本連載は,主に国際会計基準審議会(IASB)の月次会議等での討議内容に基づき,最新のIFRSをめぐる動向を伝えることを目的としています。今回は,本連載第31回に引き続き,IASBにおけるヘッジ会計に関する公開草案について,6月から7月臨時会議までの検討の状況について解説します。なお,文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りしておきます。
国際会計基準第39号「金融商品:認識及び測定」(IAS第39号)の置き換えプロジェクトの第3フェーズに関する公開草案「ヘッジ会計」(以下「公開草案」といいます。)に対するコメント募集期間は2011年3月9日に締め切られ,IASBは受け取ったコメントレターに対する審議を行ってきました。この中で,公開草案から大きく変更されたものとしては,以下のものが挙げられます。
公開草案では,公正価値測定の変動を,その他の包括利益に表示する指定を行った資本性金融商品に対するヘッジ会計の適用を認めないことが提案されていましたが,一転して認められることが仮決定されました。
公開草案では,公正価値ヘッジの会計処理に関し,ヘッジされたリスクの公正価値の変動をヘッジ対象とは別の独立した項目で貸借対照表上においてヘッジ対象の次に表示し,当該独立項目の相手勘定及びヘッジ手段にかかる再測定に起因する差額はヘッジが有効である部分のみをその他の包括利益に認識し,非有効部分を純損益に振り替えることを提案していましたが,現行のIAS第39号の会計処理を維持し,あわせて開示を拡充することを仮決定しました。
これら以外にも明確化が図られた項目がありますが,詳しくは本連載第31回をご覧ください。
この論点は,オプションの時間価値の処理に関連しています。公開草案では,オプションの時間的価値に関しては,IAS第39号で求められている処理を変更することが提案されていました。
IAS第39号では,オプションをヘッジ手段として指定する場合は,オプション全体を指定するか,本源的価値と時間的価値とを区分してオプションの本源的価値の変動のみをヘッジ手段として指定し,時間的価値の変動を除外することが認められています。ただし,本源的価値のみをヘッジ手段として指定した場合は時間的価値部分の公正価値の変動は毎期純損益に認識しなければなりません。これは,ヘッジ指定されなかった時間的価値部分が売買目的と捉えられていることを意味します。これに対し,公開草案では,時間的価値をヘッジ対象に関連した範囲でその他の包括利益に認識し,取引の性質に応じて処理することを提案していました。図表をご参照ください。

IASBはこの考え方を援用して,為替先物取引の直先差額に関しても,先物予約の直先差額も期間対応でPL認識すること,および事後の公正価値の変動を累積その他の包括利益に累積することを認めることを仮決定しました。これは,先物取引や資金関連スワップの直先差額の本質が2国間の金利差から生じる利息調整マージンであるという経済的実態および企業のリスク管理の実態をより良く反映することができると考えられるからです。
なお,この部分の公開草案に対する修正は,日本を含むアジアの金融機関が恒常的に邦貨(現地通貨)による余剰資金によって外貨を調達し運用していることから,IASBに対し強く主張したものです。
公開草案では,複数の金融商品(またはそれらの一定割合)をヘッジ手段として指定できるのは,そのいずれもが売建オプションまたは正味の売建オプションではない場合のみとされています。この点について,複数の金融商品が純額で売建オプションとなるのでないのなら,単一あるいは複数の契約から生じているかどうかにかかわらず,買建および売建オプションの組み合わされた商品をヘッジ手段として指定することを許容することを仮決定しました。
自己使用の例外とは,IAS第39号第5項で「現金又は他の金融商品での純額決済又は金融商品との交換により決済できる非金融商品項目の売買契約は,あたかも当該契約が金融商品であるかのように,本基準を適用しなければならない。ただし,企業の予想される購入,販売または使用の必要に従った非金融商品項目の受取り又は引渡しの目的で締結され,引き続きその目的で保有されている契約は除く。」とされていることをいいます。これにより,自己使用目的で売買される非金融商品項目に関してはIAS第39号の適用範囲外であることが示されています。
この点について,公開草案では,企業の公正価値ベースのリスク管理戦略に従ったものである場合には,デリバティブの会計処理を,現金で純額決済できる契約のうち,企業の予想される売買又は使用の必要に従った非金融商品の受渡しの目的で締結して保有し続けているものに適用しなければならないと提案していました。しかし,この提案には関係者から「意図せざる会計上のミスマッチを生む懸念がある。」とのコメントがありました。IASBはこの懸念に応え,公正価値オプションの適用範囲を自己使用の例外に該当する契約に拡大することを仮決定しました。
公開草案では,ヘッジ会計に関する開示について大きく「リスク管理戦略」「将来キャッシュ・フローの時期,金額及び不確実性」および「財務諸表に与える影響」の3つに分けて規定が提案されています。これのうち,「将来キャッシュ・フローの時期,金額及び不確実性」については,各リスク区分で管理されているリスクエクスポージャーの種類,各種類のリスクエクスポージャーがどの程度ヘッジされているのか,ヘッジ戦略が各種類のリスクエクスポージャーに与えている影響についての定量的情報を開示することが提案されていました。しかし,これらは商業的な機密情報にあたるという関係者からの懸念のコメントがありました。そのため,IASBはヘッジ手段の想定元本額,プロファイルおよび該当ある場合には平均価格または利率の開示に限定することを仮決定しました。
また,IASBはダイナミックヘッジの方法を取っている場合の追加開示も検討しています。ここでいうダイナミックヘッジの方法とは,企業が常に発生をし続けるエクスポージャーをヘッジしており,そのため,当該企業はヘッジ関係を絶えずリセットしている状況をいいます。このような状況下では,公開草案で求められているヘッジの条件(terms and conditions)の開示では,ダイナミックヘッジのような刻一刻と変化するヘッジ戦略に対しては有用な情報が提供されない可能性があります。そのため,「公開草案で求められているヘッジの条件に関する開示を求めず,代わりにリスク管理戦略に関する記述の規定を拡充する」かまたは「開示規定の例外を設けるのは望ましくないので,公開草案の開示規定をダイナミック・ヘッジにも適用する」ことが提案されており,9月定例会議で検討される(1)こととなっています。
IAS第39号では合計されたエクスポージャーをヘッジ対象として指定することは認められていません。言い換えれば,デリバティブを用いてデリバティブをヘッジすることはできません。しかし,公開草案では,リスク管理の実態に合わないということでこのようなヘッジ指定を認めることが提案されています。
合計されたエクスポージャーに関するガイダンスや例示を求める関係者のコメントに応え,IASBは,これらは合成会計(synthetic accounting)ではないことを明確化することを仮決定しました。合成会計の例としては金利スワップの特例処理や為替予約等の振当処理が挙げられます。したがって,合計されたエクスポージャーに対し日本の金利スワップの特例処理のような会計処理を採ることはできないということになります。
公開草案では,IAS第39号の規定とは異なり,個々の項目がヘッジ要件を満たしており,かつ,グループベースでリスク管理されているのであれば,グループでのヘッジを認めることとしています。したがって,公開草案はIAS第39号の「比例的」等の条件は設けていません。しかし,純額ポジションのヘッジに関しては,キャッシュ・フロー・ヘッジについてのみ,ヘッジされているリスクに晒されているヘッジ対象のグループの相殺しあうキャッシュフローが,同一の報告期間(IAS第34号「中間財務報告」で定義された中間期間を含む)についてのみ,純損益に影響するという要件を付加していました。 これについて,公開草案へのコメントの中には純額ポジションのヘッジに関する制限の再検討を求める声もありました。しかし,IASBは公開草案を維持するとともに,キャッシュ・フロー・ヘッジは為替リスクのヘッジにのみ適用可能とすることとしました。加えて,公開草案で提案されていたキャッシュ・フロー・ヘッジで純損益に与える影響が期間を跨るものは不可との要件は削除し,当初のヘッジ指定の一部として,純額ポジション中の項目がどのように損益計算書に影響するかに関するパターンを記述する方法で明示しなければならないという要件を付加しました。純額ポジションへのキャッシュ・フロー・ヘッジの利用が為替リスクのヘッジ目的に限られることが仮決定されたことで,公開草案よりも純額ポジションのキャッシュ・フロー・ヘッジの適用範囲が狭まる可能性があります。
リバランスは,ヘッジの有効性要件を満たすヘッジ比率を維持する目的で行われる,ヘッジ対象およびヘッジ手段の数量の変更のみを対象とすることを明確化することが仮決定されました。また,一定の場合,ヘッジ会計目的のヘッジ関係にリスク管理目的上のヘッジ比率とは異なるものを用いることも仮決定されました。
ヘッジの中止に関し,ヘッジ指定は任意に取り消し出来ないことおよびリスク管理目的が変化した場合には,リバランスは適用されず,ヘッジ会計を中止しなければならないことを確認するとともに,「リスク管理戦略」と「リスク管理目的」の関係について,例示を含んだガイダンスを追加することが仮決定されました。
クレジットデリバティブを用いた信用リスクのヘッジに関しては,公開草案では提案されなかったものの結論の背景の中で言及されており,公正価値オプションの要件を一部変更し,貸出金等に適用することが検討されていました。これについては公正価値オプションの利用の拡大を基礎とした考え方が検討されています。検討の方向性としては,事後の指定,中止,金額の一部指定を認める部分は同一ですが,事後に指定した場合の簿価と時価の差額を一時に償却するかまたは期間配分するかという部分で2つの考え方に分かれ,この点が検討課題といえます。これに加え,クレジットデリバティブをヘッジ関係が成立している期間はあたかも担保あるいは保証のように扱うという考え方もあり,これらについて9月の定例会議で検討される(2)予定です。
これまでのアウトリーチ活動や教育セッションを基に,マクロヘッジにおけるリスク管理概念を整理し,現行ヘッジ会計の概念的差異を議論するとともに,リスク管理概念とヘッジ会計をどの程度整合させていくかについて9月定例会議で議論が行われる予定です。
この文中の仮決定等は全てIASBのホームページ上等で公表された情報に基づくものですが,今後のIASBの審議内容によっては,最終基準において異なる結果となる可能性がありますのでご留意ください。
9月26日にIASBはワークプランを微修正しましたが,ヘッジ会計に関しては変更がなく,一般のヘッジ会計に関しては本年第3四半期から第4四半期にかけてIASB理事の投票用のドラフトが作成されることとされています。すなわち,一般のヘッジ会計に関しては論点の審議も終了し,最終基準化が視野に入ってきていると思われます。また,マクロヘッジに関しても,本年第4四半期から2012年にかけて公開草案の公表が予定されています。このようにIASBが進めている金融商品会計の置き換えプロジェクトの第3フェーズは,当初の2011年6月末までの完成からは遅れているものの進捗が見られます。
しかし,金融商品会計の置き換えプロジェクトは全体としてIFRS第9号の一部として最終基準化されることに留意が必要です。
公開草案では,新しいヘッジ会計基準を2013 年1月1日以後開始する事業年度に将来に向かって適用しなければならないことが提案されていました。これは現在のIFRS第9号の強制発効の期日と同様です。これについて,IASBは本年8月にIFRS第9号の強制発効期日を現在のIFRS第9号で示されている2013年1月1日以降開始事業年度から2015年1月1日以降開始事業年度に変更する提案を行い,10月21日までコメントを募集しています。そのため,ヘッジ会計の適用期日もこの公開草案の審議の結果に左右されることとなります。
(1)9月定例会議でヘッジ手段の条件の開示規定の例外とし,代わりにリスク管理などに関する開示を求めることを仮決定しました。
(2)9月定例会議で公正価値オプションの利用の拡大を認めることを仮決定しました。
こちらは、『週刊経営財務』3034号(2011年10月3日)にあらた監査法人として掲載したものです。発行所である税務研究会の許可を得て、あらた監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載·転用はご遠慮ください。