見えない“稼ぐ力”をデータ分析であぶりだす DXを支える人的資本、社会・関係資本とデータ分析

はじめに

企業において、デジタルトランスフォーメーション(以下、「DX」。)を推進するための課題は何でしょうか。2017年に公表したPwCの「Digital IQサーベイ」では、統合されていない新旧のテクノロジーやデータというハードの問題に加えて、DXを支える人財・人的資本やオープンイノベーションの起点とも言うべき社会・関係資本といったソフト面の課題にも言及されています(図表)。

調査から数年が経ちました。2020年を見据える今、こうした挑戦課題は、もはや「論じるべき課題」ではなく、すぐに行動・解決すべき課題の一つとなっています。

そこで、本稿では、持続的に“稼ぐ力”を磨き上げるために、DXを実現する上で不可欠な見えない経営資本である、人的資本と、その効果を最大化するための社会・関係資本に絞って、今すぐにデータ分析で具体的に何ができるかについて、考え方と実務例をご紹介します。

なお、文中の意見に係る部分は筆者たちの私見であり、PwCあらた有限責任監査法人または所属部門の正式見解ではないことを、あらかじめご理解いただきたくお願いします。

1 DXを支える人的資本を可視化する

(1)「仕事ぶり」と「満足度」とを合わせて見える化する

【考え方】

国を挙げての「働き方改革」や「健康経営」、その手段としてのリモートワークなどが進行・定着する中で、企業経営の現場においては、残業の仕方や休暇の取得方法が劇的に変わりつつあります。こうした中で、社員の物理的な仕事ぶりと、心理的な仕事に対する満足度とを認識・把握することは、経営者にとって大切な役割の一つとなっています。

一般的に、「働き方改革」の実現方法や手段は、事業内容や業務内容、ビジネスモデルなどによって大きく異なります。このため、社員の物理的・時間的な勤務実態を部門ごとに把握した上で、全社員意識調査などをもとにした社員の心理状態を、総合的に分析することが重要になります。一般的に、全社員意識調査は個人が特定されない形で調査・分析されることが多くありますが、世代・部門などの切り口でデータを集約し、勤務実態データと比較・統合して考えると、全体像を俯瞰することができるようになります。

【実務の例示】

「働き方改革」や「健康経営」の実現手段として実務で注目される残業時間や有給休暇の取得日数などは、社員の満足度向上に本当につながっているのでしょうか。

図1に、PwCが開発・提供しているデータ分析プラットフォームである、FPA(Financial Processes Analyser)の画面を示します。この分析では、どのような年代や部署が残業を行っているかを特定し、過重労働の従業員を早いタイミングで察知する、もしくは労働時間の少ない従業員にワークシェアを行うことへの洞察(インサイト)につなげることが可能になります。また、図2として、同ツールを使って年次の有給休暇の取得状況を従業員ごとにプロファイルし、その傾向を確認する画面を例示します。これらの分析を通じて、例えば、どの年代や役職・部門で有給休暇や傷病休暇を取得する人財が多いか、過去や現在の情報を分析したり、将来の予測分析をしたりすることも可能になってきています。こうした勤務実態の分析を、全社員意識調査と併せて分析することで、社員の「仕事ぶり」と「満足度」とを併せて見える化することができるようになります。

(2)デジタル上の社内の「キーパーソン」と社内の「インフルエンサー」を見える化する

【考え方】

DXを進める上で、デジタルネイティブとも言えるミレニアル世代を巻き込むこと、そして、ミレニアル世代ではないもののDXに興味・関心が高いメンバーを的確に識別し、チームアップしていくことは、重要な成功要素の一つです。DXを成功させるためには、DXに関する社内のキーパーソンとインフルエンサーを的確に見極め、応援し、増やしていくための活動が大切になります。これは、従業員レベルのみならず、役員レベルにおいても同様のことが言えるでしょう。次世代経営者、次世代リーダーを選ぶ上で、DXについて高い素養有する人財を今からどの程度、質・量ともにいかに増やしていけるかは、企業の将来の命運を左右するといっても過言ではありません。

【実務の例示】

では、実務上はDXに関するキーパーソンとインフルエンサーはどのように見つけられるのでしょうか。

従来であれば、理系出身でデジタルの専門性が高く、社内外のデジタル・スキルアップ関連研修の受講履歴や、その受講後に実施される能力テストにおいて優秀な成績を修めた人財という見方があったかと思います。もちろん、そうした手法も有益な手段の一つです。

一方で、デジタル時代ならではの考え方・指標として、社内外のソーシャル・ネットワーキング・サービス(以下、「SNS」。)の活用状況やその内容、フォロー数やフォロワー数といった指標があります。誰のどのような情報発信をフォローするか、誰が誰をフォローしコミュニケーションしているのかという同時性と自発性、双方向性は、今までの手法だけでは識別しにくかった視点の一つです。

特に、社内SNSにおいては、世代を超えて若手の中からデジタル・タレントを発掘している上司は誰か、は全ての社員に分かります。フィジカルな世界にある組織や部門の壁を越えて、デジタルの世界では部門や専門・世代を超えた人財交流がリアルタイムで進んでいきます。英語を使う、ないしは、翻訳アプリケーションを駆使すれば、国境をもたやすく超えることが可能です。フィジカルな世界のサイロを打ち破り、全世界からDXに対する情熱とスキルとを併せ持った社員をたくさん発掘できるかどうかは、企業の将来の命運を左右する一つの要素となっています。

DXに対する情熱とスキルとを併せ持つ社員を発掘する方法は、SNSだけではありません。誰がどのようなコンテンツを生みだし、それが支持・利用されているのか、という視点から、組織におけるナレッジマネジメントのやり方や貢献度合いを見える化することも有効な手段の一つです。

2 DXを支える社会・関係資本を可視化する

(1)「社外から見た社内のキーパーソン」と「社外に対するインフルエンサー」を見える化する

【考え方】

DXを進める上で、社外との連携や提携、オープンイノベーションは、重要な成功のカギの一つです。「社内の誰が」「社外の誰と」どのようにつながっているのかを、共有し、見える化できているかが、素晴らしいアイデアが実現できるのか、はたまた、夢だけで終わるのかの分水嶺となることがあります。

また、デジタル時代の特徴の一つに、企業ブランドや企業価値が、特定の個人にひも付きやすくなったことがありますが、こうした視点も重要です。企業価値を支える具体的な人財は誰なのか、換言すれば、自社の「コーポレートブランド」を支える「パーソナルブランド」は誰なのかを経営者が把握・理解しておくことは、人財マネジメント、人財リテンションに大きな影響を与えるものと考えられます。

【実務の例示】

「社外から見た社内のキーパーソン」と「社外に対するインフルエンサー」を見える化するためには、自社の社員の人的ネットワークを、社外の目線に立って理解することが有効です。上述のSNSや名刺交換アプリケーションなどでは、自社の誰が誰と知り合い、つながっているのかを把握することができます。名刺交換アプリケーションが登場するまでは、社員別の名刺印刷枚数くらいしか、各社員が有する社外の人的ネットワークの大きさを把握することはできませんでした。しかし、今は、誰が誰とつながり、どのように認知されているのかを知るデジタルツールが増えています。

また、自社の経営幹部や社員が何を発信しているのか(伝えているか)だけではなく、自社の経営幹部や社員の発信がどのように受け止められているのか(伝わっているか)を把握することも有意義です。ステークホルダーコミュニケーションを、デジタルツールやデータを活用して棚卸した上で、社外から見た自社のキーパーソン、社外に対するインフルエンサーを見極めることが有効です。

(2)社外との「フィジカル」なコミュニケーションを見える化する

【考え方】

DXを進める際に、デジタルのみならず、フィジカルなコミュニケーションを再発見することも忘れてはなりません。例えば、技術者・研究者であれば、大学や各種の研究所などとの共同研究や学会発表などがあるかもしれませんし、営業担当者であれば、各種の展示会や新製品・ソリューションの発表会での講演やプレゼンテーションがあるかもしれません。また、管理部門の社員であれば、業界団体はもとより、それぞれの職能・機能の団体やコミュニティがあると思います。こうしたフィジカルでリアルなコミュニケーションやつながりを社内で共有することも大切です。

【実務の例示】

自社が加盟している団体やコミュニティを棚卸し、社員と共有することが実務上の第一歩です。自社が出展している展示会や、自社が参加・後援している組織・学会・コミュニティ等を、一覧化するとともに、誰がその窓口となっていて、どのような示唆がそこから得られるのかを簡潔に整理・共有します。実務上は、この作業は、各種の経費申請・承認の記録を整理・分析することで、可視化することができます。経費伝票などの摘要に記載されたデータに対するテキストマイニングなども有効です。

また、社外のイベントや集会における講演や、機関紙や論文などの執筆に関する情報、メディアからの取材依頼やその取り上げられ方などを、できるだけコンパクトに共有することも有意義なアプローチです。実務上は、この作業は、インターネット上の情報をデジタルツールでクロールすることである程度可視化することができます。

こうした社外との「フィジカル」なコミュニケーションの積み重ねは、社内のデジタルネイティブに「フィジカル」な今を伝え、新しい仲間を巻き込み、オープンイノベーションの推進力を高める一つとなるものと期待されます。

3 おわりに

フィジカルとデジタルの統合、リアルとサイバーの融合を可能とするDXを加速するためには、デジタルを「語る」だけではなく、デジタルを「使う」という行動が大切だと考えます。DXの旅は、地球規模で既に大きなうねりを起こし始めているロングジャーニーです。日々、その旅で遭遇する景色やコミュニティ、人々は大きく変わりつつあります。この変化をいかに味方に付けるかが、企業はもとより国家にも問われています。

私たちも、多くの皆さまと、フィジカルな世界で、一緒に知恵を絞って汗をかかせていただきつつ、デジタルの世界でもつながり意見交換をさせていただき、自分たちの仕事のDXを加速したいと思います。また、皆さまと一緒に新しいビジネスモデルを創る支援をさせていただくとともに、そこに必要とされる「信頼」=「トラスト」を追求してまいりたいと思います。


執筆者

久禮 由敬

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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浅水 賢祐

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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