フランス上場会社におけるコーポレートガバナンスを取り巻く最新状況

2020-01-24

今回は、フランスの上場会社におけるコーポレートガバナンスを取り巻く最新状況について解説します。

Afep-Medefコードの適用条件とは

フランスのコーポレートガバナンス・コードが日本と大きく違うのは、大会社を対象としたコーポレートガバナンス・コード(以下、Afep-Medefコードi)と中小規模の会社を対象としたMiddlenextコードの2種類のコーポレートガバナンス・コードがあるという点です(日本では現在、1種類のコーポレートガバナンス・コードのみが存在します)。Afep-Medefコードは欧州諸国で施行されている他のコードと比較してたいへん厳しいという特徴があり、このことから、本コードの実施には、会社にある程度の体制整備や資源が必要とされると一般的に理解されています。そのため上場会社でもMiddlenextコードを採用していたり、フランスで上場している外国籍の会社が他国のコードを参照したりしているケースも見られます。

なぜフランスで上場している会社が他国のコードを参照できるのでしょうか。それは、フランスの商法第L条225-37-4項では、グループを代表する会社(組織)がコードを選択することを認めているからです。コードを参照する義務は、フランスの規制市場で証券の取引が認められている会社のみに課されおり、かつコードの遵守義務はフランス法に準拠する会社のみを対象としているため、結果としてフランスで上場している全ての会社がコードの遵守義務を負っているわけではありません。

では、同じEUのドイツではどうなっているのでしょうか。ドイツはフランスと似ていて、適用するコードは法律によって定められています。ドイツの会社は、ドイツのコーポレートガバナンス・コードであるDeutscher Corporate Governance Kodexに対するコンプライ・オア・エクスプレインを要求されます。法律で指定されたコードを適用するトリガーとなっているのは、会社の国籍です。

一方、英国では、国のコーポレートガバナンス・コードの遵守を条件として、金融行為監督機構(Financial Conduct Authority:FCA)が会社に対し、ロンドン証券取引所への参加を認めています。金融市場への参入の条件としてコードの遵守が定められているため、英国市場への上場時が、コードを適用するきっかけとなります。外国籍の会社でもロンドン証券取引所に上場している限り、英国のコーポレートガバナンス・コードを参照することになります。

なお、スペインとルクセンブルクの2カ国も英国に似た方法を採っており、外国籍の会社に対しても自国の市場において自国のコーポレートガバナンス・コードの適用を認める、もしくは適用を課しています。

外国籍の会社はAfep-Medefコードを遵守すべきか

Afep-Medefコードでは、「役員の退職金の上限は年俸(年間の役員報酬)の2倍までとする」ことを要求しています。2019年、フランスに上場している外国籍の会社2社において、この要求を大きく逸脱する出来事がありました。しかしAfep-Medefコードでは、コード遵守の対象をフランスの会社のみとするのか、外国籍の会社にも適用できるか、というところを明確に規定していません。そのため、規制当局はこの件に対するコメントを出していません。

しかし市場がこの出来事に対して困惑した事実に鑑み、今後どのように対応すべきか、すなわちコードの適用範囲を拡大すべきかを、フランスにおけるコード実施の監督機関であるコーポレートガバナンス高等委員会(以下、HCGE)が検討しました。その結果、フランスで上場している外国籍の会社にフランスのコーポレートガバナンス・コードの参照を義務付けることは現段階では必要ない、という結論に達したようです。そのような義務付けは、フランス市場の魅力を低下させ、参入の制限につながってしまう、と説明しています。

HCGEが2019年に取り組んだテーマ

前述のHCGEはどのような機関なのでしょうか。簡単に言えば、フランス国内の上場会社のAfep-Medefコード実施状況を監督・助言し、会社からの要望をヒアリングし、Afep-Medefが策定するコードに会社からの声を反映する機関です。日本ではコーポレートガバナンス・コードの改定、遵守状況のモニタリング、実務的なガイダンスの提供などを証券取引所、金融庁、経済産業省などがそれぞれの役割に応じて行っていますが、フランスではHCGEが一手にまとめ役を担っています。

HCGEは2014年に設置され、理事会は産業界のメンバーで構成されています。HCGEは毎年、アニュアルレポートを作成していますが、このレポートは2部構成になっており、1部がHCGE自体の活動報告書、2部がSBF120iiを対象としたAfep-Medefコードの遵守状況についての項目別統計の発表となっています。

2019年度活動報告書iii(対象期間は2018年9月から2019年9月まで)に記されているテーマは以下のとおりです。

(1)パクト法の施行と存在意義の反映
(2)外国籍の会社へのAfep-Medefコードの適用
(3)取締役が取締役会に参加できない場合の措置

(1)パクト法の施行と存在意義の反映
パクト法とは2018年6月18日に内閣から発表された「企業の成長・変革のための行動計画に関する法案(通称:PACTE法案)iv」を指しています。この法案は特にCSRの観点からAfep-Medefコードに大きく影響を与えています(シリーズ17:フランスのコーポレートガバナンス・コード改定2018で概説していますので、ご参照ください)。

この法案の作成に絡んで、「存在意義(レゾンデートル:Raison d'être)」を示すこと、すなわち、会社はその活動において社会に資源を配分することを尊重するために存在するということを会社の定款で明示できるという民法1835項vが引き合いに出されています。「経営者や会社は長期的な視野で環境に寄り添う」というコンセプトのもと、「会社はもはや一つの理由で存在するのではなく、長期的な探求をし、波及効果という形で存在意義が導きだされるものである」からして、「社会の中で会社の居場所を再考し」(パクト法第2章の見出し)、「取締役会および取締役はこのことを同様に検討しなければならない」(商法第L条225-35項と225-64項)と各法律が促しているのです。

フランスらしく、かなり哲学的な言い回しになっていますが、早くも存在意義について対応する会社が出てきています。定款を変更する会社はまだ数えるほどのようですが、マニフェストとして公表したり、ウェブサイトで公表したりする形で自社の存在意義を説明する会社が多く出てきているようです。

(2)外国籍の会社へのAfep-Medefコードの適用
上記「外国籍の会社はAfep-Medefコードを遵守すべきか」で説明したとおりです。

(3)取締役が取締役会に参加できない場合の措置
これについては、HCGEに相談案件として実際にあったようです。取締役が刑務所や病院にいる、または利益相反のある状況にいるなどの理由によって一定期間取締役会に出席できない場合にどういった対応をとるべきか、という相談です。この問い合わせに対してHCGEは、業務を遂行できない事実はコードの不遵守であり、取締役が権限を行使できなくなったと考える場合には権限を放棄しなければならない、という結論を出しています。取締役会への出席は取締役としての責務を果たす上で不可欠な条件であることが、あらためて強調されました。

フランス上場会社のコードに関する5つの傾向

ここからは、HCGEのアニュアルレポートをもとに、2019年のフランスの上場会社のコーポレートガバナンス・コードに関する取り組みを振り返り、主な傾向を5つ紹介します。

(1)取締役の兼務は2社まで、というAfep-Medefコードの要求事項への遵守率が、ついに100%になりました。取締役の兼務の数が多い慣行は長い間、フランスにおける大会社の特徴と見なされ、社会的に厳しく批判されていました。

(2)筆頭取締役の機能については、数年前までは懐疑的な見方を抱いていた人が少なくありませんでした。しかし、その有用性、CEOの機能とは違った独自性が徐々に理解され、実際に、CEOとの分離が求められていない機関設計の会社(スーパーバイザリー・ボード設置会社など)でも設置されるようになりました。

(3)独立取締役の独立性に関する要件について、フランスでは、会社ごとに取締役の独立性の要件を決め、それについて分析することが求められています。取締役会は、以前に比べて深くこの独立性について検討するようになりました。取締役と会社との間の単純な業務上のつながりに着目するのではなく、重要な要素に関する分析を行い、その結果を、ステークホルダーに伝える傾向が見られるようになってきたとのことです。

(4)取締役会の自己評価がやっと定着し、慣行となってきました。特に取締役の個々の貢献の分析が行われ、評価を実行する取締役会側の成熟度が増しているとのことです。

(5)非業務執行役だけが出席する会議が定期的に行われ、不可欠な取り組みとして認識する会社も増えてきたとのことです。この種の会議については当初、「アングロサクソン文化からまた厄介な実務が入ってきた」という消極的な声も聞かれましたが、徐々に浸透してきた模様です。

(2)(4)(5)は日本にも共通して見られる傾向です。日本においてもコーポレートガバナンス・コードへの理解と、遵守の必要性への理解が増していると言えるのか、今後も興味深く見守っていきたいと思います。

HCGEの2020年のテーマ

最後に、HCGEが2020年のテーマとしてアニュアルレポート内で掲げる調査研究トピックを紹介します。それは以下の3つです。

  1. 会社と議決権行使助言機関との関係
  2. 物言う株主
  3. 持続可能なガバナンス

この3つのテーマに関する海外の現況はどうなっているか、また各国がどのような動きを見せるのか。とても興味深いため、本コラムでも取り上げていきたいと思います。このコラムの情報が、今後の対応や開示を考える上での参考になれば幸いです。

以上

注記

i フランスAfep-Medefコード
フランス私企業協会(AFEP)およびフランス企業連盟(MEDEF)の作業部会がAFEP/MEDEFコード(Code de gouvernement d'entreprise des sociétés cotées)を策定している。文中で説明しているコーポレートガバナンス・コードは、2018年6月に発行されたバージョンであり、統計をとった時点において会社が参照していたもの。
https://afep.com/publications/le-code-afep-medef-revise-de-2018/

ii SBF120
ユーロネクスト・パリ取引所に上場している会社の中で、時価総額と流動性が高い120社のこと

iii コーポレートガバナンス高等委員会「2019年度活動報告書(2019年10月版)」2019年12月19日に公表されている。
Haut Comité de Gouvernement D’Entreprise – Rapport d’activité (Octobre 2019)
https://hcge.fr/wp-content/uploads/2019/12/Rapport_HCGE_-2019.pdf[PDF 1,284KB]

iv パクト法(Loi PACTE):2019年5月22日に経済改革の一環として「企業の成長・変革のための行動計画に関する法案(LOI n° 2019-486 du 22 mai 2019 relative à la croissance et la transformation des entreprises)」(通称:PACTE法案)が公布された。
https://www.legifrance.gouv.fr/affichTexte.do?cidTexte=JORFTEXT000038496102&categorieLien=id

v 民法1835
https://www.legifrance.gouv.fr/affichCodeArticle.do?idArticle=LEGIARTI000038589926&cidTexte=LEGITEXT000006070721&dateTexte=20190524

執筆者

阿部 環
PwCあらた有限責任監査法人 シニアマネージャー
コーポレートガバナンス強化支援チーム

※法人名、役職、コラムの内容などは掲載当時のものです。

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