有識者が語る「経済安全保障・地政学リスク」の考察と対応の道筋とは?

「経済安全保障・地政学リスクフォーラム2022」レポート

大国間の競争や対立の激化、地政学リスクのさらなる高まり、先端テクノロジーをめぐる覇権争いなどにより、事業環境を予見することの困難さは増している。そうしたなか、日本においても2022年5月に「経済安全保障推進法」が成立。これを受けて企業は、経済安全保障および地政学リスクへの対応に迫られている。この激変する世界情勢を踏まえ、PwC Japanグループは経済安全保障および地政学リスクに関する主要テーマについて、有識者を招いた「経済安全保障・地政学リスクフォーラム2022」を開催した。

※本稿は日経電子版に掲載された記事を転載したものです。
※役職などは掲載当時のものです。

オープニングセッション
トップランナーと語る経済安全保障

登壇者

三菱電機株式会社
常務執行役 CRO
(法務・コンプライアンス、リスクマネジメント、経済安全保障、輸出管理担当)
日下部 聡 氏

PwC Japanグループ代表
木村 浩一郎

PwCコンサルティング合同会社
経済安全保障・地政学リスク対策支援
チームリードパートナー
齋藤 篤史

ファシリテーター

キャスター
榎戸 教子 氏

経済安全保障、そして地政学リスクについて、なぜいま企業が考えるべきなのか。冷戦後のグローバリゼーションの進展によって国家間の経済相互依存が進む一方、米国が主導して築いてきた自由で開かれた国際秩序が弱体化し、米中間の覇権争いが激しさを増している。

こうした背景を踏まえつつ、PwCコンサルティングの齋藤篤史氏はそこで顕在化している軍事的な安全保障をはじめ通商政策、産業政策、金融政策、デジタル情報、人権、環境といった7つのテーマを挙げ、「企業経営の観点からも経済安全保障の問題を包括的に考えていかなければならない時代を迎えています」と、今回の「経済安全保障・地政学リスクフォーラム2022」の企画意図を示す。

経済安全保障や地政学リスクに対する企業からの問い合わせや支援要請は急増している状況にあり、PwC Japanグループ代表の木村浩一郎氏は「21年10月にPwCは日本においても経済安全保障・地政学リスク対策支援チームを立ち上げ、地政学リスクアドバイザリーやリスクコンサルティング、国際税務、輸出管理、サプライチェーンマネジメント、サイバーセキュリティーなどの専門家がスクラムを組み、クライアントの皆さまをサポートする体制を整えました」と語る。

先進企業はすでに取り組みを開始している。三菱電機は20年10月にいち早く経済安全保障統括室を新設。さらに22年1月には社長直轄組織としてリスクマネジメント統括室を新設するとともに、法務・コンプライアンス、リスクマネジメント、経済安全保障、輸出管理を管掌する役員としてCRO(最高リスク管理責任者)を置いた。

三菱電機株式会社 日下部 聡 氏

三菱電機株式会社
日下部 聡 氏

PwC Japanグループ代表 木村 浩一郎

PwC Japanグループ
木村 浩一郎

PwCコンサルティング合同会社 齋藤 篤史

PwCコンサルティング合同会社
齋藤 篤史

キャスター 榎戸 教子 氏

キャスター
榎戸 教子 氏

そのCROである日下部聡氏は「経済性だけでなくリスクの視点を組み込まないと、もはやマネジメントは成り立ちません。リスクをしっかり制御できなければ、予期せぬコストとして顕在化する可能性があるのです。ここで言うコストとは、単に製造原価が上昇するといった類(たぐい)のものではなく、自社のレピュテーションが低下する、ステークホルダーからの支持を失うといった、より大きな問題に発展しかねません。だからこそ、リスクを最小限に抑える必要があり、三菱電機は現在の体制を整えるに至りました」と語る。

ファシリテーターを務めたキャスターの榎戸教子氏も「日本は世界で最もコスト削減に長けた国ですが、今後はコストの考え方をリスクマネジメントの観点から定義し直すタイミングを迎えているようです」と三菱電機の取り組みに賛同する。

日下部氏は22年5月11日に成立した「経済安全保障推進法」にも歓迎の意向を示し、「経済安全保障の領域においても、政府が主導するルールづくりは必要不可欠です」と語るとともに、この新たなルールのもとで産学官の連携を進めていくことの重要性を説いた。

セッション1
半導体を通して考える地政学リスク

登壇者

日本経済新聞社
編集委員
太田 泰彦 氏

PwC Japan合同会社
地政学リスクアドバイザリーチームリーダー
ピヴェット 久美子

ファシリテーター

PwCコンサルティング合同会社
経済安全保障・地政学リスク対策支援
チームリードパートナー
齋藤 篤史

半導体は国家レベルの戦略物資・重要技術と位置づけられており、米国をはじめEUや中国も、保護主義的とも言える産業政策を打ち出している。そもそも、なぜ半導体は経済安全保障や地政学リスクにおける重要な鍵を握っているのだろうか。

半導体はデータを記憶する「メモリー」と、目的に合わせた処理を行う「ロジック」に大きく分けられる。日本経済新聞社の太田泰彦氏はこのうちのロジック半導体、なかでも最新兵器で使われる2~3ナノレベルの微細加工でつくられた最先端の半導体にフォーカスし、「この技術を生かせるかどうかが、その国の軍事力の要となっています」と語る。

では、そうした最先端のロジック半導体が西側のどこで製造されているかというと、台湾のTSMC社にほぼ全面的に依存しているのが実情だ。「すなわち半導体のサプライチェーンにおいて台湾がチョークポイント(戦略的要衝)となっています」と太田氏は強調する。

日本経済新聞社 太田 泰彦 氏

日本経済新聞社
太田 泰彦 氏

PwC Japan合同会社 ピヴェット 久美子

PwC Japan合同会社
ピヴェット 久美子

PwCコンサルティング合同会社 齋藤 篤史

PwCコンサルティング合同会社
齋藤 篤史

こうしたことからも「台湾有事」が経済安全保障や地政学上のリスクとして浮上してくるわけだ。ファシリテーターを務めたPwCコンサルティングの齋藤篤史氏は「台湾有事がいつ、どのタイミングで起こるのか、蓋然性を予測するのは困難です。しかしそうした中でも、例えばロシアによるウクライナへの軍事侵攻を1つのアナロジーとして、日本および日本企業がどのように戦略的に対応できるのか、リスクマネジメントのあるべき姿を平時から議論しておく必要があります」と問題を提起した。

これに対してPwC Japanのピヴェット久美子氏が示したのが「全社的な意識改革」、ならびに「平時と有事を想定したリスク管理体制の構築」を軸とした経済安全保障リスク・地政学リスクへの対応のあり方だ。まず前者に対してピヴェット氏は「地政学リスクに対しては全社的な対応が求められます。経営層から現場までを巻き込んで、このリスクが持つ重要性への理解を高めることが必須です」と語る。また後者に対しては、平時における社内インテリジェンスの機能強化やアナロジーを用いたリスク分析、全社リスク管理体制構築、そして有事における状況把握や過去の危機対応からの学びの抽出、戦略的な事業体制への変革を挙げつつ、「平時と有事は明確に分かれるものではなく、それぞれが相互作用するものであり、各プロセスを全社で継続的に回すことにより、リスクに強い価値を提供できる企業として、さらなる成長が望めます」と強調する。

一方で、「一番大事なのはスピードです」と説くのは太田氏だ。「有事の際、企業に求められるコンプライアンスも、企業のレピュテーション(評判)もどんどん変化していきます。その変化をいかに高い感度をもって察知し、反応し、行動を起こせるかどうかが経営者に問われるのです。迷っているうちに1日、1週間、1カ月とどんどん時間が過ぎていき、競争相手に出し抜かれてしまいます。もちろん日本国内だけでなく、米国、欧州、中国など世界中の企業が動き出します」と太田氏は語る。

いかなるリスク対応も最終的な決断を下すのは経営者であり、その迅速な意思決定こそが企業の命運を握ることになる。

セッション2
グローバル経営におけるデータガバナンス

登壇者

東海大学
情報通信学部長・教授
三角 育生 氏

牛島総合法律事務所
弁護士
影島 広泰 氏

ファシリテーター

PwCコンサルティング合同会社
パートナー
山本 直樹

グローバル経営においてデータガバナンスの重要性が叫ばれるなか、経済安全保障・地政学リスクの観点からは、国境を越えたデータ移転を制限するデータローカライゼーションというキーワードが浮上している。

ファシリテーターを務めたPwCコンサルティングの山本直樹氏は「データを囲い込むべく法規制を強化する国や地域がある一方、自国優先でデータを囲い込むのではなく、自由で開かれたデータフローを呼びかける動きもあります。こうした国際間の綱引きに、企業も巻き込まれている実態があります」と課題を提起した。

実際、どんな状況になっているのだろうか。牛島総合法律事務所の影島広泰氏は「まずデータの国外移転に対する規制としては、個人情報保護法を典型として日本をはじめ各国が強化を進めており、国際的なスタンダードになりつつあります。ただし昨今問題となっているのは、データの国内保存を義務づける狭義のデータローカライゼーションです。例えば中国でビジネスを行っている企業から、この規制に自分たちがどのように対応すればよいのか、弁護士に助言を求めるケースが増えています」と語る。

東海大学 三角 育生 氏

東海大学 情報通信学部長・教授
三角 育生 氏

牛島総合法律事務所 影島 広泰 氏

牛島総合法律事務所
影島 広泰 氏

PwCコンサルティング合同会社 山本 直樹

PwCコンサルティング合同会社
山本 直樹

なぜ狭義のデータローカライゼーションが問題なのかというと、データの流通を妨げ、イノベーションの阻害要因となってしまうからだ。東海大学の三角育生氏は「例えば機械学習を行う上でも大量のデータが必要とされ、各国の政府や企業は競い合いながらも、一方では協力し合ってイノベーションを起こしていくのが望ましい姿です。過剰なデータローカライゼーションは世の中の発展にとって逆効果となるため、あまり恣意的にならず、できるだけ自由にデータを流通させる体制をつくるための議論が求められます」と説く。

22年1月1日に発効した地域的な包括的経済連携(RCEP)協定においても、「自由なデータの越境流通」や「データローカライゼーション要求の禁止」が合意され、締約国の間では三角氏の語るような、あるべき姿に近づいていく流れにあるように見える。

しかし、現実は甘くないようだ。「実際の運用実態を見てみると、RCEP協定よりも各国の法規制が優先される傾向が浮かび上がってきます」と山本氏は語る。

さらに本セッションでは、ガバメントアクセスやサイバーセキュリティーにおけるステートスポンサード攻撃(国家の支援を受けた、あるいは国家に雇用された組織によるサイバー攻撃)といった問題にも議論が進んでいったが、自由主義陣営と権威主義的な国家、あるいは新興国との間の壁を埋めることは容易ではない。ただし一方で、影島氏は「法律による規制はあくまでも制約であり、その条件をクリアしたり回避したり、手段は必ずあります」とも語っている。

経済安全保障・地政学リスクの観点からも、データガバナンスは重大な問題となっているだけに、国際間で最適な解決策を見いだしていくためのビジネスの仕組みづくりが急がれる。

セッション3
今後サプライチェーンで考慮すべき重要な観点
~輸出入規制・関税、ビジネスと人権~

登壇者

慶應義塾大学 名誉教授
中央大学 総合政策学部 教授
庄司 克宏 氏

PricewaterhouseCoopers WMS Pte. Ltd.
芦野 大

PwC弁護士法人
日比 慎

ファシリテーター

PwCコンサルティング合同会社
パートナー
田中 大海

慶應義塾大学 庄司 克宏 氏

慶應義塾大学 名誉教授
中央大学 総合政策学部 教授
庄司 克宏 氏

PricewaterhouseCoopers WMS Pte. Ltd. 芦野 大 氏

PricewaterhouseCoopers WMS Pte. Ltd.
芦野 大

サプライチェーンを取り巻く環境はこれまで以上に大きく変化している。従来も各国の情勢や環境意識、法制度、行政による指導・指令などの影響を受け、情報管理や組織的統制が重視されてきたが、グローバル化が進む一方で、サステナビリティー(持続可能性)や地政学などの新たな観点からの対応が求められているのだ。

ファシリテーターを務めたPwCコンサルティングの田中大海氏は「関税・輸出規制への対応、人権に関わる規制への対応、そしてこの2つを踏まえた企業としての状況把握・管理体制の強化が重要度を増しています」と問題を提起した。

まず関税・輸出規制について、PricewaterhouseCoopers WMS Pte. Ltd.の芦野大氏は「昨今の経済安全保障への取り組みや国家・地域間での緊張の高まりが、輸出入時における新たな規制や制約として顕在化しています」と語る。例えば人権侵害をめぐる法規制の強化、対中包囲網、ハイテク覇権争い、サステナビリティー/気候変動問題、さらにウクライナ情勢といった地政学上の新たな論点や課題が、各国の輸出入における規制強化、関税コストの増大などにつながっている。芦野氏はこの代表例として、米国における新疆ウイグル自治区で製造加工された製品の差し止め、EUにおけるバッテリー規制の改正などを挙げる。

次にPwC弁護士法人の日比慎氏が、ビジネスと人権に関する近時の潮流を解説。「企業およびそのステークホルダーの人権に対する関心や意識が高まっています。11年に国連人権理事会で採択をされた『ビジネスと人権に関する指導原則』の公表、OECDによる多国籍企業行動指針の改定など、企業における人権尊重の責任が明示的に求められたことを皮切りに、企業活動が人権に与える影響に焦点が当てられています」と語る。

そして慶應義塾大学 名誉教授の庄司克宏氏が、EUにおける企業持続可能性(人権・環境)デューデリジェンス(CSDD)指令案について解説。「EUコミッションにおいて指令案が公開されたのは22年2月ですが、法令の制定にかかる期間は平均して1年半から2年半と言われています。したがって、CSDD指令が成立するのは23年後半から24年後半と見られます。その後、2年間の国内実施期間が定められているため、実際に適用が始まるのは25年前後となります。なお、CSDD指令の適用地域ですが、EU27カ国は当然として、単一市場に参加しているノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインにも同様の規制が及ぶという認識が必要です」と見通しを示すとともに、「CSDD指令は法的拘束力を持ち、域外効果をもたらすため、日本企業も今から準備を始める必要があります」と強調する。

このCSDD指令には日比氏も強い関心を示しており、「日本企業がこの指令にもとづくEU加盟国法に違反した場合、民事責任を問われて損害賠償を求められるなど、サプライチェーンにも大きな影響を及ぼすことになります」と語る。

では、企業は具体的にどんな備えをすればよいのだろうか。庄司氏は「CSDD指令は基本的に国連の人権指導原則やOECDの指針に則っているため、その基本さえしっかり押さえておけば大きく道を外れることはないと考えています。CSDD指令の適用が始まって域外効果を及ぼす前の今のうちに、人権指導原則やOECD基準に100%対応した企業になることを目指し、人権や環境のデューデリジェンスの活動を行っていく“慣らし運転”を始めることが重要です」と説く。

さらに、関税・輸出規制の観点から芦野氏も「輸入国側の規制に対して受け身になるのではなく、劇的に変化しているさまざまな規制を日本側からもプロアクティブな姿勢で積極的に捉え、ビジネスにどのような影響が及ぶのかを評価しつつ、意思決定を行っていく必要があります」と語り、経営層やビジネス現場のマインドチェンジを促した。

PwC弁護士法人 日比 慎

PwC弁護士法人
日比 慎

PwCコンサルティング合同会社 田中 大海

PwCコンサルティング合同会社
田中 大海

セッション4
技術覇権競争とイノベーション

登壇者

キヤノン株式会社
専務執行役員
知的財産法務本部長/経済安全保障統括室長
長澤 健一 氏

金沢工業大学大学院
イノベーションマネジメント研究科 教授
杉光 一成 氏

ファシリテーター

PwCコンサルティング合同会社
パートナー
三治 信一朗

キヤノン株式会社 長澤 健一 氏

キヤノン株式会社
長澤 健一 氏

金沢工業大学大学院 杉光 一成 氏

金沢工業大学大学院
杉光 一成 氏

米中の対立構造の変化は、いまや技術覇権競争へと発展している。ファシリテーターを務めたPwCコンサルティングの三治信一朗氏は「近年、中国は科学技術分野において飛躍的な成長を見せており、とくにイノベーション創出における国際的地位の高まりは、研究開発投資額、研究者数、論文件数のいずれにおいても定量的な数値として顕著になっています」と状況を示し、「日米中の3極で見た場合、中国は追い上げというよりも、すでに追い抜き(引き離し)の段階に入っています」と問題を提起した。

なかでも三治氏が強い懸念を示すのが、特許非公開に関する国家間の取り扱いの格差だ。米中をはじめとする諸外国では、重要な科学技術の防衛対策として機微な発明の特許出願を非公開とし、海外流出を未然に防ぐための制度が存在している。これに対して、日本の取り組みは大きく遅れているのが実情だ。

だが、そんな日本においても、ようやく特許非公開に向けた議論が始まった。「これまで特許の防衛制度自体が存在しなかった日本ですが、『新制度の是非およびその枠組み』『対象となる発明』『選定プロセスと手続き』『外国出願制限のあり方/補償』といった観点から、特許非公開に向けた検討が進められています」と三治氏は語る。

そもそも先進諸国の中で、なぜ日本だけが機微な発明、とくに軍事関連技術の流出を防止する仕組みがなかったのだろうか。金沢工業大学大学院の杉光一成氏は「14年に国家安全保障局ができたのですが、逆に言うと、それまで日本には安全保障を所管する官庁が存在しませんでした。また戦争など安全保障上の問題が起こった際に、その被害者は誰かというと国民全体となり、具体的な利害関係者が見えづらい不明確さもあって、なかなか議論が進みませんでした」とその背景を語る。加えて特許非公開は、これまで「秘密特許」と表現されてきたことも大きなネックとなっていた。この言葉に拒否反応を示す政党やメディアからの強い抵抗を受け、建設的な議論が進まなかったのである。

そうした観点から、杉光氏は政府が現在進めている特許非公開の議論に賛成の意を示している。ただし一方で「第一国出願義務をなぜ全出願ではなく一部の出願に限定してしまったのか、この点については、安全保障の問題というのはそもそも一度漏れてしまうと取り返しのつかない問題であるため、やや疑問が残ります」とも語っている。そして経済安全保障を日本の成長戦略につなげていくため、杉光氏は日本版DARPA(国防高等研究開発局)の設置を提言するとともに、防衛技術研究の集中化や防衛関連製品の輸出拡大を図っていくといったアイデアを示す。

キヤノンの長澤健一氏も、ロシアによるウクライナへの軍事進攻以降、自由主義陣営と強権統治国との間の溝が決定的に深まったことに強い懸念を示しつつ、「民間企業としても国連やG20が以前のように機能しなくなったことを念頭に置いた上で、次の10年を考えなければならない時代になりました」と語る。

問題はそうしたなかで、軍事にも関連する機微技術をどう扱っていくかだ。「軍事利用可能な特許をすべて非公開にせよと言われると、産業上も安保上も問題があります」と長澤氏は胸の内を明かす。例えば監視カメラなどで使われるセンサー1つを取り上げても、軍事用だけでなく民生用でも使われるケースがよくある。「そうした入手可能なデュアルユース(軍民両用)のセンサーを他国に解析された場合、その構造が分析されて、日本以外の国で特許出願され、その国から逆に差し止め請求を起こされる危険性があるのです」と長澤氏は語る。

民間企業のビジネスを守りつつ、日本の国益をいかに高めていくのか。経済安全保障の観点からのさらなる議論の深化とイノベーション政策のかじ取りが求められる。

PwCコンサルティング合同会社 三治 信一朗

PwCコンサルティング合同会社
三治 信一朗

セッション5
経済安全保障が迫る新たなリスクマネジメントの在り方

登壇者

富士通株式会社
執行役員
SEVP CRMO(兼)政策渉外、経済安全保障担当
髙橋 泰三 氏

PwCコンサルティング合同会社
経済安全保障・地政学リスク対策支援チーム
リードパートナー
齋藤 篤史

ファシリテーター

PwC Japanグループ
グループマネージングパートナー
鹿島 章

近年の経済安全保障・地政学リスクは、伝統的な安全保障分野にとどまらず、通商政策、産業政策、金融政策、さらにはデジタル・情報、人権、環境といった非安全保障領域まで拡大している。PwCコンサルティングの齋藤篤史氏は「単に領域が広がっているだけでなく、これらの分野は複合的かつ動的に関連し合って変化しているだけに、非常に将来が読みづらい状況となっています」と語る。

そうしたなか、日本においても22年5月11日に「経済安全保障推進法」が成立。企業におけるリスクマネジメントへの関心も高まっている。ただし齋藤氏が述べたように、企業の中長期的な戦略リスクはますます多様化し、事業環境の予見可能性が低下しているだけに、取り組みは容易ではない。「全社的なリスクマネジメント(ERM)の高度化を通じて、アジリティー(俊敏さ)とレジリエンス(しなやかさ)を組織横断的に高めることが、いまの企業に求められています」と齋藤氏は説く。

富士通株式会社 髙橋 泰三 氏

富士通株式会社
髙橋 泰三 氏

PwCコンサルティング合同会社 齋藤 篤史

PwCコンサルティング合同会社
齋藤 篤史

PwC Japanグループ 鹿島 章

PwC Japanグループ
鹿島 章

こうしたリスクマネジメントについて、富士通も問題意識を高めている。同社の髙橋泰三 氏は「私たちのビジネスの中心であるデジタルテクノロジーは、経済安全保障上のエマージングテクノロジーと呼ばれる将来実用化が期待される先端技術と重なる部分が非常に多く、言い換えれば、富士通はまさに経済安全保障の主戦場で競っていかなければなりません。その意味でリスクマネジメントは経営の根幹にあり、全社的な取り組みを進めていこうとしています」と語る。

こうした背景から、富士通がグローバルに展開するグループ全体の経済安全保障に関するヘッドクォーター組織として、21年12月に設置したのが「経済安全保障室」である。

この経済安全保障室が中心となり担う役割として、髙橋氏は次の3点を挙げる。まずは経済安全保障対応の強化。社内関係部門に横串を通し、全社として取るべき対応方針を策定するとともに、運用状況を定期的に把握する。2つめが、社内外動向の一元化。経済安全保障の関連情報(国際情勢、政策、法制度の動向など)を分析し、社内関係部門へタイムリーに周知するとともに、影響の評価や対応状況などを常にアップデートする。そして3つめが、リスク発生の予防。社内関係部門における運用上の問題点や不明点に対して助言を行い、必要に応じて社外関係機関との調整や折衝を図る。

ファシリテーターを務めたPwC Japanグループの鹿島章氏は「経済安全保障を取り巻く情勢が急速に変化している中で、経済安全保障室はどのようなインテリジェンスを駆使して、情報をアップデートしているのでしょうか?」と質問を投げかけた。これに対して髙橋氏が返したのが「富士通が約180カ国に展開する海外拠点から得られる情報もありますが、自力で集められるものには限界があります。そこでPwCをはじめとするコンサルティングファームと連携するほか、各国政府とも積極的にコミュニケーションを取ることを心がけています」という答えだ。

経済安全保障室の活動は緒に就いたばかりで、「あらゆることを模索し続けている日々」(髙橋氏)とのことだが、こうした富士通の取り組みは、今後リスクマネジメントの体制強化に向かう多くの企業にとって、大いに参考となる貴重なケースではないだろうか。

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