日系企業のガラパゴスITとガラパゴス人事:グローバル人材が集まる日本へ

2015-03-17

人事・チェンジマネジメント・コンサルタントコラム


日本のITシステムは「ガラパゴスIT」などと呼ばれ、自社で開発したシステムを中核にした独自のシステム構造を発展させてきました。現在、世界標準と乖離したその独自性がコスト高を生んでいるとされています。同様に、日本の人事においても、日本的経営という聖域の中で、独特の業務プロセスや制度を発展させ、その特殊性が日本企業のコスト高と変化への対応遅れを助長しているのではないでしょうか。本コラムでは、「ガラパゴスIT」と「ガラパゴス人事」の類似点を探り、そうなった原因や背景を考察し、取るべき対応について考えます。

ガラパゴス化する日本

先日クライアントから、そのあと長い間考えさせられるコメントをいただきました。

「製品開発プロジェクトやシステム構築プロジェクトの責任者(プロジェクトマネージャー)に日本人はアサインしません。日本人は非常に良いものを高品質で仕上げてくれますが、必ず、予算と期間がオーバーするからです。」

近年、グローバルプロジェクトにかかわることが多い筆者にとって、氏の考えは非常に頷けるものではありましたが、外資系ではなく日本に本社を置くクライアントから出た言葉であったため、かなりの衝撃を受けました。日本人という人材そのものが「ガラパゴス化」しているのではないかと。

「ガラパゴス化」とは、教科書的には、「孤立した環境で最適化が著しく進行すると、環境外との互換性を失うだけでなく、外部から適応性と生存能力の高い種が導入されると最終的に淘汰される危険に陥ること」を示します。日本では、「ガラケー」という言葉が使われ始めた当初から、携帯電話、非接触式ICカードなどのハードウェアだけでなく、システム開発などのソフトウェアの分野でも日本の特殊性を揶揄する言葉として使われてきており、日系企業のITシステムは、「ガラパゴスIT」と呼ばれるようにもなってきました。さらにこの「ガラバゴスIT」は、その独特の発展形態がコスト高を生んでいるとされていますが、同様に日系企業の人事の世界においても、自社流のやり方にこだわりを持ち、独特の業務プロセスや制度を発展させてきており、日本的経営の象徴として聖域化された日本人事が、逆に変革への足枷となり、結果、合理化を進める他国企業に比べ相対的にコスト高となっていると考えらえます。

当コラムでは、「ガラパゴスIT」と「ガラパゴス人事」の類似点を探り、そうなった原因や背景を考察し、今後の取るべき対応策を考えたいと思います。また、孤立した環境で育った日本人の多くは、海外(環境外)では通用しない人材となりつつあり、この「人材のガラパゴス化」にも留意しながら解説を進めたいと思います。

ガラパゴスIT:コスト高を産む日本独自のITシステム構造

日本のITシステムは、主に米国で作り出される世界標準的な製品を土台にしつつも、欧米にはない独特の構造を発展させてきました。この独自構造により生み出されてきたITシステムは結果としてコスト高となるケースが多く見られますが、その代表的な要因について2つほど紹介します。

 

1. スクラッチ開発の偏重

スクラッチ開発とは、既存のパッケージ製品や雛形などを流用せずに、全く新規にゼロから開発することを指しますが、日本の大企業のITシステムは、伝統的に欧米に比べてこのスクラッチ開発の比重が高く、特に、本業を支える基幹システムについては、その比重が一層高まっています。これは、同業他社との差別化を図る戦略として、本業の競争力向上につながるITシステムの構築を目指した結果とされていますが、欧米で主流となる業務パッケージや汎用的なミドルウェアを効率良く組み合わせた構造よりも、結果としては導入・保守運用双方で費用のかかる構造となりました。

 

2. 業務パッケージにおける追加開発

日本でも、欧米の流れを受け、1990年頃から業務パッケージの導入が進みましたが、ここでもある意味誤った導入、独自の使い方を進化させ、その維持コストに苦しめられる企業が多いと言えます。そもそも業務パッケージは、ベストプラクティスとされる標準業務プロセスを内包しており、欧米企業は極力その標準機能をそのまま使う形で導入してきました。一方、日本では、自社流の業務プロセスや細部へのこだわりによって追加開発を多く行ってしまったため、業務パッケージ導入による経済的効果が得られないまま、負の資産を抱える悪循環に陥っています。

顧客指向とオーバースペック(品質過剰)

では、何故、欧米で実現できたITシステムのコスト削減が、日本ではうまく行かなかったのでしょうか。過去の研究では、その原因として、「日本人の細部にもこだわる几帳面な気質」や「SIerを中心としたIT産業構造」を挙げていますが、ここでは、日本の成長を牽引してきた「顧客指向」を取り上げます。

「お客様は神様です」や「おもてなし」に代表される「顧客指向」は、本能に近いレベルで日本人に刷り込まれ、製造業を中心に品質向上に寄与し、日本企業の競争力の源泉となってきました。一方で、近年は、目先の顧客利益に目を奪われ、オーバースペックや過剰品質に繋っているという指摘もあります。ITシステムで考えると、IT担当者にとっての顧客はビジネスユーザーであり、ビジネスユーザーの意向を第一とするのは、ある意味当然と言えますが、ビジネスユーザーの意向は、目前の業務に捉われ、内向きになりがちで、全体最適や未来への拡張性・柔軟性といった外向きの指向は働きにくいのではないでしょうか。IT担当者はビジネスユーザーの意向を最優先する結果、品質や機能に必要以上のコストをかけ、外部とは互換しない独自の構造を作りあげてしまいます。事業部門から「システムはこうしてもらわないと業務ができない」と声高に要求されれば、追加開発でそれに応えざるを得ないのです。

真摯さが故に視野が狭くなった「顧客指向」は、オーバースペックや高コスト構造を助長するだけでなく、独自の構造をより複雑化するため、将来の大きな変革の阻害要因になりかねません。顧客指向のあり方、品質重視の意味を見直し、外部のベストプラクティスや世界標準への意識を高める必要があります。

ガラパゴス人事:変われない日本の人事

次に、日本人事の現状に目を向けてみましょう。筆者は、ここ数年HR Transformation(以下HRT)と言われる人事部門の変革活動を数多く支援してきました。当コラムの本旨から離れるため、詳細は下記リンクをご参照いただきたいのですが、HRTとは人事領域における事業戦略への貢献、グローバルガバナンスの強化、業務効率化の3つの施策を人事部門の役割転換や、IT基盤改革、シェアードサービス、業務アウトソーシングの推進などの手法を駆使して同時に進める人事の構造変革のことです。こうした変革の多くはグローバルワイドで実践されてきていますが、これらの活動を通して、日本の特殊性を訴え続ける筆者にとっては、「ガラパゴスIT」以上の危機感を日系企業の人事部門に抱いています(HRT詳細)。

ここで、こうした考えを生み出させた筆者の経験を紹介します。HRTプロジェクトの多くは、まず、グローバルグループ共通の役割モデル、標準プロセス、システム基盤を構築し、それらを各国・各社に展開することでプロセスの統一化、簡素化、そして、新しい役割モデルへの移行を実現します。プロジェクトはグローバル標準となるモデルを構築し、そのモデルを維持するグローバルチームと、それを各国への展開を担当する各国のローカルチームで構成されますが、筆者はローカルチームにて日本展開を担当することが多くありました。その日本展開における筆者の最初の仕事は、不本意ながら、日本の特殊性を考慮したアプローチ・計画つくりの必要性をグローバルチームに訴えることでした。なぜこうした作業が必要になったでしょうのか。それは、日本の状況を考慮せずに強引に導入しても、必ず失敗に終わるからです。もちろん、どれだけ訴えてもグローバルチームに理解されず、あるいは理解は得ても、予算や十分な時間が確保できず、日本導入が途中で頓挫し、日本のみが変革の対象外とされてしまった経験もあります。逆に、成功事例とされるケースでも、詳細を紐解くと、日本での変革は極めて限定的であったり、あるいは、一見、グローバル標準が導入されたように見えても、実際は裏で日本独自のシステムとプロセスを継続して運用されている場合も多いと言えます。

見方を変えると、他国の人事はどんどん変わっているのに、日本の人事だけが変われないまま取り残されており、まさに日本人事は「ガラパゴス化」しつつあると言えます。程度の差はあれ、各国固有の規制や独自のローカルオペレーションがあり、グローバル標準を取り入れるためには、時として痛みを伴う改革を必要とするのは他国も同じです。欧米はもちろん、ASEAN諸国を中心に、日本以外の人事部門は、「人事機能は変革を続けなければその存在価値を失うこと」を理解し、混乱しつつも新しいやり方に対応しようとしています。これに対し、日本の人事は特殊性を盾に変革を先送りし、相対的にコスト高のシステムや仕組みを抱えたまま、取り残されつつあるのです。

過去の競争力源泉が変革を妨げる

では、なぜ日本の人事だけが変われないのでしょうか。前述のIT領域での考察をも踏まえ、当コラムでは次の3点を考えてみます。

 

1. 最も進んだガラパゴス

先程、どの国にも固有の規制や独自のローカルオペレーションがあると述べましたが、それに対応するため独自の仕組みを発展させた度合いは日系企業の人事が突出していると思われます。中国やASEAN諸国を見ると、法的規制は複雑であっても、それに対応する業務プロセスは意外とシンプルで、システム化がそこまで進んでいないこともあり、より変化を受け入れやすい状況となっています。反対に、日本では、既に高品質で高機能な情報システムが確立され、日本人ユーザーが満足する木目細かなサービスが提供されています。人事異動管理を例に挙げると、部署ごとの出入り表や玉突き異動シミュレーションがシステムで自動化され、事業部再編のような大規模組織改編においては、人事サービスセンターが異動情報の取り纏めからシステムへの反映までを一括して対応してくれるのです。これらの対応は、閉じた環境下、近未来の業務をだけを見れば最適解であり、何も急いで変更する必要が無いように見えてしまいます。しかし、この閉鎖的な最適化こそが将来を見据えた変化を妨げる要因の一つになっているのです。

 

2. 日本的経営の象徴と聖域化

また、古い話となってしまいますが、日本的経営の三種の神器(企業別組合、終身雇用、年功序列)に例えられるように、日本が独自に発展させてきた人事管理は、日本企業成功の象徴とされ、長い間聖域化されてきました。もちろん時代は変わり、日本的人事に限界があることは十分認知されていますが、長期間にわたり刷り込まれた「日本には日本のやり方があり、それがわが社でも最適」という思い込みは早急に払拭できるものではなく、グローバル標準や他社のベストプラクティスの取り込みを遅らせているのです。

 

3. 顧客指向とサービスレベル

最後に、ITの場合と同様、人事領域でも「顧客指向」が変革の阻害要因になっている点を挙げたいと思います。人事担当者にとっての顧客は事業部門ですが、人事担当者は、事業部門の意向を重視するあまり、サービスレベルが低下してしまうことを恐れがちです。筆者が変革活動の中でよく耳にするのは、「現場の部長にこんな業務モデルを提案できない。無理に依頼しても、そのしわ寄せがどこかででてきて、余計大変になるだけだ」という担当者の心配です。上げ膳、据え膳的なサービスがビジネスに直接貢献しないことは分かっていても、これまで提供してきものを取り下げ、顧客に新しい役割・作業を付すことは非常に勇気のいることです。真摯に顧客の立場を考えれば考えるほど、視線は足元に落ち、全体最適を踏まえた役割変更や将来に向けての変化に目を向けることができなくなってくるのです。IT領域と同様に、顧客指向や品質重視の意味を見直し、外部のベストプラクティスや世界標準を取り込むことが強く求められています。

ガラパゴス人事の最大のリスク:人材のガラパゴス化

変革が進まない人事部門では、複雑で冗長なプロセスが維持され、品質過剰なサービスを提供し続けるため要員も削減できません。こうした状況も十分危機的ではありますが、筆者は、冒頭にあげた「人材のガラパゴス化」により大きなリスクを感じます。国内市場が伸び悩む中、多くの日本企業にとってグローバル人材の確保は最優先の課題となりますが、「人材のガラパゴス化」はこの課題への対応を一層難しくしているのです。その象徴的な要因を2つほど挙げます。

 

1. 人材そのもののガラパゴス化

日本国内では極めて優秀だった人材が、海外へ赴任したとたんに業績を出せなくなった事例をよく耳にするのではないでしょうか。人事機能だけの問題ではありませんが、自分の周りを見渡して、海外に出ても国内と同じレベルの成果を発揮できる人材がどれくらいいるでしょうか。残念ながら、筆者を含め、日本人の多くが、孤立した環境で育ち、環境外では通用しないガラパゴス化した人材になってしまったことを認めざるを得ません。

 

2. グローバル人材が集まらない

環境内(国内)での人材ガラパゴス化は、環境外(海外)での人材確保にも悪影響を及ぼします。海外展開を行う日本企業が抱える最大の課題は、現地の優秀な人材を獲得・維持できないことですが、海外の優秀人材は従業員をガラパゴス化する企業には見向きもしません。グローバル人材を育成できない企業、入社後、自らのキャリアがどう向上するかが見えてこない企業に良い人材は集まらないのです。

すぐに取り組むべきこと

これまで、過去、日本企業が競争力の源泉としてきた顧客指向、品質重視が、変革への足枷となっている例と、人材のガラパゴス化がグローバル人材の確保を難しくしている例を幾つかを見てきました。今後どのような対応が必要となるのでしょうか。取り得るアプローチは多岐にわたり、その方法論も数多く確立されていますが、当コラムでは、すぐに開始できる施策を2つ紹介します。

 

1. 品質ニーズの見直し(現状の見える化・アセスメント)

変革への足枷をはずす第一歩として、まず、何より先に手を付けるべきは、現状の見える化、つまり、過剰品質、オーバースペックの洗い出しです。ガラパゴスから抜け出すには、ビジネスへの貢献を明確に説明できない業務・サービスは一旦切り捨てるくらいの思い切った対応が求められますが、そのためにも現状のアセスメントを早急に行うことをお勧めします。幸い、定量的な指標(KPI)に基づく経営管理の仕組みが多くの企業に浸透してきており、標準的なKPIや、それに基づく国別、業界別のベンチマークデータも入手しやくなってきています。人事機能の生産性を示す指標についての他国や他社との比較データを基に、自社にとって納得性の高い品質目標や業務ニーズを探すことから始めてはみてはいかがでしょうか。

 

2. 現地人材との競争

また、人材のガラパゴス化から脱却するために最初に取り組むべきことは、環境内の人材(以下国内人材)に自らがガラパゴス化していることを自覚させることです。それには環境外の優秀な人材(以下現地人材)と競い合う機会を与え、その現地人材が自分にとって脅威であると感じさせることです。国内人材と現地人材を全く同じ条件で競わせるには、人事制度、報酬制度の統一、グローバルモビリティ制度立ち上げなどが必要となりますが、環境が大きく異なる海外拠点の状況を踏まえつつ制度統合を行うことは容易ではなく、一定の時間とコストが必要になります。

こうした土台作りは並行して進めるとし、筆者は、まず、次世代リーダー発掘・育成の枠組みに、現地人材を明確に組み込むことをお勧めします。既に次世代リーダー育成の仕組みが構築されている場合は、リーダー候補の人材プールに現地人材も含めるだけで良いでしょう。次世代リーダー育成に未着手の企業では、その仕組み・制度作りから始めることになりますが、その中で、

  • 現地人材は国内人材と一緒にコーポレートユニバーシティなどの幹部育成トレーニングを受け、お互いの能力を知る
  • トレーニングを終えると本社や地域統括本社で幹部職に育成的観点でアサインされ経験を積む
  • 幾つかの育成的アサイメントを経て、その後は実際に経営幹部として活躍の場が与えられる

といった登用パスが明確になることで、国内人材にとって、これまで、子会社の社員でしかなかった現地人材が、急にキャリア開発上のライバルとして出現することになるでしょう。

この施策は、現地人材にとっても、キャリアアップの機会となり、より優秀な現地人材の獲得・維持を促進します。そして新たに獲得した優秀な人材が上記の次世代リーダー育成を通して国内人材をさらに刺激するという好循環をももたらすのです。

今後に向けて

当コラムでは、すぐ開始できる応急措置的な施策を紹介しましたが、本腰を入れて早急に対応すべきことは幾つもあり、それらの検討も同時に進めたいところです。本能に近いレベルで擦り込まれた顧客指向、品質重視を急に捨て去ることはできません。また、無理に急いでしまっては、競争力の源泉であるコアコンピテンスまで失うリスクもあるため、時間をかけて、慎重に取り組む必要があります。同様に、現地人材の登用についても、現地人材を受け入れる体制を本社、地域統括会社に構築する必要があり、前述の人事制度整備に加え、管理者のコミュニケーション能力、マネジメント能力の向上が必須となります。これらについても、一足飛びに実現できるものではなく、時間をかけて取り組む必要があります。最後に、時間がかかることであるからこそ、早急に対応を開始する必要があり、これ以上対応を遅らせれば、ガラパゴス化から脱却する機会を逸し、グローバル化の波に淘汰されてしまうことを警鐘して、結びとさせていただきます。

若狭 泰広
プライスウォーターハウスクーパース株式会社 マネージャー 

大手SIベンダーを経て2010年より現職。多くのグローバル人事システム・BPO導入に従事し、人事システム構想策定から海外拠点における人材マネジメントまで幅広い経験を有する。最近は、グローバルシステム導入をベースとした人事構造変革(HR Transformation)の推進を行っている。ミネソタ州立大学カールソンマネジメントスクール経営学修士(人事)修了。

※ 法人名、役職、コラムの内容などは掲載当時のものです。