていくことが重要です。

クー ウェイ
西谷 和芳

原始的な不正が目立つ東南アジア

大塚

課題もあるとはいえ、比較的ガバナンスの効いた欧米とは対極の状況にあるのが、中国そしてアジア・パシフィック地域全般ではないでしょうか。

西谷

東南アジアで最も多い不正が資産の流用や資産の横領なのですが、他に目立つのが経費の不当請求や取引先からのキックバックなどといった原始的な不正です。その一方で、ITを駆使したサイバー不正の事例も増えてきています。

また私の専門であるM&Aの観点から言うと、先のウェイさんの話にもあった投資前のバックグラウンドのチェックに加え、投資が一通り完了するまでの間に起きがちな不正の監視、さらにその後の運用時には内部告発体制を取り入れることが、独特な人間関係がある東南アジアでは効果を発揮すると思います。

平野

確かに、アジア地域に不正が多いのは残念ながら間違いなく、コンプライアンス意識の不足や裁量的な法制度といった構造的な問題も依然としてあるのですが、一方で、近年ではグローバル化の中で、コンプライアンス意識の高まりや、法規制強化の動きも見られるように思います。

西谷

はい、実際、新たにコーポレートガバナンスに関する規制を設ける動きも多くの国で見られます。とはいえそうした中でも、東南アジアをはじめとするアジア・パシフィック地域に共通した特徴は、ルールと実際のオペレーションの間に、依然として大きなギャップがあることです。

また、たとえコンプライアンスに関するルールの整備は進んでいたとしても、そのルールを管理する立場にある人間がこのような不正に走ってしまうと、発見するのは極めて困難な上にインパクトも深刻なものとなりがちです。このような状況もまた、東南アジアにおいて年々深刻化していると見ています。

平野 温郎 氏

不正が高度化している中国

大塚

経済的にはアジア地域で頭一つ抜けている中国についてはいかがでしょうか。

高橋

ルールと運用実態の乖離など西谷さんの話の内容と合致する部分も多いですが、やはり中国の不正は他のアジア・パシフィックと比べてかなり高度化していると言えるでしょう。象徴的なのが、SNSを使った不正の横行です。不正に関するやり取りをSNSのコミュニケーションツールで行われると当然ながら社用メールなどは用いられませんから、会社側で把握するのは非常に難しくなります。さらに、中国では日本よりもはるかにキャッシュレス化が進展しており、会社としても把握できない状況にあるため、従来よりも一層不正の発覚が見えづらくなっています。

高橋 忠利

大塚

中国らしい不正の実態かと思いますが、現地企業のトップによる不正も頻発しているようですね。

高橋

ええ。やはり中国市場というのは本社からの期待が非常に大きく、その分経営上のKPIもかなり高いものが課せられがちです。そうなると、どうしても経営者自身による粉飾が増えてしまっているというのが現状になります。中国で特に気を付けるべきは、税務上の影響です。多額の追加納税とペナルティを課せられる可能性がありますから。

平野

中国に限らずアジア全般に言えますが、法務においては例えば危機対応であるとか安全保障、あるいは政府とのネットワークづくりのように、純粋な法務を超えた広い領域における対応が必須となってきます。そのため、結構大変なことですが信頼できる刑事弁護士を発掘しておくなど、日頃から多種多様な“仕込み”をしておかねばなりません。これに加えてなかなか表に出てこない情報も多いので、それらをきちんと把握できるようなインテリジェンスをどのように確立するかというのも重要になってきます。

では、そうした困難な役割を誰が担うのかというと、国・地域ごとに本部のような組織を置くことができる人的リソースのある企業はかなり限られるはずです。しかし、海外事業がコストや人的リソースをそれなりに掛けなければならないのも事実です。そこで自社にリソースがなければ、弁護士を含めて外部のリソースを積極的に活用していくことが望ましいと言えるでしょう。

(本文中敬称略)