IFRSを開示で読み解く(第40回)業績指標分析①

2022-03-28

2022年3月28日
PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部

多くの企業が独自に定義した業績指標を開示しています。業績指標は経営者の財務業績に対する見解を示すものと言われていることなどから利用者にとって有用であると考えられる一方で、業績指標の算定方法や、業績指標からIFRSで一般に認められている小計への調整方法などがさまざまであるため、透明性や比較可能性に関する懸念が生じています。

IAS第1号「財務諸表の表示」(以下、IAS1)では、純損益及びその他の包括利益を表示する計算書(以下、損益計算書という)において企業の業績を示す業績指標の1つとして、当期利益(profit or loss)の表示を要求しています(IAS1.81A)。さらに、財務業績を理解する際に目的適合性がある場合には損益計算書において追加的な表示項目や小計の表示を要求しています(IAS1.85)。当該IFRS規定を踏まえ、多くの企業が営業利益を表示していますが、営業利益はIFRSで定義されていないため、企業によって算定方法が異なる場合があり、企業間での比較が困難となっています。

国際会計基準審議会(IASB)は2019年12月に公開草案「全般的な表示及び開示」(以下、公開草案)を公表しました。当公開草案に関するプロジェクトにおいて、損益計算書の小計や、経営者業績指標(Management Performance Measure: MPM)に関する議論が現在も続いています。

本稿では有価証券報告書に注目し、「経理の状況」の損益計算書と「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」(以下、MD&A)で用いられていた業績指標の分析結果を紹介します。次稿では有価証券報告書以外の開示資料(決算短信、中期経営計画、決算説明会資料、統合報告書)にも調査範囲を広げ、業績指標に関する分析結果を紹介します。

本稿の分析で、業績指標には多様性があり、損益計算書における段階損益以外の業績指標も使用しているケースが多くあるということが見えてきました。まずは公開草案および暫定決定事項の内容から見ていきましょう。

なお、本稿における基礎情報は掲載当時のものであり、意見にわたる部分は筆者の見解であることをあらかじめ申し添えます。

1. 公開草案の概要とIASBの暫定決定事項

公開草案の概要と2021年3月から2022年1月までにIASBで審議され、暫定決定に至った事項の内容を損益計算書の小計とMPMに絞って簡単にご紹介します(図表1)。

なお、現在は公開草案に対するフィードバックを踏まえた再審議を行っている段階であり、本稿の内容は今後のIASBの討議状況によって変更される可能性があることにご留意ください。

図表1: 主な公開草案とIASBの暫定決定事項の内容

図表1のように、公開草案で提案されているMPMは、IFRSで定められている合計または小計を含めないとされています。MPMはIFRSで定められている損益計算書の小計とは一致しませんが、MPMと損益計算書の小計の調整過程を示した調整表により他社との比較が可能になります。このことから、公開草案では調整表の開示が提案されました。なお、再審議では各調整項目に関連する各損益計算書科目の金額の開示を追加で求めることが暫定決定されています。

本稿では、上記のような議論の影響を受ける可能性がある、現時点で経営者が有価証券報告書で用いている損益関連の業績指標について読み解いていきます。

2. 損益計算書における業績指標

IFRSの損益計算書において各社がどのような表示を行っているのか分析していきます。

2021年8月時点の日経225銘柄のうち、その直近の有価証券報告書でIFRS連結財務諸表を公表している81社を対象とし、有価証券報告書の損益計算書における業績指標を調査しました(図表2)。

図表2: 損益計算書における業績指標

損益計算書に、売上収益、売上総利益、営業利益、税引前利益、当期利益を表示する企業が多いものの、売上総利益と営業利益を表示していないケースも少数ありました。また、これら以外の業績指標を表示している企業も少数ありました。売上総利益は、表中の71社全てにおいて売上収益から売上原価を控除するという同一の方法で算定されていました。売上総利益を表示していない企業に関しては、売上収益と売上原価が表示されているため売上総利益の算定が可能な企業もあるものの、売上総利益を段階損益としては表示していないため、売上収益と売上原価の差額は重視していないことがうかがえます。

営業利益も多くの企業が損益計算書で表示していますが、各社の算定方法が必ずしも同一ではありませんでした。算定項目の主な違いとして、持分法による投資損益が挙げられます。持分法による投資損益を営業利益に含めない企業が半数を超えていますが(62%)、営業利益に含めていた会社も一定数あり(28%)、持分法による投資損益を表示していない企業(10%)もありました(図表3)。営業利益については、次稿で他の開示資料も含めた分析も行います。

図表3: 営業利益に持分法による投資損益を含めるか否か

3. 有価証券報告書の「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」における業績指標

調査対象81社の有価証券報告書のMD&Aにおける記載においては、さまざまな業績指標が開示されています。このうち、経営者が有価証券報告書で用いる損益関連の業績指標(ただし、比率を用いた業績指標を除く)について開示状況を分析しました(図表4)。

図表4: MD&Aにおける業績指標

MD&Aでは売上収益(81社)や当期純利益(77社)を業績指標として用いる事例が最も多く、次いで、営業利益(59社)、税引前利益(57社)が多く用いられていました。また、この他にも調整後EBITDA(3社)、コア当期利益(2社)、EBIT(1社)などの指標をMD&Aで開示している企業がありました。図表4における業績指標の中でトップ4の売上収益、売上総利益、税引前利益、当期利益は、損益計算書の表示項目でもあります。他方、調整後営業利益やコア営業利益などは損益計算書には表示されないため、MD&Aなどで経営者がその指標を用いる理由やその算定方法を開示しています。

開示例1 MD&Aにおける業績指標開示
日本たばこ産業株式会社(2020年12月期)
第一部 第2【事業の状況】

図表5: 開示例1 MD&Aにおける業績指標開示

開示例2 MD&Aにおける業績指標開示
三井化学株式会社(2021年3月期)
第一部 第2【事業の状況】
3【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】

図表6: 開示例2 MD&Aにおける業績指標開示

開示例3 MD&Aにおける業績指標開示およびセグメント注記での調整表の開示
大日本住友製薬株式会社(2021年3月期)
第一部 第2【事業の状況】
3【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】

図表7:開示例3 MD&Aにおける業績指標開示およびセグメント注記での調整表の開示

(セグメント注記)

図表8: (セグメント注記)

損益計算書とMD&A以外では、財務諸表のセグメント注記などにおいて業績指標の算定方法を調整表とともに開示している企業が見られました。

まとめ

業績指標シリーズの第一弾として、本稿では、有価証券報告書のうち損益計算書とMD&Aでどのような業績指標が用いられているかについて紹介しました。

損益計算書では、多くの企業は売上総利益や営業利益を表示していました。営業利益の算定方法は必ずしも統一されておらず、持分法による投資損益を含むか含まないかなどの違いが見られました。また、MD&Aでは損益計算書でも表示される業績指標に加えて、調整後営業利益や調整後EBITDA、コア営業利益等を用いているケースもありました。

本稿で見てきたように、業績指標の名称、内容や算定方法の説明、開示場所(例:MD&A、損益計算書、セグメント注記)には多様性が見られますが、表示・開示の継続性が求められるため、IFRSを初度適用する企業にとって特に慎重に検討すべき事項であると考えられます。

次稿では、有価証券報告書以外の開示資料(決算短信、中期経営計画、決算説明会資料、統合報告書)も含む、より総合的な分析内容を紹介します。

※法人名、部署、内容などは掲載当時のものです。

執筆者

吉岡 小巻

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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飛田 朋子

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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柏木 啓甫

シニアアソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

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