本連載は,主に国際会計基準審議会(IASB)の月次会議等での討議内容に基づき,最新のIFRSをめぐる動向を伝えることを目的としています。今回は,IASBにおける保険契約の公開草案の内容のうち保険負債の測定モデルの概要を9月までの検討状況をふまえて解説いたします。なお,文中の意見にわたる部分は筆者の私見であり,属する組織の見解とは関係のない旨あらかじめお断りしておきます。
現在,過渡的な保険契約に関する会計基準である現行IFRS第4号「保険契約」は,既存の会計方針を容認しているため多様な保険契約に関する会計処理が存在している。そのため,世界的に認められた高品質の包括的な保険契約に関する会計基準の作成が急務と認識されており,IASBは2007年にディスカッションペーパーを,2010年7月30日に公開草案を公表した。その後,保険業界,アナリスト等からのコメントに基づいて検討・協議を重ねている。なお,当該プロジェクトは米国の財務会計基準審議会(FASB)との共同プロジェクトであるが,現時点で双方のモデルの差異は解消されていない。
公開草案における保険契約は,現在測定モデル(つまり,各報告期間末に再測定を行う測定モデル)に基づいて測定され,(1)保険者(保険契約の発行主体)が契約の義務の履行に際して発生すると予想される偏りのない確率により加重平均された将来キャッシュフロー,(2)貨幣の時間的価値の効果,(3)リスクマージンおよび(4)当初認識において利益を認識しないために設定される残余マージンからなるビルディングブロック(下記図参照)に基づき計算される。

各ビルディングブロックは以下のように説明することができる。
| 将来キャッシュ・イン・フロー(CIF)の現在価値(保険料等) | 残余マージン | 残余マージン
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| リスクマージン | リスクマージン
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| 将来キャッシュ・アウト・フロー(COF)の現在価値(保険金給付,契約獲得費用等) | 割引率
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将来キャッシュフロー
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将来キャッシュフローには,保険契約のポートフォリオ単位で履行するために直接関連する全てのキャッシュフローが含まれる。これには,たとえば,保険料,保険金および給付金,損害調査費,契約管理費および維持費,契約獲得ならびに継続に関する契約獲得費用,解約返戻金,配当金などが含まれる。また,ポートフォリオ単位で配分される直接費用の範囲については慎重な判断が必要であろう。なお,一般管理費は含めることができない。このような将来キャッシュフローを計算するために,契約マスターファイルの蓄積データの確認・変更,確率に基づくキャッシュフローの将来展開ならびに現在価値計算を行うための数理システムの再構築等の検討が必要であろう。
割引率は,保険者が義務を履行するための将来キャッシュフローの時間価値の調整に使用されるため,時期,流動性,通貨といった観点から,保険負債の特徴を有する投資商品の市場価格と整合的であるべきである。公開草案後,以下の事項について暫定的決定がなされている。当該割引率は,ボトムアップアプローチまたはトップダウンアプローチで計算される。ボトムアップアプローチとは,リスクフリーレートに保険負債の流動性リスクを勘案して割引率を決定する手法であるが,流動性リスクの算定手法は統一的な手法がなく比較可能性を損なう可能性がある。一方,トップダウンアプローチとは,保険契約の将来キャッシュフローのデュレイションと整合した投資商品の市場利回りから,投資商品に内在するリスク(たとえば,国債のような負債性商品であれば,クレジットリスク等)を控除して割引率を決定する手法である。なお,この方法において,投資商品と保険負債の流動性リスクの差を反映することが理論的には必要だが,実務上の観点から当該調整は要求されていない。
リスクマージンとは,「最終的なキャッシュフローが予想されるキャッシュフロー(期待値)を超過するリスクを負担するために保険者が必要とする補償」と定義されている。また,リスクマージンは,各報告期間において再測定され,仮に,期待通りの将来キャッシュフローが生じた場合には,リスクからの解放に伴い損益認識されることとなる。公開草案において,信頼水準法(Value-at-Risk:VaR),条件付テイル期待値法(Tail Values at Risk)および資本コスト法(規制資本ではなく経済資本を利用)の3つの評価技法のみ提案された。公開草案後,評価技法を限定せずリスクマージンの目的に整合した評価を求める旨の暫定的決定がなされている。その結果,リスクマージンの見積もりには保険者のより多くの判断が必要となるであろう。
残余マージンは,保険契約の当初認識において,将来キャッシュ・イン・フローの現在価値が,将来キャッシュ・アウト・フローの現在価値にリスクマージンを加えた金額を超過した場合,利益を認識しないために設定されるものである。その後,契約期間にわたり,サービス提供の程度に応じて(時の経過,保険金・給付金の将来予測等)で規則的に償却される。公開草案では残余マージンは当初認識時にロックインされ再測定が認められなかったが,ロックフリーの処理にする旨の暫定的変更がなされている。すなわち,毎期の将来キャッシュフローの見積もりによって生じる差異は残余マージンに反映され,将来に向かって償却される。ただし,残余マージンがネガティブ(損失)の場合は即時に損益認識する必要がある。
以下の前提のもとで保険負債と損益の状況を示すこととする(概要を把握することを目的としているため,厳密な計算結果と異なる場合がある旨,ご留意いただきたい。)。
| 割引率 | :5% |
| 保険料(CIF) | :180.0(初回一括払い。なお,当初認識後の支払いを想定。) |
| 割引効果 | :0 |
| 現在価値 | :180.0 |
| 保険金給付(COF) | :150.0(第3年度末に保険金給付(期間中の見積変更なし)) |
| 割引効果 | :20.4 |
| 現在価値 | :129.6 |
| リスクマージン | :22.5 (時の経過に伴いリスクから解放) |
| 残余マージン | :27.9 (時の経過に伴いサービスの提供) |
| 貸借対照表 | 当初認識時 | 第1年度 | 第2年度 | 第3年度 |
| 将来CIF(現在価値) | 180.0 | |||
| 将来COF | 150.0 | 150.0 | 150.0 | 150.0 |
|---|---|---|---|---|
| 割引効果 | 20.4 | 13.9 | 7.1 | 0 |
| 現在価値 | 129.6 | 136.1 | 142.9 | 150.0 |
| リスクマージン | 22.5 | 15.0 | 7.5 | 0 |
| 残余マージン | 27.9 | 18.6 | 9.3 | 0 |
| 保険負債 | 0 | (169.7) | (159.7) | (150.0) |
当初認識時点では,残余マージンによる調整で保険負債はゼロとなる。
| 損益 | 第1年度 | 第2年度 | 第3年度 | 合計 |
| リスクマージン | 7.5 | 7.5 | 7.5 | 22.5 |
| 残余マージン | 9.3 | 9.3 | 9.3 | 27.9 |
|---|---|---|---|---|
| 割引効果 | (6.5) | (6.8) | (7.1) | (20.4) |
| 見積と実績の差異 | 0 | |||
| 利益 | 10.3 | 10.0 | 9.7 | 30.0 |
合計利益(30.0)は,契約時のリスクマージン(22.5),残余マージン(27.9)および割引効果(-20.4)から構成される。
仮に,第1年度末に,第3年度の給付が175.0と見積修正した場合(ただし,リスクマージンへの影響はないものと仮定する),将来COFの現在価値は第1年度末で158.7(136.1から22.6増額する)となるため,未償却の残余マージン(18.6)から控除されるが,控除しきれない4.1が見積と実績の差異として当期の損益となる。
| 貸借対照表 | 当初認識時 | 第1年度 | 第2年度 | 第3年度 |
| 将来CIF (現在価値) |
180.0 | |||
| 将来COF | 150.0 | 175.0 | 175.0 | 175.0 |
|---|---|---|---|---|
| 割引効果 | 20.4 | 16.3 | 8.3 | 0 |
| 現在価値 | 129.6 | 158.7 | 166.7 | 175.0 |
| リスクマージン | 22.5 | 15.0 | 7.5 | 0 |
| 残余マージン | 27.9 | 0 | 0 | 0 |
| 保険負債 | 0 | (173.7) | (174.2) | (175.0) |
| 損益 | 第1年度 | 第2年度 | 第3年度 | 合計 |
| リスクマージン | 7.5 | 7.5 | 7.5 | 22.5 |
| 残余マージン | 9.3 | 0 | 0 | 9.3 |
|---|---|---|---|---|
| 割引効果 | (6.5) | (7.9) | (8.3) | (22.7) |
| 見積と実績の差異 | (4.1) | (4.1) | ||
| 利益 | 6.2 | (0.4) | (0.8) | 5.0 |
新しい保険契約の会計基準は,当初,2011年6月30日までに公表されることが期待されていたが,直近のIASBのワークプランでは,2012年に再公開草案もしくはレビュードラフトが公表されることになっている。IFRS第9号「金融商品」の強制適用日を2015年1月1日以降に開始する事業年度に変更するという提案がなされており,早くても,この日付以前に効力を発することは予想されていない。保険者は,財務会計のみならず,保険商品の開発,業務プロセスならびに保険料・保険金・数理といったシステムに影響することが予想されるため,IASBの審議をモニターし続け自社への影響の程度を事前に検討し,それとともに,再公開草案等が公表された場合に,コメントレターの提出や円卓会議等を通じて議論に参加していくことは非常に有益であろう。
こちらは、『週刊経営財務』3039号(2011年11月7日)にあらた監査法人として掲載したものです。発行所である税務研究会の許可を得て、あらた監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載·転用はご遠慮ください。