{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.text}}
民間企業の参入が進み、転換期を迎える宇宙ビジネス。本インサイト第3回では、宇宙空間における「服」にフォーカスし、長く研究されてきた領域でどんな変化が考えられるのか、これまで宇宙と縁のなかったプレーヤーへのビジネスチャンスについて考察します。
宇宙服と聞いて多くの方が思い浮かべるのは、頭にドームのようなヘルメットをかぶった、動きづらそうな姿ではないでしょうか。もしくは、メディアなどで頻繁に目にするオレンジ色の服を思い浮かべる方もいるでしょう。前者は船外服、後者は与圧服と呼ばれ、どちらも宇宙服です。これらはいずれも、宇宙という過酷な環境下でミッションを課せられた宇宙飛行士の命を守るために欠かせません。そのため、人類が宇宙を目指した1960年以前から研究が重ねられ、1961年に米国とソ連(当時)が初めてとなる有人宇宙飛行を成功させたときには、現在の宇宙服に近いものが誕生していました。当然のことながら60年近い宇宙開発の歴史の中で、少しずつアップデートが加えられてきました。船外服の価格は1着あたり十数億円と言われます。そのあまりに高いコストと、人命を守るという必須の機能は当初から要件を満たしていたがゆえに、いくら米国やソ連とは言え無尽蔵に予算が取れる訳でもなく、初期の宇宙服以降、大規模な開発はあまりされてきませんでした。しかし、米国では、既存の宇宙服の老朽化が著しいことや、また宇宙開発が惑星探査という新しいフェーズに入り宇宙服の要件も変わることから、2020年代に予定される有人月面着陸を目指すアルテミス計画に向け、NASAが民間企業の宇宙服開発への参画を募っています。
現在、宇宙服と呼ばれるものはその機能によって、大きく3種類に分けることができます。まず一つ目が、船外服です。無気圧、無酸素、気温差など過酷な宇宙空間での作業に耐えられるように、何重にも素材が重ねられ、非常に気密性の高い構造となっています。
二つ目が打ち上げ時や帰還時(大気圏への再突入時)に着用する、与圧服です。服の内部は宇宙船内と同じ気圧に保たれており、万一何かしらのトラブルによって船内の気圧が低下しても生命を維持するのに必要な気圧を保つことができます。ただし、気温の変化などには対応しておらず、この宇宙服で宇宙空間に出ることはできません。
最後に、船内服です。これまで宇宙船内で着用されてきた衣類は、特別に開発されたものでなく、地球上と同じものでした。しかし、宇宙での滞在期間の長期化に伴い、閉鎖的な微小重力環境で、かつ、洗濯ができないといった地球上よりも多くの制約を受ける宇宙船内において、QOL(Quality of Life)を維持し、快適に過ごすことができるように船内服についても開発が進められています。
「第1回 序論と宇宙空間における衣食住のこれから」でも述べたように、昨今は「New Space」と呼ばれるスタートアップやIT大手をはじめとする民間企業による宇宙産業への参入が急速に進み、今後10~20年の間に宇宙ビジネスは飛躍的な発展を遂げると考えられています。まず直近で実現すると考えられるのが宇宙旅行です。2019年にロシアが新たな民間旅行船の開発を発表しており、米国では複数の企業が民間有人飛行へ向けたロケットの開発を急いでいます。また、将来的に月や火星への移住を目指す取り組みは、各国政府や民間企業により活発になっています。宇宙旅行から宇宙滞在といった、宇宙での滞在形態の変化に伴い、宇宙飛行士向けの宇宙服に加え、民間人向けの滞在形態に即した宇宙服も開発していく必要性があると考えられます。
船外服は宇宙空間でも人間の生命を維持できるだけの装備を持つ、小さな宇宙船です。幾重にも重なる気密性の高い服に、生命維持装置、酸素ボンベ、汚染物質除去装置、断熱・冷却機能、頭を守る頑丈なヘルメットといった生命に関わる装備から、仲間との連絡を取りあうためのトランシーバー機能、作業しやすいグローブ、ブーツなど、宇宙空間での作業を安全に遂行できる機能を必要とします。
船外服開発において考慮すべき重要なポイントとしては、第一に安全性です。宇宙空間において人は宇宙服なしには生きることができないため、当たり前ですが、安全性は最も重要です。厳しい宇宙空間での活動を支えるため、前述のような必須機能を必要とします。また、気圧維持装置により、宇宙服内は一定の気圧に保たれていますが、宇宙船内の気圧は1気圧であるのに対し、船外服内は約0.3気圧しかありません。急激に減圧されると体内の窒素が気泡となり毛細血管を詰まらせる減圧症に陥ってしまうため、着用時には減圧に備えるためにいくつものステップを踏まなければなりません。体内の窒素を放出するためにプリブリーズという工程を数時間かけて行っています。
第二に動きやすさです。前述のとおり、宇宙服内は一定の気圧に保たれていますが、現状の約0.3気圧では宇宙空間との気圧差により膨張し、動きづらくなります。気圧を維持しつつも服が体にフィットすれば、作業がしやすく安全なミッション遂行につながります。また、気圧が1気圧に近づくほど減圧にかかる時間は短縮し、着脱のしやすさにもつながります。プリブリーズ工程は船外服内の気圧を0.5気圧以上に保てれば必要なくなると言われています。0.5気圧以上でありながら、膨張せず、かつ着脱がしやすい船外服が開発されれば、今後の宇宙滞在もより快適なものになるに違いありません。
第三に視野の広さです。視野が限られるヘルメットの装着だけでなく、船外服には多くの精密機器が体の周りに取り付けられており、その位置やサイズによっては足元などが見えづらくなります。何が起こるかわからない宇宙空間においては広い視野の確保が重要で、特に強度も求められるヘルメット部分においては視野の確保と強度の維持は課題になりやすいです。
これまで挙げたように船外服は、その多機能さゆえに多くの装置や非常に高度な技術を必要とするため、1着あたりの価格は十数億円と言われ、その大半を研究開発費が占めています。
現在の船外服の開発は「どのような環境で何をするか」を詳細に定義し、その要件に耐えうる船外服を開発・製造するのが一般的です。外部の環境や使用目的が異なる場合は、その都度環境に合った宇宙服を個別の開発が必要となります。例えば、月面や火星などで、崖を上る必要があれば上下の視野を広く取れる作りにする、雹が降るような環境であればヘルメットと服の強度を上げるなどです。どんな環境でも快適で安全に過ごせる船外服がこの先の未来に登場することを期待します。
船外服はこれまで宇宙飛行士が船外活動を行う際に着用されてきましたが、今後は新たにどういったニーズが考えられるでしょうか。例えば、宇宙旅行の際には、飛行機と同じようにパイロット2名と複数のフライトアテンダントが乗務することに加え、トラブルに備えてエンジニアが帯同する可能性が高く、彼らの船外活動用に船外服を配備することになると考えられます。宇宙旅行の初期の段階では最低限必須となるのはエンジニア用のみと思われるますが、船外服の開発が進み大量生産が可能となれば、旅行者全員分を装備して、宇宙遊泳体験が提供されることもありえるでしょう。
仮に宇宙旅行での爆発的なニーズの増加はないにしても、宇宙旅行以外の宇宙開発(月面開発や火星探査)においてはこれまで以上に多くの宇宙飛行士が宇宙空間でのミッションを行うと考えられるため、船外服の必要性が今後増すことは間違いありません。現在は十数億円と言われる船外服のコストは、使用者が増え、製造数が増加すれば1着あたりの単価は低下します。単価が下がれば、宇宙遊泳の様なエンターテインメント性の高い用途においても普及する可能性が出てくるでしょう。今後のマーケットの拡大に伴い、高い縫製技術や、気密性が高く気圧の影響を受けにくい素材の開発技術を従来から有する企業にとっても大いに参入を検討する余地があるのではないでしょうか。
また、余談ではありますが、開発費の高い船外服を利用シーンに応じて都度開発するのは時間も資金も必要です。そのような中で、船外服の拡張性を高める上で重要になってくるのが船外ロボです。船外ロボとは、実験、保全作業支援を行うロボットアームから、完全に宇宙飛行士の作業の代替を目指すヒト型のロボットまで大小さまざまなレベルのものが開発されており、実際に実証実験が行われています。安全な場所から操作できる船外ロボを使用すれば、宇宙飛行士の作業負荷を大幅に軽減することができるため、宇宙開発を急速に安全に進めるためにも重要になると期待されています。船外服には、あらゆる利用シーンに共通して必要となる機能だけを搭載し、特殊な作業が必要な場合には、船外ロボに活躍してもらうことを前提に船外服の開発を進めることも考えられます。
与圧服は、打ち上げや帰還時に万が一ロケット爆発などのトラブルが発生し、酸素や圧力の喪失、低温環境、空気汚染といった事態が発生しても宇宙飛行士や宇宙旅行者を保護するための服です。最低限の機能として、次の4点が挙げられます。
中でも離着陸の衝撃に耐える要件は、宇宙船の着陸の形態によって大きく異なります。例えば、米スペースシャトルの場合は飛行機に近い着陸方式を取るため、宇宙飛行士の身体にかかる衝撃はそこまで大きくありません。そのため、頑丈なヘルメットと不燃機能を持ったスーツを着用しています。しかし、ロシアのソユーズ宇宙船の場合は、着陸の際に放り出されるような形態を取るため、着陸時の衝撃はとても大きくなります。固定された宇宙服を着ていると、むち打ちのようになってしまうため、柔らかい素材を使用し首と胴体が一体化した構造となっており、気圧によって首元が膨張する形で宇宙飛行士の着陸時の安全を守るような構造となっています。
与圧服は1着あたり300万円程度と、船外服と比べて安価です。宇宙空間における長期滞在が増え、多数の人が一定期間地球へ帰還しないと想定すると、船外服よりも市場規模の拡大のスピードは早いと考えられます。船外服と比べて必須機能が少ないので、企業にとっての参入ハードルは高くないと考えられます。その分、競合となり得る企業も多いと想定されますが、不燃性や防水機能、高い気密性など、安全要求を既存の素材/技術よりも圧倒的に高いレベルで差別化できる技術を持つ、もしくは量産技術による低コスト化のノウハウを保有するメーカーにとっては、魅力あるマーケットと言えるでしょう。
宇宙での滞在期間の長期化に伴い、開発ニーズが高まっているのが船内服です。宇宙に滞在する人々が地球と同等のQOLを維持するためには、宇宙空間の生活環境にふさわしい衣服が必要となるからです。船内服に求められる要件は、洗濯が自由にできない中でも清潔さを保つ防臭・抗菌機能、そして万が一火事があっても燃え移りづらい耐燃性、微小重力環境において生活のしやすさや怪我防止のための姿勢維持サポート機能などが挙げられます。従来は、これらの機能を満たす綿素材などが好んで使われています。
船内服は、船外服・与圧服よりも研究されている期間が短く、まだまだ開発の余地が大きいと考えられます。今後、多くの人が宇宙に滞在する上で、使用パターンが複雑化することから、着用する人の特性(旅行者/宇宙飛行士)や滞在期間、滞在形態(宇宙ステーション/月面)などにより、さまざまなニーズが生まれることが想定されます。それぞれのニーズや体型・性別などに合わせた船内服の開発が必要と考えられます。ニーズの多様化と宇宙への滞在者数の増加に伴い、市場規模の飛躍的な拡大が見込まれます。
これからは、従来の宇宙飛行士のように長期にわたり厳しい訓練を受けている訳ではない一般の人々が長期に宇宙滞在することが想定されます。その中で、特に開発の余地が大きいと考えられるのは、健康を害さずに、かつ、快適に暮らすことをサポートする機能です。運動のサポート、マッサージ機能などを兼ね備えたスーツなどがあっても良いかもしれません。企業にとって何より魅力的なのは、これらの技術開発が決して宇宙だけに向けたものではなく、地球においても転用できる点です。高齢化の進行に伴い、運動のサポート、健康増進に寄与する技術が地球上においてもニーズが高いものであることは明らかです。こういった観点から、自社で関連する技術や素材を持つ企業にとっては前向きに参入を検討してほしいマーケットです。
また、価格を下げる方策として、与圧服と船内服の機能を兼ね合わせた服を開発するというのも一つの手段と考えられます。すでに宇宙旅行を手がける米国企業では、アパレルメーカーとタッグを組んで、与圧服と船内服一体型のフライトスーツの開発に取り組んでいます。
宇宙服には多くの機能が求められ、今後も技術の発展が必要な領域です。高い技術力を持つ企業にとって参入を検討する意義は大きいと考えられます。転用・開発/製造技術・機能について優位性があると考えられる点について考察します。
宇宙服の与圧機能を維持する上で重要になってくるのが気密性です。また、快適性も考えると、一人ひとりの体に合わせて作られるのが望ましいです。転用できる技術としてはダイビングのドライスーツの縫製技術や、近年衣料品で見られるような無縫製技術が考えられます。
船外服は、多層構造および気圧維持装置により使用時は風船のように膨れ上がるため、手や足を動かすには関節部分が体の動きに合わせて可動する必要があります。機械産業で用いられるベアリングを使用して摩擦を低減する、あるいは義肢の製造技術を転用して関節の動きをサポートすることが考えられます。
宇宙空間での作業には重力がなく、地球上で発生する地面との摩擦はありません。しかし体が固定されない中でのミッションには大きな力が必要になるため、人工筋肉などの動力を用いたパワードスーツやアシストスーツの技術の親和性が高いと考えられます。
宇宙服に使用されるさまざまな部品や生地などは高機能かつ高品質である必要があります。それらを踏まえると医療機器メーカーや化学メーカーの親和性が高いです。これらの業界では生体模倣工学(バイオミミクリー)の考えも取り入れて無痛針を開発するなど、新しい概念を取り入れた開発も活発に行われており、宇宙産業においても活躍できるポテンシャルを秘めているでしょう。
現在の米国の船外服は手縫いで製造されています。気密性を維持するために、高い縫製技術が必要になるためですが、製造においても現在のテクノロジーが活用できると考えられます。実用化には至っていないが、米国企業では、3Dプリンターを使用した宇宙服の開発が検討され、実証実験まで行われています。船内服は長期滞在で都度変化するニーズに対応することも必要となるので、軽量化した3Dプリンターを人々が移住する惑星へ運び、現地で生産することができれば、競合他社への大きな差別化となるでしょう。
宇宙ビジネスへの民間企業の参入が進み、宇宙旅行、惑星への移住などが現実的なものとして、検討されつつあります。これまでは各国政府や宇宙開発に携わる機関が中心に開発してきた宇宙服についても、NASAがアルテミス計画に向けた宇宙服の開発で参入を促すなど、民間企業に広く門戸が開かれました。PwCの試算では、宇宙服の市場規模は、宇宙へ10日間程度の旅行をすると見込まれる2020年代から2030年代前半は500億~650億円程度、旅行客に加えて惑星の居住者などが宇宙遊泳を楽しむようになると想定される2040年代頃には1,700億~2,000億円超の規模まで成長すると推測しています。長期的なプロジェクトとなる宇宙服開発への投資は、リスクが高く、決断が難しいと考える企業も多いかもしれません。しかし、宇宙服開発への参入は決して現在のビジネスと対極にあるものではありません。現在の企業が持つ高い技術力の宇宙服への転用や、宇宙服用に開発した高度な技術を地球へ逆に転用することが可能であると考えられます。日本では人口の減少が見込まれる中、多くの企業がグローバルに市場を捉え、海外展開を検討しているのではないでしょうか。その選択肢の一つとして、宇宙というマーケットも視野に入れて、自社のビジネスの発展の可能性を検討してみてはいかがでしょうか。
{{item.text}}
{{item.text}}
{{item.text}}
{{item.text}}
伊藤 志保
マネージャー, PwCコンサルティング合同会社