{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.text}}
2050年のカーボンニュートラル(以下、「CN」と言います)実現に向けた政策の制定が加速しています。そのうちの一つが、CO₂などの温室効果ガスを地下に貯留するCarbon Capture and Storage(CCS)です。CCSの最も顕著なメリットの一つは、既存の化石燃料インフラを利用したまま大気中への二酸化炭素排出を大幅に削減できるため、エネルギー転換を早期に実施することが困難な地域や産業においても効果的である点です。
実際に、各国政府やIEA等の国際機関では、温室効果ガス削減目標を達成するためにCCSを戦略的技術の一つとして位置付けています。欧州連合(EU)は、環境政策の一環としてCCSを推進し、特に「欧州グリーンディール」の下で具体的なプログラムやパイロットプロジェクトを支援しています。また、米国ではCCSの商業化を支援するため、「45Q税額控除」を通じた経済的インセンティブが設けられ、多くの企業がCCS技術を導入する動きに出ています。中国でも、政府主導の下で大規模なCCSプロジェクトが展開され、技術革新とインフラ整備が進行中です。CCS開発は、国内での温室効果ガス削減目標の達成だけでなく、国際的な技術競争力の強化を狙った側面もあります。このように、現在CCSの事業化に向けて、各国で政策、技術開発、経済的側面から支援が展開されています。
日本国内においても、CCSの事業化に向けた動きが近年活発化しています。政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル目標」を掲げ、2021年4月には、2030年度において温室効果ガスを2013年度比で46%削減することを目指すと表明しました[資源エネルギー庁, 資源エネルギー庁, 2021]。また、IEAは、日本の2050年CN達成のためには、2050年時点で年間1.2から2.4億トンのCO₂貯留を達成する必要があると指摘しています[IEA, 2021]。こうした背景のもと、2023年には「先進的CCS事業」の支援枠組みが発足し、また2024年にはCCS事業法が成立しました。今後CCSの推進に向けた動きがさらに活発化することが予想されます。
現在、国内ではCCS事業化を進めるため、先進CCS事業を中心として、国・民間によるCCSバリューチェーンの整備が進められています。CCSはそのバリューチェーンをゼロから構築する必要があり、そのために検証すべき論点・課題を官・民が一丸となって整理している状況です。しかしながら、関わるプレイヤーが数多く存在すること、考慮すべき点が複数存在することから、解くべき問題の整理が十分に議論できておらず、2050年の国内CN達成に向けたCCS事業環境の整備に遅れが生じる可能性が懸念されます。
本稿では、CCSバリューチェーン構築に必要な論点と、解決につながるコミュニケーションチャネルを考察することで、CCS事業に参画している各事業者がそれぞれの課題を理解して解決に向けて動き出し、CCS事業の早期開始につながることを目的としています。
各産業がCN達成を目指す中、産業によっては水素化や電化を推進しても化石燃料の利用を完全には回避できないケースがあり、CCSが果たす役割は少なくありません。国内のCO₂排出量を見ると、特に電力、石油 精製、鉄鋼業、化学工業、窯業・土石製品製造業界(Hard-to-abateセクター)は、原料・製造プロセス由来のCO₂排出の割合が高いとされています(図表1)。
図表1:CCSの利用が想定される産業と、各産業のCO₂排出要因
電力産業では、発電部門におけるCO₂の排出削減が課題となっています。特に、長期間にわたって稼働が想定される石炭火力発電所等の大規模CO₂排出源では、水素・アンモニアの利用に加えて、CCSの導入によるCO₂の削減が検討されています。
石油産業では、原油を高温・高圧化で蒸留・分解・脱硫しガソリン、灯油等の石油製品を生産する精製過程においてCO₂が発生します。各プロセスを実施する装置の処理量が大きいため、既存技術では熱源を電化することは困難とされています。そのため、石油産業でもCCSによるCO₂排出削減を検討しています。
鉄鋼業では、主に鉄鉱石を石炭で還元し、酸素を取り除いて鉄を製造する「還元工程」において、大量のCO₂が発生します。対策として、水素を用いた還元製鉄等が検討されていますが、還元剤を100%水素とするにはハードルの高い技術課題が存在します。またインフラ整備の時間やコストの面で、既存の製鉄設備をすぐに転換することも困難です。CCSは、既存の技術基盤をそのままに、二酸化炭素排出を削減するための迅速な対策として利用可能であるため、鉄鋼業での利用が期待されています。
化学工業でも、化石燃料をエネルギー源として利用する場合や、化石原料由来の化成品等を製造する際にCO₂が発生します。国内の化学産業は、2021年にCNへの化学産業としてのスタンスを策定しました。スタンスでは、エネルギー転換と原料転換でも排出削減が困難な排出量を、CCSやクレジットで相殺すると記載しています[一般社団法人日本化学工業協会, 2021]。
窯業では、特にセメント製造業で脱炭素化に向けた課題があります。セメントは、製造時に⽯灰⽯の脱炭酸が必要なため、製造過程で大量のCO₂が発生します。セメント業界では、製造工程で発生したCO₂を再利用するカーボンリサイクルセメント等の利用も検討されていますが、技術およびコスト的課題から、CCSを利用して発生したCO₂を削減することも目標としています。
一方これらのHard-to-abateセクター以外でも、CCSの利用検討が進められています。例えば廃棄物処理業では、主に廃棄物の焼却・原燃料利用に伴いCO₂が排出されています。環境省では、廃棄物の発生抑制、マテリアル・ケミカルリサイクル等による資源循環と化石資源のバイオマスへの転換によりCO₂の排出を極力抑える一方で、焼却せざるを得ない廃棄物についてはCCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)、CCS等を利用して排出をゼロにする目標を立てています。
このように、国内の一部産業では既にCCS利用に向けた検討・開発が進められており、国も「先進CCS事業」の中でこれら産業の支援を実施しています。
CCSのバリューチェーンは、排出されたCO₂の分離回収、CO₂の輸送、CO₂の貯留の主に3つのステップから成り、各ステップにさまざまなステークホルダーが関与しています(図表2)。
図表2:CCSバリューチェーンの流れと関与するステークホルダー一覧
CO₂の分離回収とは、化石燃料の燃焼等によって生じた排ガスからCO₂を分離・捕捉する工程です。多くの場合、回収されたCO₂から不純物を削減し、輸送・貯留に適した高濃度のCO₂へ変換する精製作業も含みます。分離回収の技術としては、アミン溶解液を用いた化学吸収法、圧力差を利用した膜分離法等が既に実用化済みです。
分離回収のバリューチェーンにおいては、燃料の消費や製造過程でCO₂を排出する排出業者と、分離回収装置の提供・設計を実施するEPC業者が重要な役割を担います。排出事業者の事業活動への影響を最小限に抑えながら分離回収装置の導入・CO₂の回収を実行するためには、排出事業者と分離回収EPC事業者の綿密な協力が不可欠となります。
回収・精製されたCO₂は、その後貯留サイトへ輸送されます。輸送に関しては、貯留サイトの立地に応じてステークホルダーが変化します。例えば、貯留サイトが陸地もしくは沿岸地帯にある場合は、パイプラインで直接CO₂を輸送し貯留することが想定されます。貯留サイトまでパイプラインの敷設が困難な場合は、船舶を利用してCO₂を輸送することが想定されます。前者の場合は、パイプライン輸送を管理する輸送事業者がステークホルダーとして関わります。後者の場合は、船舶輸送事業者と、CO₂輸送船を製造する造船業者が含まれます。船舶輸送に際しては、CO₂を液化状態にして輸送することが想定されるため、液化装置のEPC業者も関与します。また、北海道・苫小牧市でのCCS実証実験のように分離回収地点近郊でCO₂を貯留する場合は、輸送事業者が不要な例も存在します。このように、輸送に係るステークホルダーは、その輸送形態により異なります。
輸送後、貯留サイトに到着したCO₂は昇圧され、貯留層へ圧入されます。漏えいを防ぐために、貯留後もCO₂の圧力・温度は随時モニタリングされ、貯留層の閉鎖まで厳重に管理されます。貯留における重要なステークホルダーは、貯留サイトの開発を実施する掘削・検層業者と、圧入されたCO₂のモニタリングをする貯留管理業者です。
またCCSのバリューチェーンでは、こうした分離回収・輸送・貯留事業に間接的に関わるステークホルダーが存在します。主に政府、保険・金融機関、商社・コンサルティング会社、自治体・地域住民です。政府は、CCSの導入を促進するための政策的枠組みを設定し、環境規制やインセンティブ、補助金制度の導入等を行う役割が求められます。金融機関は、CCSプロジェクトに対する投資や融資を行い、プロジェクトを経済的に支え、保険会社はプロジェクトのリスク評価を行い、事故や環境問題に対する保険商品を提供します。また商社・コンサルティング会社は事業全体の統括、技術スキルや専門的知識の提供などでCCSプロジェクトの効率的な実行をサポートする役割を担います。貯留地や周辺のインフラストラクチャーが地域経済・環境に影響を及ぼすことを考慮すると、自治体および地域住民の理解と協力は不可欠です。CCSプロジェクトの実行と成功のためには、これらステークホルダー間の連携が重要となります。
CCS事業はこれまでにないビジネスであり、バリューチェーンをゼロから構築する必要があります。そのためにはバリューチェーン全体、および各バリューチェーンにて事業化に向けた論点を整理することが重要となります。なぜなら論点とは「CCSの事業化に向けて解くべき問題」であり、論点を洗い出すことで、課題や問題を具体的に特定し、より詳細に理解することができるからです。結果、CCS事業化のために対策を講じるべきポイントや、改善が必要な箇所を明確にすることが可能となります。
具体的なCCS事業化に向けた論点は、バリューチェーン全体で考えるべき論点と、各バリューチェーンで考えるべき論点に分けられます。前者は、とある問題が2つ以上のバリューチェーンに波及する場合を指します。図表3のA-1には「各技術・装置の工事遅れ・コスト増となった際の事業継続リスクにどう対処するか」とあります。例えば、分離回収のバリューチェーンにて設備納入が遅れた場合、以降の輸送、貯留事業でもプロジェクト稼働の遅れ、および収入の減少が想定されます。このようなケースは、分離回収のバリューチェーンに関わるステークホルダーのみならず、輸送、貯留に関わるステークホルダーや保険・金融機関なども含めて議論することが望ましいものとなります。後者は、とある問題が個別のバリューチェーン内で解決できる場合を指します。例えば図表3のB-5「既存プラントのオペレーションを害しないような装置の導入設計ができるか」という論点は、分離回収のバリューチェーンに関わるステークホルダーが主となって解決する問題であるため、限られたステークホルダーで効率的に議論することが求められます。
図表3:CCS事業化に向けた論点の例
また各論点は、主に経済的、技術的、法規的、社会的の4つの観点に分けることが可能です。それぞれ、事業採算性、技術の成熟度、規制・要件設定、社会的許容に関しての問題点を洗い出すために重要な視点です。
このような切り口で論点を整理することで、各論点に対してどのステークホルダーが対応すべきか、つまりは「解くべき問題に誰が責任を負うのか」という点が明確になります。一般的に、バリューチェーン全体で考えるべき論点は、それぞれのバリューチェーンで考えるべき論点に比べて、国や保険・金融機関などが関わる場合が多くなります。これは、バリューチェーン全体で考えるべき論点の多くが、クロスチェーンリスクへの対応に関する法規的、経済的観点のものが中心であるためです。
問題解決のためには対応するステークホルダーが集う議論の場が必要です。CCS事業における議論の場(チャネル)は、大きく①事業者と非事業者間のチャネル、②同一事業者間のチャネル、③異なる事業者間のチャネル、の3つが存在します(図表4)。ここでの事業者とは、分離回収・輸送・貯留の担い手、すなわち排出業者・分離回収EPC業者、輸送事業者、液化設備EPC業者、造船所、掘削・検層業者、貯留管理業者を指します。①はこれら事業者と政府、保険・金融機関、自治体・地域住民などが集う場となります。例えば、経済産業省が主催するワーキンググループでは、国と事業者が意見交換を行っており、また苫小牧市のCCS実証実験では、苫小牧CCS促進協議会が設立され、自治体・地域住民への事業説明の場を設け、地域の理解促進に努めています。②は同一事業者が集う場で、これには産業ごとの連絡協議会やネットワーク等も含まれます。例えば、海上輸送については、貯蔵や輸送に関連する事業者がLCO₂船舶輸送バリューチェーン共通化協議会などで議論を進めています。③は分離回収・輸送・貯留のステークホルダーが一同に集う、プロジェクトごとの定例ミーティングなどが想定されます。
図表4:論点整理を実施する為のチャネルの例
問題に関してそれに対応するステークホルダーに応じて3つのチャネルを適切に利用して議論を行い、必要であれば新たな議論の場を設けていく、こうしたことがCCSの早期事業化のために必要不可欠な取り組みとなります。
CCSの早期事業化のためには、事業化に向けた論点を幅広く洗い出し、問題解決のための議論を進めることが不可欠です。この取り組みは既に先進CCS事業等でも実施されていますが、2050年のCCS貯留量目標を達成するためには、CCSバリューチェーンに関わる全てのステークホルダーが、より積極的に論点の洗い出しと議論に介入し、事業化に向けた課題解決への取り組みを加速させる必要があります。各ステークホルダーにとっても、積極的に各議論の場へ参加することで、事業全体のイメージが具体化され、またバリューチェーンに係わるさまざまなステークホルダーと交流を深めることができるというメリットがあります。国内のCCSは将来的なハブ&クラスター化の構想が示される中[資源エネルギー庁, 今後のCCS政策の方向性について, 2024]、今後はより複雑な課題への対応が求められると想定されます。国内CCSの黎明期である今、おのおのの役割を明確化し土台をしっかりと整理することで、今後の難題にも対処が可能となると考えます。
IEA. (2021年10月). World Energy Outlook 2021.
参照先::https://www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2021
一般社団法人日本化学工業協会. (2021年5月21日). カーボンニュートラルへの化学産業としてのスタンス.
参照先:https://www.nikkakyo.org/system/files/20210518CN.pdf
資源エネルギー庁. (2021). 資源エネルギー庁. 参照先: 2050年カーボンニュートラルに向けた我が国の課題と取り組み
参照先:https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/html/1-2-3.html
資源エネルギー庁. (2024年9月). 今後のCCS政策の方向性について.
参照先:https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shigen_nenryo/carbon_management/pdf/005_04_00.pdf
{{item.text}}
{{item.text}}
{{item.text}}
{{item.text}}