「ジャパンブランド」が直面しているリスクとその価値を守るガバナンス

ショーン・ウィルコックス

PwCあらた有限責任監査法人 内部監査サービス部 パートナー

ショーン・ウィルコックス

18年以上にわたり、規制遵守やレピュテーション上の課題に直面している企業との協働、あるいはグローバル体制の整備、方針、プロセスおよびシステムの品質の向上の追求など、国内外の企業に内部及び外部の保証サービスの提供やリスク管理に関するアドバイスを提供。

近年、政府や規制当局、顧客、関連会社、サプライヤー、さらには従業員が企業へ寄せる多様な期待が高まりを見せている。こうした期待は、財務報告の質に重点を置くだけにとどまらず、企業のガバナンスや行動、組織文化の質、そして対外的な宣言へも向けられているのが特徴だ。企業は、変化し続けるリスク環境に対してより迅速かつ的確に対応をしていかなければならないし、幅広いステークホルダーに自社の製品やサービスが信頼に値するものだと納得してもらわなければならない。また、信頼が失われれば著しい評判の失墜と財務的損害をもたらす可能性があることは、国内外で起こる不祥事によっても示されている。ここでは、社会や企業文化が信頼に根差しており、他のどの国よりも企業の不祥事の影響が大きいと考えられる日本の「ジャパンブランド」がさらされているリスクとその対応について考察していく。

企業の信頼を揺るがすリスク

「ジャパンブランド」というものは、製品とサービスの質や性能、ホスピタリティや技術革新に関する世界的な評判によって成り立っている。日本を訪れたことや日本の商品やサービスを利用したことがある人は、それに関するエピソードを素晴らしい体験として語ることができるだろう。しかし、マクロレベルでは日本の汚職スコアは低いものの※1、「日本株式会社」のイメージに傷を付けるようなニュースが多く見受けられた。例えば、長時間労働や品質偽装、自動車の燃費の問題や資格非保持者による完成品検査の問題、不正会計、リコール隠しなどの事例が挙げられる。これらの企業に共通していることは、長い歴史を誇る大企業であることだ。直接的な制裁措置がとられた事例もあり、燃費の不正に対しては400万米ドルの罰金、贈収賄事件に対しては6億4600万米ドル超もの罰金が科されている。不祥事が明るみになった企業の中には、経営陣が退任する事態を招いたものもある。また、国によっては企業の不祥事が、結果として経営陣に対する実刑判決などより深刻な制裁につながってしまう。

こうした不祥事による株価と利益への影響は、事業の複雑性や訴訟にかかる時間、間接的・長期的な信頼の喪失を数値化することが困難であるために算出しにくい。ただ、確実に言えることとしては、これらの問題によって投資家が企業への関心を失うことになり、経営陣は本来集中すべき経営戦略に取り組むことができなくなってしまう。さらには人材の流出、採用難、長期的な顧客離れにもつながる可能性がある。

「ジャパンブランド」を守るガバナンス

同様の不祥事は世界中で起こっており、共通点しているのはこれまで信頼が必要と考えられていなかった分野で問題が生じていることだ。その多くは顧客に直接的な影響を及ぼし、データ保護、サイバーセキュリティ、食品の安全性、携帯電話のバッテリーなどの電子機器の信頼性などの技術的問題に関連している。全ての企業はそれぞれに品質管理プロセスを備えているが、財務報告と同程度のガバナンス、モニタリング、第三者による保証までは適用されていない可能性がある。

これらの不祥事の本質は、企業にとってさらに複雑な難題を浮き彫りにした。例えば、日本に暮らす人々は、食や車、建物などの安全性を無条件に信頼している。これは、株式市場などのように、企業の戦略や財務体質について投資家や監査人による懐疑的な監視機能が働く状況とは大きく異なる。日本の消費者は長きにわたって製品やサービスの高品質を期待し、それに対して企業は「改善」の精神によって応えてきた。しかし、信頼を裏切られた消費者は、無条件に信頼できる状況にない「新しい日常」を「再確認」し、何をどのように信頼するかという認識を改めなければならない。その一方で、企業は信頼を回復させるための対策を短期間で講じるべきである。規制当局と政府が求めているように、企業は他社の問題から学び、自社のオペレーションに同じような問題がないかを確認しなければならない。

優れたガバナンスの概念は、競争力の高いビジネスのためのアベノミクスの戦略(「透明性を通じた投資家の信頼強化」)の一部である。日本では比較的最近になって、強力なガバナンスと多様なリスクの捉え方を促進できるように新しい企業ルールが導入された。これらのコーポレートガバナンスとスチュワードシップのためのルールコードやデータの保護、セキュリティなどの専門的な分野における特定の基準が含まれる。しかし、内部構造が未熟であるか整えられていない、リスク管理担当の人材が限られている、文化や言語の壁があるなどの理由から、多くの日本企業ではガバナンスを向上させる最も効果的かつ実用的な方法を決めかねているのが現状だ。日本企業のガバナンス向上を推進する要因として、海外投資が増加している。また、海外企業の買収や投資により文化や信頼の重要性が強調され、時には合併後の統合や合弁事業の成功に影響を及ぼすことがある※2

ガバナンスを強化し、信頼回復に取り組む企業のための施策例を上の表に示すが、一部の組織ではいくつかの問題が見受けられる。

起こりうるリスクへの対策と課題

PwCの「2018年Risk in Review調査」では、リスクトレンドや信頼性の問題に対応する準備が整っている企業を「アダプター」と分類し、そうした企業の施策をとりまとめた。下のグラフは、施策の具体例と、それを採用した比較的パフォーマンスの良い企業の割合を示している。

自動車業界では世界中で問題が表面化したものの、その対応は肯定的に捉えられた。国にとって自動車ブランドが重要であるため、また、明確な安全性を示し環境面の意識が重要であるため、消費者と規制当局は迅速に反応した。企業は、エンジニアリングと技術の知識を増やして事業についてのデータを抽出して分析し、新しい監査やコンプライアンス活動を実施し、規制当局とより強力な関係を築いて企業倫理とリスク文化を組織全体に深く落とし込み、サプライチェーン全体の透明性と監督機能を強化しようとしている。一連の問題を少し前に経験した海外メーカーは、コンプライアンス対応を一歩先に進めている。例えば、チーフ・プロダクト・コンプライアンス・オフィサーなどの新しい役職の設置、製品コンプライアンス部門(20人以上の専任担当者を置く企業の例もある)の設立、設計およびエンジニアリング・プロセスの再編成を行った。

これらの企業努力によって不祥事の発生が減るかどうかは未知であるが、PwCの「第21回世界CEO意識調査」では信頼の重要性についての理解に差が生じる可能性があることが強調された。下のグラフは、CEOが直面しているいくつかの課題について、実際に直面していると回答した世界と日本のCEO割合を示している。トップの回答を見ると、不正の責任を経営者個人に負わせるという圧力が増加傾向にあることが分かる。一方で少なかったのは、顧客からの信頼が減少していることを実感しているという回答だ。この傾向は日本ではより顕著であり、顧客から信頼されなくなっているという意見に76%の日本のCEOが反対を示している。これは、そのような信頼の問題を回避することができたかどうかなど、信頼についての十分なデータをCEOが得られていないことに起因している可能性があり、この対策として新しいリスク指標を開発することが重要だ。

「ジャパンブランド」を守るガバナンスのために

ブランドや評判が失墜すると、財務上または業務上の過失と同程度に企業の混乱を招くものと考えられる。PwCの「世界の消費者意識調査2018(2018 Global Consumer Insights Survey)」によると、消費者の35%が特定の小売業者からブランドへの信頼に基づいて商品を購入することが判明した。また、消費者の14%は、購入の一番の理由はブランドへの信頼であると回答している。

最終的に、この新たなリスク環境に対応するには、トップダウン(ガバナンス、戦略、および組織文化)とボトムアップ(業務プロセス、管理、専門知識とデータ)の両方を組み合わせた、本社からのアプローチが求められる。顧客や投資家、規制当局、その他の利害関係者は、経営陣や本社が不透明で消費者が目にする製品やサービスから切り離される状況を望んではいない。さまざまなステークホルダーが、優れたガバナンス品質と組織文化に合う新しい仕組み、それを支える強固な基盤を求めている。組織の壁は透明でなければならず、より良い双方向のコミュニケーションと議論を可能にする機会をつくらなければならない。この実現は困難かもしれないが、「ジャパンブランド」を再構築していくには不可欠だといえる。

※1 トランスペアレンシー・インターナショナルによる2017年腐敗認識指数において、180カ国中20位とされている。

※2 Unlocking Japan’s potential[English][PDF 1,602KB]