
「世界中の人のココロを動かす作品とは?」〜世界で共感を呼ぶ作品の道程を探る〜
広島出身の映画監督で深いテーマ設定や情動の描写などに定評のある森ガキ侑大氏をお招きし、PwCコンサルティングの平間和宏が、世界に羽ばたく映像コンテンツ作りの要諦、不易流行や今後の業界展望について語り合いました。
※本稿は日経ビジネス電子版に2023年に掲載された記事を転載したものです。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
コロナ禍やテクノロジーの進展により、大きな変化を遂げつつあるエンタテイメント&メディア(E&M)業界。ますます多様化、複雑化する競争環境下で、持続的かつ健全な進化を実現するカギはどこにあるのか。昨年12月より「エンタテイメント&メディア ダイアログ」という新たな取り組みを始動したPwCコンサルティングの平間和宏と、日経BP 総合研究所 客員研究員の品田英雄氏との対話から、今、E&M業界が目指すべき道とその先の未来を展望する。
平間:デジタルインパクト、情報化社会の進展に伴い、E&Mを取り巻く状況は激変しています。かつてはコンテンツを1対Nで、マスメディアを通じて同時に受け手へ届けることである程度短期間でヒットさせる、という構図が一般的でした。それが今やスマートフォンやSNS、OTT(※1)の普及により、「何を、いつ、どう見るか」はオーディエンス、受け手側優位の時代になっているんですね。すると収益を上げるためには、送り手側にもビジネスモデルの多様化や、行動履歴などを駆使したデータオリエンティッドな対応が迫られるわけです。
その一方で、いかにテクノロジーが発展しようとも、ヒューリスティックな面が強いエンタテイメントにおいて、「心を動かす」「感動を呼び起こす」「余韻を残す」といった、コンテンツの本質的な提供価値は変わらないと考えています。インターネット広告を例にしても、この20年で大きな技術進化がありましたが、受け手にとってみれば、過剰なトラッキングはストーカー行為とも受け取られ、不信感につながることもあります。当然、データがすべてを解決できるわけではありません。
大切なのは、「不易流行」を見極めること。それには、作り手、送り手、受け手の変化を意識しつつ、E&Mの提供価値を高める正しい進化、それも一方向ではなく多様な進化のあり方を模索していかければなりません。そうしたエンタテイメントの使命を果たすべく、業界の第一線で活躍する方々と未来に向けた対話を重ね、明るい未来を共創していく場を提供するのが、活動の骨子となります。
品田:PwCコンサルティングの事業領域が多様なE&M業種に、しかも細部にまで深く及んでいることに驚きました。優れた作品を作り、広めていくビジネスは、日本や世界を元気にすることにもつながります。日本が誇るエンタテイメント事業の持続可能性を高めるためにも、組織づくりや人材育成、マネタイズといった業界がやや不得意とする部分も含め、応援してくれることを期待しています。
平間:業界が健全かつ長期的に発展していくためには、我々コンサル側もパートナーとしての並走支援はもとより、作り手にも寄り添った共創型プロデュースなども積極的に行っていく必要があります。その覚悟を持って、将来的にはE&M業界内外との共創、さらには競合をも巻き込んだ、新しい循環型のエコシステムの構築を目指してまいります。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 平間 和宏
品田:「日経エンタテインメント!」を創刊した1997年は、まさにエンタメ業界の転換期。映画でいうと、前年の96年は映画館入場者数が1億1958万人と戦後最低を記録した年なんですね。それが97年には邦画アニメや世界的な大作の大ヒットが出たことにより、一気に2000万人以上増加しました。その後の3D映画の登場などにも後押しされ、映画館に行くという日常的な娯楽が若者をはじめ一般層にも広がり始めたわけです。
また、このころはテレビドラマやレンタルビデオが隆盛で、音楽もミリオンヒットが続出する時代。ところが、レコードがCDに、CDがデータ配信となり、やがてライブやフェスブームが来るというように、時代とともにメディアや箱の形が変わることによって、マーケットのありようは変化していきました。同じことは映像の世界でも現在進行形で起きていますね。
平間:ハード面では、「お茶の間」にテレビのリモコンやレコーダーが浸透すると、パーソナルメディアへの進化が始まりましたよね。ソフト面でも、ファーストウィンドウが劇場公開だった時代から、昨今では映画、テレビ、OTT、通信キャリアサービスなどが複雑に絡み合うウィンドウウィングモデルに変容しつつあります。
品田:そこに追い打ちをかけたのが、SNSや動画配信サービスです。それまで受け手側だった人たちが、どんどんコンテンツを発信するようになったんですね。結果、多様性が一気に広がった。それで日本のエンタテイメントの層が厚くなると思ったら、実はあらゆる分野にマニアックな人々がたくさんいた、ということが可視化されてきたのが今の時代です。
日経BP 総合研究所 客員研究員 品田 英雄 氏
平間:送り手の側から見ると、マスメディア、劇場公開によるコンテンツリーチもまだまだ健在です。とくにテレビには、コンテンツとの出会いのきっかけとしてファン層の裾野を広げたり、ガイド役としてバンドワゴン効果を醸成する役割も期待されます。そして、新たなディストリビューション網としてのOTTや動画配信サービスも断絶したシステムではなく、むしろこの3つを上手にオーケストレーションして、コンテンツ戦略を考えることが主流となってきています。ただ、そのデザインを複雑化しているのがSNSなどのインタラクティブメディアですね。
品田:テレビや動画での宣伝効果も絶大ですが、実際に見た人がSNSに上げるコメントも同じぐらい注目されるようになってきましたからね。
平間:そうなると、“プロモーションデザイン”もよりインタラクティビティーやファンエンゲージメントを意識する必要性が増していますし、着火点やグッドウィルモデルもブラッシュアップしていくことで、再現性の高いブロックバスターを狙う、新たな勝ち筋を見いだしていくことが求められてきます。
品田:今の時代はファンづくりをきちんとやっておかないと、大ヒットにはなかなかつながらない。かといって、マニアックすぎてもダメなんですよ。マニアに刺さるもので、なおかつ一般の人が見ても面白いコンテンツじゃないと、世代も国境も越えることができません。加えて、SNSでは映画の展開を予想するようなコメントが自由に書き込まれたりするので、それを超えるサプライズを作らないといけない。作り手側のハードルも上がっている中で、個人の勘と経験に頼ったコンテンツ制作には限界があるのも事実です。
平間:データマーケティングの手法も進んでおり、行動データや予測モデル、AI化などにより、データオリエンティッドに様々な変数をコントロールすることで、ヒット率、視聴数増などに繋がっているケースも出てきています。ただ、受け手の感覚面やモードの違いなど、まだまだ多くの変数が潜んでいると思われるため、実際に精緻なモデリングには至っていませんし、そう簡単にモデル化ができるほど単純なものでもないでしょう。
品田:そういえば、連続ドラマの最終回でも、事前に何パターンか見せてから視聴者の投票で決めるようなケースはありますね。これからは、こうした視聴者のレスポンスやビッグデータの活用が肝になってくるのでしょうか。
平間:ヒット率を高める方法の一つとして、定着していくことは明らかです。一方で、エンタテイメントコンテンツはファンの“推し”も強く、また、他の商材と比較しても“流行っているから”といったバンドワゴン効果によるヒューリスティックな選択がされやすいという特性があります。SNSの浸透により、作り手の想いが公開前に発信・拡散されやすい昨今は、事前の「期待感」をどうやって高めるかも重要な視点となるでしょう。と同時に、視聴後の「余韻」が口コミで拡散し、フォロワーが増える好循環を生み出すために欠かせないのは、やはり「作品性」。これを高める工夫抜きにヒットや成功を語ることはできないと思います。
ゆえに、エンタテイメントコンテンツを取り巻く構造も、図のように大きく変化しつつあるのが現状です。
マスメディアを中心に一方通行でコンテンツが届けられていた従来と異なり、作り手(コンテンツホルダー、制作者)、送り手(ディストリビューター、プラットフォーマー)、受け手(視聴者、ユーザー)の3つのレイヤーが複雑に絡み合うことで、エンタテイメントコンテンツのクリエイションや消費行動、マネタイズ手法が多様化。それぞれの境界が薄れ、役割も変化していく中、多様性はますます拡大していくと予想される。
品田:「日経エンタテインメント!」を創刊したときは、「“日本にワクワクを”、そして“日本のワクワクを世界へ”」という思いでスタートしました。実際、日本には私たちをワクワクさせてくれる作品がたくさんあり、海外に行けば、その作品の話で盛り上がったりもする。そんなふうに人々の共感を呼び、国へのリスペクトにもつながるような作品をこれからも作り続けてほしいと願っています。だからこそ、PwCコンサルティングの活動には大いに注目しています。
平間:品田さんが語られた創刊時の思いに強く共感します。今こそ、「エンタテイメントの提供価値は何か?」という本質的な問いから逃げずに、興行性という制約の中で作品性を高めるアクションをビジネスサイドから支えていく必要があると思っています。
そこでお聞きしたいのですが、OTTの台頭により、リアルタイムで配信可能なグローバルディストリビューション網も整備されつつある今、とくに若い世代が感動するコンテンツとはどのようなものだと思われますか。
品田:そこは私も今模索しているところです。でも、感動作品って狙って出会えるものではなく、試行錯誤の末にふっと現れるものだったりするので、結局は受け手側も作り手側も、無駄をたくさん繰り返すのが重要なのだと個人的には考えています。最近の「早送り映画」なんかもそうですが、効率重視では感性は磨かれないと思いますよ。
平間:確かに、効率重視で隙間時間の消費目的だけに特化してしまうと、コンテンツに高い作品性は求められなくなりますし、行動履歴やレコメンデーションにより推奨された安心・安全なコンテンツだけを消費していると、居心地はいいけれど新たな価値観、大げさに言えば多様性は育まれにくい。「インフォメーションコクーン(情報の繭)」と呼ばれるこの状態に安住することで、感情の振れ幅までテンプレート化されてしまいますよね。
品田:海外のグローバルエンタテイメントコンテンツはすでにテンプレート化しつつありますが、これについてはどう思われますか。
平間:ビジネスの効率性などを勘案すれば、テンプレートは重要なスキーム。海外展開を想定すれば、ローコンテキストで過去実績のあるテンプレートは重宝されます。一方で、コモディティー化するリスクもあるため、新たなテンプレート自体を生み出すストーリーテラーの役割がますます重要になってきますし、育成もしていかねばなりません。その点、日本には肥沃な原作マーケットや、テレビや映画製作における膨大なナレッジ、ノウハウの蓄積もあります。いわば恵まれた環境にある中で、作り手・送り手がさらなる高みにチャレンジできるよう背中を押してコンテンツビジネスの地盤沈下を防ぐことも、我々の使命だと考えています。
品田:日本では作品性を追求するあまり、お金もうけが二の次になりがちですよね。理想は、いい作品を作ることが収益につながり、それが次の作品の原資となること。その仕組みを平間さんたちが整えてくれると確信しています。
平間:VUCAの時代、また、どこか閉塞感が漂う昨今、エンタテイメントは受け手の皆さんの最も身近な明日への、そして、未来への活力になっているはずです。エンタテイメントが人々を元気にし、「時代を映す鏡」でもあるならば、文化やトレンドを創り出すようなブロックバスター作品、一人ひとりの心を動かす作品性の高いコンテンツなど、多様なラインアップをもっともっと世に送り出したいと、業界の一員として純粋に思います。
テクノロジーや受け手の多様化などは、E&M業界にとってはむしろ追い風です。ただし、ビジネスにおけるマーケティングや投資などの観点で有用ではあるものの、作り手にとっても作品性を高めるために必要な環境整備やチャレンジはまだまだ遅れている認識です。
そして、確立されたバリューチェーンの再構築は、一社だけでは成し遂げられません。E&Mのトップランナーの方々はもちろん、業界に関わるあらゆる分野の企業の方々との共創を通じて、日本のエンタテイメントシーンを盛り上げ、明るい未来を目指してまいります。
品田:これまでに出会った素晴らしいコンテンツの数々が、今の平間さんをつくっているんでしょうね。エンタテイメントの力を信じる熱い思いがひしひしと伝わってきました。それが、次の世代にもこの感動を届けたいという気持ちの原動力になっているのだと思います。作品性と興行性を両立させる、PwCコンサルティングのエンタテイメント改革が今から楽しみです。
見る人をワクワクさせるだけでなく、それを作る、届ける人たちもみんなハッピーになれる。そんな仕組みを創り出すことができれば、きっとE&M業界のみならず、他の分野や企業の参考にもなるはずです。エンタテイメントから生まれた好循環が日本全体に広がっていくとうれしいですね。
※1 OTT(Over The Top):インターネットを介して視聴者に直接提供されるメディアサービスのこと。
E&M業界の企業に対するビジネスコンサルティングサービスを提供してきた経験と知見を生かし、本シリーズではE&M業界からさまざまなゲストをお招きし、対話を通じてE&Mの未来に向けたインサイトをお届けしていきます。
広島出身の映画監督で深いテーマ設定や情動の描写などに定評のある森ガキ侑大氏をお招きし、PwCコンサルティングの平間和宏が、世界に羽ばたく映像コンテンツ作りの要諦、不易流行や今後の業界展望について語り合いました。
映像作品の脚本・監督・プロデューサーを務める庵野秀明氏と、PwCコンサルティング合同会社ディレクターの平間和宏が、映像コンテンツの「作り手」「送り手」「受け手」それぞれの視点から見た不易流行と今後の業界展望について語り合いました。
スポーツメディア「スポーツブル」を中核事業とする運動通信社の代表取締役社長 黒飛功二朗氏とPwCコンサルティングの平間和宏が、コンテンツの「送り手」に求められる今後のビジネスのあり方について語り合いました。
アルスエレクトロニカでメディアアートのコンペティションを統括する小川絵美子氏とPwCコンサルティングの平間和宏が、メディアアートの最先端のグローバル潮流を踏まえ、これからのE&M業界人に必要な視点・視座などについて語り合いました。