2022-08-30
PwCコンサルティングは2021年2月、「新型コロナワクチン接種業務支援室」を立ち上げ、自治体のワクチン接種業務支援の体制を整えました。世界中で急がれたワクチン接種をめぐっては、日本でも接種の加速に向けた機運が高まる一方、現場で混乱が生じた自治体もありました。「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」を自らのパーパス(存在意義)に掲げるPwCでは、この未曾有の社会課題に対し、自社が擁する知見や専門性を活かして解決の一助となるべく行動を起こしました。
ワクチン接種業務支援で見えてきた課題は、「情報が可視化/共有されていない」ことでした。課題解決の第一歩は、現状の把握です。そこでPwCコンサルティングではデジタルテクノロジーやデータ分析に精通したメンバーが、自治体職員の方々にヒアリングしながら「新型コロナワクチン接種・業務計画策定支援ダッシュボード」を開発して提供しました。今回は同支援ツールの開発に携わったPwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング シニアマネージャー 木村俊介、同社パブリックサービス マネージャー 井村慎、同社ビジネストランスフォーメーション マネージャー 山本祐生に、支援ツールの開発を通じて得たことを語ってもらいました。
(左から)木村、山本、井村
井村:私はパブリックサービス(公共事業、以下「PS」)という部門の中で、地方自治体や地方創生に関する事業を担当しています。多くの地方自治体では、人口減少やそれに伴う財政が悪化し、公共サービスの維持が困難になっているという課題に直面しています。そうした領域に対して、コンサルティングファームや民間企業のソリューションを導入するなど、官民連携で課題解決ができるように支援しています。
山本:私はビジネストランスフォーメーション・ファイナンストランスフォーメーションという部門に所属し、グローバルにビジネスを展開している日本の製造業向けに、会計領域を中心としたERP(Enterprise Resource Planning)システムの導入を支援しています。普段の業務では、公共事業や医療とは関わりがありません。
木村:私はテクノロジーコンサルティングの中にあるデータ&アナリティクス部門に所属しています。主な業務は機械学習や統計などを使ってクライアントの課題を解決していくことです。
井村:自治体の抱える課題は多岐にわたるため、それぞれが専門性を持つメンバーが役割分担をしながら一丸となって支援する体制を組みました。私は自治体のワクチン接種推進室に出向いて現在直面している個別の困りごとを伺い、それを解決する手段を提供したり、サイロ化していた業務を連携する支援をしたりといったことを担当しました。
活動の中で、自治体の方々は特定領域の専門知識や定常的な実務手続きのノウハウは持っている一方、「日々発生する課題を解決しながら業務を作り上げていくことには慣れていない」という印象を持ちました。
今回のワクチン接種では、国による頻繁な方針の変更や急激な感染の拡大など、自治体から見た外部環境が大きく変化する中で、業務内容の変更が求められることが多く、都度さまざまな課題が発生していました。また、その中で関係する複数の業務を管理し、各部門と調整をしながら進めなくてはなりません。特に今回はステークホルダーも多く、民間企業とも連携した業務管理が求められました。こうした「複数組織がかかわるプロジェクトを管理し、効率的に業務を推進する環境構築の支援」は、PwCの得意分野です。
井村:今回のワクチン接種は前代未聞のプロジェクトでした。もちろん、「前例」はなく、「どの組織が」「どの作業を」「いつまでに実施するか」を手探りで調整していました。
その中で心がけたのは、「職員の方々が個別業務に集中できるよう、“面”を意識した支援をすること」です。各業務担当の方々と密にコミュニケーションを取り、「課題の抜け漏れがないか」「どの課題から取り組むべきか」を常に確認しながら支援を進めていきました。
山本:論点を整理するためには現状を正しく把握し、関係者全員で情報共有できる仕組みが必要でした。
たとえば、「○月までに接種率○%を達成する。そのためには何件の医療機関に協力要請をする必要があるのか」を割り出すには、接種対象者人口と医療機関の数を把握し、「1件の医療機関で一日何回接種する必要があり、それは実現可能なのか」という定量的な議論が必要です。さらに「自治体が開設した接種会場がどのエリアにあり、一日に何人が訪れる可能性があるか」も予測しなければなりません。そのためには、必要な情報が一目でわかる可視化ツールの存在が不可欠でした。
井村:今回のプロジェクトにかぎらず、自治体では情報共有の推進が大きな課題になっています。民間企業と比較するとデジタル化が進んでおらず、紙の書類も多く使われています。国からの通達は印刷して関係各所に配付するといったことも行われています。そうした環境ですから、デジタル化の推進も含め、PwCが支援できる領域は広いと考えました。
PwCコンサルティング合同会社 パブリックサービス マネージャー 井村慎
山本:いちばんの違いはプロジェクトの進め方です。通常私が支援しているERPの導入は、最初に全ての工程を計画し、その工程表に沿って実行していくウォーターフォール型です。一方、今回のプロジェクトは週単位で要件が変わり、それを反映させながら次の作業を決めるという究極のアジャイル型でした。
私にとってアジャイル型のプロジェクトは初めての経験であり、大変だった反面、とても新鮮でした。ユーザー(自治体の方々)と会話し、直接のフィードバックを基にすぐに改善をし、結果を確認してもらいながらさらなる改善を続けます。ユーザーの悩みや課題に最短距離でアプローチをし、その反応を直接見られるのです。こうした体験はERP導入支援では得られないので、非常に学びになりました。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング シニアマネージャー 木村俊介
山本:提供したのは「新型コロナワクチン接種・業務計画策定支援ツール(以下、支援ツール)」です。分かりやすく言うと、自治体に必要なワクチン接種に関連するデータを「Tableau」というBI(Business Intelligence)ツールで見やすい形式にしたものです。そしてワクチン接種に携わるすべての担当者が、自席のパソコンからデータを確認できるようにしました。
Tableauでは単にデータを見やすくするダッシュボードの作成だけではなく、自治体の担当者が表計算ソフトに入力したデータをTableauで分析できるようにしたり、データソース側でデータの更新があった場合にはTableau側でも同時にデータを更新し、その結果をリアルタイムでダッシュボードに反映させたりするプログラムをPythonで開発しました。
そのほかにも自治体が所有するデータをTableauで分析できるようにデータクレンジングをしたり、国や自治体が公開しているオープンデータを取り込んだりといった「データ分析の下準備」も担当しました。
木村:非構造化データの扱いには苦労しました。
自治体が市民や社会の「声」を把握し、現状を理解するためには、SNS上でどのようなキーワードが上がっているのかを分析することが重要です。たとえば、「市ではワクチンをこれだけ確保しました」という投稿に対しては、「いいね」と「遅い」という両方のコメントが付きます。市の投稿に対する賛否比率や内容を専門チームが分析し、見えない声を可視化しました。
前例のないプロジェクトでは、どうしても「大きな声」が耳に入りがちです。しかし、そうした声を優先してしまえば、社会全体のニーズと乖離ができてしまいます。特に今回は社会の動きや市民の反応を見ながら広報活動を行い、接種を勧奨していく必要がありました。ですから(SNS上の投稿やコメントといった)非構造化データから必要なデータを抽出し、ワクチン接種や感染拡大防止に役立てられる分析データが必要だったのです。
自治体ではSNSから得られる分析データを見たのは初めてだったようで、非常に興味を持たれました。Tableauでは失業率や倒産率、日経平均株価といったオープンデータと、自治体が所有する地域ごとの新規患者数などのデータとの相関分析もできます。さらに、コレログラム(時系列データの中にどのような周期があるかを表すグラフ)を作成する機能も備わっているので、将来を見据えた施策が立てやすいのですね。
山本:たとえば、市内の主要ターミナル駅の人流データと実効再生産数(ある時点で1人の感染者が他者に感染させる人数の平均値)を掛け合わせて分析すれば、1週間先の感染者数が予測できます。こうしたデータがあれば、「1週間後の出社率を見直す」といった施策が講じられるのです。
井村:支援ツールの導入によって、データという「共通言語」ができました。その結果、「可視化した分析結果を共通言語として次の施策を考える」という習慣を、自治体の業務の中に取り入れてもらえたと考えています。
少し話は脱線しますが、日本はEBPM(Evidence-based policy making、エビデンスに基づく政策立案)が進んでいません。統計や業務データが十分に活用されず、「勘と経験と度胸」で物ごとが進んでしまう傾向があります。しかし、ワクチン接種プロジェクトは世界中が初めての経験ですから、「勘と経験と度胸」では意思決定することができません。
山本:自治体にはさまざまなデータが蓄積されていますが、それを十分に活用できていない環境にあります。その背景には民間企業とは異なる業務プロセスが必要だったり、新規の取り組みには予算取りが必要だったりといった自治体特有の状況があります。「自治体はDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいない」との指摘がありますが、そうした制度的な問題が、自治体のDXを阻んでいる一因でもあります。
こうした課題を解決するには、今回のように一部分の業務からでもスモールスタートをすることが大切だと考えています。自治体の方々に、「デジタルを活用すればこんなことができる」と実感してもらうことが私たちの願いでもありましたし、その想いは伝えられたと信じています。
木村:私は自治体の方々が「データを活用して課題解決し、社会をよい方向に前進させていく」というマインドを持たれたことがいちばんの価値だと感じています。自治体の方々はデータ活用には慣れていなくても、「この課題を解決するためにはどのデータが必要か」という潜在的な知識はお持ちです。
ですから私たちは「何の目的でどの情報を見たいのか」をヒアリングし、目的に沿ったデータを提供するように心がけました。こうした自治体とのコミュニケーションは、井村さんがていねいに橋渡しをしてくれました。
実際、データ活用の目的が明確になり、欲しいデータが分かりやすい形で可視化されると、自治体の方々は「もっと知りたい」と積極的に活用してくださるようになりました。その結果、グラフの色や種類などの細かい部分にも要望をいただくようになりました。これは嬉しい変化でした。
PwCコンサルティング合同会社 ビジネストランスフォーメーション マネージャー 山本祐生
井村:今回のプロジェクトは「走りながら対処する」という形で、さまざまな「To Do」に対応してきました。特に現場では、これまで扱った経験のない量と種類の情報を即座に把握して次の一手を考えることが求められました。
しかし、「走りながら対処する」というアプローチは再現性が乏しく、将来同じような課題に直面した際にも、同じことの繰り返しになってしまいます。「To Do」の裏に隠れている根本的な課題や変化を捉え、先回りして課題の元凶を取り除いたり、発生し得る問題は何かを議論したりできる環境を構築するには、課題整理と現状の可視化、そしてサイロ化している作業をつなぐ役割が必要です。
そのような「現場のリアル」に対し、現場の声を聞きながらアジャイルで開発したソリューションを提供できたことは、私たちにとっても大きな学びとなりました。
井村:PwCはプロジェクト管理のノウハウやコンサルティングに加え、テクノロジーやデジタル、データ分析に特化したプロフェッショナル人材を擁しています。また、自らのパーパスに「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」ことを掲げています。今回のような社会課題に対しては、社員全員が「自分に貢献できることは何か」を考え、自律的に行動するマインドを持っているのです。
さらに今回は、高いデジタル技術を持つPwCアライアンスパートナー(Tableau)のテクノロジーを活用することができました。これも支援の大きな力になったと自負しています。
山本:冒頭に申し上げたとおり、私は医療やパブリックサービスとは全く関係のない領域を担当しています。今回はPwCが推進する「デジタルアクセラレーター」(※1)の仕組みを使ってプロジェクトに参加したのですが、この経験は自分にとっても糧になりました。クライアントとなる自治体の方々に「デジタルドリブンでアクションを起こす」というイメージを持ってもらえたことが、何よりも嬉しい経験でした。
※1 PwC Japanグループを担うリーダーの育成を目的としたトレーニングプログラム
いちばん印象に残っているのは、Pythonを使った自動化プログラムの開発です。データの変更がリアルタイムでグラフに反映される様子に感動してくださった自治体の方々のお顔は忘れられません。「自分のスキルがこんな形で社会課題解決につながるのか……」と私も感動しました。
木村:今回の経験は、私が日常業務として行っているDX推進支援に通じるものがあります。
私が考えるDXの定義は、「今ある常識を壊して新しい常識を作っていく」です。私はデジタルの力を信じています。違ったバックグラウンドを持った人たちが集まってコラボレーションすると、さまざまな支援や考え方に接することができます。そうすると、1人では到底たどり着かないアウトプットに到達できるのです。チームの枠を超えて連携し、課題解決を進める重要性を感じました。こうしたプロジェクトができるのは、PwCがパーパスを軸にしたプロフェッショナル集団だからであり、それがPwCの強みの一つであると改めて実感しました。
山本:今回の支援を通し、自治体が課題解決に取り組むうえでの得意・不得意や職員の方々がどのようなポイントで悩むのかを理解できました。自治体の方々の汗と涙の結晶は、必ず次の“有事”に活かさなければなりません。先に井村さんが紹介したとおり、今回のプロジェクトはまさにPwCのパーパスを具現化したものだと言えるでしょう。
できれば起きてほしくはないのですが、同様のパンデミックは今後も発生する可能性があります。その際には今回のプロジェクトで得た経験をグローバルに発信していきたいと考えています。「大規模なロックダウンは難しいがパンデミックは抑制する。同時に自治体ではなるべく予算をかけず効率的にワクチンを接種できるソリューションを構築する」という取り組みを、ベストプラクティスの1つとして幅広く活用してもらえれば、こんなに嬉しいことはありません。
もう1つ今回心強かったのは、会社が全面的に支援してくれたことです。これまで経験したことのないような案件に対し、「行ってこい、やってこい」と人的リソースを割いてくれただけでなく、投資もしてもらいました。こうした会社の姿勢はとてもありがたかったですし、励みになりました。そうした環境があってこそ、私たちは新しい物語の続きを紡ぐことができると確信しています。