これからの病院経営を考える

第16回 看護業務へのテクノロジー活用の取り組み

  • 2024-02-22

導入に向けた考え方

まずは、テクノロジー投資の目的や目標を明確にすることが出発点となります。目的や目標が不明瞭なまま、テクノロジーの導入そのものが目的化してしまうと、期待した効果が得られず失敗に終わってしまうことが往々にして発生します。一方で、電子カルテの導入時など、既存業務の維持に拘泥し、導入するテクノロジーを過剰にカスタマイズ・個別最適化してしまうと、却って運用やメンテナンスの負荷、コストの高騰につながってしまいます。近年では、テクノロジーの導入を契機に複雑化した業務を見直し、全体最適を図る考え方も重要視されています。

テクノロジーの看護業務への導入を検討する際には、業務の見直しによる労働時間の短縮や、現場の負担軽減、医療の質の向上を狙うことが多いと考えられます。しかし、目的や目標によっては、テクノロジーを活用しなくとも、他の手段により解決できるかもしれないということは理解しておく必要があるでしょう。

なお、業務の見直しを全体像で捉えると以下の図表のように整理することが可能です。テクノロジーの活用は「業務のやり方を変える」ため、既存業務を自動化する、あるいはヒトではなくロボットに「シフトする、シェアする」といったように、課題解決の手段の1つとして位置付けることができます。

図表1 業務の見直しを検討する際の視点

どのようなテクノロジーが活用されているのか

では、医療機関の看護業務においては、どのようなテクノロジーが活用されているのでしょうか。PwCでは、ビジネスの将来にとって最も重要なテクノロジーをエッセンシャルエイトとして定義していますが、そのうち、看護業務に活用されていると考えられるテクノロジーとしてIoT(Internet of Things:モノのインターネット)、AI(Artificial intelligence:人工知能)、ロボティクス、それ以外のICT技術(Information and Communication Technology:情報通信技術)の4つが挙げられます。そこでこの区分を基本として、テクノロジー導入により得られる期待効果を整理してみます。なお、本調査においては、電子カルテのような基幹システムは除いています。

図表2 医療機関の看護業務に実装されているテクノロジーの事例

実装済みのテクノロジーを見てみると、ベッドサイド周りでのセンサーなどを活用したIoT関連の製品や、ロボットを活用した医療者の負担軽減効果を狙った製品が多いことが分かります。総じて、業務の効率化・負担軽減に資するテクノロジーが多く、浮いた時間をどのように活用するかもテクノロジー導入と合わせて検討が必要と言えるでしょう。

看護業務への実装が期待されるもの

それでは、これから実装が期待されるものにはどのようなテクノロジー活用事例があるのでしょうか。実証実験中など研究開発中のものも含め、調査日時点(2024年2月現在)においては、主に以下のような事例が見られます。

図表3 これから医療機関の看護業務への導入が期待されるテクノロジーの事例

これからの実装が期待されるテクノロジーを確認してみると、複数のテクノロジーを融合させたもの(IoT×AIなど)がますます増えていくことが分かります。この潮流は看護業務に限ったことではありません。個々のテクノロジーの融合により、これまで以上に強力なビジネスソリューションが次々に生まれています。また、医療機関の看護業務に既に実装されているテクノロジーは、比較的プロダクトアウトでの事例が多かったのに対して、これから実装が期待されるテクノロジーは、より看護業務の課題にフォーカスしているという特徴を有しており、マーケットインでの開発が進んでいると言えます。看護業務へのテクノロジー活用の流れは今後ますます浸透することが期待されるでしょう。

また、生成Alを活用した看護記録や退院時サマリなど、書類作成業務への活用に関する実証実験も進んでおり、生成AIの活用は看護業務だけでなく、院内全体の業務効率化の進展に寄与することも期待されます*1

国や自治体からの支援状況

ここ数年の一般的な病院の医業利益率は0%前後で推移*1しており、病院の収益性は決して高くありません。また、一般企業のように潤沢な予算を確保しているわけではないため、テクノロジーへの投資に対する制約が存在します。そのような中で、テクノロジーへの投資に対する国や自治体からの支援にはどのようなものがあるのでしょうか。

人材不足が顕著な介護領域においては、国の制度(ICT導入支援事業)で都道府県が実施主体となるICTへの補助金による支援の他*2、介護報酬において見守り機器を導入した場合の夜間職員配置加算の要件緩和が既に設定されており、2024年度改定では初めてテクノロジーの導入費用に関する実質的な補助と言える生産性向上推進体制加算が新設されるなど*3、テクノロジー投資への支援が進んでいます。

一方、病院の看護業務へのテクノロジー投資に対しては、その必要性や期待は強く言及されているものの*4、国からの支援にはまだ目立った動きはありません。都道府県単位においては、介護領域での負担軽減事例などを参考に病院の看護業務に関しても補助を検討する声や、実際に費用の一部補助を行う動き、病院と連携して実証実験のフィールドを企業に提供する動きなどが散見されるようになってきています*5,6

なお、海外に目を向けると、直近では米国看護協会(The American Nurses Foundation)が150万米ドルの助成金を拠出し、AI看護支援ロボットの実証実験を実施した事例があります。こういった業界全体としての支援も看護業務への新しいテクノロジーの浸透には有用と言えます*7

テクノロジーの導入に向けて

では、院内、特に看護業務にテクノロジーを導入するにあたっては、どのように考え、進めていけば良いのでしょうか。現場で議論を進めている中で、共通して見えてくる以下の3点について考察します。

1. 目的や目標を明確にする

冒頭で言及したように、目的や目標ベースで業務を見直し、そのためにテクノロジーをどのように活用するかを考えることが重要です。看護業務の効率化であれば、看護記録の記載内容を見直す、申し送り内容と時間を見直すなど、コストをかけずに実施できる取り組みは多く存在します。どのような課題に対してどのような方法で解決するのか、その対応策の1つがテクノロジーです。

2. 費用ではなく投資と捉える

現状では、医療機関における看護業務に対するテクノロジー投資への金銭的補助には期待することができません。一方で、物価の高騰や賃金上昇により、医療機関を取り巻く環境は年々厳しくなってきており、潤沢に人材を確保することは困難と言えます。また、地域によっては募集しても人が集まらず、既存職員の負担が高まり続けているような医療機関も多く存在します。このような状況だからこそ、テクノロジーの導入を「費用」ではなく「投資」というマインドを持って進めていくことが重要になると言えるでしょう。病院長や事務長への働きかけも重要になります。

3. 小さな成功体験を積む

医療機関では、実にさまざまな職種や年代の方が働いています。そのため、部門間調整、考え方の相違、世代間のITリテラシーギャップなどが存在する他、システム専門の担当者が配置されていない医療機関も多いことから、一気呵成に進めていくことが難しい場合がほとんどです。負担軽減や効率化、医療の質の向上といった実感を可視化しながら、テクノロジー活用による小さな成功体験を少しずつ組織に波及させていくことが、看護業務および院内全体でのテクノロジー導入に向けた近道になると考えられます。

テクノロジーの活用による効果は、業務効率化や負担軽減などだけではなく、看護師が本来求められる患者ケアに注力する時間を創出し、看護の質を向上させることにもつながります。また、看護師のモチベーションを高め、働きがいのある魅力ある職場環境を整えることにもつながり、良いサイクルを生むことも期待できます。

本稿が、医療機関における看護業務へのテクノロジー投資を検討する際の一助になれば幸いです。

参考情報:

*1:福祉医療機構「2022年度 病院の経営状況(速報値)について」
https://www.wam.go.jp/hp/wp-content/uploads/231030_No002.sokuhou.pdf

*2:厚生労働省「介護現場におけるICTの利用促進」
https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-ict.html

*3:厚生労働省「第239回社会保障審議会介護給付費分科会」【参考資料1】令和6年度介護報酬改定における改定事項について
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001195264.pdf

*4:厚生労働省「中央社会保険医療協議会 総会(第580回)」総会資料
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000212500_00241.html

*5:神奈川県「看護業務等アシスト機器導入支援事業費補助事業について」
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/t3u/robot.html

*6:愛知県「病院の課題を解決するサービスロボットの実証実験を実施します~2023年度サービスロボット社会実装推進事業~」
https://www.pref.aichi.jp/press-release/arx2023-handahospital.html

*7:Meet ‘Moxi’ – Robotic Hospital Helper to Give Nurses More Time to Do What They Do Best(2022年5月24日)
https://news.christianacare.org/2022/05/meet-moxi-robotic-hospital-helper-to-give-nurses-more-time-to-do-what-they-do-best/

執筆者

小田原 正和

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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展 天承

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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森田 純奈

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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調査協力

松村 美乃

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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野畑 万葉

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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