日系企業における「攻め」の税務ガバナンス

高島 淳

PwC 税理士法人 国際税務サービスグループ パートナー

高島 淳

PwC 英国 ロンドン事務所、PwCタイ バンコク事務所において日系企業の海外進出、買収、統合、地域統括会社の設立等を支援し、現在、日系企業の税務ガバナンス構築を支援する専門チームを組成。専門は、日系企業による海外買収に伴う税務ガバナンス構築支援、グループ税務ガバナンス評価など。

「攻め」の税務ガバナンスは、税務コンプライアンスの確保といった「守り」の税務ガバナンスを前提に、税務が事業戦略・計画と連携を高めその最適化を図ることによって、企業価値の創出に貢献するための仕組みである。資本効率を重視するROE(株主資本利益率)経営において税務を考慮することは不可欠な要素であり、ROE経営を進める日系企業において「攻め」の税務ガバナンスの重要性は高まっていくものと考える。ここでは、「攻め」の税務ガバナンスの内容およびその整備上のポイントについて概括的に解説する。

「攻め」の税務ガバナンスとは

税務ガバナンスは、企業価値の向上という企業の最終目的の達成に影響する税務面からのさまざまな課題に対して、グループ全体にわたり統一的・整合的に対応するための基盤となる仕組みである。実際、税務はコンプライアンス、キャッシュ・フロー、ブランド・レピュテーション、財務・非財務情報の開示、CSR(企業の社会的責任)やESG(環境・社会・ガバナンス)など、企業価値の向上に欠かすことのできない基本的なテーマに幅広く影響する。

この中で「守り」の税務ガバナンスは、適切な税務申告・納税や税務調査での追加納税の最小化など税務コンプライアンスの確保を中心とした仕組みで、企業価値の維持や毀損の防止を主な目的としている。これに対して「攻め」の税務ガバナンスは、決して積極的な節税を行うものではなく、税務を事業戦略・計画に欠かせない重要な要素としてその連携を強化し、リスクやコストの視点から税務の最適化を図る仕組みで、企業価値の創出を図っていくことを主な目的としている。

「守り」の税務ガバナンスは依然として重要であり、BEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトによる国際課税の強化などを理由にその重要性は増加している。「守り」の税務ガバナンスを前提条件として「攻め」の税務ガバナンスへの取り組みを進めていくことで、税務が真に企業価値の向上に貢献することができる重要な機能を果たすことになる。

「攻め」の税務ガバナンスの重要性

多くの日系企業では、税は確定した利益に対して事後的に課されるものという意識が強い。このため経営指標についても営業利益といった税引前の利益を重視しており、税務リスクや税務コストの問題を事業戦略・計画の一部に位置付ける日系企業は少ないのが実情である。近年、資本効率を重視する経営が求められる中、ROEを経営指標の一つに設定し、いわゆるROE経営を掲げた日系企業が増えている。ROEではリターンとして税引後利益が用いられるため、税をコストして認識することになる。従って、税務が事業戦略・計画と切り離され営業利益など税引前の利益のみを重視し、税務に対する考慮を欠いたROE経営は本来的には十分ではないといえる。実際、M&A、サプライチェーン構築、組織再編、R&DおよびIP(無形資産)戦略などでは事前の税務検討の有無が財務上やキャッシュ・フローに大きな影響を及ぼすことが多い。日系企業が真のROE経営を実践していくには、税をコストとして認識する税引後利益を重視することが必要となり、税務について事業戦略・計画との連携を高めその最適化を図る「攻め」の税務ガバナンスの重要性が高まっていくものと考えられる。

「攻め」の税務ガバナンスは、結果として「守り」の税務ガバナンスのみの場合と比べて税務リスクの管理が大幅に強化されることになる。事業戦略・計画が税務の視点から検討されないまま策定され実行される場合、予期せぬ税務リスクを抱え、想定外の課税を受けたり余分な税金を支払ったりする事態が生じることが懸念される。事業戦略・計画に税務の視点を事前に織り込む仕組みである「攻め」の税務ガバナンスは、こうした事態の防止に非常に有効に働く。

「攻め」の税務ガバナンスにおける税務部門の役割と整備上のポイント

「攻め」の税務ガバナンスを整備するためには、事業戦略・計画に税務の視点を適切に織り込むことが重要であり、そのためには税務部門が事業戦略・計画の検討や策定の段階から関与し、その意思決定に貢献する仕組みが必要になる。ここで、税務部門の関与は事業部門が策定する事業戦略・計画を税務の視点から検討するという受身的なものだけでなく、税務部門が戦略的な提案を行い事業戦略・計画との連携を図っていくことも想定されるのである。

こうした「攻め」の税務ガバナンスを整備する上で留意を要すべき主要なポイントを以下に簡単に説明する。

(1)経営陣の理解とリーダーシップ

第一に、経営陣は税務が事業に密接に関連し事業戦略・計画の遂行に欠かせない要素であることを理解し、その理解をグループ全体に共有することが重要になる。これに対応するには、経営陣によるリーダーシップが不可欠となる。

(2)事業部門の評価指標(KPI)

次に、事業部門の評価指標となるKPIに税務の視点を織り込むことが必要である。先述のとおり現状では経営指標として営業利益といった税引前の利益を重視する日系企業が多いが、税引後の利益を経営指標とすることで、事業部門において税金をコストとして認識しその最適化を図るため、事業戦略・計画に税務の視点を事前に織り込むことへの意識を高めることができる。

(3)ルール化・規程化

税務部門が事業戦略・計画の検討や策定の段階から関与し、事前に税務の視点から検討を行う役割を担うことをグループ税務管理の一部としてルール化・規程化することは非常に有用である。

(4)戦略部門としての税務部門

税務部門が事業戦略・計画の検討や策定に事前に関与するには組織上、事業部門との対等なコミュニケーションが可能な発言力と権限を有する戦略部門として位置付けられる必要があり、例えば、税務部門を経理・財務部の下層組織ではなくCFOの直轄組織として組織上の地位を高め必要な権限や役割を付与することが考えられる。また、事業戦略・計画との連携を図るために不可欠な税務部門の機能の高度化も必要となる。

(5)情報収集・管理システムの整備

「守り」に限らず「攻め」の税務ガバナンスでも、その基盤としてグループの税務に関する情報を収集・管理し、また、ナレッジの蓄積が可能となる情報収集・管理システムの導入は有用である。

「攻め」の税務ガバナンスの効用

「守り」と「攻め」の税務ガバナンスを整備し、その仕組みに基づきグループ全体にわたり税務を適切に管理することで企業価値の向上へ貢献を果たすことは、現在、世界的に関心が高まっているESG投資の観点からも大きな意味を持つ。

日系企業において将来の税務部門の在り方や税務機能の高度化の方向性を検討する上で、「攻め」の税務ガバナンスが有効な視座となれば幸いである。