新たな境地を迎えた 新興国における贈収賄規制

2016-07-21

近年、新興市場の魅力が高まる中、企業は成長著しい中南米、アジア、アフリカにおいて新たなビジネス機会の開拓に努めている。実際、過去15年間における新興市場の経済成長率は先進国の2倍である。これは企業の経営陣にとって無視できないトレンドである。*1
こうしたビジネス機会がある一方で、新興国での事業には、規制面の不確実性、低い透明性、急激な社会・政治・経済的変化などの課題が伴う。

企業が成功を収めるためには迅速な対応が不可欠であり、また事業拡大に伴い変化していくリスク特性に適応する必要がある。とりわけ重要なのは、確固たる贈収賄防止コンプライアンスプログラムの策定、実施およびモニタリングである。こうしたプログラムにより、贈収賄規制当局による法規制上のリスクや企業の評判にかかわるリスクを軽減することが可能になる。しかしながら、これまでのように米国連邦海外腐敗行為防止法(FCPA)に精通し遵守することが、効果的な贈収賄防止に係るリスク管理戦略になると考えられていた時代は終わったと言えよう。今や、米国に続き、英国、ドイツ、スイスおよびその他の国々が、世界中で贈収賄防止法の施行に向けて断固たる動きを見せている。そうした法律の中には、FCPAよりも厳しい規制も存在する。*2

こうした多極的な法施行が進む中、新世代のグローバル贈収賄防止コンプライアンス体制の必要性が高まっている。新たな法施行の展開において近年主導的役割を果たしているのが国際開発金融機関(MDB)である。MDBは、多くの企業が参入を検討している新興市場において、幅広く事業を展開している。また、確固たる法執行能力の向上に大規模な投資を行っており、定期的に綿密な調査を実施している。調査対象となった企業が受ける影響は非常に大きい。

以下のレポートは、贈収賄防止に向けた国際的動向において主要な役割を果たしているMDBの取り組みについて概説するとともに、MDBを中心とする新たな法執行形態と、より伝統的な国家による法施行の仕組みとの主な相違点をご紹介する。

贈収賄防止に関するMDBの制裁機関としての台頭

贈収賄行為に対するMDBの姿勢は、この20年間でより厳しいものになってきた。MDBは、以前は自行が融資するプロジェクトにおいて、いわゆる「袖の下」を実質許容してきたが、今や事業運営上の重要施策の一つとして、積極的に贈収賄行為の防止、抑制に取り組んでいる。現在、MDBは不正行為に対する厳しい制裁手法を確立しており、これにより、世界の贈収賄防止に関する法執行の状況が変わりつつある。企業は、変化し続ける規制や法執行への適応を迫られているのである。MDBの制裁権は、債務者との間の融資契約における規定により発生する。*3
MDBが全額または一部出資を行ったプロジェクトに参画する企業は、出資元のMDBが定める制裁ルールに従うことになる。*4
重要なのは、この制裁権限は、MDBによる融資額が少額であっても発生するという点である。従って、MDBによる融資がわずかなプロジェクトであっても、MDBによる調査・制裁対象となる企業が出てくる可能性がある。さらに、MDBは新興国市場に広く展開しているため、新興市場に進出しようとする企業が、どこかの時点でMDB融資プロジェクトに参加する可能性は大いに有り得るのである。

何が変わったのか

FCPAや最近の英国贈収賄防止法への対応という形で発展してきた、従来の贈収賄防止コンプライアンスプログラムのみでは、MDBの規制に関連した違反を防止できない可能性がある。MDBの制裁措置プロセスの改革は、基本的には各国の贈収賄防止規制の基準に準拠していく方向であるが、それでもなお他にはない特徴が多くある。例えば、MDBが制裁対象とする違反行為の定義は意図的に広く設定されており、より幅広い行為が制裁対象となる。MDBの制裁制度の特徴である比較的軽い立証責任と組み合わさることで、MDBによる調査の対象となる企業は、弱い立場に置かれる可能性がある。

もう一つの課題として、MDBの制裁機関による、任意の証拠認定(permissive consideration of evidence)がある。これにより、企業に対してむしろ情況証拠に基づく不利な推量(adverse inferences)がなされるリスクが高まる。これに関連する法学的研究が不足しているため、MDB制裁制度の運用時にさらなる不確実性が生じることになる。また、MDBの制裁については国の裁判所に処分取消の申し立てができないことから、企業自身が積極的なリスク管理戦略を適用していくことの重要性が一層高まる。以下のセクションでは、MDB融資プロジェクトに参加する可能性がある企業にとって、特に考慮すべきMDB制裁制度を紹介する。

受注資格停止共同措置(Cross Debarment)

複数のMDB間における制裁対象行為の定義の共通化は、制裁対象行為の定義の一貫性に寄与する一方で、一つの不正行為がもたらす影響は大きくなっている。2010年4月に誕生した受注資格停止措置の相互執行協定(Agreement for Mutual Enforcement of Debarment Decisions)により、あるMDBによって受注資格停止処分を受けた組織・団体は、他の参加機関からも自動的に同一の処分を受ける可能性が生じるようになった。従って、企業がある国で制裁対象となる行為に関与した場合、新興市場全体において事業機会喪失の憂き目にあうこともありうるのだ。重要なのは、そうした受注資格停止共同措置は自動的に行われるという点である。つまり、制裁を受けた企業は、MDBの裁定に対して他のMDBによる審議の場で意義を唱えることができないのだ。*5
調査対象となった企業は、制裁の最初の段階から正確にプロセスを管理していかなければならない。なぜなら、自らの立場を主張できる機会は一度しかないためである。

受注資格停止共同措置制度は、MDBだけに限られたものではない。協定では、幅広い組織の参加が期待されており、今後数年で、そうした動きが見られる可能性は非常に高い。*6
すでに、受注資格停止共同措置制度に正式には参加していない組織が、MDBの停止措置決定の影響を大きく受けている例もある。例えば、米政府機関ミレニアム・チャレンジ・コーポレーション(MCC)は、97億米ドル相当のポートフォリオ(2013年時点)を保有する組織であるが、内部ガイドラインにより事実上の受注資格停止共同措置を定めた。つまり、MDBの資格停止処分は、MCC資金拠出契約の資格停止も意味することになる。
MDBの制裁制度がより広く認められ、公的、準司法的プロセスへと発展する中、資金拠出の判断も含めMDBに倣う国際的組織が増えていくか注目が集まっている。

受注資格停止共同措置制度による制裁リスクが高まっていることから、企業にとって、MDB制裁プロセス特有の法的環境や手続きを理解し、調査の結果発生しかねない重大な結果を管理する効果的な戦略を策定することが極めて重要となる。

照会レポート

最近、MDBでは、規制当局間の管轄区域を越えた協力や、グローバル規模の調査への国際協調の強化に重点を置いている。国際汚職ハンターズアライアンス(International Corruption Hunters Alliance)などの取り組みを支援することにより、MDBは検察官、調査官、取締官、上級贈収賄防止当局者のグローバルネットワークの創出に貢献してきた。MDBの調査官は、自行に加盟する国の法律が犯されたと考えられる場合、定期的に「照会レポート」を各国の当局に提出している。調査官が管轄区域を越えて関係を強化していく中、今後数年でこうした傾向が強まる可能性は高い。
さらに、MDBの調査官は、企業の違反行為について立証を完了する前の段階で、「照会レポート」を各国の当局に提出する可能性がある。これにより、企業は、複数の捜査機関・当局からの捜査に同時に対応しなければならなくなる。規制当局間の協力が密になることで、企業がいわゆる「カーボンコピー告発」の対象となる可能性も高まる。すなわち、ある企業に対して、複数の当局が同じ基本的な事実と状況に基づいて事件の立件を行った結果、その企業は複数の責任を負わされるおそれがある。これには、多くの国の裁判制度でみられる「一事不再理」の原則は適用されない。

各国の規制当局が公式・非公式のネットワークを強化する中、企業は、MDBによる制裁が国内における民事・刑事責任にもつながっていく不安と戦わなければならなくなる。企業がこのリスクに対応するためには、複数の国・地域で連続して起訴される可能性に備えた訴訟戦略の再考が求められるだろう。まさに、複数の国々にまたがる多極的な法執行環境が誕生しているのである。

和解協定

最近、MDBの制裁手続きに正式な和解の仕組みが導入されたことは、歓迎すべきである。理論上は、調査の解決が以前よりも低コストで効率的な方法で行えるようになるからだ。だが、和解がどのような価値を持つのかは、ケース・バイ・ケースで慎重に評価すべきである。MDBの和解条件は、企業にとって非常に負担が重い場合も多く、過去の協定には、多額の制裁金、受注資格停止、社内の業務プロセスをMDBガイドラインに合わせる確約や、第三者機関によるモニタリングの実施(高額になりうる)などが含まれている。

協議の末に締結された合意内容は機密事項であるため、不正とされる行為を取り巻く事実と状況が、和解条項案とどう関連しているかの判断は難しい。MDBの和解に不慣れな企業は、より不確実性の高い訴訟を避けようと、つい不利な条件を受け入れてしまう可能性もある。また、協議による和解の仕組みが導入されることで、MDBとしては全ての案件で全制裁プロセスを管理する必要性がなくなるため、各々の案件に対してより広義の範囲で制裁を課そうとする動きが出てくる可能性も否定できない。

日本企業が取るべき対応

このような世界的な潮流の中で、日本企業が取るべき対応とはどのようなものか。贈収賄や汚職防止への取り組みは、日本企業にも徐々に浸透してきていると言えるだろう。しかし、多くはFCPAやUKBAを主眼においた取り組みであり、MDBによる規制の動きまで含めた取り組みを行っている企業はごくわずかである。MDBが管轄区域を越えて協力し、また複数のMDBやその他の機関から同じように制裁を受けることを考えると、さまざまな新興国市場に多角的に参入している日本企業は、どこかで不祥事を起こした場合に一気に他の国々での事業も行き詰まる可能性が高いため、今まで以上に積極的にコンプライアンスへの取り組みを強化していくことが必須と言える。

また、贈収賄に関する捜査の特徴として、「インダストリースイープ」があげられる。これは、ある企業が摘発された場合に、その企業と同じ業種・業界の他の企業も一斉に調査されるということだ。つまり、ある業界において一企業が贈賄を行っていた場合、同じような商慣習を持つ同業界の他の企業でも、同じ手口で贈賄が行われている可能性が高い。そのため、まだ不正行為が顕在化していなくても、競合他社などに規制当局から社内調査を指示する通知が一斉に送られ、一定期間内に調査を行って当局に提出しなくてはならなくなるのだ。また、摘発された企業に対する調査の過程で、調査対象の贈賄のスキームに他の第三者が関わっていないかについても精査を進める中で、他の企業が芋づる式に摘発される事例も多い。

こういったことから、企業は常に最新の情報にアンテナを張り巡らせ、またいつ調査が入っても大丈夫なように、文書管理や規定類の整備を徹底しておかなくてはならない。贈収賄に精通した外部の専門家もうまく活用しながら、より大きな視野で世界的な潮流を見据えた取り組みとそれを行うためのリソースのさらなる拡充が必要と言えるだろう。

最後に

贈収賄防止を巡る最近のMDBの積極的な取り組みは、グローバル企業が直面している新たな多極的な法執行環境を象徴するものである。企業のコンプライアンス部門は、もはやFCPAのみに特化した視野の狭いリスク管理戦略に頼ることはできない。企業がMDBの影響力が大きい新興市場でビジネスチャンスを求めている場合はなおさらである。成長機会が新興市場に集中しつつある状況において、企業は、従来のリスク概念のさらに先に目を向け、増加の一途をたどる調査・捜査当局の要求に対応可能なコンプライアンスプログラムを導入する必要があるだろう。

本稿は米国法曹協会の刑事裁判部門ニュースレター、2014年冬号に掲載された記事です。

主要メンバー

平尾 明子

ディレクター, PwCリスクアドバイザリー合同会社

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奈良 隆佑

ディレクター, PwCリスクアドバイザリー合同会社

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