消費財・小売・流通セクター対談 第7回:日清食品ホールディングスのCIO 喜多羅 滋夫 氏に訊く(前編)「“外様”CIOはいかに社内カルチャーの変革に挑んだのか」

2019-09-05

2019年3月期決算では、過去最高の売上高を更新した日清食品ホールディングス。好調な業績のベースを支えているのが、約6年前から本格的に始まった基幹業務システムの大刷新にある。グローバルで戦う基盤づくりの旗振り役として白羽の矢が立ったのが喜多羅 滋夫 氏。「武闘派CIO」として知られる喜多羅氏が、“外様”としていかに大鉈を振るったのか、また、システム部門として社内にいかに貢献すべきかを聞いた。

(左から)小山 徹、喜多羅 滋夫氏

対談者

喜多羅 滋夫

日清食品ホールディングス株式会社 執行役員 CIO グループ情報責任者(写真右)

1965年大阪府出身。89年、プロクター・アンド・ギャンブル・ファーイースト(P&G)に入社。システムアナリストとして市場調査や営業支援に関連するシステム開発・運用プロジェクトに従事。インドネシア法人のITマネジャーを務める。2002年、フィリップモリスジャパンに入社。システム部門を統括。13年より現職。

小山 徹

PwC Japanグループ 流通セクター統括(写真左)
PwC Japan合同会社 パートナー

グローバルIT企業、事業会社を経て、旧プライスウォーターハウスへ入社。16年にわたり主にヘルスケア、流通業界を担当し、業務改善/改革からシステム導入/グローバル展開、企業統合などの戦略案件を含む数多くのプロジェクトに従事。その後、大手流通会社役員兼システム子会社代表取締役、IT部門長を経て2017年よりPwC Japanグループの流通セクター統括に着任。

グローバル化を進める日清食品グループがCIOを設けた理由

小山 喜多羅さんが日清食品グループにCIOとして入られたのは2013年4月。そこから基幹業務システムの刷新に取り組み、たった2年でSAPの基盤構築を実現されました。そもそも“外様”として喜多羅さんが入社された経緯は?

喜多羅 日清食品は08年に持株会社制へ移行しまして、その際にグループ間のシェアードサービスに特化した機能会社として「日清食品ビジネスサポート株式会社」が設立されました。各事業会社が持っていたシステム部門や経理、総務などを1カ所に集約したわけです。当時の基幹システムは、大手メーカーのホストを利用しながら追加で開発を重ねている状況でした。しかし、将来的にグローバルカンパニーを目指す中で、当社のCEOが抱いた「このままではいけない」という危機感をきっかけに、グループ全体を支える新規のERP(Enterprise Resource Planning)による基幹システムを企画し始めたんです。当初は特命担当のような立場の人がアサインされたのですが、大きなプロジェクトの管理をした経験がなかったことから、プロジェクトが進めば進むほど、要件定義がどんどん膨らんでいく。私が入社する前には、当初想定していた規模から5〜6倍もの金額に膨れ上がっていた。しかも、プロジェクトの着地点すら見えていないわけです。

小山 入られた時は、まだ要件定義の段階が続いていたと。

喜多羅 そうです。そこでCEOから「そもそも、日清食品グループが目指すところは何なのかに立ち戻ろう」という話があり、プロジェクトに一旦ストップがかかりました。同時に、社内にシステムのプロがいないことについての指摘もあり、新たにCIOというポジションが設けられ、縁あって私がお声掛けいただきました。

私がまずCEOに言われたのは、「ERPをしっかりと導入したい」。ですから、何よりもまず「新基幹システムをつつがなく立ち上げること」を一点突破しないことには始まらない。タフではありましたが、システム部門の誰もが課題の大きさをよくわかっている環境だったので、私自身にやりにくさはありませんでした。

日清食品は日本のリーディングカンパニーの一つなので、FI(財務会計)やCO(管理会計)など会計基準に準拠するものは問題ないのですが、生産や営業など外的要因に影響を受けるものは、パッケージにきちんと入らない。コストを下げるためには標準化を目指したいのですが、そのベースとなる成功事例が食品業界にあるかどうかは怪しい状況でした。

日清食品ホールディングス株式会社 執行役員 CIO グループ情報責任者 喜多羅 滋夫氏

PwC Japanグループ 流通セクター統括 PwC Japan合同会社 パートナー 小山 徹

小山 そもそもERPの持っているプロセスと、食品業界のプロセス、さらには即席麺を中心とした日本で作った業務フローが合うのかという部分もありますよね。

喜多羅 「まずは導入しよう」というのが私の基本的な方針でした。導入することで会社のカルチャーを変え、何かあれば後から修正すればいいと。会計など外形的に標準化が求められているプロセスに関しては、とにかくしっかり守る。それ以外の「ものづくり」に関わるプロセスは、標準化し過ぎると競合優位性が失われるリスクがあるため、必要最小限にとどめる。実際に業務部門のニーズに耳を傾けながら、機能を絞り込んでいきました。

小山 当初のERPの要件定義が100だとしたら、ご自身である程度分解して想定したスコープと実際に落ち着かせたスコープとの間には、どれほどのギャップがありましたか?

喜多羅 私はとしては6割はやりたいと考えていました。結果的には領域ごとにムラがあって、会計等は6〜7割、生産や物流は8〜9割。ただ、ユーザの感覚では3割くらいでしょうね。ユーザは周辺の枠組み全部を含めて100と見ているので、「あれもできてない、これもできてない」「このまま立ち上がったらどうしよう」という感覚になってしまうわけです。でも、その後に実現したことをあわせて考えれば、メリットは出ているんじゃないかと思います。

実は今も、「本当にSAPを導入する必要はあったんですかね?」なんて聞かれます。大きな投資をして、工数も掛かった割には、基本的なことしか実現できてないと思うからでしょう。ただ、基幹システムをERPに変えたことで、例えば、19年10月から実施される消費税の軽減税率制度にもスムーズに対応できる。ベースのオペレーションを世の中の標準に合わせていくことの大切さは、後からいろんな部分でじわじわ出てくると感じます。

小山 グローバルスタンダードに合わせるべきというコンセプトの一方で、オペレーションに近い部分では、工数が掛かったり、使い勝手が悪かったりという問題も生じる。この相反する2つをバランスする時に、マネジメント側と現場側の横串を刺す立ち位置として上手に回さなくてはいけない部分も出てくる。そういう意味では、現場に自ら足を運ぶことも必要になったのでは?

喜多羅 これはすごく難しい話ですね。システム部門のメンバーには、それぞれの担当領域について肌感覚を掴んでもらうため、盛んに現場へ顔を出してもらいましたが、実のところ私自身はそれほど現場に行ってないんです。ただ、前職で身につけた生産現場に関するノウハウはあるので、話を聞けばだいたい想像がつきます。現場に入れないといった状況でも、システム部門のメンバーからの情報により状況を正確に把握することには気を使っています。

小山 今もタテ社会が根強く残り、流動性に欠ける日本の企業の場合、“あえてチャレンジをしない”文化もありますよね。外からその中に入ってカルチャーを変えるには、自分をその場に適応させながらも「ここだけは譲れない」部分を理解してもらう必要もあるかと思います。例えば、CIOとして会社の全貌と現場を理解するのに8年掛かったなんていうケースも耳にしますが、喜多羅さんの場合はいかがでした?

喜多羅 システム部門に限れば比較的早かったと思います。私の場合、最初に「責任は全部私が取るから」という話をメンバーにしたんです。プロジェクトがうまく進まず問題が山積する中に入ったから、誰もが「自分が責められるのではないか」と過敏になっていたし、チームミーティングで何を聞いても「僕は分かりません」という状態だった。だから、「CIO=最高情報責任者だから、責任は私にある。だから、やらないといけない事をやろう」と。実際、どの程度まで共感を得られたか分かりませんが、誰もが切羽詰まっていたし、それゆえにまとまる必要がありました。

小山 「傭兵」のような形で入られながら、経験から「仲間」になるのは難しくなかったと。

喜多羅 まずは形式的であっても組織内でメンバーと関係性を築いていかないと、と考えました。後は、小さくても良いので成功事例を早く作る必要を感じていましたね。

小山 本来なら「Quick Win」の小さな成功体験を重ねながら本丸に向かえればいいですが、いかんせん喜多羅さんの目指す本丸は大きい…。

喜多羅 そう、本丸がとにかく大きい。しかも、社内の全員がプロジェクトの意義に共感しているわけでもなく、長年システム部門を仮想敵のように見ている人もいる。そういう人たちはなかなか聞く耳を持ってくれません。そして二言目には「コストが高い」と言われる。即席麺業界だから、あらゆるコストについて、小麦粉やパーム油、乾燥エビの原価を考えるのと同じように捉える感覚が強いんです。つまり安い価格でモノを仕入れる」が定石で、ノウハウのコストやバリューはそこに含まれていない。例えば、工場に入れるプリンターを「この価格で買います」と言うと「秋葉原に行けばもっと安く買える。無駄遣いだ」といった具合です。確かに安くは買えますが、トラブルが起こった際に修理に来てもらうとなると、その出張料金でプリンターが何台か買えてしまいますよね。そんな話をキャッチボールしていくうちに、なんとなく「こいつに任せておいた方がいいんじゃないかな」と思ってもらえたのかもしれない。ここで大事なのは、文句を言っている人たちは、結局のところシステムのことは分からないわけです。だから、自分で責任は取れない。「高い」とは言えても、安くできる代案は持っていない。

後から入った人間にとって大事なのは、やはりスキル。どの領域でもいいから、「これだけは絶対に会社に貢献できる」というユニークなスキルを持っていることです。私の場合、最初からずっと「プロジェクトマネジメント、サービスマネジメントをしっかりやりましょう」と口にしてきました。私にとっては、前職、前々職でやり倒してきた分野です。このスキルがなかった組織にきちんとした方法論を持ち込み、「責任は自分が持つから任せてくれ」と関係性を作っていったんです。

小山 プロであることを相手に認めさせ、受け入れてもらう。それによって、違う分野のプロである相手とリスペクトしあえて、プロジェクトが回るわけですね。

喜多羅 第2情報システム部の話も全く同じロジックですよね。コンピタンスがITじゃないユーザ部門がプロジェクトを立ち上げるのは構わないけど、それを独自で回し続けるのはいずれ負担になっていくわけです。そこにだってノウハウがある。ベンダーと都度やっていくよりは、1カ所でトータルに見られるところの方がスループットもいい。だったら、最初から私たちIT部門が関わっていった方がいいんじゃないのと思うわけです。

小山 CIO(最高情報責任者)とCDO(最高デジタル責任者)については、さまざまな人がさまざまな書き方をしていますが、本来表裏一体で、CDOのロールをCIOができないのは、単に勉強不足という話ですし、CDOがCIOのロールができないのは、まさに今のお話ですよね。過去からのさまざまなシステムの導入が複雑に絡み合ってスパゲッティ状態でない会社はない訳で…。

喜多羅 連携して、トータルでどうするかという話をしていかないといけない。当社はCDOへのこだわりはありませんが、後方支援で、例えばサーバーは必ずクラウド型のサービスにしておいてくださいといったお願いをしています。そういう意味では、ERPを入れて一番良かったことは、透明性を高められたことですね。そもそも会社の中にどういうアセットがあって、どんな機能に分解がされて、それらの機能をどうしていくかを整理したこと。その前は、システムが百何十個もあって、商品マスターもバラバラにある状態。そのような状態で動いているわけです。でも、問題なのは、それらのシステムが普通に動いていること。動いているから問題がないように見えて、実はそこに最大の問題があるんです。

日清食品ホールディングス株式会社 執行役員 CIO グループ情報責任者 喜多羅 滋夫氏

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