保険会社および保険代理店に与える影響

金融庁「保険会社向けの総合的な監督指針」一部改正(案)の公表について

  • 2025-08-08

趣旨

2025年5月、金融庁は「保険会社向けの総合的な監督指針」(以下、「監督指針」とする)の一部改正案を公表しました。本改正案は、近年の損害保険業界における保険金不正請求事案、保険料調整行為事案、保険会社や保険代理店における情報漏えい事案等を踏まえ、保険会社等および保険代理店等に対してより高度なガバナンスやコンプライアンス、顧客本位の業務運営を求める内容となっています。

特に、保険代理店は顧客と保険会社の「橋渡し役」であることから、保険代理店の業務運営の状況によっては消費者保護に重大な影響を及ぼす可能性があります。今回の監督指針改正案では、改正保険業法と併せて、保険会社のみならず、保険代理店が果たすべき役割と責任もより明確化されており、従来以上に「透明性」と「適正性」が問われる局面を迎えています。

改正案公表の経緯

今回の監督指針改正案は、近年損害保険業界において相次いでいる複数の事案を背景としています。

  • 保険金不正請求事案
    いわゆる兼業保険代理店が、保険金を不正請求していた事案
  • 保険料調整行為事案
    複数の損害保険会社が、企業や自治体などとの契約において保険料の事前調整を繰り返していた事案
  • 顧客情報の漏えい事案
    保険代理店や、保険会社からの出向者を通じて、同業他社の顧客情報等が漏えいしていた事案

これらの事案は、金融審議会「損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ」報告書※1において、「損害保険市場に対する信頼を大きく失墜させたと言わざるを得ない」「保険会社や保険代理店における情報漏えい事案が相次いで認められていることは誠に遺憾である」と言及されており、問題視されてきました。これらを踏まえ、金融庁は「顧客本位の業務運営の実効性確保」および「健全な競争環境の実現」を目的として、監督指針の改正に踏み切りました。

なお、今回の改正案以外の有識者会議の報告書で示された提言や、ワーキング・グループの報告書の内容等を踏まえた監督指針のさらなる改正については、引き続き、検討を行っていく予定であるとされています。

監督指針一部改正案の概要

今回の監督指針改正案の要点は、主に以下の7つに集約されます。

(1)損害保険会社による保険代理店に対する指導等の実効性の確保

これまで必要とされてきた保険会社による特定保険募集人への教育・管理・指導に加え、保険代理店における体制整備や保険募集等の適切性について、代理店監査等を通じた検証、モニタリングを行い、その実効性を確保することが求められるようになりました。
また、当該指導等の状況についての当局による監督手法と行政処分を含む対応が追記されました。

(2)保険代理店等に対する過度な便宜供与の防止(保険会社の観点および保険募集人の観点の両面から)

保険会社による保険代理店等に対する便宜供与は、顧客の適切な商品選択の機会が阻害されるおそれがあるため、過度な便宜供与を防止するような態勢整備が求められるようになりました。
また、保険会社が保険代理店等に対して行う便宜供与が過度なものであるかの判断基準について、以下の2つの観点から新たに示されています。

① 自社の保険商品の優先的な取扱いを誘引する便宜供与
② 実質的に自社の保険商品の優先的な取扱いを誘引するもの

一方で、2以上※2の所属保険会社等を有する保険募集人に対しても、比較推奨販売を行う場合には、顧客の適切な商品選択の機会を確保する観点から、保険会社等に対し過度の便宜供与を求めること、および保険会社等から過度の便宜供与を受け入れることの防止策を講じることが求められています。

(3)保険代理店等に対する不適切な出向の防止

保険会社から保険代理店への出向について、顧客の適切な商品選択の機会の保護、顧客情報の漏えい防止、保険代理店の自立阻害要因の排除等の観点から、出向に関する態勢整備が求められるようになりました。

(4)代理店手数料の算出方法適正化

代理店委託契約に基づいて決定されている個々の代理店手数料の算出方法について、販売量に偏重することなく、業務や顧客対応の品質を重視した算出方法となっているかに留意するなど、不適切な保険募集を誘引することがないよう態勢整備が求められるようになりました。

(5)顧客等に関する情報管理態勢の整備

Need to Know原則※3に基づく内部管理態勢の整備、法令・各種ガイドライン等に基づく取扱基準の周知徹底、情報管理状況の検証体制といった、情報漏えい対策の高度化が求められるようになりました。

(6)政策保有株式の縮減

公正な競争の阻害要因となり得る非上場株式を含む政策保有株式の縮減などにより、コンプライアンス上問題となり得る行為を防止する態勢整備が求められるようになりました。

(7)仲立人の媒介手数料の受領方法の見直し

保険仲立人の手数料の請求方法について、いくつかの状況に応じて順守されるべき事項が明記されるようになりました。

保険代理店への影響

今回の監督指針改正案は、保険会社の態勢整備等の強化のみならず、保険代理店に対しても態勢整備の強化が求められています。また、保険会社の態勢整備等の強化によって、保険代理店も大きな影響を受けることが想定されます。

2025年5月30日に成立した改正保険業法においても、大規模な保険代理店に対して法令順守の責任者を置くことなどを義務付けており、保険代理店を取り巻く環境は大きく変化しています。保険代理店においては、内部統制や業務慣行の見直し、法令順守状況の確認等を行い、顧客や社会からの信頼をより一層確保していく対応が不可欠となります。

保険代理店が取るべきステップ・アクションプラン

監督指針改正案を受けて、保険代理店が取るべきアクションプランの例示は以下のとおりです。

ステップ1: 現状把握と基本方針の策定
  • 物品購入等や出向受け入れなどの保険会社等との関係、手数料体系、情報管理状況などを洗い出し、リスク箇所を可視化
  • コンプライアンス基本方針の修正・改訂
  • 損保協会公表「代理店業務品質に関する評価指針」等に照らした課題の洗い出し
ステップ2: 内部統制の整備・運用
  • 便宜供与受け入れ基準や承認フローを明文化
  • 出向者の業務範囲を規定し、業務報告書を定期提出するなどの対応の明確化
  • 保険会社からの出向者に依存しない保険募集プロセス・内部統制の構築
ステップ3: 研修・教育の徹底
  • 研修による改正指針(および改正保険業法)の趣旨の理解
  • 実例を交えた情報漏えい防止研修の実施
  • 外部の講師・専門家の招聘
ステップ4: 監査とモニタリング
  • 物品購入や出向等の適正性の監査
  • 顧客情報管理の定期的なモニタリング
  • 業務品質向上のための施策のモニタリング
ステップ5: ステークホルダーへの開示
  • 顧客に対する代理店の取り組みの明示
  • 保険会社と共同での改善計画の推進

まとめ

今回の監督指針改正案は、保険会社だけでなく、その重要な販売チャネルである保険代理店にもその責任と役割をより厳格に求めるものとなっています。単なる規制の強化と捉えるのではなく、保険代理店を含む保険業界の透明性と公平性をより高め、顧客から信頼され選ばれ続ける機会と考え対応することで、結果として保険市場に対する信頼の回復がなされることが期待されます。

※1 金融庁 令和6年12月25日「損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ」報告書

https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20241225/1.pdf

※2 1つの保険会社等に専属する保険募集人であっても、同様に適切な処置を講じる必要があるとされている。これは、専属の維持の見返りとして行われることを防止する観点から求められているものである。

※3 顧客等に関する情報へのアクセス及びその利用は、業務遂行上の必要性のある役職員に限定されるべき、という原則(改正監督指針(案)Ⅱ-4-5-2(1)①)。

執筆者

草地 克紀

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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宇塚 公一

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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長谷川 聖

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

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林川 隆一

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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鄭 善斗

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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