日本の機能性化学は素材立国の切り札となりうるか

日本の機能性化学は大きな魅力を秘めている

日本の機能性化学産業は、世界市場の中で確かな存在感を放っている。経済産業省「素材産業の国際競争力強化に向けた産業政策」（2025年）によれば、日本は半導体や電子機器などの先端デバイス関連、輸送機器関連の材料などで世界シェア5割を超える分野を少なからず持っている。例えば、半導体フォトレジストは日本勢が世界シェア90％近いシェアを握る。こうした製品群は一つ一つの市場規模こそ数百億円〜数千億円程度だが、非常に高い利益率を誇り、世界の産業競争力の要となっている。

さらに機能性化学の特徴は「市場成長性×収益性の高さ」の両立にある。グローバル市場では年率5〜8％の成長が見込まれ、特に電子材料やバイオプラスチックなどは10％を超える成長分野もある。加えて市場の評価（企業価値）において基礎化学品分野よりも機能性化学品分野の企業価値／EBITDAマルチプルが高く、企業価値向上にも貢献している。日本企業はニッチだが不可欠な分野で強みを持ち、世界のサプライチェーンに組み込まれている点で他国にはない優位性を築いている。言い換えれば、「小さな巨人」として世界を支えているのが日本の機能性化学なのだ。

成長の壁：未完の事業と規模・地域の限界

とはいえ、課題も明確だ。第一に「技術の事業化の難しさ」である。日本は研究開発で優れた成果を出しても、事業として大規模に展開する段階で欧米や中国に先を越される例が少なくない。新素材が研究室レベルで発表されても、商業化に至らず消えていく「死の谷」の問題は依然として深刻だ。

第二に「規模の問題」である。シェアの高い製品でも売り上げが小さく、また事業が分散している。小規模のままでは開発投資や価格交渉力で劣後し、せっかくの強みも生かし切れない。シェアと規模の両面の追求がニッチ事業を柱にするためには必須である。

第三に「グローバル化の遅れ」である。需要の中心はすでにアジアや新興国へ移っているが、日本企業の海外売上比率は欧米大手と比べて低く、現地生産・現地開発の体制も十分とは言えない。結果として成長市場を取り逃がし、規模の壁を突破できないという悪循環が続いている。

機能性化学の未来戦略：「選択力」と「統合力」で市場を制す日本へ

では、日本の機能性化学はどの方向に進むべきか。「技術の日本」が「市場で勝つ日本」に変わるためには、新しい成長戦略が不可欠である。その鍵を握るのが「選択力」と「統合力」である。

まず求められるのは「選択力」だ。単に「半導体」「グリーン」といった大テーマを追いかけるのではなく、自社の持つ差別化技術を起点に、成長が見込まれるニッチ市場を的確に見極め、集中して取り組む姿勢が必要となる。例えば、ポリマー技術に加え、コンパウンド、成形加工といった技術視点でのチェーン全体を構築することで、単なる素材供給ではなくソリューションを提供する高付加価値型のビジネスモデルへ転換できる。選択と集中によってターゲット市場を拡大し、真に戦える領域を確立することが重要だ。

成長市場の兆しはすでに明確に表れている。環境規制の強化やデジタル化の進展によって、持続可能性と先端技術の融合が競争の分かれ目となっている。グリーンケミストリーやカーボンリサイクル、ナノ・スマートマテリアル、バイオ由来素材、さらにはAIによる材料開発といった分野は、環境対応と高付加価値を両立できる有力領域である。日本が素材立国として存在感を発揮するには、これらの分野で確固たるポジションを築く必要がある。

しかし、選択力だけでは十分ではない。次に不可欠なのが「統合力」である。これは三つの側面から考えることができる。第一に、オーガニック視点での集中と統合だ。人材と資源を有望分野に振り向け、AIやデジタル技術を駆使して効率的な材料開発を進めることが求められる。第二に、インオーガニックな統合、すなわち産学官連携や海外企業との提携、M&Aを通じて規模とスピードを一気に確保する取り組みである。第三に、グローバル市場におけるルールの統合だ。国際標準や規制を先取りし、ライセンスや技術輸出を通じて世界市場に影響力を及ぼすことで、日本発の技術を世界に根付かせる。

とりわけM&Aを軸とした統合は、今後の勝敗を分ける決定的な要素となる。電子材料や自動車の軽量化素材、バイオ由来ポリマーといった分野では、日本企業は世界トップクラスの技術を持っている。しかし、世界市場はグローバルプレイヤーによる再編が加速しており、規模とスピードを備えた投資を行わなければ競争から取り残されるリスクが高い。単独での研究開発や有機的成長だけでは、再び「小粒な日本企業」の壁に突き当たることは明らかである。今こそ「統合力」を戦略的に活用しなければならない。

日本の機能性化学が果たすべき使命は明確だ。あらゆる産業に差別化された素材ソリューションを提供し、日本の産業を成長させる「素材立国」のリード役となることだ。選択力によって挑むべき領域を見極め、統合力によって規模と影響力を高める。機能性化学自身が小さな巨人にとどまるのではなく、世界の中核プレイヤーとしての地位を確立する時が来ている。未来の日本の化学産業は、この挑戦を乗り越えられるかどうかにかかっている。