食を通じた幸せ・ウェルビーイングを考える

2021-07-15

「新しい料理の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである」*1

18・19世紀のフランスの美食家であり法律家・政治家でもあるブリア・サヴァランが残した言葉です。「食」は人類が生命を維持する上での根源的欲求であるだけでなく、生きる喜びであり、幸福の源泉とも言えるものです。近年、食を取り巻く価値観が大きく変化しています。例えば、これまで当たり前だった食品廃棄が見直され、テクノロジーによって長期保存が可能になったり、誰でも食べられるようにと代替肉市場が活性化したりといった点が挙げられます。いわゆる「フードテック」の波が来ており、食を通じて飢餓問題や環境問題の解決に寄与しようとする動きが各地で見られるようになっており、その市場規模は2025年までに700兆円にも上ると試算されています*2。 

また、食を通じた身体的な健康だけでなく、精神的なウェルビーイングに貢献するというパーパスを掲げる食品メーカーが増えており、自社製品をより健康的にしていくことを宣言したり、健康・ウェルビーイングに資する事業創出をし始めたりもしています。

現代は、食に関するパラダイムシフトが起きつつある時代と言えるかもしれません。そこで今回は、「食と幸福」についての関係を、「根源的欲求」「人とのつながり」「アイデンティティ」の3つの視点から考察します。

根源的欲求としての「食と幸福」

食は一義的には生命維持のための「燃料」ですが、幸せとも関係しています。食物を摂取することで分泌される脳内ホルモンが、私たちの精神状態を左右するからです。食と幸福に特に関係すると考えられるのが、以下の4つのホルモンです。

  1. セロトニン:自律神経を整えて幸福感をもたらし、心を平常に保つ役割を果たす。
  2. ドーパミン:やる気、達成感、快感、感動などをもたらす。
  3. オキシトシン:信頼感や安らぎを与える作用を持つ。
  4. エンドルフィン:心身の苦痛を和らげ、快感をもたらす。

中でもセロトニンは、人間が幸せを感じる上で重要なホルモンです。感情や気分のコントロール、精神の安定に深く関わっており、不足するとうつ病やストレス障害、睡眠障害など、重大な病の原因になることが分かっています。逆にセロトニンがしっかり分泌されていると、自律神経のバランスが整い、精神が安定します。気分の浮き沈みが少なくなることによりストレスが軽減され、幸福感を得られやすくなります。乳製品や大豆食品などの特定の食材からの摂取や、日光を浴びることで生成されると言われています。

図表1 食×幸福に関する主要な4ホルモン

人とのつながりとしての「食と幸福」

食と幸福が関わる理由として、食は幸福の源泉である人とのつながりやコミュニケーションをもたらすことも挙げられます。食事の形態のうち、家族揃っての食事に、20代から60代の全ての世代が最も幸せを感じていることが分かっています*3。また、「幸せな食事に欠かせないもの」として上記の全世代が「家族・友人」を最も多く挙げています。ここから、人は楽しい会話をしながら食事できた時に幸せを感じることが読み取れます。また、家族との団らんを楽しんでいる人や、家族との食事の頻度が高い人ほど幸福度が高いことも分かっています*4

全国消費者実態・幸福度調査2020」では、食事中に笑っている人のほうが幸福度が高い傾向にあることが分かりました。この設問では一人で食事をするか他者と食事をするかについては問うていませんが、多くの場合、食事中の笑いは誰かと食事をする場合に起こると考えられることから、他者とのコミュニケーションを通じて幸福が醸成されていると言えるでしょう。

図表2 食事中の笑いと幸福度の関係

人とのつながりという意味では、「コンフォートフード」という概念もあります。人は特定の食事に対して特別な価値や意味を見出し、その食事をとることによって癒やされたり幸福度が上がったりすることが分かっています。コンフォートフードを食べて家族や友人と過ごした楽しい思い出がよみがえり、オキシトシンなどが分泌されて幸福感を抱くといったケースが挙げられます。幼少期に食べた料理、お母さんの手料理(おふくろの味)、家族や友人と揃って祝うイベントで食べる料理(クリスマスや正月など)といったものがコンフォートフードに該当するでしょう。

アイデンティティとしての「食と幸福」

食生活は、その人のアイデンティティを形成する上での重要な要素にもなり得ます。例えば、プロスポーツ選手には、特定の食材や料理を毎日決まった時間に食べるとか、逆に、特定の食材や料理を決して口にしないといったルールを自らに課している人がいます。これは食生活を、理想の自分を体現するための拠りどころとしている、とも言うことができます。幸福学研究の領域では、一般的に「信仰心があるほうが、幸福度が高い」ことが知られていますし、「全国消費者実態・幸福度調査2020」でも、信じる拠りどころがある人ほど幸福度が高いことが見えています。食生活をアイデンティティ化している人は、自分なりの哲学という「信じる拠りどころ」を持ち、それを信じて日々生活し、成果がパフォーマンスに表れることで幸福感を得ていると考えられます。

図表3 信じる拠りどころと幸福度の関係

宗教の戒律も、同様の意味合いで幸福の拠りどころになっているのかもしれません。例えば、イスラム教徒にとっての豚肉、ヒンドゥー教徒にとっての牛肉が挙げられます。教えに基づいた食生活を行い、死後に神の国に入ると信じて生活することは、信仰者にとっての幸福につながっていると考えられます。

また、同調査では「より良い食事の食べ方、回数、内容等を情報収集し、実践している」かどうかという、食生活に対するスタンスやこだわりについても聞いています。そこでは、食に対して明確な考え方(≒信じる拠りどころ)がある人のほうが、幸福度が高い傾向にあることが分かっています。

図表4 食生活に対するこだわりと幸福度の関係

逆に、食生活は人によっては悩みの種でもあるようです。同調査によると、2割の人が「食生活に問題があり不摂生である」と感じており、うち5割は「改善したいが着手できていない」状態にあります。食生活の改善をとおして自身の問題を解決したい、今より幸せになりたいと考える消費者が少なくないことの表れであり、改善に手軽に取り組めるソリューションを提供することは、企業にとってビジネスチャンスになると考えられるでしょう。

図表5 改善したい習慣

上記で考察したとおり、食べることと幸せを感じることは密接に結び付いています。企業においては、安全で健康な食品を提供することをベースに置きながらも、食を通じた幸福やウェルビーイングをいかに消費者に提供できるかが、「グレートリセット」の時代におけるビジネスの競争優位性になる可能性は十分にあるのではないでしょうか。こうした価値の提供は、食品メーカーだけに求められることではありません。食品を取り扱う飲食業やホテル・宿泊業、観光業や農業・漁業・畜産業、テーマパーク・レジャー施設など、多岐にわたる業界に関わるテーマであり、場合によっては異業種を含めたエコシステムを形成して価値を提供していくことが求められるかもしれません。

PwCコンサルティングは「幸福度マーケティング」を通じて、ウェルビーイングを起点としたパーパスやキーコンセプトの設計、食を通じた顧客の幸福度向上メカニズムの可視化、現状や将来予測を踏まえた戦略や施策の策定などを統合的に支援します。

*1:ブリア=サヴァラン(著)、玉村豊男(翻訳), 2021. 「美味礼讃(上)」中央公論新社

*2:田中宏隆(著)、岡田亜希子(著)、瀬川明秀(著)、外村仁(監修), 2020. 「フードテック革命 世界700兆円の新産業 『食』の進化と再定義」日経BP

*3:アサヒグループホールディングス, 「『幸せ』の源は食にあり!?“食事”から探る幸せ観」
https://www.asahigroup-holdings.com/company/research/hapiken/seikatsu/bn/200709/(2021年7月8日閲覧)

*4:みずほ総合研究所, 2011. 「日本人の幸福の源泉を探る」
https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/mhri/sl_info/working_papers/pdf/report20111031.pdf

執筆者

髙木 健一

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

曽 優佳

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

Email

幸福度マーケティング インサイト

「幸福」や「ウェルビーイング(Well-being)」が世界的アジェンダになりつつある現在、企業は顧客をはじめとするステークホルダーと、「幸せ」を起点とした長期的かつサステナブルな関係性構築を求められています。

PwCコンサルティングが提唱する新時代のマーケティングコンセプトおよびアプローチである「幸福度マーケティング」「WX(Well-being Transformation)」にまつわるインサイトを提供します。

詳細はこちら


{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}