環境省「グリーンボンドガイドライン」の策定背景と特徴

2017-05-25

サステナビリティ・コンサルタントコラム


2017年3月に環境省が「グリーンボンドガイドライン」を公表しました。同ガイドライン策定に係る「グリーンボンドに関する検討会」に委員として参加した経験を踏まえて、同ガイドライン策定の背景と特徴を中心に解説します。

2017年3月28日に環境省が「グリーンボンドガイドライン2017年版」(以下、同ガイドライン)を公表しました。筆者は、同ガイドライン策定に係る「グリーンボンドに関する検討会」(以下、同検討会)(2016年10月~2017年3月/4回開催)および「グリーンボンドに関する意見交換会」(2016年12月)に同検討会の委員として参加しました。これらの会合では、グリーンボンドに関する学識者、実務経験者などにより、極めて活発な議論が行われたのが印象的でした。

同ガイドライン策定においては「グリーンボンドガイドラインに係る第三者委員会」(2017年2月)やパブリックコメント(2017年1月~2月)が実施されました。これらの意見に関して、同検討会で検討され、必要に応じ議論に反映されました。同ガイドラインは、これらの議論などを踏まえ、環境省が策定したものです。同ガイドラインには法的拘束力はなく、同ガイドラインに記載された事項に準拠しなかったことをもって、同ガイドラインに基づき法令上の罰則などが課されるものではない旨、明記されています[i]

ここでは、参考資料も含めると約100ページに及ぶ同ガイドラインについて、策定の背景と特徴を中心に解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であり、属する組織の見解とは関係のない旨あらかじめお断りしておきます。

グリーンボンドの概要

グリーンボンドとは、企業や地方自治体などが、国内外のグリーンプロジェクトに要する資金を調達するために発行する債券であり、具体的には、(1)調達資金の使途がグリーンプロジェクトに限定され、(2)調達資金が確実に追跡管理され、(3)それらについて発行後のレポーティングを通じ透明性が確保された債券です[ii]

世界のグリーンボンドの年間発行額はここ数年で急増しており、2016年の年間発行額は810億ドル(前年の約2倍)に達しています。

【図1】グリーンボンドの年間発行額(単位:億米ドル)

出典:環境省「グリーンボンドガイドライン 2017年版」よりPwC作成

発行額増加の背景として、2014年1月に「グリーンボンド原則」(Green Bond Principles 以下「GBP」)が策定され考え方が整理されたことや、民間の企業や金融機関、地方自治体などの発行が増加し、発行体の多様化が進んでいることが挙げられます。また、2015年以降は、中国やインドといったアジア新興国における発行が急増しています。

グリーンボンドの調達資金の充当対象別の発行実績は、2016年に発行されたものでは、「(再生可能)エネルギー」が38%と最も多く、次いで「建築物や産業(の省エネルギー)」が18%となっています。「(低炭素)交通」、「(持続可能な)水資源」、「廃棄物処理」、「農業・森林」、「(気候変動に対する)適応」が、残る44%を占めています[iii]

【図2】グリーンボンドの調達資金の充当対象別発行実績(2016年)

出典:環境省「グリーンボンドガイドライン 2017年版」よりPwC作成

グリーンボンドガイドライン策定の背景

同ガイドライン策定の主な背景としては、以下2点が挙げられます。

気候変動問題に関する「パリ協定」の採択と「2℃目標」達成のための民間資金の必要性

第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定は、国際条約として初めて「世界全体の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分に下回るものに抑えるとともに、1.5℃に抑えるための努力を継続すること」、「温室効果ガスの排出が少なく、気候変動に対して強靭な発展に向けた方針に資金の流れを適合させること」などを掲げ、世界を脱炭素化の方向に導くことを明確に打ち出しました。

パリ協定の「2℃目標」の達成のためには極めて巨額な資金が必要となります。例えば、国際エネルギー機関(IEA)の試算によれば、「2℃目標」の達成シナリオにおいて電力部門を脱炭素化するには、2016年から2050年までに約9兆米ドル(約990兆円。1米ドル110円で換算)の追加投資が必要とされ、また、建物・産業・運輸の3部門の省エネを達成するには、2016年から2050年までに約3兆米ドル(約330兆円。1米ドル110円で換算)の追加投資が必要とされています。こうした資金の全てを公的資金でまかなおうとすることは現実的ではなく、市場の力を活用し、できる限り多くの民間資金を導入することが不可欠です。従って、1,700兆円を超えるわが国の個人金融資産を含む国内外の民間資金がこうした投資機会へと十分流れるための道筋を整えることが極めて重要となります。

 

国際的なグリーンボンド市場の急拡大と国内における市場拡大への期待

前述のとおり、国際的に、グリーンボンド市場はここ数年で急拡大している一方、国内におけるグリーンボンドの発行件数はまだ限定的です。グリーンボンド発行のための実務に役立つガイドラインが存在することにより、国内でのグリーンボンド発行が実務上容易になり、グリーンボンド市場が拡大する可能性があります。そのため、同ガイドライン策定の基本的な考え方として、グリーンボンドの発行・投資が進んでいるとはいえない国内の市場の状況などを踏まえたものとすること(コストや事務的負担の低減など)があり、その考え方に沿ったガイドラインになっています。

なお、グリーンボンド発行に関してデファクトとなっているGBPとの間のダブルスタンダード化を回避するため、GBPとの整合性の配慮も同ガイドライン策定の基本的な考え方の一つとなっています。

また、国内外の投資家が安心してグリーンボンドに投資できるようにするため、グリーンウオッシュ債券(実際は環境改善効果がない、または調達資金が適正にグリーンプロジェクトに使われていないのにもかかわらず、グリーンボンドと称する債券)が市場に出回ることを防止することに資するガイドラインの存在は、健全なグリーンボンド市場の育成に役立つと考えられます。

グリーンボンドガイドラインの特徴

同ガイドラインの特徴は、上述の策定の背景を踏まえたものとなっており、以下の項目を挙げることができます。

国際的なデファクトであるGBPとの整合性

同ガイドラインは、GBP(2016年6月時点)の内容との整合性に配慮して策定されました。具体的には、グリーンボンドには、(1)調達資金の使途、(2)プロジェクトの評価および選定のプロセス、(3)調達資金の管理、(4)レポーティングの4つの側面に関して期待される事項があると考えており、同ガイドラインにおいてこれら4つの側面に関して「べきである」と記載されている事項の全てに対応した債券は、国際的にもグリーンボンドとして認められうるものと考えられています[iv]

また、参考資料3として「グリーンボンド原則(2016年版、原文)」、参考資料4として「グリーンボンド原則(2016年版、和訳)」が同ガイドラインに含まれています。GBPの和訳が掲載されているのもグリーンボンド発行実務に役立つ点の一つです。

なお、同ガイドラインは、グリーンボンドの普及という目的を踏まえ、わが国の市場の成熟度、国際的な動向その他の状況の変化に応じ、改定していくことを予定しているとされています[v]。同ガイドラインが2017年版とされているのはそのためです。このうち国際的な動向の変化にはGBPの改定も含まれていると考えられます。

実務に役立つための豊富な例示やモデルケースなどの記載

GPBは約10ページであるのに対し、同ガイドラインは本文だけでも約60ページに及びます。同ガイドラインにおける特徴的な記載は以下のとおりです。

 

1. 「第2章 グリーンボンドの概要」でグリーンボンドのメリットなどを紹介

グリーンボンドの定義や市場の動向だけでなく、グリーンボンドのメリットとして、発行のメリット、投資のメリット、環境面などからのメリットが整理されています。また、グリーンボンド発行のフローが図示されています[vi]

【図3】グリーンボンド発行のフロー

出典:環境省「グリーンボンドガイドライン 2017年版」よりPwC作成

2. 「第3章 グリーンボンドに期待される事項と具体的対応方法」の各項目における例示

本章は、同ガイドラインの中心となる章であり、各節において、多くの項目に関して例示が示されています。また例示について、図表が多く使用され、分かりやすい内容になっています。具体的には、以下の項目について例示が示されています。

「1. 調達資金の使途」の節において、具体的な資金使途の例示が詳しく示されています。また、グリーンプロジェクトが、本来の環境改善効果とは別に、付随的に、環境に対しネガティブな効果をもたらす場合があり、そのようなネガティブな効果の具体例が表で詳しく示されています。さらに、調達資金の「リファイナンス」に該当する場合の具体例が図示されています。

「2. プロジェクトの評価および選定のプロセス」の節において、グリーンプロジェクトを評価・選定するための規準の例が示されています。

「3. 調達資金の管理」の節において、調達資金の追跡管理の具体的な方法の例が図示されています。

「4. レポーティング」の節において、開示情報の例や環境改善効果に係る指標、算定方法の例がそれぞれの表により詳しく示されています。

「5. 外部機関によるレビュー」の節において、レビューを活用することが特に有用と考えられる場合の例やレビューを活用することができる事項の例が示されています。また、レビューに関する情報の記載例が表でまとめられています。さらに、レビューを付与する外部機関に関する留意事項として、専門的知見の例や第三者性が確保されているとはいえない場合の例などが示されています。

 

3. 「第4章 モデルケース」の提示

想定される6つの事例とその具体的対応が例示されています。それぞれの事例について、グリーンボンドに期待される事項である(ア)調達資金の使途、(イ)プロジェクトの評価および選定のプロセス、(ウ)調達資金の管理、(エ)レポーティング、(オ)外部機関によるレビューのそれぞれに関して想定できる内容が記載されています。

 

4. 「参考資料1 グリーンボンドに期待される事項のチェックリスト」による整理

同ガイドラインにおいては、「べきである」と「望ましい」という表記が使用されています。「べきである」と表記された項目は、同ガイドラインとしてグリーンボンドと称する債券が備えることが期待される基本的な事項です。「望ましい」と表記された項目は、それを満たさなくてもグリーンボンドと称することは問題がないと考えられるが、同ガイドラインとしては採用することが推奨される事項です[vii]

このチェックリストでは、「べきである」と「望ましい」の表記がされた項目が一覧表として整理され、グリーンボンド発行に係る実務上の便宜が図られています。

以上見てきたとおり、同ガイドラインは、企業や自治体などがグリーンボンドの発行を検討する際に実務上参考となるガイドラインになっていると考えられます。

また、同ガイドラインの英語(サマリー版)は環境省から公表されています[viii]。英語(サマリー版)は、同ガイドラインの第1章「はじめに」全文と、第3章「グリーンボンドに期待される事項と具体的対応方法」において「べきである」「望ましい」とした事項の抜粋が記載されたものです。今後、英語の全訳が環境省から公表される見込みです。

同ガイドラインが活用されることによって、日本においてグリーンボンドが普及していくことを期待したいと思います。

阿部 和彦

阿部 和彦
PwCサステナビリティ合同会社
執行役員/マネージャー

1987年大手監査法人東京事務所入所後、ニューヨーク、ボストン、オーストラリアにて通算7年以上の海外勤務。国内外の大手企業へ監査業務・アドバイザリー業務を提供。2008年より、PwCあらた監査法人サステナビリティグループ所属。大手事業会社や大手金融機関に対して環境・CSRに関するアドバイザリー業務・保証業務を提供。

プロフィール

※ 法人名、役職、コラムの内容などは掲載当時のものです。

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