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欧州や日本の保険会社が2023年5月末にNZIA(Net Zero Insurance Alliance)からの離脱を表明したことに対して、「金融の脱炭素の動きの足並みの乱れが目立ってきた」といった報道が多くみられました。これにより「金融のネットゼロの動きは停滞した」といった受け止めをされた方も多いと思いますが、実態はそれほど単純なものではありません。
本稿は、保険会社がNZIAから離脱した背景を分析するとともに、今後のネットゼロの動きを予見するにあたって必要な視点を整理します。それにより、今後日本の金融業界がグローバルなネットゼロの動きにどのように向き合っていくかを考える際の参考となれば幸いです。
最初に、どのように報道されたかを簡単に振り返っておきましょう。
5月末に欧州や日本の損保がGFANZや傘下のNZIAから脱退したことについて、「金融業界のネットゼロの足並みが乱れている」といった趣旨の報道が複数のメディアで見られました。その要旨は概ね以下のようなものでした。
報道の中身に入る前に、GFANZとNZIAについて簡単に触れておきたいと思います。
GFANZはネットゼロの実現に向けて、グローバルの金融業界を束ねるために2021年に設立された組織です。その傘下には8つのセクター別アライアンスがありますが、中でもNZAOA(Net Zero Asset Owner Alliance)、NZBA(Net Zero Banking Alliance)、NZAM(Net Zero Asset Manager Alliance)、NZIAの4つが主要なセクター別アライアンスになります(図表1)。
今般の報道を読み解くうえで、この4つのアライアンスの中でも保険セクターのアライアンスであるNZIAには特徴的な点がいくつかあることを理解しておくと、大きな文脈が理解しやすくなります。
まずネットゼロの対象として、他の3アライアンスは資産サイド(投融資)であるのに対し、NZIAは負債サイド(保険引受)である点が異なります。NZIAで求められるターゲット設定の対象は今のところ損保領域のみになっており、具体的には企業向けの損保の多く(動産、賠責、船舶、航空機など)や、個人向けでは自動車保険のみが対象となっています。一方で、自動車以外の個人向け損害保険や、生命保険は今のところ対象となっていません。これは、保険引受の対象がGHG排出を伴う経済活動とどの程度密接に関連するかの違いであると理解できます。銀行や生保の負債サイドを考えてみると、銀行であれば個人の預金、生保であれば個人の生命保険契約がメインですが、これらがGHG排出を伴う経済活動と密接に関係しているかを想像してみると、なぜ今のところ損保のみが負債サイドのネットゼロを重要視しているか理解しやすいでしょう。
そして、この対象の違いから、対象との関係性も異なってきます。資産サイドのアライアンスは、基本的には投融資先企業との関係性であり、GHG排出を伴う経済活動とは間接的な関係となります。その一方で、NZIAの場合は個別の保険契約レベルの関係性となり、GHG排出とのより直接的な関係が見えやすい構図になっています。例えば、同じ電力事業であっても、資産サイドの場合は基本的には電力会社全体との関係性ですが、保険引受においては例えば発電プラントそのものが対象となり得るといった構図です。
また、市場参加者の数の違いを背景にした単独での影響力も異なります。資産サイドの市場参加者、つまり投資家は無数に存在し、単独での影響力は一般的には大きくありません。一方で、保険市場の参加者の数は限られており、個別案件における影響力は大きいと言えます。日系損保各社が2022年12月に、ウクライナ情勢を踏まえロシアからの輸入に関する船舶保険の引受を停止し、それによってロシアからのLNG輸入が困難となる可能性があると報道されたのは記憶に新しいですが、このように損保の引受は対象の経済活動に大きな影響を与える可能性があります。
このような構図の違いを簡単にまとめると以下のようになります。(図表2)
| NZAOA・NZBA・NZAM | NZIA | |
| 対象 | 資産サイド・投融資 | 負債サイド・保険引受 |
| 対象との関係性 | 投融資先企業レベル・間接的 | 個別保険契約レベル・直接的 |
| 代替可能性 | 市場参加者多数・単独影響力小 | 市場参加者少数・影響力大 |
前述の23州の法務長官からNZIA宛ての連名のレターは公開されており、その指摘の根幹部分は以下のパラグラフになります。
We, the undersigned attorneys general, have serious concerns about whether these numerous requirements square with federal law, as well as the laws of our states, as they apply to private actors. Under our nation’s antitrust laws and their state equivalents, it is well-established that certain arrangements among business competitors are strictly forbidden because they are unfair or unreasonably harmful to competition. For example, “an agreement among competitors not to do business with targeted individuals or businesses may be an illegal boycott, especially if the group of competitors working together has market power.” Likewise, collective agreements to fix prices or “restrict production, sales, or output” are illegal. This restriction extends to agreements among competitors to issue uniform pricing policies, conditions of sale, production quotas, or otherwise limit the identity of their customers if those agreements will ultimately raise prices.
出典:米国23州の司法長官からNZIA宛ての連名レターより抜粋
簡単に言えば、「保険引受に関して競合会社との合意に基づいて協働することが、反トラスト法に抵触する可能性があり重大な懸念がある」ということを主張していると考えられます。
ここで、前項で見たNZIAの特徴を踏まえると、なぜ今のところNZIAのみが矢面に立っているかが理解しやすくなります。すなわち、前述の3つの特徴の整理に照らすと、
といった点が挙げられます。
NZIAや加盟各社としては、今回の米国での指摘は寝耳に水というわけではなかったようです。もともとNZIAでの主要な論点の1つとして各国の競争法への対応は議論されていたようですが、今般の米国の司法長官らからのレターという直接的なアクションを踏まえて、参加各社の対応が分かれた(日系3社は全て脱退を選択)のではないかと理解されています。
なお、各社がどのように対応するかを考える上では、米国事業への負の影響の可能性という点や、今後の訴訟リスクをどう考えるかといった点が考慮されたのではないかというのが一般的な見立てです。
ここで補足しておきたい点が2つあります。
1点目は、「NZIAからの脱退」という側面だけを見ると非常にネガティブに聞こえますが、各社とも基本的には引き続き個社としてはネットゼロにコミットし、アクションしていくということを表明している点です。今回の米国での指摘の背景にはESG推進と反ESGの板挟みということはあるものの、直接的には反トラスト法上の論点であり、「競合会社が合意に基づいて協働する」ということが指摘された形です。従って、各社として個別にアクションをとっていくことは問題とはなりません。
2点目は、欧州の保険会社には生損兼営の会社が多いこともあり、NZIAから脱退した会社も多くはアセットオーナーとしてNZAOAに引き続き加盟しており、NZAOAメンバーとして引き続きGFANZの一員であり続けているという点です。なお、日系3社は損保中心であることもありNZAOAメンバーは3社のうち1社のみです。
今般の報道を踏まえて、金融のネットゼロの潮流やGFANZの動きが停滞したととらえられた方も多いと思いますが、筆者は必ずしもそうは言い切れないと考えます。
下図を見ると、主要4アライアンスのうち、確かにNZIAの加盟社数は半減しましたが、それ以外のアライアンスの加盟社数は引き続き着実に増加していることが分かります。NZIAの加盟社数がもともと相対的に他アライアンスに比べて少ないことも含めて考えると、大局的に見れば今のところはグローバルな潮流の中では今回のNZIAの動きは部分的なものと理解してよさそうです。そしていずれにしても今後の動向には注視が必要だと考えます。
今後の金融ネットゼロの流れやGFANZの動きを占う上でウォッチしておくべき、2つの視点について考察したいと思います。
1つ目は、今般の米国競争法上の論点がどれくらい波及するのかという視点です。特に、①「他のセクターへの波及」と②「米国以外の他地域への波及」という可能性が考えられます。
①については、例えばアセットオーナーや銀行のアライアンスにも同様の懸念がついて回るでしょう。実際に、前述の司法長官らのレターにおいてはNZAOAについての言及も見られます。しかし、前述のとおりNZIAとの対比でみると今のところこれらのアライアンスに米国競争法上の論点が波及していない背景が理解でき、今後波及する可能性はそれほど高くはないというのが現時点での筆者の見立てです。
②については、例えば欧州や日本の競争当局や司法当局から同様の指摘を受けるケースが考えられますが、その可能性も低いと考えてよさそうです。例えば日本では、公正取引員会が2023年3月に「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」と題する文書を公開し、それによると現在の各アライアンスの活動は問題とはならないと理解できます。
2つ目は、来年の大統領選挙も含めた米国の政治動向です。トランプ氏が大統領となった直後に米国はパリ協定から離脱し、4年後にバイデン大統領となってから同協定に復帰しました。このように、ESGに関連する米国の動きは民主党と共和党のパワーバランスに影響される部分が大きいと言えます。また今般のNZIAの事例が、いわゆる「Red State」を中心に問題となっていることからもわかるように、連邦レベルと州レベルでのパワーバランスの影響も受けます。ここでは政治動向について具体的な議論を避けますが、いずれにしてもこのような視点でウォッチしていくことは有用だと考えます。
世界がネットゼロを達成するために金融業界の果たすべき役割は非常に大きいと言えます。その中で金融のネットゼロに向けた動きはGFANZが設立された2021年前後から加速しています。筆者は、2021年のGFANZ設立時に同団体のステアリンググループにアジアから唯一のメンバーとして参加する機会を得ましたが、その際に強く感じたのは、金融ネットゼロの議論は欧米中心に進んでいるため、日本の金融業界がインテリジェンスをさらに高めていく必要があり、そのために自身として貢献できることをやっていきたいということでした。
本稿では保険会社のNZIA脱退という出来事を題材に、金融のネットゼロの直近の動向を考察しました。このような考察が、日本の金融業界が金融ネットゼロやアライアンスの流れに向き合っていくにあたってのヒントとなり、短期的な動きに過度にとらわれることなく、長期的・大局的な視点を踏まえて議論することの役に少しでも立てば幸いです。
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