炭素税、排出権取引などカーボンプライシングの動向と企業の対応ポイント

2021-07-12

この記事のエッセンス

  • カーボンプライシングの法制化は欧州が先行するものの、米国・中国といった主要国でも対応が進んでおり、国境炭素調整の議論にも注意が必要だ。

  • 2021年に導入されたオランダの炭素税のように炭素税と排出権取引制度を組み合わせるポリシーミックスも進むことが予想される。

  • 今後、カーボンプライシングの範囲が広がるとともに、炭素価格が上昇し企業にとって直接的・間接的な影響が顕在化し対応が迫られることが予想されるため、炭素税に関わる法制度のキャッチアップをはじめ新規投資・資産売却・M&A・中期計画策定などでカーボンプライシングの検討が不可欠となる。

はじめに

2020年9月に菅政権が発足し、日本においてカーボンプライシングがこれまでになく注目を浴びている。2050年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにする目標を掲げ、その目標達成に向けカーボンプライシングの検討など、経済産業省および環境省が動いている状況だ。一方、カーボンプライシングの歴史をひもとくと、1990年のフィンランドでの炭素税の導入を皮切りに既に30年以上が経過している。

本稿では、カーボンプライシングの概要と現在の世界での導入状況を説明したうえで、今後のカーボンプライシングの導入拡大にあたっての税制上の論点および企業における対応について説明する。

カーボンプライシングとは

カーボンプライシングは、主に炭素税および排出権取引制度を指すことが多い。炭素税は、炭素含有量に基づき化石燃料の採取や使用等に伴い課される税で、環境コストを経済的に内部化するための手法である。一般にカーボンプライシングは企業にとって追加コストとみられるが、見方を変えると脱炭素投資のリターンと捉えることもできる。日本では2012年に地球温暖化対策のための課税の特例*1が導入され、原油等の輸入者などに課される石油石炭税*2に上乗せする形で課されている。

一方、排出権取引は、キャップアンドトレード方式を前提にすると、企業や施設に対して温室効果ガスの排出枠(キャップ)を定め、排出枠が余った企業と、排出枠を超えて排出してしまった企業との間で取引(トレード)する制度といわれている。排出権取引は世界では2002年に英国で初めて導入され、2005年に開始した欧州連合域内排出量取引制度(以下、「EU-ETS」という)が代表的な制度であり、2021年からEU-ETSはすでに第4フェーズに入りその対象範囲は拡大している。日本でも東京都での排出量取引制度などが存在はしているが、その規模は限定的である。

各国のカーボンプライシングの導入状況と国境炭素調整の議論

世界に目を向けると、世界銀行のデータベースでは、2021年4月10日時点で46の国、35の地域でカーボンプライシングが導入されており、2020年時点で12GtCO2の排出量をカバーし、これは全世界のCO2排出量の22.3%を占めている*3。また、2019年から2021年の間にカナダ、シンガポール、南アフリカ、オランダ、ルクセンブルクで新たな炭素税や排出量取引制度の導入がされている(図表1)。米国の連邦政府では、排出量取引および炭素税の導入がされていないものの、カリフォルニア州の排出量取引制度や地域温室効果ガスイニシアチブ(Regional Greenhouse Gas Initiative、RGGI)における排出量取引制度(北東部のコネティカット州、デラウェア州、メイン州などが対象)が実施されている。中国においては、省レベルの排出量取引制度(北京、上海、深圳などが対象)が2013年以降導入されているとともに、2021年2月に全国レベルの排出量取引制度が、電力事業者を対象として運用が開始された。

図表1 諸外国における主な温暖化対策に関連する税制改正の経緯

こうしたカーボンプライシングの導入の動きは、温暖化ガス排出量を実質ゼロにするいわゆるネットゼロ社会の実現に向け、排出を直接規制する他に、政策手段として不可欠なものだからである。

また、こうした従来から存在するカーボンプライシングの他、欧州では2019年12月に公表された欧州グリーンディールにおいて国境炭素調整メカニズム(Carbon Boarder Adjustment Mechanism、 「CBAM」という)の導入を進めることが打ち出されている。国境炭素調整とは、海外からの輸入品に対し、その生産に際して排出された温室効果ガスの量に応じて金銭的負担を求める制度である。EUでは2020年にはパブリックコンサルテーションを実施し、2021年6月までにCBAMの制度概要を公表し、2023年1月の施行を目指している。欧州におけるCBAMの導入は、EU-ETSのもので現在無償割当の対象である産業で、今後、排出量削減に取り組むにあたり、中国をはじめとする欧州域外との費用負担の平準化をはかる措置である。こうした国境炭素調整導入の前提として、自らの国または地域で相当程度の炭素税や排出権取引制度による負担が生じていることが挙げられる。

なお、バイデン政権も国境炭素税調整をその公約に含めており、その国際的機運の高まりを受け、菅政権でも検討を開始している。

一般に、高い炭素価格が設定されればされるほど、脱炭素のための投資意思決定のハードルが下がり排出量削減へのインセンティブが働くといわれるが、各国でカーボンプライシングの導入の動きが進むとともに、炭素価格の高騰が進んでいる。EU-ETSにおける排出権の価格は、2020年4月6日から2021年3月26日までの期間で、最低価格18.58ユーロから最高価格42.72ユーロまで高騰している*4。また、適切な炭素価格の設定や今後の予測に関しては各機関からさまざまな発表がされている。High Level Commission on Carbon Pricesでは、パリ協定で定められた目標を2050年に実現するためには、炭素価格は2020年に40~80ユーロ/tCO2、2030年には50~100ユーロ/tCO2となる必要があるとされている。国際エネルギー機関(以下、「IEA」という)では、経済発展の持続可能性を考慮すると2025年で43~63ドル/tCO2、2040年で125~140ドル/tCO2が適切な水準と示されている*5

炭素税制の設計上の論点

(1)炭素税の制度設計

前記ではカーボンプライシングに係る世界での動きをまとめてみたが、カーボンプライシングの制度が導入された場合、どのような税制上の論点が生じるのであろうか。炭素税では、次のことが考えられる。

①    課税対象

②    課税標準(化石燃料の消費量か二酸化炭素の排出量か)

③    納税義務者

④    税率の設定(固定税率か段階的な引上げか)

⑤    課税段階(化石燃料の生産者などの上流か、最終消費者などの下流か)

⑥    政策上の減免・還付措置

⑦    排出権取引や規制等とのポリシーミックス

⑧    国際的な制度との整合(排出量の二重カウントの排除や二重課税の排除)

⑨    申告・納税・還付手続

⑩    税務調査をはじめとする適正な納税の確保のための行政措置

例えば、2021年からオランダで導入された炭素税の特徴としては、EU -ETSを補完する制度となっており、その課税対象企業はおよそ240企業といわれ、EU-ETSの対象企業と重なる企業も多い。税率は2021年で30ユーロ/tCO2で開始し、2030年には125ユーロ/tCO2に至るまで段階的な引上げが予定されている。導入初期の段階では排出量が比較的効率的と判断される場合の免税措置が存在する。また、EU-ETSにおける排出権価格が税額より低い場合は、排出権価格相当額を税額から控除することが可能とされている一方、排出権価格が税額よりも高い場合、炭素税の納税は不要とされており、オランダ炭素税は炭素最低価格を設定する機能がある。こうした最低価格の設定は、企業による脱炭素投資に対する最低リターンを保証するものであり、脱炭素投資における炭素価格変動リスクを抑え、投資促進効果が期待できる*6。この他、無償割当と類似の制度(Dispensation Rights)の導入や炭素税の免税枠の取引も可能とされている。

なお、炭素税の徴収にあたっては、他の税と異なり、Dutch Emissions Authorityが管轄し、企業が報告する排出量に関する報告に基づき課税する。

(2)炭素税導入に関する懸念事項

今後、世界各国で炭素価格の高騰と炭素税や国境調整措置の導入が進む場合、二重カウントや二重課税の排除の問題が生じることも懸念される。日本における石油石炭税および地球温暖化対策税は個別消費税に該当し、法人税・所得税を対象として整備されている租税条約において、二重課税が調整・解消されることはない。これは他国の炭素税でも同様である。特に国境調整措置が導入されると、例えばEU域内に製品が輸入される際に、EUでの事業者が課されている炭素税相当が徴収されることが予想されるが、輸入製品ごとの炭素価格を決定するにあたって、排出量を適切に算定できるか、生産国と同様の排出量の計算になるかなどの疑問も生じる。また、EUでは、EU-ETSの導入に伴い、対象事業者は、年間排出量報告書を管轄当局に提出するため、認定検証機関による検証を受ける必要があることから、二酸化炭素の排出量を検証する機関が存在している。一方、日本でも、東京都環境局に登録されている第三者検証機関など検証を行っている機関は存在し、複数の検証機関が国際的に統一的な温室効果ガス排出量の算定ルール等を定めたISO14064や14065といった国際規格に基づく検証を行っていると思われる。こうした各国の検証の基準などの統一も、適切な課税を行う上で重要なインフラとなると考えられる。

企業への影響と対応

一方、企業の視点からは、今後あらゆる産業で直接的・間接的にカーボンプライシングによる炭素価格の負担が増加し、経営課題として顕在化することが予想される。また、企業独自の目標としてネットゼロ宣言をしている企業もすでに多数現れており、日本でも設備投資におけるインターナルカーボンプライシングの設定といった脱炭素の取り組みをビジネスモデルに組み込む施策が、すでに開始されている。こうした状況において、企業は、カーボンプライシングの導入が進行する経営環境において、次のことが求められると考えられる*7

①カーボンプライシングに係る法制度の動向把握

②既存ビジネスへのインパクト分析や対応

③新規投資・事業撤退・M&Aにおいて将来のカーボンプライシングの動向を考慮したリスク分析

④カーボンプライシングを考慮した経営計画の最適化

現在、サステナビリティ―・トランスフォーメーションの重要性*8が注目されているが、カーボンプライシングを考慮した経営の変革もまさにサステナビリティ―・トランスフォーメーションの一例になると思われる(図表2)。

図表2 カーボンプライシングを考慮した経営の変革

*1:租税特別措置法90条の3の2

*2:石油石炭税は1978年にエネルギー政策に関して所要の財源措置を講ずることを目的に導入され現在に至っており、税率も化石燃料の炭素含入量にかかわらず課税され、環境税における汚染者負担の原則に則していないことから、ここでは炭素税の範囲からは除いている。

*3:The Word Bank Carbon Pricing Dashboard(https://carbonpricingdashboard.worldbank.org/)参照。

*4:ICAP国際炭素行動パートナーシップ(https://icapcarbonaction.com/en/)での公表値を参照。

*5:IEA(https://www.iea.org/reports/world-energy-model/macro-drivers)での公表値を参照。

*6:“Carbon Pricing Design: Effectiveness, efficiency and feasibility” Florens Flues & Kurt van Dender, OECD Taxation Working Papers No. 48, 2020.

*7:PwC Japanグループでは、カーボンプライシングもカバーした「サステナビリティ活動の財務インパクト評価支援サービス(Sustainability Value Visualizer)」の支援を行っている。https://www.pwc.com/jp/ja/press-room/sustainability-value-visualizer210323.html

*8:坂野俊哉・磯貝友紀『SXの時代』(日経BP、2021年)

本稿は、「旬刊経理情報」2021年6月10日号に掲載された記事を転載したものです。

執筆者

白土 晴久

パートナー, PwC税理士法人

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※法人名、役職などは掲載当時のものです。


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