先進的な人事データ分析の活用例:サッカードイツ代表から見る人材データ分析の有効性

2015-07-10

人事・チェンジマネジメント・コンサルタント・コラム


組織や人材にまつわるデータ分析は、数多くのスポーツで行われていますが、今回は2014年のサッカーワールドカップ(以下、W杯)で優勝したドイツ代表にスポットを当ててみます。

サッカー界では、ドイツ代表の優勝の一因として、ドイツ代表チームにおける徹底したデータ分析が挙げられており、彼らが分析しているデータ範囲やデータアナリストの育成は企業に対しても多くの示唆があります。本稿ではその一部を紹介します。

ドイツサッカーの低迷とデータ分析チームの導入

現在、ドイツ代表で行っているデータ分析の中身に入る前に、まずはドイツ代表がデータ分析を取り入れた背景を説明します。

サッカーファンのみならず多くの人にとって、2014年のブラジルW杯準決勝で開催国ブラジルを粉砕し、優勝したドイツ代表の姿はまだ記憶に新しいことでしょう。サッカー大国としてのイメージの強いドイツですが、1990年代後半から2000年代前半にかけて、世界大会での成績は低迷していました(表「1990年以降のサッカー世界主要大会でのドイツ代表の戦績」参照)。このような中、2006年に自国開催のW杯が控えていたこともあり、ドイツサッカー界は育成プログラムやブンデスリーガ(ドイツのプロサッカーリーグ)の改革などとともに、2005年頃に代表チーム強化の一施策として、データ分析の専門チームを組織化しました。このデータ分析チームのサポートを受けるようになって以降、ドイツ代表チームは、2006年と2010年W杯での2大会連続の3位を経て、2014年のブラジルW杯での優勝という結果に至っています。もちろんこのデータ分析チームのサポートのみが2014年のW杯優勝の要因ではありませんが、多くの有識者がこのデータ分析チームが与えた影響力は大きいとの認識を示しています。

1990年以降のサッカー世界主要大会でのドイツ代表の戦績

大会 開催国 成績

1990

ワールドカップ

イタリア

優勝

1992

ヨーロッパ選手権

スウェーデン

準優勝

1994

ワールドカップ

アメリカ

ベスト8

1996

ヨーロッパ選手権

イングランド

優勝

1998

ワールドカップ

フランス

ベスト8

2000

ヨーロッパ選手権

ベルギー/オランダ

一次リーグ敗退

2002

ワールドカップ

日本/韓国

準優勝

2004

ヨーロッパ選手権

ポルトガル

一次リーグ敗退

2006

ワールドカップ

ドイツ

3位

2008

ヨーロッパ選手権

オーストラリア/スイス

準優勝

2010

ワールドカップ

南アフリカ

3位

2012

ヨーロッパ選手権

ポーランド/ウクライナ

ベスト4

2014

ワールドカップ

ブラジル

優勝

ドイツ代表では対戦国1国当たり億単位ものデータを分析している!

サッカーをご覧になったことのある方ならハーフタイムに各チームのシュート数やファウル数、ボール支配率等のデータが表示されるのをご存じでしょう。当然、これらの情報もドイツ代表のデータ分析チームの分析対象となりますが、彼らの分析するデータは想像しているよりも桁違いに多く、その数は億単位に上ると言われています。

現代サッカーにおいては、1試合当たりに発生するシュートやパスなどのプレーは約2,000程度と言われています。現在ではスタジアムに高精細なカメラがいくつも設置されていることにより、例えばパス1本の成否だけでなく、パスの出し手と受け手が左右どちらの足でパスを出した(受けた)のか、その微妙な身体の向き等もデータ化されています。その数は1試合につき4,000万件に上るとされ、さらに対戦国1国について考えると、複数試合の分析をすることから、その対象分析データ数は億単位にも上ると言われています。

またドイツ代表の分析チームでは、プレー面だけでなく、選手の怒りやすさや、失点後のショックの受けやすさ、選手の過去のスキャンダルなど各選手の性格面やプライベート面、さらに国の経済状況や国民性など試合とは直接的に関係ない項目までを分析しています。こうして集められたデータの分析には1試合あたり6~7時間がかけられ、その分析結果は700ページにも及び、ゲームプランに大きな影響を与えているのです。

視点を企業の人事に移すと、多くの企業で人事情報システムの活用により、学歴や性別などの従業員の基礎的なデータや、評価・所属歴等の職務に関連するデータは問題なく管理できていることでしょう。しかし、ドイツ代表のデータ分析チームの取り扱っているデータ範囲から考えると、企業はさらに多くのデータを取得・管理することにより、さまざまな新たな示唆を得ることができるはずであり、企業における人材データの活用は、その可能性を大きく秘めています。

企業における人材データを活用し、従業員の退職リスクや新規採用者の将来パフォーマンス・定着率を分析することは可能ですが、その精度を高めるためには、性格や気質に関わるようなデータ、さらには社外での活動や入社前の情報などを採取・蓄積することが望ましいでしょう。ドイツチームが行っているようなさまざまなデータ採取の観点を参考にしながら、各企業でも新たな情報、視点の取り込みにチャレンジしてほしいと考えます。

ドイツ代表のデータアナリスト=データ分析スキル+「サッカーを視る目」

データの管理範囲以外にも、企業における人材データ分析がドイツサッカー代表から学ぶ点があります。それはデータアナリストの育て方です。

ドイツ代表のデータ分析チームでは、ケルン大学の研究者と学生が前述のようなデータ分析を行っており、ブラジルW杯に際しては約50名もの人員がデータ分析に動員されました。これらのメンバーは即席で集められるわけではなく、「データ分析を一人前に行えるように約10カ月かけて育成された学生メンバーで構成されている」と、このデータ分析チームのリーダーであるシュテファン・ノップ氏は、雑誌のインタビューの中で答えています。この10カ月の中で、分析のためのソフトの使い方を習得するのはもちろんですが、興味深いのは定量的なデータ項目に対して定性的な意味合いを持たせるために「サッカーを視る目」を養うことも求められることです。

例えば、センタリングが相手に跳ね返された場合、その跳ね返り方の質を目で見極め、あと少しずれていたら味方にボールが渡ってチャンスになっていたセンタリングと、誰が見ても失敗のセンタリングとのゴールへの可能性に対する違いを見極めた上で分析を行うのです。

企業においてマーケティングや研究開発など人事以外の領域でデータ分析はこれまでも多く活用されており、データ分析の手法だけを知っているという観点だけでいえば、社内でも多くの人材を見つけることができるでしょう。しかし、ドイツ代表が「サッカーを視る目」を持ったデータアナリストを育成しているように、企業において人材データ分析を有効に行うためには 「人事を視る目」を持ち、仮説を立てその検証ためにどのようなデータが必要なのか、データおよびその分析結果が何を物語っているかなど、打ち出されたデータ分析結果から、有効な解釈や施策を引き出せる力を持ったデータアナリストを育成することが必要になってきます。

現状、データ分析に長けた人事マンは少ないかもしれませんが、ドイツサッカー代表がアナリストの育成に10カ月の時間をかけたように、企業においても、将来を見据え、こうした人事のデータアナリストに対する育成投資をかけるタイミングにきていると考えます。

データ分析に基づき将来を見据え一貫・継続的な育成

ドイツ代表におけるデータ分析の最後の特徴は、選手の育成への活用です。2010年の南アフリカ大会で優勝したスペイン代表が、ブラジルW杯では1次リーグで敗退しており、サッカー界のトレンドはビジネス界と同様に日々変化しています。

データを用いながらサッカーを科学的に分析していくことで、このトレンドの変化や将来を予測し、選手の育成に生かすことができます。前述のドイツ代表のデータ分析チームリーダーのノップ氏は、大会前に「ブラジルW杯はボールを扱う速さと、それに伴う判断の速さが、さらに重要な大会になる」と述べています。
次のグラフはドイツ代表の選手一人の平均ボール保持時間(一人の選手がボールを受けてから離すまでの時間)を表していますが、データ分析によるサポートが開始された2006年の2.8秒から今大会前にはついに1秒を切る水準にまで達しています。この背景には平均ボール保持時間がサッカーにおける競争優位性になると判断したデータ分析結果と、それと連動したトレーニングがあったものと筆者は考えています。

企業においても日々変化する外部環境に応じて、従業員に求められるスキルや行動は日々変化します。環境変化の中で企業が生き残っていくためには、将来の環境変化を見据えて、今後必要になるスキルや行動を特定し、従業員を育成していくことが必要であり、ドイツ代表のアプローチはまさにその先駆的な一例として取り上げることができます。

ドイツ代表選手一人の平均ボール保持時間

今回は、ドイツ代表における人材データの活用例を見てきましたが、こうしたプロフェッショナルスポーツの世界で取り組まれていることは、より高い専門性が求められ、複雑性が増していく現代の企業社会においても有用であると筆者は考えています。

人材データ分析は、既に海外の先進的企業で行われていますが、日系企業の中にも取り組みを開始している企業が出始めており、今後の人材マネジメントを語る上で必要不可欠な要素になるでしょう。 本稿で解説してきた観点が、その推進の一助になることを願いつつ、結びの言葉とします。

参考文献

  • 『Number #840号』文芸春秋社
  • 「日本人がドイツ代表の分析チームに?『チーム・ケルン』と大学生の物語。」Number Web
  • 「第24回 欧州サッカーで進む統計データの活用」朝日新聞Globe
  • 「サッカーW杯優勝のドイツ代表が8年間改善してきた『数字』とは?」ダイヤモンドオンライン
  • 「ドイツサッカーチームのパフォーマンスを改善:SAPが語るスポーツ分野のビックデータ分析」日経コンピューター IT pro
山内 学

山内 学
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー

日系電子部品製造業を経て、現職。入社以来、人事・年金デューデリジェンスをはじめ、人事戦略・制度の設計、後継者育成制度の設計、人事組織の変革など人事に関する幅広い分野のコンサルティング経験を有する。デューデリジェンスに関しては、クロスボーダー、国内問わず、数多くの案件を担当。また、近年は人事に関するベンチマーク・データアナリティクス・サービスにも従事している。

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※ 法人名、役職、コラムの内容などは掲載当時のものです。