
「スマートシティで描く都市の未来」コラム 第89回:ユーザーの課題・ニーズ起点のスマートシティサービスの考え方
スマートシティサービスは国内で多くのプロジェクトが進められており「スマートシティ官民連携プラットフォーム」でも2024年6月時点で286件の掲載が確認できます。多くの実証実験が実施されてきたその次のステップとして、実装化が大きな課題となっています。本コラムでは実装化を進める上で、キーとなりうる考え方を紹介します。
2020-12-15
気候変動や人口の爆発的増加といった地球規模的な課題から、少子高齢化の進展や突発的な自然災害の発生といった身近な問題まで数多くの困難を抱える中、革新的な科学技術によってこれらの問題が解決されることが期待されています。このような課題意識に基づき、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)をより発展させる形で内閣府が創設したのが「ムーンショット型研究開発制度(以下、ムーンショット制度)」です。この制度の最大の特徴は「未来社会を展望し、困難だが実現すれば大きなインパクトが期待される社会課題等を対象として、人々を魅了する野心的な目標(=「ムーンショット目標」)」を定めていることにあります。これは、現在からの延長線で物事を考える「フォーキャスト型アプローチ」の対極にある、いわゆる「バックキャスト型アプローチ」と言われる手法であり、米国国防高等研究計画局(DARPA)が採用する「エンドゲームアプローチ(“end-game” approach)」などにもその類例がみられます。
令和2年に内閣府が発表した7つの「ムーンショット目標」は以下の通りです。
No |
ムーンショット目標 |
ムーンショットが目指す社会像(一部を抜粋) |
1 |
2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現 |
人の能力拡張により、若者から高齢者までさまざまな年齢や背景、価値観を持つ人々が多様なライフスタイルを追求できるようになる。 |
2 | 2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現 |
従来のアプローチで治療方法が見いだせていない疾患に対し、新しい発想の予測・予防方法を創出し、慢性疾患などを予防できるようになる。 |
3 | 2050年までに、人工知能(AI)とロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現 |
ゆりかごから墓場まで、人の感性、倫理観を共有し、人と一緒に成長するパートナーAI ロボットを開発し、より豊かに暮らせるようになる。 |
4 | 2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現 |
温室効果ガスや環境汚染物質を削減する新たな資源循環を実現し、人間の生産や消費活動を継続しつつ、現在進行している地球温暖化問題と環境汚染問題を解決し、地球環境を再生する。 |
5 | 2050年までに、未利用の生物機能などをフル活用することにより、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出 |
地球規模でムリのない食料生産システムを構築し、有限な地球資源の循環利用や自然循環的な炭素隔離・貯留を図ることにより、世界的な人口増加に対応するとともに地球環境の保全に貢献する。また、食品ロスをなくし、ムダのない食料消費社会を実現する。 |
6 | 2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現 |
量子コンピュータを含む量子技術を応用し、さまざまな分野で革新を生み出し、知識集約型社会へのパラダイムシフトを起こし、既存の社会システムを変革する。 |
7 | 2040 年までに、主要な疾患を予防・克服し 100 歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現 |
免疫システムや睡眠の制御などにより健康を維持し疾患の発症・重症化を予防するための技術や、日常生活の場面で個人の心身の状態を可視化・予測し、各人に最適な健康維持の行動を自発的に促す技術を開発することで、心身共に健康を維持できる社会基盤を構築する。 |
出典:内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」をもとにPwCが作成
ムーンショット制度はまず「2050年に目指す望ましい社会像」という遠大な目標・目指す社会像を掲げた上で、その実現に必要な科学技術関連の研究開発活動を策定しています。実現は困難であるけれど、魅力的、かつ実現した場合に大きな社会的インパクトが得られる目標を掲げることで、破壊的なイノベーションの創出や非連続的な社会の変革を目指しているのです。
現在の街づくりにおいて、少子高齢化や交通・地域経済など、すでに顕在化している目の前の課題に対して、多くの自治体や企業はフォーキャスト型のアプローチによる解決を試みていると感じます。しかし、目の前の課題を解決し続けるだけでは明るい展望を描きにくい、という懸念があります。例えば人口減少の課題については、少子化対策に抜本的な改善がなされない限り解決の見通しは立たないでしょう。日本の総人口は2030年には2013年比でマイナス8.3%の1.16億人となり※1、高齢化率は31.2%に達するとの試算もあります※2。
このような状況を打開するには、既存のフォーキャスト型の街づくりにムーンショット・バックキャスト型のアプローチを組み合わせた、ハイブリッド型のアプローチが有効なのではないでしょうか。フォーキャスト型のアプローチだと「高齢化に伴い生産年齢人口が減少するため、税収の低下・経済活動の一定の縮小は避けられない」という発想に陥りがちですが、ムーンショット・バックキャスト型の考え方を適用すれば「高齢者の方の認知や動作をアシストするテクノロジーを活用することで、現在の生産年齢人口の枠を超えて、人々がいきいきと経済に貢献できる」という、別の未来の可能性を提示することが可能となります。
ハイブリッド型アプローチを取り入れることでどのようなスマートシティ像が描けるようになるのでしょうか。例えばムーンショット目標1と目標7を組み合わせることで「サステイナブルな医療システム・介護システムにより健康を維持しつつ、人の能力拡張技術を活用することにより自由なライフスタイルを送ることを可能とする“人生100年健康スマートシティ”」といったスマートシティ像を描くことができます。このような魅力的な目標を掲げた上で、産官学を巻き込みながら実現に向けたエコシステムを形成することこそが、魅力あるスマートシティを実現する一つの方向性であると考えます。
「いま」、そして「これから」発生する都市課題を解決していくフォーキャスト型アプローチのみでは、魅力的な都市の未来は描けません。ムーンショット的な考え方で、都市・地域に関わるステークホルダーが思わずワクワクするような魅力的なスマートシティの未来像を掲げることで、都市・地域の未来にもブレークスルーが与えられるのではないでしょうか。
※1 「選択する未来 -人口推計から見えてくる未来像-」内閣府
※2 「令和2年版高齢社会白書(全体版)」内閣府
※詳しくは「2050年 日本の都市の未来を再創造するスマートシティ」レポートをご覧ください。
スマートシティサービスは国内で多くのプロジェクトが進められており「スマートシティ官民連携プラットフォーム」でも2024年6月時点で286件の掲載が確認できます。多くの実証実験が実施されてきたその次のステップとして、実装化が大きな課題となっています。本コラムでは実装化を進める上で、キーとなりうる考え方を紹介します。
全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会を目指す「デジタル田園都市国家構想」の実現に向けた取り組みの進捗状況と、今後の展開について考察します。
「2025年の崖」に伴う問題について、ITシステムの観点ではなく、 人口ピラミッドの推移による生産年齢人口の変化に起因する問題の観点から解説します。
未来の都市を想定する際には、フレキシビリティを備えた建築計画を事前に策定しておくことが重要です。スマートシティにおける建築物は持続可能であることが求められており、そのためには新たな技術や設備に迅速に適用できることが不可欠です。