消費財・小売・流通セクター対談 第4回:オイシックス・ラ・大地のチーフ・オムニチャネル・オフィサー 奥谷氏に訊く(後編)「戦略的・戦術的なリアル店舗活用術とは」

2019-03-04

デジタル化が進む小売業では、顧客データも蓄積されるようになった。しかし実態は、業界として日本に大きな転換は起きてはおらず、旧態然としたビジネスモデルが依然続いている。なぜなのか?

オイシックス・ラ・大地の執行役員でCOCO(チーフ・オムニチャネル・オフィサー)を務める奥谷 孝司 氏は、日本の小売が陥りがちな失策を指摘し、選択肢が消費者側にある時代のカスタマージャーニーの重要性とリアル店舗の位置づけを語る。

(左から)小山 徹、奥谷 孝司氏

対談者

奥谷 孝司

オイシックス・ラ・大地 執行役員 COCO(チーフ・オムニチャネル・オフィサー)(写真右)

1997年良品計画入社。2010年WEB事業部長に就き、「MUJI Passport」をプロデュース。15年10月にオイシックス(当時)入社。早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了(MBA)。17年4月より一橋大学大学院商学研究科博士後期課程在籍中。18年9月、大広との共同出資で顧客時間共同取締役CEOに就任。日本マーケティング学会理事。

小山 徹

PwC Japanグループ 流通セクター統括(写真左)

PwC Japan合同会社 パートナー

グローバルIT企業、事業会社を経て、旧プライスウォーターハウスへ入社。16年にわたり主にヘルスケア、流通業界を担当し、業務改善/改革からシステム導入/グローバル展開、企業統合などの戦略案件を含む数多くのプロジェクトに従事。その後、大手流通会社役員兼システム子会社代表取締役、IT部門長を経て2017年よりPwC Japanグループの流通セクター統括に着任。

PwC Japanグループ 流通セクター統括 PwC Japan合同会社 パートナー 小山 徹

お客様を理解する場としてのリアル店舗

奥谷 カスタマージャーニーって、今は学術的にも盛んに取り上げられていて、サービス・ドミナント・ロジックやサービス業に学べと言われています。例えば、コンビニで荷物を預けると宅配便業者が集荷して、それがデポに集まり、もう1回再配荷されて届け先へ届く。お客様からしたらタッチポイントはコンビニだけですが、その裏でたくさんの人がかかわってモノが届きますよね。そういうホリスティックなカスタマージャーニーを作ることがとても大事で、みんなで作り合わないとできないわけですよ。

小山 ダグ・スティーブンスが言うように、小売のメディア化が必要になる。モノにしか価値がなければ、お客様は店舗には来ない。でも、自分たちが発信するモノ以外にも価値があり、それが個々のメディアとしてつながる状況になれば、店舗にも行く可能性があるということですね。

奥谷 前職の無印良品は売り場もきちんと作り、ネットとモバイル、店舗がうまくつながっているから顧客のデータも取りやすい。でも、無印良品のアプリ「MUJI PASSPORT」のユーザのデータを分析していて面白かったのが、デジタル的なエンゲージメント構造を見ると、無印良品のお客様は購買以外の行動をあまりしてないのです。しかし、体験を求めて彼らは無印良品の売り場にフラッと立ち寄ってしまうといいます。統一されたあの空間がいいと言う。でも、そういうお客様は40代前後が多くて、若い世代はそうは感じていない。顧客の感覚はどんどん変わってくるんですよね。

小山 昨今、米国では通販サイト大手によるホールフーズ買収やリアル店舗への進出が大きな話題になっています。日本企業におけるリアル店舗の位置づけは、「顧客とつながる場」という程度の売る側の論理が大多数なのでしょうが、もっと戦略的かつ戦術的に拡大を狙ってきている。日本とアメリカでは国土の広さも違うし、日本の文化には合わないものも多いかもしれない。でも、日本企業が必死に顧客とのつながりを形成している間に、強くエンゲージしていたはずの世代は40代になっているわけですよね。

今後、ロウアーミレニアルやジェネレーションZなどの世代が消費の中心を担う時代が来ます。彼らには「人とのつながりや共感を重視する」志向があり、これまで以上にコミュニティが重要になると考えています。オイシックス・ラ・大地さんは、生産者や顧客とつながって価値を提供していらっしゃいますが、コミュニティに関してはどう考えていらっしゃいますか。

奥谷 通販企業としては、生産者とのつながりがあるからこそ、サブスクリプション型ビジネスができている。そもそもサブスクリプションの強みは、川上に優しい点ですし、どんどん他の小売業も取り入れるべきだと思います。一方で、僕らはリアル店舗も展開していますが、もっと多くのタッチポイントを増やしたいですね。位置づけとしてはガイドショップ的な存在です。小型の店舗を駅前や郊外に展開し、オイシックス・ラ・大地の強い商品や、世界観の一部だけ見せる。いいと思っていただけたら、オフラインtoオンラインでネットに誘導すればいい。その地域のお客様が増えたら、店舗は閉じるかもしれません。今、主菜と副菜が短時間で作れるミールキット「Kit Oisix」が好調です。さらに協力してくれる生産者さんが増えれば、強いブランドになれる。将来的にダイレクトtoカスタマーを目指すのであれば、リアル店舗は中継ぎ的な存在。ここを拠点にタッチ&ゴーするだけの軽いフォーマットにしていきたいと考えています。

小山 ある意味、投資してリアルなデータを取るための場ですね。ある大手ECサイトは、カートに入れて購入しなかった人を集めてヒアリングするそうですが、それと同じことですよね?

奥谷 同じです。お客様のネットの行動はデータドリブンである程度わかっていますが、店舗は、そのオフラインでのベリファイの場でもあるのです。儲けではなく、お客様とつながることで、お客様を理解するための店舗です。

小山 なるほど。また、ベリファイの定点観測の場として機能もするでしょうし、あるいは、ある程度の規模を目指す上でもリアル店舗が担える役割は大きいでしょうね。

「まず自分たちがやる」ことで変革を起こす必要性

小山 マーケティングで常に新しい領域をリードしてきた奥谷さんが、自身のチームオペレーションやコラボレーションするパートナー企業などとのチーム作りを、どのように進めているかにも興味があるのですが。

奥谷 その点では、僕がCEOを務めるコンサルティング会社「顧客時間」の果たすべき役割が重要になっていくと思っています。現実的には、僕自身がどれだけPDCAでプランを出したところで、その経験がなければそのプランはゼロにしか見えないことを痛感しています。いろいろ提案しても「はい、ありがとう」で実践されないわけです。PDCAからDCPAに変えていかなくてはいけない。Pはあとでいいから、まずDから見せて、DCPAもしくはDCAPにする。その上で伴走することも大事だと考えています。結局、デジタルを前提としたホリスティックな顧客体験を作るには、トップコンサルからベンチャー、さらにはテクノロジーなどと総合でクライアントをもり立てる必要がある。僕は最近、テクノロジーを持っている会社のアドバイザーもしているのですが、例えば、無人店舗のテクノロジーをどこもなかなか導入してくれないなら、自分たちが店舗を構えればいいじゃないかと言っているんです。そこをメーカーに使ってもらえばいい。日本の企業って、誰かがやれば右へ倣えで他もまねる。これから日本の小売がどうなるかという未来は、僕らには見えているつもりです。ならば、そういう場を提供しなければいけないと強く感じています。

小山 個々の企業や業界など狭い領域に閉じず、顧客のライフスタイルやライフタイムに対して、どうやってメード・イン・ジャパンやプロデュースド・イン・ジャパンにつなげるか。もちろん最終的には消費者の選択ですが、どんどんデジタルでつながることで、これまでの既得利権をブレイクスルーできたら、いろんな可能性が広がると僕は思っています。消費者を相手にした企業は、いまだにお互いデータを取り合い、規模の追求を優先していますよね。本気で顧客を見るならば、一緒にやればいい。確かに顧客に向くことで利益が減るかもしれない。でも、ここ5年、10年で取り組む必要があるのではないでしょうか。

奥谷 日本の小売業は、買収による規模の経済もあれば、百貨店がディスカウントを展開しているような多業態展開もある。本来、もっとカスタマージャーニーを考えた企業連携をすべきです。新品を売る業態と中古を売る業態を持っている企業ならば、その二つでカスタマージャーニーをつなげるべきなのに、企業規模の拡大で満足してしまう。顧客視点の小売業の作り方や顧客視点のテクノロジーの使い方などを、僕らがいろんなところで見ていってあげる必要があるんじゃないかと感じます。

小山 僕らの上の世代はバブルを経験した世代だけれども、下の世代はモノの所有に興味が薄く、ともすれば共有する世代にもなっている。その間にいる僕らは下の世代にどこまで変革をうまく作っていけるのか。僕は今、それが自分のテーマだと考えています。

奥谷 大事ですよね。やっていかないと駄目なんじゃないですかね。

オイシックス・ラ・大地 執行役員 COCO 奥谷 孝司氏

PwC Japanグループ 流通セクター統括 PwC Japan合同会社 パートナー 小山 徹

対談を終えて

「オンラインとオフラインの融合」が小売マーケティングのキーワードになる昨今、今回の奥谷 氏との対談で頻出したのが「カスタマージャーニー」でした。選択肢は顧客側にある時代、小売に求められるのは、いずれのチャネルでも最良の顧客体験を提供することであると奥谷 氏は訴えます。奥谷 氏と私に共通するのは、日本の小売に対する強い危機感です。現在、そして将来、顧客が求めるものも変われば、世代による価値観も変わります。これまで通りのビジネスモデルでは立ち行かない時代にあるにもかかわらず、業界の危機感はまだ薄いのではないでしょうか。外部とのコラボレーションや協業がなければ、打破することはかなわないですが、その意識も相対的に低いように思えます。奥谷 氏は実践と学術的な研究の融合の先に小売の未来を見据えます。その言葉は、シンプルかつストレートで無駄がないです。われわれが現在の小売ビジネスですべきことは何か、改めて未来に向けカスタマーセントリックなデジタル変革を加速させる必要性を強く感じました。

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