剱持健氏は、PwCグローバルネットワークの京都の拠点において約10年にわたり監査業務に携わりました。その後、公認会計士事務所の開業や事業会社を経て、合同会社Smart&Smoothを設立。代表として経営コンサルティング事業や研修事業を展開する傍ら、複数社で社外役員を務めながら人材育成関連の仕事にも幅広く関わっています。会計の持つ力と楽しさを広げる事業に取り組む剱持氏に、現在の仕事に生きているPwC時代の経験や今後の展望について語ってもらいました。
(左から)剱持 健氏、齋藤 勝彦
話し手
合同会社Smart&Smooth
代表
剱持 健 氏
聞き手
PwC Japan 有限責任監査法人
パートナー
齋藤 勝彦
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
齋藤:
剱持さんは大学卒業後、2003年から2012年まで当時PwCのメンバーファームだった中央青山監査法人の京都事務所、および京都監査法人に在籍されました。その後、公認会計士事務所を開業され、株式上場(IPO)準備支援の他、事業再生案件のアドバイザリー支援を行っています。その後、事業会社に専務取締役として入社され東証マザーズへの上場を実現。そして2023年に再独立し、現在は合同会社Smart&Smoothの代表を務めています。まず現在のお仕事について教えていただけますか。
剱持:
Smart&Smoothは「日本の社会人の会計リテラシーを高める」をミッションに掲げ、経営コンサルティング事業と研修事業を展開しています。主要事業である研修事業では、社会人向けに会計の研修を提供しています。苦手意識を持つ社会人の方がとても多いので、楽しく学べる研修の場をつくりたいと考えています。
会社経営以外に、社外役員や会計アドバイザーの仕事にも従事しています。社外役員は上場3社、非上場1社から受任しています。また近年では、研修講師として企業の研修に登壇する機会が増えており、主に人材育成やファイナンスのパートを担当しています。
齋藤:
さまざまなサポートを提供されていますね。次に、剱持さんのこれまでのキャリアについて具体的にお話を聞かせてください。まずは、中央青山監査法人に入社した経緯を教えていただけますか。
剱持:
私は幼稚園から大学まで東京で過ごしてきました。ただ社会人になったら、一度東京を離れてみようという思いもありました。情報収集していると、当時の中央青山監査法人 京都事務所が監査業務の補助を行うアシスタントを採用しており、専門的な業務に特化する会計士との分業体制で監査を行っていることを知りました。京都事務所は若い年次から責任ある業務を任せてもらえる雰囲気でしたし、大企業をクライアントとして多数抱えていました。迷った時に人と違う行動を取る性分だった私は、早く一人前になりたくて京都事務所で直接採用してもらうことにしたのです。歴史が好きで、京都暮らしには憧れがあったことも入社理由の一つです。
齋藤:
アシスタントと業務分担しながら、会計士がプロフェッショナルとして必要な作業に特化するという発想は、現在のPwC Japan有限責任監査法人でも踏襲していますが、それを最初に始めたのも京都事務所でした。剱持さんは10年弱の在籍でしたが、特に印象深かったことや学んだことについて教えてください。
剱持:
私にとってPwCは社会人のスタート地点です。基本的な仕事の進め方や、社会人としてのルール・マナーはもちろんのこと、監査業務そのものからも多くのことを学びました。監査報告書を作成・提出する作業は、一つのプロジェクトのようなものです。どのようにチームメンバーと関わり、プロジェクトを進めればうまくゴールにたどり着けるか。そのようなプロジェクトマネジメントの手法を身に付けることができたと思います。
また監査を成功させるためには、クライアントとのコミュニケーションが重要です。そのタイミングや方法論も習得できました。なかでも、京都事務所が掲げていた「信頼」というモットーからは、監査の本質となる価値観を学んだ気がします。
齋藤:
信頼すなわち「トラスト」は、現在のPwCでも大事にしている価値観であり仕事の本質です。剱持さんが京都事務所に在籍されていた時、何度か仕事でご一緒しました。グローバルに拠点を持つクライアントの業務では、海外出張にも頻繁に行きましたね。在籍時には、PwCのネットワーク内でさまざまな交流があったと思いますが、その印象はいかがでしたか。
剱持:
「共通言語で会話している」と感じるシーンが多くありました。世界中に拠点があり、大きな一つのチームとして働いているという感覚がとても強かったです。
合同会社Smart&Smooth 代表 剱持 健氏
齋藤:
PwC卒業後のキャリアについては、どのように模索されたのでしょうか。また独立後に印象深かった仕事についても教えてください。
剱持:
京都事務所に勤めていた頃から、私は大きな組織の中にずっといるタイプではないと思っていました。自分の力がどれぐらい世の中で通用するか試してみたい気持ちもあったので、10年というタイミングで区切りをつけ、PwCの外に出てみることにしたのです。
当時、私は滋賀県に住んでいましたが、そのまま関西で独立することにしました。京都事務所では最後に上場準備中の企業の監査を担当したのですが、独立後は同じように上場を目指す企業から上場準備を手伝ってほしいという打診を受けました。それまでは会社の外側から監査するポジションでしたが、同案件では監査を受ける側の立場を経験させてもらいました。無事に上場を果たしたことで、監査法人時代とはまた違った種類の達成感がありましたね。
外国企業と日本企業の間に入った仕事も、強く印象に残っています。とある日本企業の米国子会社が、日本の地方企業を買収しました。米国子会社は英語通訳者を雇って月一回の頻度で現地を訪問しコミュニケーションを図りましたが、担当者同士なかなか会話が通じないと困っていました。そこで、経理通訳のような立場でプロジェクトにジョインしてほしいとお声がけいただいたのです。その後、コミュニケーションがスムーズに進むことになるのですが、PwCでの経験をベースに自分が役に立てていると実感できた瞬間でした。
齋藤:
私が剱持さんのキャリアで興味深いと感じるのは、独立開業を経てまた事業会社に入社されたことです。どのような経緯や気持ちの変化があったのでしょうか。
剱持:
事業会社への転職は本当に偶然から始まりました。家族で米国旅行に行った時に、飛行場のシャトルバス乗り場で、たまたま同社の社長と知り合いました。その時は世間話を交わし名刺交換して別れたのですが、その後に連絡を取り合う過程で上場できそうかどうか見に来てほしいと言われ、月一回程度で会社に足を運ぶことになりました。その後、社長から中に入って上場を目指さないかと打診を受け、最終的に入社を決めて、関西から千葉に引っ越すことになったのです。
入社後は専務取締役として上場準備と合わせて社内のビジネスプロセスの整理も進め、2021年に無事に東証マザーズ市場に上場を果たすことができました。
齋藤:
その後、剱持さんは再独立という道を選択されています。個人的にその選択の理由がとても気になっていました。
剱持:
監査法人を辞めて独立した後再び企業で働く中で、組織の上下関係で働くよりも、さまざまな人と横の関係性で仕事をしたいなと改めて感じました。同時に、自分は多様なスキルを持った人材が必要な時に集まり、力を合わせて目の前の難題を解決するという働き方が好きなのだと気付きました。その二つの気付きが、再独立を決めた理由です。
PwC Japan 有限責任監査法人 パートナー 齋藤 勝彦
齋藤:
剱持さんが監査法人に入社されたのは約20年前です。当時から社会や経済、仕事を取り巻く環境は大きく変化しましたが、これから監査の仕事に就く方に対するアドバイスはありますか。
剱持:
会計監査は決算書という最終成果物に対して〇か×かを示すだけではなく、問題の解き方をクライアントに教えつつ一緒に考えながら並走する仕事だと私は考えています。いわば、家庭教師兼採点官のようなイメージです。クライアントをリードしながら成長を促し、自分も一緒に成長していく。監査はそれができる魅力ある仕事です。
監査の語源は「聞く」という言葉です。京都時代の上司からは、クライアントの話や困りごとをまず聞くこと、そしてクライアント先に出向いた時は毎日一つ以上、ためになるアドバイスを必ずするようにと教え込まれました。正しさや間違いを単に指摘する仕事ではなく、サービス業なのだと教えられたのです。
監査を基本に忠実に教科書どおり学ぶことも大事です。さらにサービス業として、クライアントの成長と課題解決に伴走するという観点で取り組めば、自身にとって大きな成長につながるはずです。
また、監査は企業の経営者や事業責任者と直接対話できる仕事です。そのような貴重な機会に恵まれた仕事は他にはあまりありません。多様な人と信頼関係を構築する方法を学び、自身のキャリアに生かしてほしいです。
齋藤:
剱持さんのキャリアを知り、多くのアルムナイが勇気づけられるはずです。今後、PwCのアルムナイネットワークに期待することはありますか。
剱持:
PwC卒業生は得意領域がそれぞれ異なります。アルムナイイベントなどを通じて、互いを補完し合える関係性が新たに生まれたら非常にありがたいですね。
齋藤:
剱持さんは、人が学び、変化していく価値やパワーをとても大事にされているとのことですが、その観点はいつ生まれたのでしょうか。
剱持:
京都事務所での日々が原体験になっています。京都監査法人の設立に際して品質管理部門を単独で作ることとなり、私はそのメンバーの1人として参画しました。
当時、本部から研修用マテリアルが届いていたのですが、新人教育では、そのまま渡しても伝わりづらいと感じました。そこで4~5人のメンバーと一緒になって、資料をカスタマイズして研修をつくる作業をしたのですが、回を重ねるごとに受講生側の反応やフィードバックが改善していったのです。その時にやりがいを感じて、ゆくゆくはこうした「気付きと成長の機会を提供するプロセス」に専門的に携わりたいと思うようになりました。
齋藤:
研修マテリアルは本部のものをそのまま出すこともできたはずです。しっかり伝えないと行動を変えられないと感じ、カスタマイズに踏み出せた理由はどこにありますか。
剱持:
監査の仕事をする時も、単に作業をこなすだけになるのはとても嫌でした。逆にどうやったら楽しく働けるかを常に考えていました。思い返せば、これまで一緒に働いていたメンバーも、仕事を楽しむことを意識していた人が多かった気がします。現在の研修の仕事でも、経営ゲームなども活用しながら受講者や私自身がいかに楽しめるかをいつも自然に考えています。
齋藤:
学び方が変わることでコミュニティが変わり、結果として日本のビジネスが元気になることが期待できますが、実際に変化を肌で感じることはありますか。
剱持:
ありますね。Smart&Smoothが掲げる「日本の社会人の会計リテラシー向上」というミッションは、私自身の課題感から生まれたものです。会計は実はそれほど難しい内容ではないのですが、なんとなく苦手意識を持っている方が多いのが現状です。会計はビジネスの共通言語であり、数字で思考するハードルを下げていけば、その先の企業や日本社会がより良くなると信じています。
齋藤:
たしかに日本では、会計の教育イコール簿記教育と捉えられている一面があります。しかし剱持さんが研修で使用する経営ゲームは真逆で、細部は脇に置いて全体を見る視点を養いますよね。剱持さんはなぜ、日本の社会人は会計に苦手意識があると考えるのですか。
剱持:
簿記では仕訳の切り方から始めますよね。いわば枝の部分を先に学ぶので、そもそも何に使えるのか分からないケースが多い気がします。結局、幹や根っこ、目的が見えないので、どこかでつまずくことで苦手意識が芽生えます。逆に言うと、決算書とビジネスのつながりを理解したり、ゲームなどを通じて肌感覚で会計の面白さに触れてもらったりすることができれば、好奇心を持って主体的に学んでくれる方が増えるはずです。
齋藤:
なるほど。剱持さんの取り組みは日本の会計力や国力を高める上でも大切な視点ですね。
剱持:
研修の仕事は監査法人の仕事と比較するとより裾野が広く、全体の底上げを担う感覚があります。私のモットーは社名と同じ「スマート&スムーズ」。スマート&スムーズなアウトプットを生み出すためには、泥臭いプロセスが前提として必ずあります。私はその泥臭さに向き合い、楽しみながら何かをつくりあげる過程が好きです。IPOの仕事がまさにそのような典型ですが、日本の社会人の会計力向上というテーマもまた、どこから手つけたらよいのか分からない困難な状況です。それを紐解いてきれいな流れを生めるように、楽しみながら事業を展開していきたいです。
齋藤:
対談の中で、私たちPwCのメンバーが参考にすべき視点や発想を共有いただきました。剱持さんのさらなるご活躍を祈念しております。本日はありがとうございました。
(左から)剱持 健氏、齋藤 勝彦
剱持 健
合同会社Smart & Smooth 代表
東京大学経済学部卒業。2003年に中央青山監査法人京都事務所に入所し、上場企業の監査及びIPO準備支援業務に従事。企業を外から見る目線を培った後、2012年に関西で独立。
独立後はIPO準備支援や事業再生案件において、企業と金融機関等の間に立ち、双方にとっての最適解を導き出すことに従事。
2017年に偶然米国の飛行場で知り合った社長の流通系の会社に専務取締役として入社。上場準備と合わせて社内のビジネスプロセスの整理も進め、2021年に副社長として上場を実現。
2023年に再び独立してからは、日本の社会人の会計リテラシーを高めるべく、学びと遊びを届けるエデュテイナー(education × entertainer)として経営や会計について楽しく学べる場作りの推進や社外役員を受任。
齋藤 勝彦
PwC Japan 有限責任監査法人 パートナー
1999年に青山監査法人に入所し、主に米国上場企業の監査およびアドバイザリー業務に従事した後、2005年から2007年までPwC中国(上海オフィス)に赴任。中国では製造業を中心とした日系企業の進出支援、監査および各種アドバイザリー業務に従事した。
中国から帰国後、PwC京都監査法人にて、東京オフィス責任者および人事領域のオペレーション責任者として経営に参画するとともに、グローバル企業、自動車分野を中心とした製造業およびAI・ロボティクス技術等を利用したテック企業の監査およびアドバイザリー業務に従事。
2023年12月のPwC Japan有限責任監査法人執行役(京都事業担当)就任を経て、現在は東日本事業部長として、東日本における非金融事業会社に対する監査業務全般を統括している。