不適切な会計処理の傾向と、いま企業に求められる対応

那須 美帆子

PwCあらた有限責任監査法人 RDA事業開発部 ディレクター 公認会計士

那須 美帆子

PwC Japanグループで不正会計・不祥事事案の調査業務を主とするフォレンジックサービスに従事。米国大手会計事務所で会計監査業務・米系投資銀行のアドバイザリー業務等に従事後、2009年から2013年まで金融庁証券取引等監視委員会でクロスボーダー事案・巨額粉飾事案に係る開示不正事案調査を担当。その後大手監査法人を経て、現在まで第三者調査委員会事案・社内調査事案の調査及び再発防止策に係る助言を実施。

※ 法人名、役職、コラムの内容などは掲載当時のものです。

近年、日本を代表するような企業による不正・不祥事が数多く発覚して大きな社会問題となり、改めて不正・不祥事の未然防止に対する関心が高まっている。PwCが二年ごとに実施している「経済犯罪実態調査」の日本分析版※1でも、特に製造業における検査工程・省略・検査データの改ざんなどによる品質不正を取り上げ、不適切な会計処理による問題とともに、事業の重要なリスクとして経営者の関心が高まっていることが指摘されている。また、不正・経済犯罪の発生に伴い、規制当局との関係においても影響が高まっている。本稿では、あらためて不適切な会計処理に関する最近の傾向や当局の取り組みを紹介し、企業に必要な対応策を検討していく。

会計不正の動向

日本公認会計士協会が2018年6月に公表した「上場会社等における会計不正の動向」(経営研究調査会研究資料第5号)※2によると、会計不正を公表した企業数はここ数年30社前後で推移している。発生場所別分類では、海外子会社において発生したケースが急増し、2018年3月期には約半数を占めた。海外子会社における不適切な会計処理は、内部統制や内部通報などの社内の仕組みにより発覚したケースが多く、企業のコンプライアンス強化の取り組みの成果が出ていると言えよう。一方で、海外という物理的・心理的な距離により親会社からの監視の目が届きにくいことに加え、現地の経理担当者のローテーションが困難であるなどの事情から、不正が長きにわたり放置されてしまうケースも多く見受けられる。

証券取引等監視委員会の取り組み

証券取引等監視委員会では、有価証券報告書などの法定開示書類の開示検査を実施している。同委員会の中期目標計画※3では、「網羅的な市場監視(広く)」・「機動的な市場監視(早く)」・「深度ある市場監視(深く)」の三点を戦略目標として掲げており、従前からの開示検査に追加して以下のような視点での分析が強化されている。

1)フォワードルッキングなマクロ的視点での分析

マクロ経済環境の変化、例えば、中国や欧州の経済状況、米国政権の動向による経済への作用といった海外における不透明な経済環境などの影響の下、海外での売り上げの割合が大きな上場会社においては、業績悪化や海外進出の際の企業買収に伴い、生じた多額の「のれん」に関する減損の不計上など、不適切な会計処理が生じるリスクが懸念される。

2)非財務情報の分析

検査工程の省略・検査データの改ざんなどによる品質不正に見られるような、ガバナンスの機能不全が適切な開示に与える潜在的リスクへの懸念もある。

「コーポレート・ガバナンスの状況」「リスク情報」などの非財務情報について適切な開示がなされない場合には、投資家の判断を誤らせるリスクがあるとして、積極的な調査・検査を行うとされる。

なお、2018年9月公表の開示検査事例集※4によると、開示検査違反事例の多くの場合において、経営陣のコンプライアンス意識の欠如や会社のガバナンス機能不全が背景にあったとされている。

企業に求められている対応

不適切な会計処理を含む多様な不正リスクに対応するには、経営陣のコンプライアンス意識の向上やガバナンス機能の強化に取り組むことに加えて、全社的リスクマネジメントの一環として、トップから現場に至るまで内部統制のディフェンスラインを縦割りとするのではなく相互に連携することが不可欠である。

しかし多くの企業にとって、内部統制に多数の人的資源を配置することが難しいのも現状である。人の目による統制手続を補完する有効な手法として、近年注目されて成果を上げているのがデータ分析である。分析の対象とする情報は財務情報に限らず、非財務情報と組み合わせることで多面的な分析を行い、リスクを可視化することができる。

また、製造業における品質不正や海外子会社における不正の端緒を早期かつ広範に収集し対応するために、内部通報制度やグローバルホットラインの強化も有効と考えられ、従前からの仕組みを見直す企業が増えている。不正の二次被害や拡大を防ぎ、企業が自浄能力を発揮するためには、単なる仕組みとしてグローバルホットラインを取り入れるだけでなく、それを利用することへの従業員の心理的ハードルを下げることを含めて周知徹底を図ることが重要である。

企業にとってはこうしたコンプライアンス強化のための対応をPDCAサイクルに落とし込むことが、有効である。