消費財・小売・流通セクター対談 第8回:日清食品ホールディングスのCIO 喜多羅 滋夫 氏に訊く(後編)「どこでも通用する“真のプロフェッショナル”のつくり方」

2019-09-24

2019年3月期決算では、過去最高の売上高を更新した日清食品ホールディングス。国内外ともに絶好調のベースを支えているのが、約6年前から本格的に始まった基幹業務システムの大刷新にある。グローバルで戦う基盤づくりの旗振り役として白羽の矢が立ったのが、喜多羅 滋夫 氏。「武闘派CIO」として知られる喜多羅 氏が、“外様”としていかに大鉈を振るったのか、また、システム部門として社内にいかに貢献すべきかを聞いた。

(左から)小山 徹、喜多羅 滋夫氏

対談者

喜多羅 滋夫

日清食品ホールディングス株式会社 執行役員 CIO グループ情報責任者(写真右)

1965年大阪府出身。89年、プロクター・アンド・ギャンブル・ファーイースト(P&G)に入社。システムアナリストとして市場調査や営業支援に関連するシステム開発・運用プロジェクトに従事。インドネシア法人のITマネジャーを務める。2002年、フィリップモリスジャパンに入社。システム部門を統括。13年より現職。

小山 徹

PwC Japanグループ 流通セクター統括(写真左)
PwC Japan合同会社 パートナー

グローバルIT企業、事業会社を経て、旧プライスウォーターハウスへ入社。16年にわたり主にヘルスケア、流通業界を担当し、業務改善/改革からシステム導入/グローバル展開、企業統合などの戦略案件を含む数多くのプロジェクトに従事。その後、大手流通会社役員兼システム子会社代表取締役、IT部門長を経て2017年よりPwC Japanグループの流通セクター統括に着任。

システム部門はもっと業務を理解する視点を

小山 KPI(重要業績評価指標)が重視される中、経営から末端までつなげてデザインしようとした時に、そのコアにあるのはシステムです。しかし、システム側の人がビジネス側に行けることが少ないですよね。システムがわかる人を同質化された組織の中でどう引き上げていくか、育成も含めてどうサポートするか。喜多羅さんのチームのメンバーは、元々いた社員の方だったんですか?

喜多羅 プロパー社員の方もおられますが、新たに採用した方々が組織の約半数を占めています。最初の段階で全体の組織アーキテクチャを考えた時に、まず部門として必要なスキルを定義し、それからどのような人材がチーム内に足りないかを明確にしました。一番最初に採用したのは、アーキテクチャを語れる人でした。つまり、テクノロジーマネージャーです。IT全体の設計や採用したテクノロジーを、どのように標準化して展開していくかといった視点を持った人。そういう人がいれば、ある程度テクノロジーは任せて、僕自身は業務サイドでERP(Enterprise Resource Planning)による基幹システム刷新をしっかり見られるわけです。

小山 昨今、社員の専門性のコンピタンス(適性)に対し、それを担保する仕組みが人事制度の中にない会社が多い印象です。「ある分野で突出していて少し専門的すぎる傾向もあるけど、この人のおかげで会社が動いている」人を担保する人事的な仕組みが必要だと思うんです。とんがった専門家を社員として入れないと、いつまでたっても人も育たない。日本の会社の人事制度は、いまだにピラミッド型で硬直化している会社も多いでしょうから、プロフェッショナルがたくさんいるようなアメーバ的な形が成り立ちにくい。

喜多羅 理由の一つに、プロジェクトチームの運用事例があまりないことが挙げられると思います。必要なリソースを定義して、必要なチーム編成をして、どのように結果を出すかという発想ではなく、「今ある組織でどう進めましょう」からスタートする。その時に、既存の組織の役職などが、そのまま移行されてしまう。指揮命令系統として誰を入れようという話にはなるけれども、これが「適切なスキルを持つ人にチームに入ってもらおう」という話には、必ずしもならないんですよね。

小山 今プラットフォームを変えても数年後には次の世代のプラットフォームが出て、デジタル技術も進み、より本格的になっていく。システム部門では大きく分けると運用系とプロジェクトマターとありますが、その先に向けたR&D(研究開発)に力を入れることもあると思うんですね。でも日本企業のカルチャーとして、外部セミナーや企業研修に行くことは、あまりないですよね。

喜多羅 例えば日清食品の場合、マーケティングや生産に関しては社内にベストプラクティス(成功事例)があるので、社外に聞きに行く必要がないわけです。ところが、我々のシステム部門は社内にベストプラクティスがない。だから、質を上げていこうとしたら、社外のベストプラクティスを学んで来ないといけない。チームのメンバーには「外を見ろ」「外で聞いてこい」「外から探せ」と言い続けています。でも、まだまだできていないので、自分で探してきたりしていますね。例えば、会議の時に議事録作成のためにPCでメモを取るメンバーがいるじゃないですか。キーボードを打ち出した瞬間、その人は会議に参加してないわけです。会議の本来の目的は、参加者全員が貢献して成果を出していくことなのに。それで最近、音声入力でリアルタイムに文字化され、すぐに英語にも翻訳されるアプリを、私自身がメンバーの前で使って見せたんです。リーダー自らが探してくると、みんなも泡を食うわけですよ。こういうことをやらないといけないんだなと。

ITに携わる仕事は、やりがいがある一方で、イノベーションが多次元で広がっていって、しかも広がるスピードがどんどん速くなっていくところに難しさがあります。今は概念のみで実現できないことも、将来的には簡単にできるようになるわけです。量子コンピューティングが本格化して、爆発的な計算能力が実現できる環境になったら、マシンラーニングの学習スピードやパターン認識など、これまで時間がかかっていたものも一瞬にしてできるようになるかもしれない。その時に何が起こるのかを考えておかないといけないわけです。

日清食品ホールディングス株式会社 執行役員 CIO グループ情報責任者 喜多羅 滋夫氏

PwC Japanグループ 流通セクター統括 PwC Japan合同会社 パートナー 小山 徹

小山 AIやディープラーニングを使って何ができるのかという知識を得た時、自分の会社のどこに使えるだろうという発想が必要。

喜多羅 そう。だから自分のチームのメンバーには「業務に入っていけ。業務を理解しろ」と口をすっぱくして言っています。業務の根幹には、社外のコンサルタントでは支援できない領域があり、そこは絶対に社員がコアコンピテンシー(組織の独自のスキルや技術)をもって成果をださないといけない。

例えば、営業がスーパーの売り場であと1ケースの棚をどうやって取ろうかと考えている時に、生産側の商品供給が滞っていたらまずいわけです。じゃあ、情報をどうつなげていったら、営業が自信を持って商談できるのか。我々はそういうところを考えなくてはならない。「それが情報のビジネス貢献じゃないの?」と。

小山 逆に今度、ツールやソリューション、サービスによって何かができないかという逆の話もあると思うんですよね。テクノロジーがドライブして次のビジネスプロセスを変えるような話は、IT部門の方から経営側に提言するのもありだと思います。

喜多羅 おっしゃるとおりです。イノベーションの全てが、消費者あるいはユーザのニーズから決まるわけではありません。イノベーションの定義として、それだけでは不十分だと思っているんですよ。

僕らができることとして、一つは単純に、テクノロジーを使った新しいサービスなどが世の中に出てきた時、自分たちにどう転用できるかを考える。もう一つは、社内の業務を見直した時に「なんでそんなことをしてるの?」と素朴な疑問をもつ感覚を磨いていく。例えば、ITサービスデスクには、「パスワードを忘れました」といった同じような質問が山のようにくるわけです。なので、チャットボットを導入して、辛抱強くラーニングを掛けてチャットボットを育成しています。実は経理部に対しても「私の上司の承認権限の範囲はどこまで?」「この経費はどの勘定項目につけるの?」と、同じような質問が山のように届き、それに対応しているスタッフがいる。でも、これって人間がしなくていい仕事ですよね。我々システム部門のソリューションはこういったところに大きな業務貢献を果たせるわけです。ケイパビリティ(企業が全体として持つ組織的な能力)を知っているからこそ、ある業務に疑問を持った時に、そのソリューションが提案できると思うんです。

社外に通用するプロフェッショナルを目指すべき

小山 一方で、それを進めると、今までやっていた人の仕事がなくなる懸念もある。

喜多羅 人に求められるスキルは右肩上がりで増え続ける。ところが、増え続けたとしてもスレッショホールド(閾値)を超えられない人が一定量増え続けるわけですよね。問題は、彼らが暮らしていける場を、どのように用意し提供していくか。この構造的な問題は、非常に解決が難しいですね。

小山 スレッショホールドを超えた人間ばかり集めて優秀な形にしていくのもよいが、一方で人件費は高くなって、どんどん失業率も上がっていく。これまで恵まれていた日本のモデルが、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)のテクノロジーに依存し、システムもクラウド型のサービスなどで便利になっていってますね。そして社内の肝心な部分は外に丸投げ、システムも丸投げ。気づけばITも何も残らないわけですよね。

喜多羅 そういう状況になっていった時にも、今まさに日清食品のIT部門で働く人たちが、プロフェッショナルとしての付加価値を提供できるような、仮に外へ出て行っても“食べていける”、そのような人材として育成していかないといけないんです。うちのIT部門で私の下で5年仕事をすれば、他の会社や部門へ行っても通用する、プロジェクトマネジメントやテクノロジー、サービスマネジメントのスキルを身につけている――そんな組織ですよ、と言えるようにしたい。これからの産業を考えた時に、一人ひとりが業界の中で仕事ができるプロフェッショナルになるためには、まずは普遍的なスキルを押さえて、そこにプラスして最新のイノベーションを習得していくことが大事ではないでしょうか。

小山 会社内で培ったスキルでも市場価値がないものだったら、それは社内でしか通用しないスキルです。ITでも生産でも経理でもどこでも通用する基礎スキルがあって、そこにプラスで日清食品という乾麺業界で培ったものを持っていればプラスアルファになるわけですよね。先日、経団連の中西宏明会長が「終身雇用は守れない」「制度疲労」と発言したことが話題になりましたが、ちょっとずつ終身雇用制度に対するトップの世代の認識も変わってきています。

喜多羅 まだ先の長い我々の子供の世代や、今の30代くらいの若い世代には、きちんとゴールセッティングをして、そこに向かって何をしていくのかを伝えていかないといけません。自分が“武闘派”などと言われながら、社外で積極的に話しをするのにはそういう意図があります。プロフェッショナルとして生きていくには、どうしていくのかと。

自分がキャリアの中で幸いだったのは、そのスキルを求められる外資系企業に最初に行ったことでした。

日清食品ホールディングス株式会社 執行役員 CIO グループ情報責任者 喜多羅 滋夫氏

PwC Japanグループ 流通セクター統括 PwC Japan合同会社 パートナー 小山 徹

小山 最近ではビジネスを通じて社会課題を解決するCSV経営やSDGs(持続可能な開発目標)も重視すべき視点です。システムの仕事に直接関係ないとしても、仕事をしていただくパートナー会社さんを選ぶ時にSDGsをしっかりやっているか、フェアトレードの面なども見ていく必要が出てきています。

喜多羅 そこに準拠しておかないと、パートナー会社さんに参画してもらえないことになるわけですからね。例えば、価格交渉などは結果重視ではありますが、公正な対価であるかどうかというベンチマークを我々がきちんと持っていなければならない。安ければいいという話ではない。適正な金額で長期的な関係性を築いていきながら、いろんな会社がうちと仕事をしたくなる環境をどう作っていくか。

我々のIT部門は、組織としては40人程度の小さな組織です。それ故に、自分たちのコアコンピテンシーに注力しながら、外部といかにうまくつながって、協力を得ながらやりたいことをサスティナブル(持続的)にやっていけるかが大切になるわけです。最近、“ベンダー”っていう言葉はやめようと話してるんですよ。きちんとパートナーとして見ていかないといけない。

小山 使う言葉を変えるのは小さいことのようですが、変えることで過去からのしがらみを断ち切っている。そこで何らかの社内カルチャーにインパクトを与えるのは、喜多羅さんのように外から来た人間じゃないとできないことかもしれません。最後に改めて、喜多羅さんの今後の展望は?

喜多羅 一にも二にも、我々システム部門が業務をどう変えていくのか、そして事業に対してどう貢献していくのかを、より具体的な事例で見せていくことです。それと併せて、どうやれば少しでも早くイノベーションを社内に持ち込めるのか。かつてガラケーだったものがスマホになり、今はグループウェアを試験的に導入していますが、そうしたものが入ってくることで、現場は格段に仕事しやすくなっているはずです。同じように、マシンラーニングなども今後どうやって業務に使っていくのか。イノベーションサイドと業務サイドと両方を見続けて、イノベーションの機会が見つかった瞬間に、すぐに業務につなげることが、我々のコアコンピテンシーだと思います。

小山 常にあらゆる点にアンテナを張っている少数精鋭に、我々のような外部プロフェッショナルがどういう形で絡み、そのコラボレーションから次のイノベーションにどうつなげられるか。我々もそれだけのスキルを持っていなくちゃいけないですね。

喜多羅 よく、「攻めのIT」「守りのIT」と言いますが、僕は攻めしかないと思っています。会社が攻めるところに一緒に参画して、そこにどう貢献していくかというところが肝心です。

小山 その攻めにどこまで我々がプロフェッショナルファームとして・・・

喜多羅 寄り添っていただけるのではないかというところだと思います(笑)

対談を終えて

フィリップモリス、P&Gなどのグローバル企業のシステム部門を熟知した喜多羅 氏は、2013年に日清食品ホールディングスにCIOとして迎え入れられ、以降、たった2年で業務基盤システムを刷新しました。近年の同社の大躍進のベースを構築したと言っても過言ではないでしょう。外資系企業と日系企業のカルチャーには大きな隔たりがあります。“武闘派CIO”として知られる喜多羅 氏は、その中で強いリーダーシップとともに、「なぜそれが必要なのか」を辛抱強く社員に伝えました。“外様”の立場からいかに中を動かしたかには、学ぶべき点が多くあると感じます。また、喜多羅 氏と私に共通するのが、現在の企業内でのシステム部門の立ち位置への歯がゆさであり、システムの人間がもっと経営側に関わっていくべきだという思いです。喜多羅 氏は現在、社内のシステム部門の人間にプロジェクトマネジメントやテクノロジーマネジメントなど普遍的なスキルを叩き込み、「業務を知る」ことを徹底させ、イノベーション創造の方法論も教育している。経営視点で考えて動けるシステム部門の重要性を改めて噛み締めました。

PwC Japanグループ 流通セクター統括 小山 徹

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