戦略的データマネジメントが情報の大洪水時代の経営を支える

2016-12-21

ビッグデータやIoT、また、AIなど、ITの分野で注目されてきた最新技術が、社会や企業経営にも大きなインパクトをもたらしています。クラウドやスマートフォンを活用した新たなビジネスでは、最新のIT技術を駆使して、既存の産業を根底から覆すデジタルディスラプション(創造的破壊)も起きています。こうした変革期に的確な経営判断を遂行してゆくために、戦略的データマネジメントの重要性に注目が集まっています。

戦略的データマネジメントを提案するデータアーキテクトとして、20年以上の経歴を持つ高橋功が2016年8月にPwCコンサルティング合同会社に入社し、経営者が取り組むべきデータ基盤の重要性について、D&A(データ&アナリティクス)チームリーダーの藤田泰嗣と対談しました。

歴史ある企業の経営者が悩むデジタル世代のデータ経営との競争

藤田 製造業や金融に流通やサービスなど、歴史と実績のある企業の経営者と話をしていると、「このままだと負けてしまう」という危機感を抱いている方が多いと感じます。その競争相手は同業他社ではなく、むしろクラウドやスマートフォンを活用した新しいサービスやビジネスモデルで参入してくる新興企業なのです。インターネットの業界では、提供するサービスから集められる膨大なログデータを分析して、より良いニーズを迅速に発見し、少しでも早く新しいサービスを提供した企業が、指数関数的に顧客を増やして生き残っています。経営者はそうした様子を目の当たりにして、ネットエイジというかデジタル世代のデータ経営との競争に、対抗する戦略を求めているのです。

高橋 経営などの意思決定のためにデータを戦略的に使いたいというクライアントは、以前からたくさんいました。その要望に応えるために、データベースの技術は進化し、データウェアハウスやビジネスインテリジェンスなどが開発されてきました。現在は、IoT(モノのインターネット接続)によって、より多くの機器や事象から、大量のデータを効率よく収集できるようになっています。しかし、ここで注目してもらいたいのが、戦略的にデータを活用するためのデータマネジメントへの取り組みなのです。

藤田 データマネジメント、分かりやすく言うとデータ基盤の整備ですね。その重要性は、昔から言われてきたと思いますが。

高橋 そのとおりです。しかし、改めてデータを活用しようとすると、現実にデータデリバリーで困っているシーンは多いですね。一昔前と違い、データ基盤に求められることが多様化してきている今、そこで必要になるのがデータマネジメントなのです。これまでできていた個別対応の限界なんてすぐそこに来ています。

藤田 なるほど。確かに、データ活用の推進の中で、よくある阻害要因として、「データ活用の手間」と、「分析結果の信頼性の低下」が聞かれます。所在が分からない、すぐ使えない、システム分断による不整合、エラー値が多いなど、あるはずのデータですら準備と整理に膨大な時間がかかる上、分析結果の不具合をももたらす要因となっています。こうした課題を解決するために、これからのデータマネジメントは、どうあるべきなのでしょうか?

高橋 全ての基礎になるデータマネジメントの定義は、「企業活動が満足するデータをQCD(品質、コスト、デリバリー)良く提供することを目的に、ライフサイクルを通したコントロール」です。これがあってこそ「そのデータの利活用により、付加価値の提供」を実現できるのです。
さらに踏み込んで言えば、情報要求に対するQCD提供のさらなる追及に答えることは、データマネジメントの基礎的な役割であり、昨今注目されるデータ活用促進・普及促進などの文化形成は、データマネジメントに期待される新たな役割と言うことができます。

戦略的データマネジメントで数億円の在庫を削減した製造業

高橋 一般的な考えで言えば、データ基盤整備に関する全体的な取り組みの勘所は、広域流通基盤とそのインテグレーションと言えます。広域データ流通基盤は、MDMシステム(マスターデータの管理)とData Warehouseシステム(トランザクションのデータ管理)と(狭義の)変換・連携システム(ETL、EAI/ESB、Data Storeなど)から成り立ちます。要の一つ目がMDM(Master Data Management)です。経営者だけではなく、現場でデータを取り扱っているシステムエンジニアやCIOですら見落としがちですが、マスターデータマネジメントには大きな意義と効果があります。

藤田 マスターデータマネジメントのQCDを向上させたことで、数億円の在庫を削減した製造業の事例があります。業務改革のためのコンサルティングというと、これまでは業務プロセスの改善を推進し、PDCAサイクルを回していくことで生産性の向上や製造サイクルの短縮を図る取り組みが一般的でした。それに対して、マスターデータマネジメントという戦略的なデータの統合と連携によって、劇的な成果を達成することができたのです。

高橋 MDMの重要性は既に認識も進んでいるので、これからさらに着目される二つの要を紹介します。それは、メタデータマネジメントと、データクオリティマネジメントです。

藤田 メタデータマネジメントとは、データ(一つ一つの値)が持っている、意味、形式、管理システムやテーブル、データオーナーなどの各種設定データの管理ですね。その重要性とポイントはどのようなことでしょうか?

高橋 基礎的な重要性として真っ先にデータの所在管理があります。多事業、多部門、多システムのビジネス環境で、「どこに何のデータがあるのか」「それが、どのような形式やルールで保持されているのか」が分かり、必要なデータをスムーズに引き出せるようにすることで、データ収集や整理作業の効率化と、認識一致による不整合ロスやリスクを削減するものです。
従来はシステム開発に着目されていたのですが、これからはデータ利活用に着目されていきます。

藤田 従来と異なる点、さらに着目される理由は何でしょうか?

高橋 広域データ流通基盤の話に戻りますが、トランザクションデータの管理はあえてData Warehouseと言いました。構造化データを意識しています。これからは、ビッグデータと呼ぶ多様な形式、非構造データを管理するため、Data Lakeという考え方が主流になっていきます。Data Lakeに対応すると、もはや、データ項目の物理統制は難しく、意味で関連付ける必要があります。オリジナルの保管データの位置付けに加え、それを利活用するときのために、標準化した用語や意味との関連付けが必要になるのです。データの語彙(Terms/Vocabulary)-分類階層(Taxonomy)-関連付け(Data Mapping)の管理手法であるメタデータマネジメントが今後さらに着目されることになります。

藤田 三つめのデータクオリティマネジメントの重要性とポイントはどのようなことでしょうか?

高橋 不満足の源泉にデータ品質があることは、皆さん承知のとおりです。そもそも、多くのデータ発生源である基幹業務のオペレーションと、利活用時では、求められる必須精度が異なるのです。また、Data Lakeの考え方では、あるデータをさまざまなシーンで利用することになります。そしてその目的ごとに、必要なデータ品質が異なるのです。これまでは入力チェックやI/Fロジックでの単発クレンジングで対応してきていますが、その限界が来ています。これからはより柔軟な管理基盤が求められることになります。

データクオリティ管理基盤に求められることは、次の4点です。(1)システム横断/業務横断なデータチェックができること、(2)目的ごとにデータクオリティのレベル設定とその品質監視ができること、(3)ある目的からするとエラーデータでも、全社的にエラーと言えず、元データを勝手に変えられないため、修正&警告レポートとその対応進捗管理ができること、(4)ロジックによっては、一過性に終わらず、継続的な監視対象となることにも対応できること、です。

データ構造の再設計がプロセス改善にもつながる

高橋 私が前職で担当した通信業界の場合ですが、以前は通信口の管理目的と契約手続きの流れというプロセスに従って、データ構造を作っていました。しかし、サービス種類や内容が多様化し、顧客ごとに柔軟な対応が求められるようになると、プロセス中心のデータ構造の設計には問題が出てきました。そこで、データ構造を顧客・契約・サービス構成に再設計し、組み合わせの柔軟性に対応できるマスターデータ中心の構造へと変更したことで、システムのプロセス連携も容易になり、結果的には現場の業務改善にもつながりました。

藤田 なるほど。最終的に必要になる項目を再定義すると、それを埋めていく形でプロセスが構成されるわけですね。プロセス改善から入るのではなく、データから入っても業務改革につながる例ですね。

データマネジメントが切り拓く未来の企業経営

藤田 ところで、高橋さんがこのデータという世界に入ろうと思ったきっかけは、なんだったのでしょうか?

高橋 学生時代に、X線や磁力による物質構造の可視化と特性把握を研究していました。社会に出てデータモデリングに出会ったとき、不明瞭と思っていた企業のビジネスロジックの可視化と特性把握ができることに驚愕したと同時に、そのままのめりこんでしまいました。DOA(Data Oriented Approach。データを主体とした業務整理&システム設計方法論)は、もちろん全てをカバーするものではないのですが、ビジネスロジックや業務の本質構造を効率的に可視化・整理できる業務整理の手法なのです。

藤田 データマネジメント業界では著名な高橋さんですが、その実績を持ってこのPwCに来られた理由は何でしょうか?

高橋 データマネジメントの認識・重要性の高まりに応じて、これまでより幅広い悩みをサポートするためです。これまでの活動は後輩に任せました。データマネジメントは中核であることに間違いはありませんが、単独では効果が出しにくい縁の下の力持ちとも言えます。経営や業務により高いデータの付加価値を届けるためには、業務・部門・最新テクノロジーなどとの色々な意味でのコラボレートが重要になるのです。

藤田 つまり、新しい活躍の場を求めて、コンサルティングという総合力のあるPwCのチームとタッグを組んで、クライアントの問題に取り組んでゆきたい、ということですね。ところで、企業が戦略的にデータマネジメントに取り組むことで見えてくるもの、期待することは何ですか?

高橋 データ資産を収益源に変革することが最終的な到達点と言えますし、現実的にはデータ活用サイクルを定着させることが重要となります。そのための要素の一つとして、今回はデータ基盤を主体に取り上げましたが、この実現も簡単ではないのかもしれません。今回は触れませんでしたが、データに関する各種アーキテクチャを立案し、その上で徐々に確実に進んでいくことが求められます。
データ基盤が単なる蓄積管理だけでなく、メタデータやデータクオリティの管理基盤となることは、将来的にはビジネスルールの管理、ゆくゆくはナレッジ管理の基盤へとつながるものです。お客様によっては「データコンシェルジュ」であったり「変革の黒子」と呼んだりしていますが、データマネジメントの管理者/推進者は、企業活動を支援する重要な役割になることは間違いないと思います。是非データマネジメントへの取り組みを始めていただきたいと思います。

藤田 最後に、データをマネジメントする人たちに向けて、メッセージをいただけますか?

高橋 データマネジメントは、業務改革や改善といった企業変革のための黒子です。どんなに優れた分析ツールや機械学習にディープラーニング、さらにはAIを駆使したとしても、その元となるデータそのものが不正確であったり、必要な要素が含まれていなければ、的確な意思決定のための情報を提供することはできません。高度なデータ分析にとって、データマネジメントは、その結果を下支えする重要な基礎中の基礎です。その重要な役割を担うデータマネジメントという業務や、データ管理のコンサルティングは、膨大な情報が氾濫し、容易にデジタルデータを収集できる今だからこそ、改めて再設計や見直しを行うべき、重要な経営課題なのです。